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恋路(4) 恋路(4) 美姉妹といっしょ♪~新婚編
 
「それじゃ、ぼちぼち行こうか」

 充実した二泊三日の海水浴旅行を終えて実家に戻った翌日。
 十人の妻と昼食後のお茶を飲みつつくつろいでいた宏は壁時計に目を向けるとおもむろに立ち上がり、手の平を上に向けて隣に座る美女に右腕をスッと伸ばした。

「あ……うん! ありがとう。それじゃ行きましょうか」

 一瞬、目を丸くする真奈美だったが、どうやらこちらの意図を汲んでくれたらしく、目元をホンノリ紅(あか)く染めるとそっと手を重ね、腰を浮かせた。
 そんな二人に、周囲のギャラリーから一斉に囃し立てる声が湧き上がる。

「ひゅ~ひゅ~♪ 騎士(ナイト)がお姫様(プリンセス)をお迎えに来たぜ!」

「宏ったら、全くもって格好付けちゃって! 真奈美さんも、照れて顔が真っ赤っかになってるし」

「宏ちゃん~、全っ然、様になって無いよ~」

「「「あはははっ!」」」

 破顔したほのかが指笛を鳴らし、千恵と若菜の双子姉妹は容赦無く突っ込み、それを他の面々が面白そうに笑う。

「ちぇっ。俺って、そんなに威厳とか風格に乏しいのかなぁ。男として自信無くすなー」

(確かに、ちょこっとナイトを気取って見たけど……こんなにも不評とは思わんかった)

 ひとり苦笑し、がっくりとうな垂れていたら。

「うふふ♪ 私には立派なナイトに見えたわ♥」

 軽く握られた手がそっと引き寄せられ、真奈美の顔が迫って来たと思った次の瞬間には唇に温かく柔らかな感触と仄かな柑橘系の香りを残して離れていった。

「うわっ、立ち上がった勢いそのままに真奈美さんの素早いキスが宏先輩を襲ったぁ! ……今度、私もやってみようかな」

「真奈美さん、人前でも宏さんに対して積極的になってるような……。美優樹も見習わなくてはっ!」

「あんたら、そーやって物欲しそうに指咥えて見てるだけじゃ、この先何事も進まないわよ?」

 栗色のロングツインテールを跳ね上げた飛鳥と美優樹の姉妹が目を見張り、肩を竦めた夏穂が宥めるように笑う。

「ま、飛鳥と美優樹には好い刺激になるでしょう。勿論、羨んでいる夏穂ちゃんにもね♪」

「「「う゛っ!?」」」

 全てお見通しとばかり多恵子が娘と妹に向かってニコリと笑い、心中を当てられたのか押し黙ってしまう飛鳥、美優樹、夏穂だった。
 そこへ、筆頭妻の凛とした声が宏の部屋に響いた。

「ホラホラ、みんな湯飲みをさっさと片付けて、とっとと行くわよ! あたしらだって準備があるんだからねっ」

「……向こうも手ぐすね引いて待ち構えてる。心して掛からねばならない」

 目尻を少々吊り上げた晶が部屋から追い立てるようにせっつき、宏に視線を向けた優も手提げ袋を手に立ち上がる。

「晶姉、姑に会うからってそんな焦んなくて大丈夫だって。優姉、判ってる。手筈は整ってるから。それじゃ、みんな準備は好いかな? 好ければ出掛けるよ?」

「「「「「「「「は~いっ♪」」」」」」」」

 先頭を切って階段を下りる晶と優を余所に元気な声が宏の実家に木霊した――。


     ☆     ☆     ☆


「お義父(とう)さん、お義母(かあ)さん、ご無沙汰しておりました。ただいま帰りました」

 宏が腰を直角に折り曲げ口上を述べると、頭上から慌てたような声が二つ、重なって帰って来た。

「いやいや、宏君! そんな畏まらないで好いから! あぁ、ホラ、いつまでも玄関にいないで、どんどん上がった上がった!」

「宏さん、ご丁寧にありがとうございます。……って、挨拶はこれ位にして、ささ、奥へ! 皆様も遠慮せずにどうぞどうぞ」

 宏の肩に手を置いてフレンドリーに接してくれたのは宏の義父となった真奈美の父であり、九人の奥方に向かって盛んに手招きしているのは宏の義母となった真奈美の母だ。
 宏達総勢十一人は夏休みの帰省を利用し、真奈美の実家へ訪れたのだった。

「それじゃお邪魔します。みんなもね――って、改めて見ると凄いな。まるでラッシュ時の電車みたいだ」

 顔を上げた宏が振り返ると、そこには多数の美女がひしめき合い(数人は入りきれずに玄関の外に溢れていた)、香水やら甘い体臭やらが充満して、まるで女性専用車に紛れ込んだかのような錯覚を起こしてしまった。
 と、そこへ宏の隣にいた真奈美が小さく頭を下げた。

「狭い玄関でごめんね。普通の建て売り住宅だから三和土(たたき)と上がり口を合わせても二畳程しか無くて……」

 申し訳無さそうに畏まる真奈美に、宏はニコリと笑って言い切った。

「謝る事じゃ無いよ。むしろ俺達が大人数なだけだから。さ、俺達が上がらないと後ろがいつまでも上がれないよ」

「「宏君……」」

 真奈美と義父の感激するような声に目礼した宏は、頬を紅(あか)く染めた真奈美の背中を軽く押しつつ廊下を先導する義母の背中に声を掛けた。

「それでは前もってお伝えしたように、これから台所をお借りしますね」

「はい、どうぞどうぞ。ご自由に使って下さいね」

 快諾を改めて得た宏は背後の面々に頷き、そのまま二手に分かれて行動を開始した。


     ☆     ☆     ☆


「え~~~、それじゃみんな、用意は好いかな?」

 膝立ちとなって部屋全体を見渡し、座卓を囲んで座るそれぞれが頷くのを確認した宏は、ひとり上座で畏まる真奈美に向き直って声を張り上げた。

「真奈美さん、誕生日おめでとう!」

「「「「「「「「「「「おめでとう!」」」」」」」」」」」

 ――パパパパンッ! パパンッ! パパパンッ!――

 唱和する声に続いてクラッカーの弾ける音が幾つも重なり、色とりどりの紙テープがシャワーのように本日の主役に降り掛かってゆく。
 今日、八月八日は真奈美の二十五回目の誕生日なのだ。

「ありがとう! ありがとうございます!」

『♪~ハッピバーズディ・トゥーユー、ハッピバーズディ・トゥーユ~♪』

 照れ臭そうに右に左に頭を下げる真奈美に対し、今度は誕生日ソングが流れ出す。
 何度も誕生日宴会をこなしているだけに、みんな歌い出しがバッチリ決まっている。

『♪~ハッピバーズディ・ディア真奈美~、ハッピバーズディ・トゥーユ~♪』

 歌が終わると盛大な拍手(賑やかな指笛付き♪)が沸き起こり、本日の主役に向かってお祝いコメントが次々と寄せられてゆく。

「ありがとう! みんな、本当にありがとう! とっても嬉しいわ!」

(うん! 真奈美さんも大いに喜んでるみたいだし、真奈美さんの実家で誕生日宴会開いて正解だったな)

 宏は余ったクラッカーの紐を引きつつ、満面の笑みで何度もお辞儀を繰り返す美女に魅入っていると、背後からトントンと肩を叩かれた。
 振り返ると、そこにはビール瓶を片手に義父と義母が並んで畏まっていた。

「宏君、我が娘の為に盛大な誕生日のお祝いをありがとう。感謝するよ」

「本当にありがとね! あの娘(こ)の為にこんな狭い家で、しかも大勢でお祝いして貰えるなんて思っても見なくて」

 真奈美の父は宏のグラスにビールを注ぎつつ何度も頭を下げ、真奈美の母は宏の膝に手を添え瞳も潤ませている。
 そんな二人に、宏は慌てて座布団から降りると居住まいを正した。

「いえ、そんな大層な事じゃありません。たまたま俺達の帰省の日程と真奈美さんの誕生日が合わさっただけで……俺は単に、それなら真奈美さんの実家で祝ったらどうかとみんなに提案しただけです」

「いやいや、そこまで気を遣ってくれるからこその感謝なんだ。ありがとう」

「ほんとにねぇ。私じゃ、このように数多くの豪華な御馳走は作れないもの。しかもケーキまで手作りだなんて……あの娘も幸せ者だわ」

「あ、いえ、その……恐れ入ります。若姉達もきっと喜んでます」

 宏は主役の真奈美を除いた十人で宴席作りと料理担当に分け、宴席作りは中心となって陣頭指揮に当たっていた。
 もっとも、宴会料理や誕生日ケーキに関しては若菜と千恵、多恵子と晶に任せっきりだったのだが。
 そんな事もあり、妻の両親――舅と姑から揃って頭を何度も下げられて宏は大いに恐縮してしまう。

(まだまだ若輩の俺に、余りに腰を低くされると申し訳無いなぁ。……かと言って、頭下げるの止(や)めてくれと強く言える立場じゃ無いし……)

 チビチビとグラスのビールを舐めていると(ひと口呑む度にお義父(とう)さんから目一杯注がれるのだ)、祝辞の雨あられからやっと(?)解放された真奈美が眉根を少々寄せつつ誕生日席を離れてやって来た。

「お父さんもお母さんも好い加減にして。宏君が困ってるわ。お礼はいつでも出来るんだから、今は大人しくしてて」

 どうやら、自分の両親と夫とのやり取りを聞いていたらしい。

「しかし真奈美。真奈美のいき遅れを覚悟していた我々に取って、宏君はお前を娶ってくれた救世主だぞ。ぞんざいにして好い相手では無い。むしろ拝むべき御方に厚く御礼を言うのは当然だ」

「そうよ、真奈美。宏さんのお陰でアンタは人並みにお嫁に行けたのだから、親として御礼を言うのは当然でしょ! アンタも、日頃から尽くさないとバチが当たるわよ」

「い、いき遅れ!? 人並み!? いくら何でも娘に対してそれは非道いわ。そ、そりゃ、十代の頃迄は家事全滅だったし自覚もしてたけど……」

 黒目がちの瞳を丸くして抗議するも、最後は口籠もる真奈美。
 どうやら、両親の自分に対する評価が思った以上に悪かった……らしい。

「あの、昔はどうであれ、今の真奈美さんは立派な主婦として俺達の家を守ってくれています。家事も万全でみんな大助かりしてます。だからご心配なさらずに……」

 言いつつ、今度は宏がビール瓶片手に義父へ酌をするも。

「立派な……主婦? あの真奈美が!? 嘘っ!」

「家事が万全!? あの真奈美がっ!? 嘘っ!」

 義理の息子となった人物のフォローを最後まで聞かず、真奈美の両親は驚いたように目を見開いた。

「宏君。こう言ってはナンだが、本当にうちの真奈美は主婦として役に立っているのかね? 二十歳(はたち)になるまでろくすっぽ家事が出来無かったんだが……本当は皆さんに迷惑掛けとるんじゃ無いかね?」

「宏さん、うちの娘(こ)がしでかす不始末は全て私共の責任ですので包み隠さず遠慮無く仰って下さいね!」

 どうやら何とか嫁には出したものの、娘の現在の生活振りが気に掛かるらしい。
 宏は心配気に眉を寄せる義父母を安心させるよう、殊更声を大きく、そして堂々と言い切った。

「役に立つどころか、大いに俺を……いや、俺達のマドンナとして君臨していますから安心して下さい。なにせ、彼女がいるとみんな心癒されるんですよ♪ そんな女性(ひと)、滅多にいません。真奈美さんは俺達にとって必用不可欠な存在です!」

(何も、こそこそ話す事柄じゃないし、むしろ大いに自慢出来る話だからね)

 そう思って話しのネタにされている本人に視線を向けると、目元を朱(あか)く染めて照れ臭そうに縮こまっていた。
 すると、ホッとしたのか、大きな息を吐いた義父が小さく笑った。

「そうか。あの娘(こ)が人様の役に立っているのか。……好かった好かった」

 何度も頷く父親に、真奈美は苦笑いで応える。

「んもう、お父さんったら、私を何だと思ってたの? 私が二十歳(はたち)になった秋から花嫁修業始めて、ひと通り家事を覚えたでしょう? もう忘れたの?」

「あ、いや、まぁ、その、なんだ! 真奈美はホレ、昔は凍って霜の付いた肉を『とんかつにするんだ』って、煮えたぎった油に放り込んだり新米を洗剤で研いだりしただろ。それにアイロンでワイシャツを焦がしたり裁縫道具を絨毯にバラ撒いたりして――」

「お父さん! それは大昔の話っ! 忘れ去った過去の話っ!!」

 真奈美の甲高い声が、父親の続く声を覆い隠す。

「でもお前、それらは純然たる事実……」

 義父の言葉は、髪を蠢かせ眇めた瞳の娘によって完全に封じられた。
 そんな父娘(おやこ)に。

「お父さん、真奈美が皆さんの手枷足枷になっているんじゃないか、って心配してたのよ。ま、ちょっとした親バカだから気にしなくて好いわよ」

「お父さん……」

 すかさず入った母のフォローに、今度は瞳を潤ませる娘、真奈美。
 どうやら親の隠された愛情をひしひしと感じたのかもしれない。
 そんな親子三人のやり取りに、杯片手に刺身を旨そうに摘まんでいた晶が箸を置き、控え目ながら(?)も堂々と割って入って来た。

「お義父(とう)さん、大丈夫です。我が夫の言う通り、真奈美は今や立派な主婦としてあたし達の生活を支えてくれています。それはもう、筆頭妻であるあたしが保証し感謝する位ですから♪」

「そうです。私達と一緒に料理やら掃除やら洗濯やら、そつ無くこなして貰って大助かりしてますから、どうぞご安心下さい♪」

 筆頭妻と副料理長の千恵からのお墨付きに安堵の表情を浮かべるも、義父はまだ若干の不安が残っているらしく、誰も想像もしなかった台詞を零した。

「そうですか。いやぁ~、いつ何時、三行半(みくだりはん)を突き付けられ泣き帰って来るのかと思って――」

「お父さん!」

 娘からの鋭い声に臆する事無く、むしろ身を乗り出し声も顰めて宏に向かって放たれた言葉が……。

「しかも、ホレ、箱入り娘だっただけに、夜の方もマグロになっているんじゃないかと――」

「お父さん!!」

 本日最大となる真奈美の声が近所に轟き、父親の続く台詞を完全に消去した。
 どうやら度重なる暴露話と親の下ネタに、普段は穏やかな真奈美も業を煮やしたらしい。

「お父さんってば、さっきから宏君にナニ言ってんのっ! ある事無い事、ヘンなコト言わないでっ!!」

「「「どわはははははっ」」」

 いつの間にか声高に話していた父娘の会話は周囲に筒抜けだったようで、一斉に笑いの花が咲いた。


     ☆     ☆     ☆


 宴と酒が進み、当初の硬さ――義理の息子&舅と言う意識――がほぐれると義父から、より打ち解けた話も当然、出て来る。

「宏君、娘の料理の腕前はどうかね? ちゃんと食べられる物を食べられるように料理しとるかね?」

 九人の奥さんから絶大な信頼を受けていると知った後でも、親として心配らしく、若干、声を顰めて尋ねて来た。
 宏は安心させるよう、酌を交わしつつ殊更ゆっくりと言葉を紡ぐ。

「ご心配には及びません。毎日美味しい料理を作って貰って感謝してます」

「そうか。なら好いのだが……最初の頃は、それはもう非道かったからな」

「話には伺ってます。しかし、今、お義父(とう)さんが食されている青椒肉絲は真奈美さんが作った料理ですよ」

「え゜っ!? これをあの娘がっ!? いやはや……信じられんなぁ。どんなトリックを使ったんだ?」

 箸で摘んだ牛肉をしみじみ見つめていると、黙ってはいられなかったらしく真奈美が再び猛然と食って掛かる。

「非道いっ! 私が宏君と出逢ってからすぐにお料理教室とか裁縫教室に通ったでしょ! 家事だってお母さんに教わりつつ最後は完璧にこなしたじゃない!」

 普段の『癒しの真奈美』が嘘のように声を荒立て髪も逆立て目を剥く真奈美に、宏は珍しいモノを見たと思った。

(あの真奈美さんも、お義父(とう)さん相手だと、こうまで露わに感情を出すんだなぁ。ムフッ、何だか新鮮~♪)

 妻の隠された一面(?)に、相好を崩す宏だった。
 もっとも、それは他の奥さん達も同様だったようで、

「真奈美も、ヒロ以外で結構、熱くなるのね。何だか意外で……可愛いわね」

「……まぁ、好きな男性(ひと)の前とそれ以外で取る態度が違うのは女として当たり前。真奈美も普通の女の子だった、ってだけだよ、お姉ちゃん」

 目を丸くしている晶に、双子の妹の優が微笑みつつ解説し、

「真奈美のヤツ、宏やオレ達の前でもこんな風にもっと喜怒哀楽出せば好いのに……まだ『好い格好しぃ』の部分が残ってんのかな?」

「真奈美さん、お屋敷じゃ大声出さ無いし、出す機会も必要もありませんからね。でも、今日のような真奈美さんもお屋敷にいる真奈美さんもどちらも同じ真奈美さんなんだから、あたいはそれで好いと思いますよ」

 首を小さく傾げるほのかに、優しい笑顔の千恵がフォローしている。

「真奈美さんも、ご両親に掛かれば妻から娘に逆戻り、ですわね」

「ま、親子はいつまで経っても親子なのよ。ウチと宏クンが教師と教え子の関係であるみたいにね」

 姑を前にした所為か、今日は終始大人しい多恵子と夏穂が笑い合い、

「お屋敷では『癒しの真奈美さん』と言えど、実家に戻ってご両親を前にするとガラリと変わるんだね」

「そうね。お姉ちゃんよか、ずっと女の子らしいけどね♪」

「う゛っ! あ、当たってるだけに言い返せないっ」

 したり顔の飛鳥に向かって妹の美優樹からの手厳しいひと言も。
 そして。

「お義父(とう)さんにお義母(かあ)さん~。真奈美さんは宏ちゃんがいたからこそ、こうして立派な女性になったんだよ~。だから今の真奈美さんを見てあげて~。私もお料理とかで随分助けられてるし~♪ だからもっともっと褒めてあげて~♪」

 屋敷で料理長を張る若菜からの、力強い(?)フォローが妻達の代表意見となって真奈美の両親に届く。

「そうか。みんながそう言うなら、きっとそうなんだろう。そっか、そっか……」

「真奈美は好き夫に嫁いだと同時に、好き方達にも巡り逢えたのね」

 感慨深げに何度も頷くご両親に、妻達も照れ臭そうに頬を染めるのだった。


     ☆     ☆     ☆


「そうそう、真奈美さんへの誕生日プレゼントは今日の最後に贈るからお楽しみにね♪」

 右隣にいる宏からそう告げられたのは、あらかた用意した料理やドリンク類が全員の胃袋に消え、夜もそこそこ更けた頃だった。
 最後まで残されていたデザート(二段重ねの誕生日ケーキだ)をパク付きつつウィンクするご当主に、一緒にケーキを頬張っていた真奈美は小さく目を見開いた。

(宏君、何をするつもりなのかしら? 宴会の最初に渡さなかったってコトは、普通とは違うってコトよね? ……うふふ♪ 何だか楽しみだわ)

 この年若き夫のサプライズプランは常に目を見張るものがあるだけに、真奈美の心は急速に新たなる嬉しさや楽しさで満たされてゆく。

「うん、愉しみにしてるわ♪」

 素直に笑い、心から喜びを示していると、左隣でお猪口を傾けていた父親がポツリと言葉を漏らした。

「お前は……宏君と出逢い、結婚し、多くの奥さん達と生活を共にして正解だったのかもしれんな」

「せ、正解? 何が? 私、何か変わった?」

 何やらじ~っと見つめて来る父親に、思わず腰が引けてしまう。
 こんな時は、余り好い話しが出て来ないからだ。

「うむ。表情が……以前とは比べものにならない程に豊かになった。そして歳上の奥さん相手にも物怖じせず、堂々とした態度で接してもいる」

「表情? う~ん、自分では判らないわ。それに堂々とした態度と言われても……晶先輩や優先輩、ほのか先輩に多恵子さん夏穂さんは皆さん好い方なんですもの。私が好くして貰ってるだけよ」

 ケーキ用のフォークを咥えたまま小さく微笑む真奈美に、筆頭妻の晶と談笑していた母親が話しに加わって来た。

「お父さんは、真奈美が昔と比べて活き活きとしてる事に驚いてるのよ。まぁ、私もだけどね」

「あ……そう言われれば……確かに以前と比べて人前でも喜怒哀楽を出すようになったかも」

 記憶にある天井の染みを見上げて自己分析していると、さもありなんと父親が何度も頷きつつ口を開いた。

「真奈美は大学に入ってからも、どことなく自信無さ気だったが、宏君との出逢いを境に前向きになった。それまで受け身で過ごして来たのに料理教室や裁縫教室に自ら通い始め、家事も積極的に覚えようと能動的になった」

 ここで母親からの要らぬ突っ込みが。

「まぁ最初の頃は、それはもう目を覆うばかりだったけどね~。全自動の洗濯機をお釈迦にしたり~」

「う゛っ!」

「あはは。何だか目に浮かぶよ」

「いや、それは初期設定の私であって……ああ、もうっ!」

 破顔した母親の茶化しに絶句し、苦笑いしている夫には愛想笑いで誤魔化そうとしたが手遅れだったようだ。
 片や、神妙な顔付きのまま杯を傾ける父親の回想は止まらない。
 しかも、心なしか微妙~に身体が揺らぎ、顔も俯き加減になっている。
 どうやら義理の息子と九人の義理の娘相手に長時間呑み続け、相当、酒が回っているようだ。
 シャツから覗く肌が真っ赤に染まり、今にも寝落ちしそうだ。

「人見知りで家事も出来無い、何もかもダメダメな真奈美は一生、嫁には行けないと思って諦め掛けていたんだ。まぁひとり娘だし、嫁に行かずいつまでも家にいて欲しいと思った事も多々あったさ。でも――」

「……何もかもダメダメ? 一生嫁に行けない? お父さん、娘に対してさっきから非道くない? そ、そりゃ、子供の頃は人見知りしてたけど、今は違うわ」

 眉根を寄せて言葉を遮るも、酔いも手伝いすっかり感傷の海に沈んでしまった父親には通じない。

「ここにいる宏君が真奈美を変えてくれた! 我が娘を立派な人間として成長させてくれた! ありがとう、宏君! 本っ当にありがとうっ!! 宏君が私の息子になってくれて本当に好かったっ!!」

 それまで静かに語っていたと思いきや、面を上げるや否や夫の両手を握り締めつつ猛烈な勢いで何度も礼を述べる父親に、散々コケにされた(?)娘は黙っていない。

「お父さん! 宏君が困ってるでしょっ! んもう~、完全に酔っ払ってるじゃないっ! 私、寝かして来る!」

「まぁまぁ、真奈美さん、俺は大丈夫だから。お義父(とう)さんが真奈美さんを案じるのは当然だし」

「宏君……♥」

 家族の無礼にも寛大な心で接する宏に、真奈美の怒りは瞬時に恋心へと昇華する。

「お父さん、久し振りに真奈美と過ごして飲み過ぎたみたいね」

 母親もまた、酔い潰れた父親に冷水を入れたコップを渡すと、宏に向かって三つ指付いて頭(こうべ)を垂れた。

「宏さん、あんなお父さんだけど、真奈美共々、これからも宜しくね」

「はい!」

(宏君♥)

 夫の力強い返事が熱く胸を打ち、図らずも涙ぐむ真奈美だった――。


     ☆     ☆     ☆


「それじゃ、俺達は終バスで帰るね。明日は昼過ぎに迎えに来るよ」

 にこやかにそう言い残し、宏達総勢十名が帰宅したのが今から小一時間前。
 真奈美は一行と分かれ、ひとり実家に泊まる事となった。
 夫であり今日の誕生日宴会のプロデューサーを務めた宏が言うには、

「誕生日の夜は俺と二人っきりで過ごす、って言う暗黙の了解があるけど、今回は特別! 何たって久々の親子水入らずだしね。それに去年の真奈美さんの誕生日はハネム~ンの途中で迎えたから、ご両親とは会えなかったでしょ。だから今回は……ね♪」

 と、何とも粋な計らいをしてくれたのだ。
 そして大学の一年先輩でもあり筆頭妻である晶からも、

「そう言う事だから、今夜はヒロの妻からひとりの娘に戻って、ご両親とゆっくり過ごしなさい。年末以降の帰省はどうなるか判らないし、会える時に会っておくのも親孝行よ♪」

 と、ご当主判断を後押しする発言が。
 結果、布団に潜る真奈美の両隣には父親と母親が安らかな寝息を立てている状況と相成った訳である。

(こうして川の字で寝るなんて何年振りかしら? 何だか、幼い頃に戻ったみたいだわ)

 仰向けのまま首を右に左に向け、両親の顔を改めて見つめていると。

(お父さん、やっぱり白髪が増えてる。目尻や頬にも皺が……)

(お母さんも、よくよく見ると小皺が一杯。……そっか、それだけ刻(とき)が経ったって事なのね)

 常夜灯の淡い光りに浮かぶ両親の顔は、記憶の中の両親よりも確実に年輪を重ねているのが判った。
 それは自然と古い記憶――若かりし頃の両親との想い出が走馬灯のように浮かんでは消えてゆく事にもなった。

(そっか。私が川の字で寝てた四~五歳の時から既に二十年も経っているものね。うふふ、お互い、歳を取る訳だ)

 小さな笑みを零すと同時に、素面では到底言えない想いが唐突に湧き上がって来た。

(去年挙げた結婚式の時には言えなかったけど……私、お父さんとお母さんの娘に生まれて本当に好かった。お陰で宏君と運命的な出逢いを果たせたんだもの。お父さん、お母さん、私を生み育ててくれて本当にありがとう)

 目を瞑り、感謝の気持ちを何度も反芻していると、瞼に浮かぶ両親の顔がやがて愛しき男性(ひと)の顔へと変化する。

(宏君ったら、本当にサプライズが上手! まさか目に見えない物までプレゼントにしてしまうなんて……素敵だわ♥)

 真奈美の心が興奮と愛しさでより温かくなる。

(私のお誕生会は実家(ここ)でするからね、って前もって聞いてたけど、よもやプレゼントが『親子で過ごす時間』だなんて……誰も想像出来無いわよ)

 そして帰り際に晶から言われた台詞も甦って来る。

(まぁ、確かに帰省した時は誰だって親と子に戻るものね)

 当たり前の事に今迄気付かず、つい布団の中でクスリと笑ってしまった。
 加えて。

「……このプレゼントはヒロクンからの提案。どんなに歳を重ねても、親と子の関係は永遠。生まれたての子や二十歳(はたち)を迎えた子、そして顔に皺が増え白髪になっても親から見れば子供は子供」

 などと、優先輩からも優しく微笑み掛けられ、

(飛鳥ちゃんと美優樹ちゃん、夏穂さんに多恵子さん達からは『ごゆっくり~』とか『宏クンはウチが面倒見るから♪』とか『これも親孝行のひとつですよ』なんて言われちゃったし)

 更には、

「去年はオレがスウェーデンの実家で誕生日を迎えただろ。だから今年は真奈美が実家(ここ)で誕生日を迎えるのが正解だぜ♪」

「真奈美さん、あたい達の事は暫し忘れて、羽を思いっ切り伸ばして下さいね♪」

「真奈美さん~、羽を伸ばし過ぎてハメを外さないでね~♪」

 ほのか先輩や千恵ちゃん若菜ちゃんからの、温かいお言葉(?)も。
 どうやらみんなして仕掛け人だったようで、照れ臭いやら恥ずかしいやらで顔が上げられなかったっけ。
 もっとも、父親だけは心外だったらしく、

「やれやれ。この歳で嫁に出た娘と同じ部屋で寝る事になるとは……。宏君から事前に聞いて無かったら心臓が止まるトコだったぞ」

 などと眉根を寄せつつブツブツ文句を言っていたが、三つ離れていた布団をちまちまと寄せ合っているのだから笑ってしまった。

「お父さんは照れてるのよ。私だって久々だから嬉しいし」

 心底嬉しそうな両親の心中はともかく。
 真奈美の意識は再び愛しき男性(ひと)の元へと飛んでゆく。

(宏君、素敵なプレゼントをありがとう。今日の事は決して忘れないわ。宏君、愛してる♥)

 今度こそ寝ようと目を瞑ると、真奈美の瞼には愛しき男性(ひと)の笑顔がいつまでも浮かび、決して消える事は無かった――。


                                            (つづく)

 
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| 本編 | 新婚編 | 番外編 | 総目次 |

【 お寄せ戴いた御意見・御感想 】

[ 真奈美さん誕生日おめでとう♪ ]
いや~海でのバカンスから一転、真奈美さんの実家訪問に展開するとは想定外でした(;゚Д゚)!
しかもサプライズプレゼントが『実家で親子水入らず川の字』なんて・・・素敵すぎます!!

よく考えたら宏たち夫婦には年に9回誰かしらの誕生日があり、その他の年中行事入れたらほぼ毎月のように宴会催すんですよね^^;

お義父さんの仰る通りこの一年間の結婚生活の間に真奈美さんは何度も自らの性格を反省・改善してきました。
御両親に手放しで喜ばれ、この誕生日宴会に参加した13名全てが多幸感に包まれていることでしょう

[ やられた・・・我再起不能 ]
草薙) ウルウル(/_;)
真奈美) アレ?どうしたんですか?
草薙) 実は・・・エルムさんと宏君に大事なスキルを奪われて・・・
真奈美) ハァ(^^ゞ  アッ(゜.゜)この人・・・確か爆弾魔・・・

ってな・・・感じで残弾ゼロですぅ(/_;)

・・・そんなことより、真奈美さん誕生日おめでとう(^_-)-☆
両親に過去を暴かれるのは・・・イヤ?
でもね・・・信頼する夫君だから言えるんだよ~!(^^)!
やっぱ宏君は奥方に留まらず周りの人たちも幸せにしてるんだなぁ(●^o^●)

[ ん?爆弾? ]
草薙さん、お届けします
Merry Christmas 
つ●~*
(ノ ̄▽ ̄)ノ)))))))))) ●~*●~*●~*●~*●~*( ((≪☆★BOMB!!★☆≫)) )



寒いですねぇ。
作者さんのところは連日の大雪じゃないでしょうか。
雪掻きで腕を酷使しすぎて作新が書けなくなる、などと云うことの無いようにお体大切に。


今年も一年間色々楽しませて下さってどうもありがとうございました。
来年もまたこの作品が続きますようにお祈り致します。
それではよいお年を。




[ 毎度お越し戴きありがとうございます♪ ]
mさん
 コメントありがとうございます♪

 そして真奈美へのお祝いありがとうございます♪ 
 本人も大いに喜んでおります。 (^o^)ノ

 真奈美は(宏自身もですが)結婚を機に少しずつ成長していますね。
 それは離れて暮らす両親だからこそ気付くのでしょう。

 本年中は絶えず応援して戴きありがとうございました♪ m(_ _)m

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草薙さん
 コメント&真奈美へのお祝いありがとうございます♪

 好きな男性(ひと)の前で過去の恥ずかしい(?)出来事を暴露され、真奈美は焦りまくりでしたね。
 しかしそれがまたお互いの愛情に繋がり……。(*^_^*)

 本年はご贔屓下さいまして誠にありがとうございました♪ m(_ _)m

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ぺんぎんさん
 コメントありがとうございます♪

 ウチの周辺は雪が軽く降ったりすぐ溶けたりで、幸いにも除雪は月初めに行なった一回にとどまっております。
 色々とお気遣い感謝致します。 m(_ _)m

 また、本年中は拙小説に飽きる事無くお付き合い戴き、感謝に堪えません。
 深く御礼申し上げます。 m(_ _)m

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 皆様、今年一年弊サイトにご訪問戴き、誠にありがとうございました。 m(_ _)m
 どうか好いお年をお迎え下さいませ♪ m(_ _)m
 
  

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