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恋模様(1) 恋模様(1) 美姉妹といっしょ♪~新婚編
 
「………………………………寝られん」

 ベッドに潜ってからどの位、時が経っただろうか。
 何度も寝返りを打った挙げ句、夏穂はベッドからむくりと上体を起こした。

「ん~~~、なんか知らんけど、ちっとも眠くならんわ」

 肩に掛かるセミロングの黒髪が乱れるのも構わずワシャワシャと頭を掻き毟り、サイドテーブルに置かれたデジタル時計に目を向けると丁度、深夜一時を表示していた。

「しぁない。ちょろっと寝酒でもやるか。明日は日曜で部活も休みだから寝坊しても平気だし」

 隣のベッドで安らかな寝息を立てている姉の多恵子を起こさぬよう物音立てず東廊下に出ると、薄蒼のパジャマ姿のままリビングへと向かう。

「このお屋敷の凄いトコは、廊下や階段の足下に淡いオレンジ色を放つLED仕様の常夜灯が要所要所に備わってる点よねー。夜中にトイレに起きた時なんか、いちいち廊下の電気点けなくて済むしー。宏クン、ホント、人と財布に優しい家造りしてるわ♪」

 夏穂は暖簾を潜ってリビングの明かりを点けると、すぐに「お気に入り・その1」ボタンを押す。
 これで照度は通常より六割減光し、色調も白昼色から琥珀色に変化する。
 この屋敷のリビングや各部屋のシーリングライトはLEDを使っている(宏がこの春から導入した)ので、場の雰囲気やその時の気分で好みの明るさや色に変えられるのだ。

「さて、まだ何本か残ってた筈。……おぉ、あるある♪ 夕食で呑んだ分をちゃんと補充しといてくれるなんて、流石、千恵ちゃん。我が教え子だけあるわ♪」

 業務用大型冷蔵庫のドアポケットには缶ビールがひと箱分ちょい――三十本が隙間無くズラリと並んでいた。
 本来、自分で呑んだ分は自分で補充するのが決まりなのだが、夏穂は呑んだら呑みっ放しにするのでいつも千恵が苦笑しつつ補充してくれているのだ。

「まずは一本、いっとくか♪」

 程好く冷えた缶ビール片手にリビングの三人掛けソファーの中央にどっかと腰を据え、プルタブを開ける。

 ――プシュッ!――。

 静まり返った室内に炭酸の抜ける小気味好い音が大きく響き、麦酒特有の芳醇な香りが周囲に漂い出す。

「それじゃ、宏クンとみんなの無病息災、家内安全、健康長寿を願って、かんぱ~い♪」

 缶ビールを持った腕を高々と掲げ、ひとり気勢を上げる夏穂。
 呑む前に酔っ払っているのは流石だ。
 もっとも、夕餉の席で既に何本か空けているので、体内に少なく無いアルコールが残っているのも確かだ。

「んぐ……んぐ……んぐ……んぐ……プッハァ! あ~~~、美味いっ!」

 レギュラー缶の半分を一気に呑み干した夏穂は手の甲で口元を拭う。
 そんな、まるで中年サラリーマンのような豪快な呑みっぷりは、誰が見ても教壇に立つ聖職者とは思わないだろう。

「ん~、あっという間に空いちゃったな。しかも全然呑み足りないし肴も欲しくなっちゃった。冷蔵庫に何かあったかな? 確か……チーズにサラミ……野沢菜漬けもあった筈♪」

 本格的に冷蔵庫を漁ろうと腰を浮かせた、その時。

「やっぱり♪ こんな遅くにどうしたんです?」

 柔らかな、それでいて好く通る澄んだ声に夏穂は反射的に声のする方へ顔を向けた。
 そこには、笑顔の金髪碧眼美女が西廊下側の暖簾を片腕で払って立っていた。


     ☆     ☆     ☆


 ここで時間は少し遡る。

「ふぅ、やっと終わった。今回は細々(こまごま)とした更新が多かったなー。伊丹の改修工事とか板付の企業向けターミナルの移転とか航路のウェイポイントの名称変更とか。毎度の事とは言え、ノータム――航空関係機関が出す、空港や運行に係わる航空情報――をチェックするのも、ひと仕事だぜ」

 机に散らばった何枚もの書類をクリアファイルに仕舞い、必要なデータを打ち込んで保存したデスクトップパソコンもシャットダウンさせたほのかは、椅子に座ったまま両手を頭上に伸ばし、大きく伸びをする。
 すると背中や腰の辺りからポキパキと骨の鳴る音が十畳の和室に大きく響いた。

「くぅ~~~、少し根を詰め過ぎたかな? って、もうこんな時間か。夕食後の団欒を済ませてから始めたから、丸三時間近く経ってたのか。道理で目がしょぼしょぼする訳だ」

 机に置いてある、旧型の高度計を模した三針式アナログ時計(宏から贈られた誕生日プレゼントだ♥)の針は、深夜一時過ぎを刻んでいた。

「ぼちぼち寝るか。夜更かしはお肌の大敵だしな」

 シルクのような金髪が乱れるのも厭わず、ボリボリと頭を掻きながら椅子から立ち上がった、その時。

 ――……シュッ!――。

「ん? 何の音だ? エアが瞬間的に漏れるような……あるいは金属が擦れるような音だったな。廊下……いや、リビングか?」

 まさにこの時、夏穂が缶ビールを開けたのだが、ほのかはその微かな音を無意識に聞き分けていた。
 深夜で他に物音がしない状況とは言え、リビングからここまで十数メートル離れ、しかも廊下とは襖で仕切られているのに恐るべき耳の好さである。
 否、だからこそ若くしてチーフパイロットの要職に就いているのだ。
 そんな身に染みたパイロットの習性で、ほのかの身体は自然と動いていた。

「念の為、確認するか。もしかしたらミケが徘徊して何か引っ掛けたのかもしれんし」

 ミケとは真奈美が助けた仔猫で(ほのかはミケと呼び、屋敷の住人も好き勝手な愛称で呼んでいる)、今日は晶と一緒に寝ている筈だ。

「ま、喉も渇いたし、ビール一本貰うついでだしな。明日はオフで呑んでも平気だし」

 黒のタンクトップに同色のローライズショーツのラフな部屋着のまま西廊下に出ると、リビングから漏れる琥珀色の灯りが飴色に光る廊下の床や壁板を淡く照らし、常夜灯の灯りと溶け合っていた。

「なんだ、誰かいるじゃん。照明が呑み屋モードになってるから……もしかして夏穂さんか?」

 呑み屋モードとは、場末の居酒屋の雰囲気を再現した照明設定の事だ。
 これは呑兵衛(?)たる夏穂やほのかが呑む時に好んで使う設定で、LED照明が導入されるや否や夏穂が真っ先に設定したのだった。
 ほのかが西廊下とリビングを隔てる暖簾を潜ると、果たして。

「やっぱり♪ こんな遅くにどうしたんです?」


     ☆     ☆     ☆


「あら、ほのかちゃん、いらっしゃい♪ いや~、ちょろっと寝酒を嗜(たしな)んでたの。ほのかちゃんは?」

「はい。今さっき仕事のチェックを終えたら何やら空気の抜けるような音がこっちから聞こえたんで、ビール貰うついでに見に来たんです」

「あらら、もしかして邪魔しちゃった? ごめんね~」

 夏穂が井戸端会議のオバチャン風にパタパタと手を振ると、ほのかがプッ、と吹き出す。
 どうやら、見た目は若い夏穂の意外とババ臭い(?)仕草がツボに嵌ったようだ。

「いえいえ、それは大丈夫です。ぼちぼち寝ようかと思ってたトコでしたから」

「そう、なら好かった♪ それにしても、プルタブを開ける音に気付くなんて流石……と言って好いのかしら? 音は小さいし、ほのかちゃんの部屋まで結構、離れてるのに」

「流石、かどうかは判りませんが、耳が自然と聞き分けちゃうんです。ま、一種の職業病ですかね~」

 ほのかが左右の手の平を上に向け、小さく首を傾げながらひょいと肩を竦めると、今度は夏穂がププッ、と笑う。
 海外ドラマや洋画の中で外国人がよくするポーズを目の当たりにし、琴線に触れたのだ。

「あはは! それはご苦労様! それじゃ、一緒に呑もうか。ウチも一本空けたら呑み足んなくなっちゃってさ」

「お供します♪」

 こうして深夜のリビングは急遽、女子会の会場となった。



「それじゃ、かんぱ~い♪ 宏クンにも、かんぱ~い♥ んぐ……んぐ……んぐ……」

「乾杯♪ 宏に乾杯♥ ん……ん……ん……」

 夏穂の音頭で缶同士を軽く合わせ、ほのかは喉を鳴らしてビールを呷る。
 落ち着いた琥珀色の照明に淡く照らされ、差し向かいで杯を交わし合う美女二人。
 ひとりは肩に掛かるストレートセミロングの髪に目鼻立ちの整ったアダルトな美女、もうひとりは腰まで届く波打つ金髪と彫りの深い美顔に、切れ長でどこまでも透き通った碧い瞳が印象的なハーフ美女。
 傍から見れば、雑誌やテレビの広告で使われてもおかしくない、シックな光景だ。

「……プッハァ~! あ~美味い!」

「ん……ハァ-! うん、旨い!」

 二人同時に呑み干すも、年季の違いだろうか、夏穂の口元を腕で拭う仕草が何度見ても画(さま)になっている。
 おまけに夏穂はパジャマの胸元がはだけて深い胸の谷間がよ~く見えるし、胸の先端が丸く突き出てノーブラなのが丸判りなのでセクシーな事、この上無い。

「肴も、冷蔵庫にあったのを並べただけだけど、これで足りる? 飛鳥ちゃんの部屋に行けばポテトチップやポッキーにチョコチップクッキーとかの乾き物があるし、ウチの机にはサキイカや濡れ煎餅もあるけど、持って来ようか?」

 目の前のガラステーブルには北海道産のチーズやスライスされたサラミ、韓国産のキムチに浅漬けのキュウリや野沢菜漬けなどが並び、もはや寝酒とは思えないラインアップとなっている。

「いえ、これだけでも充分、御馳走ですよ♪ ――って、夏穂さん、机にそんなん仕舞ってるんですか?」

「真夜中専用の非常食よん♪ ベッドから手を伸ばせば届くから便利よ~♪」

「た、確かに……食べる音はしませんし、欠片も散らばりませんしね」

 ほのかはつい、クスリと笑ってしまう。
 夏穂は屋敷に住まう元・教え子達や姪っ子に対して尊大に構える事が多いが、意外と(?)細かい気配りは出来るしバイタリティーも持ち合わせているので、傍から見ていて少しも飽き無いし、接していると楽しいのだ。

(確かにこの先生なら、宏や千恵ちゃん達、そしてあの晶が慕うの、判るかも)

「それで、夏穂さんはこんな夜中にひとりで酒盛りですか?」

 ほのかは爪楊枝で刺したサラミを囓り、夏穂に尋ねた。
 終始笑顔の夏穂は片手でチーズを摘み、もう片手で三本目の缶ビールを呷りながら応えてくれる。

「いや~、ベッドに潜り込んだまでは好かったんだけど、何だか眠れなくってね~。そんで、ちょろっと引っ掛けてから寝ようとしたの」

「そうだったんですか。……あ、そう言えば」

「ん?」

 ピタリと動きを止めたほのかに、夏穂は口に浅漬けのキュウリを咥えたまま僅かに首を傾げる。
 ほのかは、ずいっ、と身を乗り出し、正面でくつろぐ夏穂を見つめながら、手にした缶ビールを小さく振る。

「夏穂さんと、こうして差しで呑むのは初めてですよね。いつもは誰かしら交じって複数で呑んでますから」

「そう言えばそうねぇ。……ふふ♪ また初めての女性(ひと)が増えたわ♪」

「……ナニ、意味不明なコトを。オレの初めては宏に捧げたんですからっ。……って、ナニ言わせるんですか!」

 自分で言っておいて、急に恥ずかしくなるほのか。
 顔が火照り、鼓動がワンテンポ、早くなる。

(夏穂さんと呑むと、つい本音が飛び出しちまうのは……なんでだろ? みんなも結構、赤裸々に言っちゃうコト、あるし。もしかして……真奈美と同じ、リラックスや癒しの効力を持ってるのかも。だとしたら、これも夏穂さんの隠れた魅力のひとつなのかもな。気さくだし冗談も通じる美人だし。……ふふ、なるほど♪ 伊達に教師、張ってる訳じゃ無い、ってコトか。あの気難しい晶や警戒心の強い千恵ちゃんが無条件で慕う筈だわ)

 などと思いつつ、ほのかの中で夏穂の評価がうなぎ登りしていたら。

「あら、それはウチも同じよ♪ ウチの三十年モノの処女膜を宏クンに破って貰ったんだから、ウチ等は竿姉妹よね~♪ それで言ったら、ほのかちゃんがウチのお姉さん、だわね~♪」

 お年頃(?)の女教師だのに、嬉々として思いっ切り下ネタを(しかも露骨に)語る夏穂に、ほのかは呆れてしまう。

「夏穂さんと話してて、だんだんエロくなるのは……気のせいですよね?」

「うんうん♪ 気のせい、気のせい♪」

「とても気のせいとは思えないんですが?」

「そんなコト無いわよぉ。女だけの呑み会で色恋は必須アイテムだしぃ、それが会話の潤滑油よん♪」

「あははは! それもそうですね。同僚達と呑む時も似たようなモンですし」

 深夜のリビングに美女二人の澄んだ笑い声が満ち、ひとしきり笑い合った所で。

「で? ほのかちゃんは寝酒の調達に来たんだっけ?」

「き、急に話が戻りますね……。そうです。缶ビール貰おうとしたらリビングから物音が聞こえたので、ミケがうろついているのかと思って見に来たんです」

「ミー君が? あはははっ! だったら今頃、こうして晶ちゃんの血を舐めてんじゃない?」

「はぁ~~~っ!?」

 ほのかの声が尻上がりに、かつ、裏返ってしまう。
 頬張っていたキムチをビールで流し込んだ夏穂は大口開けてケラケラ笑い、真っ赤に滑(ぬめ)る舌で軽く握った右の拳をチロリと舐めて仔猫の真似をしたのだ。
 そんな、教師とはとても思えないお茶目(?)な夏穂に、

「鍋島の化け猫じゃ無いんだからっ!」

 ほのかの、身を乗り出しての怒濤のツっ込み。
 すると夏穂は五本目の缶ビールを持ったままソファーの背もたれに勢い好く背中を預け、目を丸くした。

「あら、ほのかちゃん、鍋島藩の化け猫騒動、知ってるんだ?」

「それ位は知ってます。大学の図書館で日本の歴史を辿ってたら載ってました。江戸の昔っから有名な話だそうで」

「偉いわねぇ。今や『鍋島の化け猫』つったって、生徒はおろか教員でさえ知らないのに……ホント、偉いわ~」

 教師としての血が騒いだのか、生徒と接しているかのように瞳を細めて盛んに褒め称えて来る。

「えへへ、お褒めに与り恐縮です♪」

 ほのかも高校時代に戻ったかのような錯覚に陥り、破顔すると小さな会釈を夏穂に返した。
 たとえ何歳(いくつ)になっても、現役教師から褒められれば嬉しいし照れもする。
 ほのかは褒められて伸びるタイプなのだ。

「宏と出逢ってから、オレは――」

 ソファーにゆっくりと寄り掛かり、ビールをひと口飲んだほのかは若かりし頃の宏を懐かしむように語り出す。
 この時、ほんのりと心が温かくなったのは……きっと缶ビール三本目にして酔いが少し回って来た所為だろう。

「好きな男性(ひと)が暮らす、この国の歴史に俄然、興味が湧きまして。そんである時、図書館やネットで広重や北斎、歌舞伎など江戸の文化を調べてたら鍋島藩の化け猫騒動に辿り着いたんです」

「あはは! あるある! ネットで調べると次から次へと関連リンクを辿っちゃうのよね~。そしたら出発点が――」

「「判らなくなる!」」

 同時に身を起こし、顔を見合わせ綺麗にハモる、美女二人。
 ひとしきり笑い合うと、夏穂が満面の笑顔を向けて来た。

「ウチら、息が合うわね~♪」

「ホントに! 一緒に住み始めてまだ半年経つか経たないかなのに……不思議です」

 ほのかが眉根を寄せて首を傾げると、それがまた高笑いの材料となり、リビングにひとしきり華やかな声が響く。

「……っと、今は真夜中だった。あんまし騒ぐと、ただでさえ恐~いお局様が額から角、生やしてやって来ちゃう!」

「あはははっ! 晶のヤツ、寝てるトコ起こすと超機嫌、悪いんですよねー」

 夏穂が両人差し指で角を生やす真似をすると、ほのかも大きく頷いて同調する。
 でも、今度は声を忍ばせクスクス笑い。

「ほのかちゃんが宏クンと出逢ったのって、学生の頃よね? いつだったか、そう聞いた覚えがあるわ」

「そうです。オレが大学三年の秋に出逢ったんです。……そっか、宏と出逢ってから丸四年半、経っているのかぁ」

 懐かしそうに微笑み、愛しみの表情を浮かべるほのか。
 鏡を見たら、これ以上無い位に優しい瞳になっている事、請け合いだ。
 そんな、頬を紅(あか)く染め恋する乙女状態のほのかに、夏穂は手で摘んだサラミを囓ってから尋ねた。

「ねぇ? 宏クンとの馴れ初め、聞かせて貰っても好い?」

「はい、構いません。あれは……」

 興味津々とばかり身を乗り出す夏穂に、ほのかは四本目の缶ビールをひと口呷ると天井で淡く光るライトを見つめ、当時へトリップする。

「あれは……何やら落ち込んでる真奈美を励まそう、ってんで、サークル仲間で紅葉狩りに行ったんです。当初はオレ、晶、優、真奈美の四人で行く筈だったんですが、晶の代わりに宏が来たんです。それがオレと宏のファーストコンタクトでした」

「落ち込んだ真奈美ちゃん? どうかしたの?」

「うろ覚えで好ければ、話しましょうか?」

 頷く夏穂に、ほのかはビールで口を湿らせる。

「発端は、真奈美が困ってたら見も知らぬ男に助けられた、とか。そんで、礼を言いそびれた真奈美が半年近く男を捜し続けたけど結局見つからず、それで落ち込んでたんです。礼も言えず見つけられなかった自分が情け無い、って。で、見かねたオレらが気分転換を兼ねた励ましで紅葉狩りに引っ張り出したら宏が現われ、それが何と真奈美の探し求めてた男だった、ってオチです」

「何だか……見るに堪えない日本のドラマや映画よか、ずっと好く出来た話ね。その時、宏クンは高校の――」

「二年です。オレとは学年で四つ下になります。もっとも、宏と出逢う迄は晶や優、千恵ちゃんや若菜ちゃんから宏の話を耳にタコが出来る程、散々聞かされてました。だからか、初めて出逢った時は初対面、って気が全くしなくて、聞いた話とは逆に線の細い可愛い男の子、って感じでした。でも……」

 ほのかの目元がほんのりと紅(あか)く、色付く。
 そんなほのかに、八本目の缶ビールを呑み干した夏穂は瞳を細めた。

「見た目の優男(やさおとこ)とは裏腹に芯のある侠気(おとこぎ)に惚れた、って感じかしら?」

 目の前に座る美女から放たれた言葉に、ほのかは切れ長の碧眼を丸くした。

「に、日本の教師って、サトリの術を修得してるんですか? なんで判ったんです!? 全く以てその通りです」

「うふふ♪ じ・つ・は~、ウチも同じなの。見てくれは愛嬌のある表情と線の細い身体(ボディ)なのに、実際は誰よりも心が広く芯の強い、筋肉質な男の子……男子生徒だったの。それで、ウチも惚れちゃったクチなの♥」

 九本目の缶ビールを開け、瞳を細める夏穂に、ほのかも大きく首を縦に振る。

「そうなんです。宏は金髪碧眼で男言葉を話すオレを少しも珍しがらず、普通の女性同様に扱ってくれたんです。田舎町で外国人が異様に目立ち特別扱いされる環境でも、オレの事を特別視しないで晶達と同じくひとりの女性として接してくれた、唯一の男性(ひと)だったんです!」

 手にした五本目の缶ビールがペキョッ、と音を立てて少しへこむ。
 若干、力が入ったようだ。
 そんな力説するほのかに、夏穂も切れ長の瞳を細めたまま何度も頷く。

「うんうん、大いに共感出来るわ~。だってホラ、飛鳥ちゃんが中学に入った時の茶髪事件があったし」

 夏穂は十一本目の缶ビールを呷り、どこか遠くを見た。

「その時の騒動もそうだったけど、宏クンって、外見で女を見ないのよね~。ちゃんとひとりの人間として、ひとりの女性としてウチ等を見て接してくれるのよね~」

 夏穂は宏と出逢った当時に心が飛んでいるのか、頬と目元が紅(あか)く染まり、目尻が下がる。

「宏クンって、自己主張は強く無いけど、決して消極的でもヘタレでも無いのよね~。ここぞって時はリーダーシップ発揮して即断即決、指揮指導出来る能力持ってるし、部活仲間を庇って怪我しちゃう侠気(おとこぎ)もあるし♪」

「他人(ひと)を庇って怪我? それは初耳だし穏やかじゃありませんね。詳しく聞かせて貰っても好いですか?」

 念の為、お窺いを立てるほのか。
 当人がいない場所で当人以外の人から聞く事は気が引けるが、宏の事ならどんな事でも知っておきたい。
 まして、それが担任として関わりの深かった人物から直接聞けるのなら、尚更だ。

「好いわよ~、好~く覚えてるから♪ あれは宏クンが高校に入学し、ウチが担任となってすぐの頃よ。放課後の部活中に、野球部の打球が宏クンと併走していたランナーに当たりそうになったの。それで宏クンが身を挺して庇ったまでは好かったんだけど、その代償として利き足の左足首を酷く痛めちゃったの。……そう、高校デビューする春の大会の、数週間前の事よ」

「そ、それでっ!? 宏はっ――」

 泡喰って身を乗り出すほのか(呑みかけのビールがむせた)を片手でやんわりと制し、十三本目の缶ビールをひと口呷った夏穂は安心させるようニコリと笑う。

「大丈夫♪ 大会にはちゃんと出られたし走れたわ。しかも六位入賞、自己新のおまけ付きで♪」

「そ、そうだったのか。好かったぁ~」

「宏クンの凄い所は、まだ痛みが残ってておかしくない状態なのに自己新を出した事……だけじゃ無いの。ボールを打った野球部の三年生や庇ったランナーを決して悪く言わないトコなの。むしろ、身の躱し方が下手だから怪我をしたんだ、自分のミスだ、って言って、人を責めたり練習環境の所為にしたりしなかった事なの」

「宏……♥」

 缶ビールを両手で握り締め、ほのかの中で宏への熱い恋心が更に膨らむ。

「他の生徒は野球部と陸上部、ラグビー部やサッカー部が同じグラウンドで練習する状況を呪ったり文句言ったりするのが当たり前だったけど、宏クンは違った。……これ、中学を出たばかりの十六歳、高校一年生の取る態度じゃ無いわ」

「宏、すっげ~。その頃から漢(おとこ)、張ってたんだ~」

「ウチはその時、教職四年目の二十六歳だったけど、そんな広い心と度量の大きい生徒――ううん、男性(ひと)は生まれて初めてだった。だからこそ、心に強く印象付けられたの。そして……そんな宏クンの深くて清い心意気を担任として直に感じ続けて、いつしか惚れちゃったのよね~♥」

「オレと夏穂さん、ホント気が合いますね。オレもそうでした。宏と接するうちにどんどん好きになってく自分がいて……気付いたら宏しか見てませんでした」

「うふふ♪ 竿姉妹だけあって、想いは一緒ね♪ ……違う、想いが先ね。宏クンと出逢って想いが積み重なったからこそ、こうしてウチら十人もの女が出逢えて、深い絆で結ばれたんだから!」

「夏穂さん……」

 ほのかは高校卒業までスェーデンで過ごしたので夏穂から直接教わってはいないが、こうして宏を介する事で夏穂に対する親近感をより強く感じていた。
 片や、宏との回想に耽っているのか、夏穂はうっとりと瞳を潤ませ頬を染めていたのだが……。

「惚れたからこそ、担任の地位を利用して何度も濃密なスキンシップ謀ったのに、宏クンったら、その度にのらりくらりと躱すんだもん。逃げるんだモン! そんな時だけ消極的で意気地無しのヘタレになるんだから、おかしいわよっ!」

「ち、地位を利用!? それって、一般的に職権乱用とかパワハラとか言うんじゃぁ……」

「そんなの関係無いわ。しかもその時、宏クンは晶ちゃん達や千恵ちゃん達、二組の双子姉妹と既にイイ関係だったみたいだけど、ウチはそれでも構わなかった。好きになったんだから仕方無いじゃない。ねぇ♥」

 十五本目の缶ビールを呷る夏穂の熱弁が、にわかに妖しい方向へ転換したのを感じ取るほのか。
 しかも、現役教師の口から次々と耳を疑う言葉が溢れ出て来る。

「好きな異性にアタックするの、昔も今も当たり前でしょ? それに美人女教師がお気に入りの男子生徒に色目使うの、世の中のデフォルトだし女教師の嗜(たしな)みだから! 授業中に宏クンの肩にオッパイ載せたりタイトスカート捲って内腿チラ見せしたりするの、ウチだけの特権だもん!」

「あ、いや、そんなデフォルト無いですし嗜みでもありませんって! それに、授業中にそんなエロいコトしてたんですかぁ? それじゃぁ良識派でシャイな宏なら逃げるわなー」

 年頃の女教師とは思えない(だからこその?)行動に呆れつつ、当然のように宏を庇うも。

「あんっ!? あんだってぇ~? 生徒に色目使うの、悪いってかぁ!? んぐ……んぐ……んぐ……プハァ~!」

「あのぅ、夏穂、さん? もしかして酔ってます? なんだか理性、無くしてるようにしか見えませんが……」

 それまでの穏やかな態度が一変、語気を強め、くだを巻き始めた夏穂に、嫌~な予感に身を震わせるほのか。

(おいおいおい! コレって……まさか……もしかしてっ!)

 リビングの心地好い環境と、心温まる宏との想い出。
 そこに旨い酒がどんどん加われば、好きな男性(ひと)への恋心が種火となって大炎上するのは、ある意味当然の結果……なのかもしれない。

(みんなが恐れ回避する状況に近付いてるっ!?)

 ほのかは思い出す。
 最初こそ、みんなで和気あいあいと呑んではいるが、夏穂の酒量が増え口調が怪しくなるにつれて苦笑とも恐れとも取れる顔でひとり減り二人去って行ったコトを。

(そんで最後は……誰がどーしてたっけ? オレ、知らんぞっ! もしかして……オレ様ピンチ? 絶体絶命!?)

 思い起こせば、夏穂と最後まで呑んだ記憶は無く、いつだったか宏が巻き込まれた惨事を遠くで笑いながら見ていたような……。
 ほのかの額と背中に嫌な汗がたら~りと流れ落ち、今迄呑んだアルコールが全て吹っ飛んでゆく。
 六本目の缶ビールを手にしたまま固まり、みるみる青ざめてゆく間にも、夏穂は十六本目のビールに手を伸ばし、豪快に呷ってゆく。
 そして十七本目のプルタブを開ける小気味好い音で、ほのかは我に返った。

「あの、夏穂さん! もうお開きにして休みましょう! 時間も遅いですし――」

 早急に事態の収拾を図るほのかは夏穂の隣に腰を下ろし、肩に手を置いて促すも――既に時遅し。

「独身女教師と男子生徒がエッチして、ナ~ニが悪い! 相思相愛を邪魔するヤツぁ、馬に喰われっちまえっ!! ウチと宏クンはなぁ、ラブラブな恋人同士で夫婦で愛人関係なんだぞぅ♥ あ~~~はっはっはっはっはっ!!」

「うっわーっ! 完全に大虎(オオトラ)に化けてる! 誰か助けてくれぇ! オレじゃ手に負えん!」

 真夜中だのに口角泡を飛ばし、赤ら顔でくだを巻く夏穂は、もはや質(たち)の悪い酔っ払いだ。
 おまけに、絡み酒と来たもんだ。
 十八本目の缶ビール片手に宏に対する越権行為の数々を自慢気に暴露し高笑いし、その勢い(と呑む勢い)は止(とど)まる所を知らない。
 しかも、国語を教える立場だのに、言い間違い(ホントに言い間違いか?)まで。
 元より人の好いほのかは己の窮状(HPはゼロに近い!)も忘れ、泥酔女教師の言い間違いを訂正してしまう。

「馬に喰われて、じゃ無くて『蹴られて』、ですよ……じゃ無くってっ! し――――っ!! 夏穂さん声が大きい! 今は真夜中! みんな寝てますってばっ! お願いだから静かにしてぇっ!!」

 腰を浮かせ両手で必死に制するも、完全に逝った(?)夏穂には全く通じない。
 オマケに、昨年秋から部活指導に就いてグラウンドで声を張り、加えてこの春からクラス担任としてホームルームを毎日こなし各学年で授業を受け持っているだけあって夏穂の濁りの無い清く澄んだ声が、これまた好く通るのだ。

「宏クンはどこ~~~っ? 宏クンを呼んで来~~~~~いっ!」

 その声量は宥(なだ)め賺(すか)すほのかの声をいとも簡単に覆い隠し、寝静まった屋敷全体にも響く訳で……。


     ☆     ☆     ☆


「何やら一階が騒がしいと思ったら、夏穂先生にほのかさん! いったい、どうしたんです?」

「ひ、宏ぃっ!」

「ひ、宏クンっ!?」

 突如、降って湧いた声に、ほのかと夏穂の声が重なり、裏返る。

 ――西廊下から宏が現われた! ほのかのHPが回復した!――。

 か、どうかは不明だが、ツーサイズオーバーのロングTシャツにトランクス姿の宏を目の前にした途端、それまでの喧騒が嘘のようにピタリと止み、リビング(つまりは屋敷全体)に静寂が戻る。
 夫の力は絶大だ。

「こんな真夜中にどうした……のかは、そのお姿とテーブル見れば大方の見当は付きます。夏穂先生はパジャマのままだし、ほのかさんも部屋着のまま。テーブルには酒の肴と飲みかけの缶ビールやまだ開けてない缶ビールが乱立し、周囲には多数の空き缶が散乱して――」

「宏ぃ! た、助かったぁ~~~!! もうダメだと思ったんだぁ~」

「宏クン、ウチに逢いに来てくれたのねっ♥ なぁ~~んてワケ無いかぁ。あははははっ!」

 苦笑いする夫の言葉を遮り、喜色満面、しかも薄っすら涙を浮かべて縋り付くほのかに、悪びれる様子が微塵も窺えず、座ったまま胸を反らして高笑いする夏穂。
 どうやら、ほのかは六歳年上でもある夏穂の扱いに心底困り果てていたらしいが、酒乱の気がある夏穂は……。
 そんな対照的な二人に、宏はつい声を上げて笑ってしまう。

「明日が日曜で好かったですね。平日ならとっくに晶姉の雷が落ちてるトコでしたよ。それにしても今夜は珍しい組合せで呑んでますね。もしかして……初顔合わせ?」

「大相撲の取り組みじゃねぇよっ! ……ってか、それはそうだけど、ともかく夜中に騒いで悪かった。スマン。今、お開きにしようと夏穂さんに説得を試みたんだけど……さ」

 ほのかは額に汗を浮かべて引き攣った(?)顔から明らかにホッとした表情になっている。
 その様子だと、酔いの回った夏穂相手に随分と四苦八苦していたようだ。

(そっか。ほのかさん、酒乱と化した夏穂先生の最終処分、未経験だったっけ。それじゃ泣きたくもなるよなぁ。俺も散々、手ぇ焼いたし。ま、大魔神と化した晶姉が出現する前に撤収させるか。……大虎と大魔神の決戦は傍から見てるとメチャ面白いけど、最後は俺に火の粉が全部降り掛かるからなー。それに夜も遅いし)

 リビングの電波式掛け時計は、深夜二時をとうに過ぎた時刻を指していた。
 宏は自身の安泰の為に、そして夏穂の健康の為にも「お開き」を進言しようとした、その時。

「で~、宏クン。なんでここにいるのぉ? もしかしてウチがいなくて寂しくなったぁ? んじゃ、一緒に呑もうっ! ウチが口移しで呑ませてあ・げ・る♥ な~んちって! んがはははははっ! ほら! ほのかちゃんも呑もうっ!」

 撤収に向きかけた宏とほのかの思惑をあっさりと打ち砕く、酔っ払い女教師のバカ笑い。
 ほのかはソファーに深く沈むと片手で顔面を覆って天を仰ぎ、言われた宏も立ち尽くしたまま唖然としてしまう。

(こ、この呑んだくれ女教師は~~~っ! このままじゃ本気(マジ)で晶姉の雷、俺を直撃するじゃん!)

 とばっちりを何が何でも受けたくない宏は出来るだけ声を潜めて――でも語気を強めて恩師に限り無くレッドカードに近いイエローカードを突き付けた。

「だから! 真夜中なのにリビングが騒がしいから来たんです! 二階の廊下にまで声、響いてたんですから! いくら呑んでも構わないけど節度を持って欲しいな、って話ですっ! 今夜は存分に語り呑まれたようですし、時間も遅いからこれでお終いに――」

「な~んだぁ。そんなコト、言われなくても判ってるわよぉ~~♪ きゃははははっ♪」

 夫の言葉を最後まで聞かず、呂律も怪しく完全に出来上がっている夏穂に、宏は諦めとも取れる溜息を吐(つ)く。
 こうなったら、いつも通りに実力行使する以外に場を収める方法は無さそうだ。

「夏穂先生、もう寝ましょう! 旨い酒も過ぎると身体に毒ですよ。ベッドまで送りますからっ」

 極力、優しく肩を揺らして起立&撤収を促す宏だったが……。

「だったらぁ~、宏クンとここで寝るぅ♥」

「「あっ!?」」

 宏とほのかの声が綺麗に重なる。
 夏穂は肩に置かれた宏の手を握ると、ソファーに倒れ込みながら強く手前に引いたのだ。
 当然、不意を突かれた宏はバランスを崩し、夏穂の上に覆い被さる形となった。

「うふふ♪ 宏クン、ゲット~~♥ さ、呑もう♪ いや、ウチが宏クンの濃厚ミルク、呑みたぁい♥ 呑ませてぇ♥」

 仰向けとなった夏穂の両手は宏の首に回され、両足も蟹挟みでしっかりと腰をロックする。
 哀れにも、お屋敷のご当主様は完全に囚われの身となってしまった。
 しかも、明らかな下ネタをビシバシと至近距離から遠慮無く撃ち込まれてもいる。

「夏穂先生! ダメですってば! 寝るならご自分の部屋で――」

「いやん♥ 寝るだなんて、宏クンのエッチ♥ んもぅ、時場所状況を選ばないで、す~ぐ抱きたがるんだからぁ♥」

「む゛ぐぐぐっ……!」

 恩師の深い胸の谷間に顔が半分埋まる、宏。
 夏穂が馬鹿力を発揮して、はだけていた胸元に引き寄せたのだ。

「あんっ♥ 宏クンの熱い息が胸元に拡がってるぅん♥ 宏クンの愛がウチを灼き尽くすぅん♥」

 胸を揺すりながら甘い声で戯れ言を曰(のたま)う恩師に、宏は窒息寸前に何とか顔を上げる事に成功した。
 もっとも、夏穂から立ち昇る甘い匂いと温かく弾力のある双丘に未練が残ったのは……今は内緒だ。

「時場所状況選ばず昔と今もちょっかい出してんのは先生ですっ!! ……ったく、今日は一段と出来上がって始末に負えませんっ」

「怒っちゃいやん♥」

 高校時代から変わらぬ(否、夫婦となってからは格段にパワーアップした)セクハラに怒濤のツっ込みをかますも、無邪気な顔で甘える(喉を鳴らしニコ目でスリスリして来る)恩師に、つい頬が緩んでしまう。
 この恩師は昔から何をしても、どこか憎めないのだ。

「ほら、夏穂先生。手足解いてくれないと、何も出来ませんよ。とにかく、一旦、放して下さい」

 あやすように優しく言ったお陰か、はたまた酔っぱらいの単なる気紛れか。

「んもう、仕方無いわねぇ。それじゃ、一緒に呑んでくれたら大人しく寝てあげる~♪」

 酔っているのに素早い動きで宏の唇に吸い付き、存分に舌を絡ませから夏穂は素直に縛めを解いた。
 この時、固唾を呑んで見守っていたほのかが、「おぉ、流石、宏! あの夏穂さんを一発で調教した……のか?」と最後は疑問形で呟いたのは、さておき。

「ふぅ、やっと動けた。ほら、夏穂先生、一本だけ付き合いますから、そしたら一緒に部屋に戻りましょうね」

「うんっ♪」

 しおらしく頷く夏穂の左隣に腰を下ろし、一緒に缶ビールを呷る宏。

(さっさと呑んで、とっとと寝かせよう。でないと本気(マジ)で大魔神が降臨すっからなー。第一、俺の部屋に奥さん達、残したまんまだし!)

 夏穂に向ける笑顔とは裏腹に、焦り捲りの宏。
 このまま下手に騒ぎが長引けば、「オドレは妻の管理も出来んのかぁ!」と握り拳の中指を立てた筆頭妻からの苛烈な叱責や「トイレに行ったまま放置プレイとはイイ御身分ねっ!」と目を三角にし角を生やした千恵達からの激烈な吊るし上げが目に見えている。

(普段は旨い筈のビールが、最初からホロ苦く感じるのは……絶対、気のせいじゃ無いよなぁ)

 さっさと呑み干すべく、左手に持った缶ビールをグビグビ呷る宏に、夏穂は瞳をニンマリ細めて擦り寄って来た。
 しかも無言で宏の右腕を取ると左腕で胸に抱え込み、宏の手首を己の股間に挟み込んだのだ。
 そして残った右手で宏の太腿を愛撫するかの如く、指先で撫でさすり始めた。

「お客さん、緊張してるの? この店は初めて? なら一生忘れられない、う~んと濃ゆいサービス、してあ・げ・る♥」

 挟んだ手を股間に押し付けるように太腿を捩らせ、耳元に熱い吐息を吹き掛けても来る。

「夏穂先生……どんな小芝居ですか。もう部屋に戻りましょう! ホラ、俺のビール空きましたから!」

 一旦は脱力したものの、宏は手にした缶ビールを逆さにしてアピールし、身を捩って何とか事態を打破しようと藻掻くも、ニコニコ顔の夏穂の力は少しも緩まない。
 それどころか、

「あら、ウチのビール、まだまだた~~~ぷり、残ってるも~ん♪」

 などと、チャプチャプ音のする缶ビールをこれ見よがしに揺らし、難癖を付ける始末だ。

「夏穂先生~~~っ。さっきっから全然呑んで無いじゃないですかっ! 今迄のハイペースはどこ行ったんですっ!」

 夏穂と密着し、組んず解れつする宏に、黄色い歓声ではしゃぐ夏穂。
 そんな二人を、ジト目でみつめる人物が……。

「む゛~~っ! 夏穂さん、さっきから自分だけ宏に密着してる! 宏も夏穂さんの胸に溺れ股間に手ぇ突っ込んで鼻の下伸ばしてるし!」

 さっきから蚊帳の外状態となったほのかの眉間に皺が寄り始め、顔付きも徐々に険しくなってゆく。
 宏の必死の脱出工作(?)を余所に、やがてほのかの中で何かが弾けた……らしい。
 それまでの中立的な態度を一変させ、手にした缶ビールを一気に呷ると宏の左隣にドスンと腰を下ろした。

「お、新たな『お客』だな♪ よ・ろ・し・く・な♥ オレのサービス、受けてくれよ! 『飛んだ』気分になれるぜ♪」

 パイロットだからこその『言い回し』で、ほのかは宏の左頬にキスを贈るとまだ持っていた空き缶を奪い取り、その空いた左腕を夏穂同様に右腕で胸に抱き締め、宏の左手をショーツ一枚の己の股間に挟み込んだ。

「な゛、なんでこうなる! ほのかさん、しっかりして! 正気に戻ってっ! 夏穂先生もオッパイ出して挑発しないで! 手に押し付けた股間を動かさないで! ――って、ほのかさんも鼻息荒くして対抗しないっ! クロッチ捲(めく)らなくてイイですからっ! 割れ目拡げちゃダメェ!!」

 ――三人掛けソファーの中心に宏が両腕を広げて陣取り、その腕は左右に侍(はべ)らせた美女の胸の谷間を通って股間に達している――。

 しかも、一方は胸元が大きくはだけたパジャマ姿、もう一方はタンクトップにローライズショーツだけの姿。
 加えて、ノーブラの証でもある尖らせた乳首を、これでもか! と二人して見せ付けてもいる。
 傍から見れば羨ましいのひと言に尽きるが、宏にとっては、それどころでは無い。

「ひ・ろ・し・ク~ン♥ はむっ♥ あむっ♥」

「宏ぃ♥ ココ、棒状に膨らんでるゾ♥ ホラホラホラ、だんだん太く長く成長してくゾ♥」

「二人共、同時に耳元で喋らないで! 息、吹き掛けないで! せめて交互に静かに話して……じゃ無い! 腕を放して! あひゃん♥ 耳たぶ噛んじゃダメ! うはぁあっ!? 股間で手筒動かすなぁっ!」

 両手両腕両足に股間まで左右からがっちりと掴まれ、耳元で別々のエロトークを同時に話し掛けてくるので、宏としては、もはや対応の仕様が無い。
 たとえどんな状況であれ、力尽くで振り払うと言う選択肢など、宏の中には微塵も無いのだ。

「お願いだからもっと静かに! 抱き付いても好いから静かにして! ……えぇい、こうなったらっ!!」

 宏はヤケクソ(?)で、唯一動かせる首を目一杯伸ばし、声高に話す夏穂の口に己の唇で封をした。
 つまり、キスひとつで第一原因となった禍(わざわい)を封印したのだ。
 そして金輪際、再稼働しないよう何度も唇を貪り、甘噛みし、舌を吸い扱き、口内の隅々に舌を伸ばして蹂躙する。

「はぅん♥ はぁ~~~~~♥ ウチ、このまま死んでもイイ~~~♥ 幸せ~~~♥」

 元より泥酔状態の夏穂は、宏からのディープキスにより、あっという間に墜ちてしまう。
 どうやらアルコールの酔いに加えて宏にも酔いしれて前後不覚に陥ったらしい。

「よし! 次はほのかさんだ!」

 ぐるりん、と首を巡らせた宏は、目の前で蠢くハーフ美女の形好い唇に吸い付いた。
 こちらは最後まで夏穂を留(とど)めてくれたので、ご褒美の意味も込めて愛情たっぷりなキスを贈る。

「ほのかさん、大好きだよ♥」

「いやん♥ 宏に襲われるぅ~ん♥」

 ある程度酔っていたほのかは、ノリノリでキスを受け入れる。
 鼻を鳴らし宏の頭を掻き毟りながら濃厚なキスを繰り返すと、やがてクタリと崩れ落ちた。

「や――――っと静かになった。最初(はな)っからこうすりゃ好かった。……夏穂先生、かなり呑んだみたいだな。散乱する空き缶の数が半端ねぇし。いくら酒が強くても、これじゃ泥酔し悪酔いするわなー」

 単純計算で六リットル強、呑んだ事になるので、既に爆睡の域に達している。

「ほのかさんは単に眠くなった、って感じだな。普段通りの酔い加減だったから、夏穂先生相手に疲れたのかも」

 リビングには、美女二人の軽やかな寝息だけが静かに流れ始めた。

「やれやれ。平和的解決に至って好かった♪ これで俺も平穏無事に寝られ……ないぞっ!?」

 ここで宏は気付いた。
 両隣には、頭を宏の肩に預けて爆睡している美女二人。
 それだけなら電車の車内みたく微笑ましいで済むのだが、その二人は半身となって宏に密着し覆い被さっている。
 それも、宏の腕を胸に抱き締め、股間に手を挟んだままの姿で、だ。

「俺、微動だに出来んぞ!? しかも、この柔らかく張りのある温かな感触は……手の甲に腿が載ってる!? いったい二人共、どんな挟み方、してんだか。……って、これじゃ、俺が悶々としちゃうじゃん!」

 宏の二の腕は胸の深い谷間に挟まり、手首は女の無毛の縦筋に(両者共、薄布越しだけど)密着しているのだ。
 しかも、小さく身じろぎする度に、胸に刻まれた深い谷間がプルルンと揺れて二の腕に微妙な柔らかさと弾力を伝えて来るし、手首は縦筋に半ば埋まり、部分的な熱や小さな突起まで感じてしまう。

「しかも、ほのかさんの太腿に俺の手が直に接してるし、首筋には二人の温かな吐息がステレオで掛かってるし! 生殺し? これって生殺しって言わね?」

 柔らかく温かな女体と立ち昇る二人からの匂いに、宏の股間に、それはそれは立派なオベリスクが建立された。
 しかも、先端部には透明で小さな雫がトランクス越しに浮き出すオマケまで。

「身動き出来無いんじゃ仕方無い。このまま寝ちまおう。朝になれば自然と離れるだろうし。……それに、こんなに可愛い寝顔見られるなら、ずっとこのままが好いや♪」

 左右の肩に掛かる、程好い頭の重みと身体の温もりに、宏はそれまでの喧噪を綺麗に忘れた。
 二人の顔を見下ろす形にはなるが、長い睫毛や真っ直ぐ通る鼻筋、染み皺の無い肌理の細かい肌が手に取るように判るし、腕を通じて微かな鼓動までもが伝わって来る。

「おやすみ、夏穂先生。愛してます♥」

「おやすみ、ほのかさん。愛してるよ♥」

 首を伸ばすと無理矢理捩り、それぞれのおでこに、そっとキス。
 この時、二人が小さく身じろぎし薄く微笑んだのは……気のせいだろうか。

「静かになったら、俺も一気に眠気が……うわっ! もう三時過ぎてんじゃん! おやすみ~」

 宏は左右から美女に抱き付かれた(オマケに勃起させた)まま、ソファーで心温まる一夜を明かしたのだった――。


     ☆     ☆     ☆


 翌朝。

「まぁ! これはこれは……」

 ――フローリングの床には多数の空き缶が散乱しキムチと野沢菜漬けがコラボしてオブジェとなり、ガラステーブルには呑みかけの缶ビールや肴が放置され、ソファーにはあられもない姿で折り重なっている男女三人――。

 リビングの惨状は朝食の準備に現われた多恵子によって発見され、直ちに通報された。
 それは、誰も知らぬ間に一緒に呑んだ宏の依怙贔屓(みんなにはそう映った)に対する批難が浴びせられる合図(ゴング)でもあった。

「ひ~ろ~し~~~っ! お~の~れ~は~~~~~っっ!!」

 殊に、エッチの真っ最中に宏から置き去りにされた千恵や飛鳥、若菜と真奈美からの突き上げは目を覆う程に凄まじく、筆頭妻の晶が本気(マジ)で仲裁に入る程だった(流石に見ていられなくなったらしい)。
 また、筆頭妻でありながら宏への注意、勧告、警告を全く行なわなかった晶にも批難の視線が一時向いたものの。

「あ、あたし!? あたしは……ホレ、その、なんだ、仕方無いじゃない! だって猫がさ~……」

 本人が語った所によると、リビングの騒ぎに最初から気付いてはいたが、猫(晶は仔猫をそう呼ぶ)が胸の上で熟睡していたので起きるに起きられなかった、との由。
 そのお陰で騒動のイライラと仔猫の寝顔の癒しに一晩中、悶々としていたのだとか。

「そう言う事情なら仕方ありませんわねぇ。おほほほほっ♪」

 お屋敷最年長である多恵子の苦笑いと仔猫が振り捲く愛嬌のお陰で、晶は辛うじて難(とばっちり)を免れた。

「……ボク? 部屋にいたけど知らない」

「美優樹ですか? ずっと自室にいましたけど、何かあったんですか? 宏さん、えらく憔悴しきってますが?」

 当時、住人の中でリビングから一番近い場所にいた優と二階最東端に位置する部屋(リビングから一番遠い場所だ)で寝ていた美優樹は、騒ぎに全く気付かなかったそうだ。
 二人共、「一度寝たら布団に火が点いても起きない」熟睡度なのだ。
 そして。
 騒ぎの首謀者(酒謀者?)として被告席に座った夏穂、ほのか、宏の三人は……。

「ウチ? 単に寝酒をやってただけよん♪ 起きてからちゃんと片付けたし掃除もしたから、もう好いわよね♪」

 夏穂はいけしゃあしゃあと曰(のたま)い、教え子達や姪からの批難や禁酒一ヶ月の刑を全て撥ね除け、その逞しさ(図太さ!)を見せ付けた。

「確かに夏穂さんと一緒に寝酒やったさ! でも途中から必死こいて撤収させようとしてたんだ! けど……なぁ」

 ほのかは詳細な事情聴取の末、初犯かつ「あの」夏穂相手に奮闘した努力が認められ、トイレ掃除一ヶ月(平日は仕事があるので土日祝のみ)の刑となった。
 そして宏は……。

「今日は誰と誰とで呑むんだっけ? あ゛ぁ、ベッドで寝たい。……でも、結構楽しいな。……ん? これって――」

 宏は毎週末(金曜夜から土曜の朝と土曜夜から日曜の朝にかけて)、それぞれ二人の奥さんと呑み明かし語り合う刑に処された。
 しかも、奥さん達はセクシーなランジェリー姿で、だ(但し、まだ呑めない美優樹は課題を抱えている事情も考慮しソフトドリンクでのフリータイム参加となった)。

「これって……家庭内ランパブ、じゃね?」

 罰なのかご褒美なのか。
 後者だと強引に解釈した宏は酒宴に主演し続け、一ヶ月に亘る刑を嬉々として全うするのだった。


 その一方で。

「夏穂さん。ポン酒に合う旨い肴、フライト先の千歳で仕入れたんです。今夜辺り、オレの部屋で一杯どうです?」

「今回は日本酒ね。悦んでお供するわ♪ それじゃ、実家から送って来たノドグロで乾杯しましょ♪」

 この一件以降、ほのかと夏穂は比類無き「呑み友」となり、絆もより一層深まったと云う――。


                                            (つづく)

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【 お寄せ戴いた御意見・御感想 】

[ いつのまに・・・ ]
今日は晶と一緒に寝ている

このくだりが良いね~
散々ミケに八つ当たりした昌姉がいまやベットを伴にしている・・・
私としてはこの一行が他のキャラを脇役にしてしまう(-。-)y-゜゜゜

アレ???
もしかしてミケに感情移入しすぎかな???

[ 毎度お越し戴きありがとうございます♪ ]
草薙さん
 コメントありがとうございます♪

 わたくしは猫派なので、仔猫が登場するシーンは執筆していても癒されます♪
 これからも、時々、登場させたいなぁ、とは思っております。

 いつもご贔屓ありがとうございます♪ m(_ _)m
 

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