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美姉妹といっしょ♥〜番外編
修学旅行二日目。
宏達のクラスはバイキング形式の朝食を早々に済ませると飛鳥(あすか)と斑鳩(いかるが)へ足を伸ばした。
駅前でレンタサイクルを調達してキトラ古墳や高松塚古墳、石舞台古墳など飛鳥時代の旧跡を訪ね歩き、午後は法隆寺や奈良公園をゆっくりと散策して紅葉舞う秋の古都を噛み締めた。
「・・・・・・ウチのクラス、なんだか爺むさいと思うのは俺だけか?」
クラスで話し合った結果とは言え、今時の女子高生とは思えない見学先に引率する宏も首を捻るばかりだった。
そしてその夜、ホテルの大浴場では若菜がクラスメイト相手に気勢を上げていた。
「今夜こそ、宏ちゃんの部屋に忍び込むわよ〜♪」
「オーッ!」
檜で造られた湯船に浸かりながら若菜が右手を高々と掲げて宣言すると、その周囲で若菜に賛同したクラスメイト達が一緒になって雄叫び(雌叫び?)を上げる。
湯船の中にはショート、ボブ、ツインテール、セミロング、スーパーロングの髪型が揃い、AからDまでの双丘が見本市の様に並び、細いボディーから太いボディーまで浮び、肌の白いのから褐色までカラーバリエーションも豊富で、まるで女体の博覧会だ。
「それじゃ、私達も付いて行くわねっ♪ 一緒にガンバろうっ!」
クラスメイト達は若菜が宏に対して兄妹の垣根を越え、自分達と同じく恋する女として振舞う事にすっかり馴染んでいた。
とは言え、部屋にあるテレビで極薄消しアダルトビデオ(百円で三十分観られる)を観るよりも遥かに面白いし、妹の若菜を利用して宏とお近付きになりたいと虎視眈々狙ってもいるのだ。
そんな若菜達を横目で眺めつつ、洗い場では千恵や真奈美達五人が横一列になって身体を洗っていた。
(あんなコト言っちゃってまぁ・・・・・・。でも、クラスのみんなも宏への好意を隠さなくなって、あの娘の言動だけが注目されなくなったから、それはそれで誤魔化し易くなって好かったかも。木を隠すには森の中、って言葉もあるし)
湯船に浸かっても尚、みんなより頭ひとつ分高い妹をチラチラ見つつ千恵が考えていると、隣から笑いを含んだ声が聞こえて来た。
「若菜ちゃん、やる気満々ね〜。千恵ちゃんも、これから抑えるのに大変ね〜」
言葉とは裏腹に余り心配してなさそうな口調で、真奈美はシャワーを浴びている千恵に微笑みかける。
千恵は手にしたスポンジにボディーソープを染み込ませつつ、整った小顔を歪ませる。
「ったく、後先考えずに本能だけで行動するんだから、周りがヒヤヒヤものよ。もう少し、己の置かれた立場を理解して欲しいもんだわ」
「でも、そこが若菜ちゃんの好い所よ? のびのびしてて。 変に畏まった若菜ちゃんは、若菜ちゃんじゃ無くなっちゃうわ」
真奈美は千恵に身体ごと横を向かせ、千恵から奪い取ったスポンジで小さな背中を洗い始める。
「あ・・・・・・ありがと♪」
千恵は首を捻って真奈美に向けて微笑み、真奈美もどういたしまして、と頷き返す。
すると、真奈美の隣で二人の様子を見ていたほのかの瞳に妖しい光が宿る。
「それじゃ、オレは真奈美の背中を流してやるから、みんなで背中の流しっこしようぜ♪ 千恵ちゃんは優の背中を、優は晶の背中を流しなよ」
ほのかが千恵と優に声を掛けるとスポンジを手に取り、目の前の白い背中を洗い始める。
千恵と優は目を合わせて頷き合い、ほのかに倣ってスポンジにボディーソープを染み込ませる。
「・・・・・・お姉ちゃんも。ほら、さっさと背中を向ける」
晶は微かに笑みを浮かべた妹の催促に躊躇う。
普段、宏と一緒に入浴した時に背中を流し合うので、何もここで同じ事をしなくてもいいと思ったのだ。
しかし、ここで無視してクラスメイトからお高く留まっていると見られるのも嫌だし、かと言って若菜の様に声高にはしゃいで自分のクールなイメージを崩したくない。
(やれやれ、ここは付き合うか。余り突っ撥ねてもイメージダウンになるし)
晶は頭の中で素早く計算し、苦笑しながら背中を向ける。
すると、一番後ろに位置するほのかが僅かに切れ目の瞳を見開いた。
(あ・・・・・・、みんなのうなじや背中が丸見えだ・・・・・・)
晶や真奈美(千恵と自分もだが)は身体を洗う為に今は長い髪をアップに纏め、優はショートヘアなので濡れた髪がうなじに張り付いている。
その為に普段、髪に隠れて見る事の無い白いうなじや、背中から続く丸みを帯びた柔らかなウェストラインが目に飛び込んで来たのだ。
(うっわ〜、なんか、四人同時の後姿って、すっげ〜新鮮だな〜♥ ・・・・・・ンフ♪ んふふふふ〜♪)
濡れた白い肌が上気して赤味を帯び、首筋に纏わり着くほつれ毛と浴室内の湯気とが相まって目の前の四人が妙に色っぽく見えてしまう。
すると胸の鼓動が早まり、身体全体が火照ってお腹の奥が疼き出す。
この時四人の誰かが、あるいは若菜か宏がほのかの瞳を見れば、エロエロモードに突入していたと判っただろう。
みんなの後姿に、宏との浴室7Pエッチを思い出して発情してしまったのだ。
だが生憎、列の後ろに位置するほのかの瞳を見る事は、誰も出来無かった。
「あ、手が滑った♪」
切れ長の碧眼が妖しく光った瞬間、ほのかは、わざとらしく手からスポンジを落とし、泡で滑(ぬめ)った両手を真奈美のバストへ覆い被せた。
しかも左右同時に下から持ち上げる様に捏ね回し、自分の双丘の頂点に勃つ実を真奈美の背中に擦り付けながら耳元へ熱い吐息を吹き掛けた。
「あひゃぁんっ! はぁあんっ♥ あぁ〜〜〜っ♥」
真奈美は普段、宏から受けている愛撫をいきなり再現されたから堪らない。
背中を仰け反らせながら女子高生とは思えない妖艶な喘ぎ声を上げ、おまけに家の風呂場で宏と夜の営みをしている錯覚をも起こして千恵の豊かなバストを背後から鷲掴みにしてしまう。
(あん♪ 千恵ちゃんのオッパイ、いつ揉んでもプリプリしてて気持ちイイっ!)
双丘に掌をそっと這わせると柔らかいゴムの様に指を弾き、指に力を入れて揉みしだくとプリンの様に柔らかく形を変えて五本の指がどこまでも沈み込む。
拡げた掌の中心で硬く勃ち上がって来るコロコロとした突起が思いの他気持ち好く、真奈美はDカップの双丘をソープの滑(ぬめ)りを利用して普段以上に激しく揉み撒くってしまう。
「まっ、真奈美ちゃんっ!! なっ、なにをっ・・・・・・んはぁっ! あふぅんっ♥」
突然、性感帯である蕾(つぼみ)を擦られ、千恵は優の背中にもたれ掛かりながら思わず十七歳とは思えない、アダルトチックな艶っぽい声を上げてしまう。
ソープのヌルヌル感が宏とのローションプレイを思い出させ、身体に染み込んだ反応が声になって表れてしまったのだ。
そんな背後の妖しい気配に優は瞬時に状況を理解し、茶目っ気を出すと両腕を回して姉のバストに直接手を這わせる。
しかも、宏が晶に施す指使いを真似てピンポイントに双丘の頂点を摘んで捏ね回したのだ。
「はぁんっ! だっ、ダメぇ〜♥」
ほぼ同時に上がった真奈美、千恵、晶の処女とは思えない(実際、処女では無い)妖艶な喘ぎ声に、浴場内は瞬時に静まり返る。
声高に宏のパーソナルデータ(好きな食べ物や音楽、好く見るテレビや好みの女性のタイプなど)をクラスメイト達に暴露していた若菜でさえ、目を点にしてフェロモン出し捲りの五人を見つめてしまう。
「・・・・・・姉さん達、ナニしてんのかしら〜? 今は修学旅行中だよ〜?」
よりにもよって天然若菜に突っ込まれたのは、これまで常識派と言われていた三人。
その三人が全裸のまま、揃いも揃って人前での愛撫に悶えている。
「〜〜〜〜〜っ♥」
火照った肌をますます朱く染めながら肢体を淫靡にくねらせる学園の美女軍団に、その場にいた全員が俯き、見る間に全身が真っ赤に色付いてゆく。
耳年増な処女集団の中での非処女の喘ぎ声は、余りに刺激が強過ぎた。
自分がオナニーに耽る時に上げる声よりも遥かに妖艶で臨場感に富み、かつ男女の交わりを容易に想像させたのだ。
大浴場は一転、妖しげなホールと化した。
普段のお姫様イメージをいとも簡単に崩し去り、碧色の瞳を妖しく光らせて淫靡な笑みを浮かべるほのか。
普段は冷静で大人しいが今は姉を攻め立て、目元を紅く染めてサディスティックな笑みを浮かべる優。
我を忘れて快感に悶え狂う、癒しの真奈美と御姐様の千恵。
クールさが売りのクラス委員長にして学園のお嬢様と謳われ、憧れの的だった晶の色っぽくも取り乱した艶姿。
そして三者三様の痴態に中(あ)てられ、お湯以外の液体で股間をしとどに濡らす処女軍団。
「・・・・・・面白いから写真に撮っておこう〜っと♪ で、後でプリントして宏ちゃんに見せてあげようっと♪」
若菜は浴槽を出ると五人を止めるどころか、ニンマリ笑って片時も離さず持ち歩いていたデジタルカメラ(完全防水タイプだ)で姉達の痴態を(ついでにクラスメイト達の悶々とする姿も)撮り始めた。
同級生達は股間を疼かせつつ、ある意味雲の上の存在だった学園美女軍団と言えど、同じ女で快感に我を忘れるのは自分達と同じだと判り、より一層の親近感を覚えた。
それと同時に、今後、若菜の前では決して己の乱れた姿を見せまいと固く心に誓うのだった。
☆ ☆ ☆
修学旅行三日目。
今日から二日間はクラス内でのグループ単位の行動となり、五日目から七日目までの個人単位での行動を含めると最終日まで実質的な完全自由行動となる。
門限である十九時迄に帰着すればどこへ行っても良く、生徒達にとっては今日からが修学旅行本番なのだ。(因みに、門限を過ぎると翌日は外出禁止となり、おまけにその日の夕食バイキングにありつけなくなる)
その為、気の合った仲間とお目当ての場所へ足を伸ばす事が出来る嬉しさに生徒全員朝からハイテンションで、宏への恋心などすっかり忘れてしまう程だ。
あるグループは鳴門の渦潮を見に行くと言い、またあるグループは太秦の映画村で貸衣装を身に纏って一日を過ごすと言う。
他にもユニバーサススタジオジャパンへ行くグループや高野山の紅葉を見に行くグループ、果ては有馬温泉で日帰り入浴を楽しむグループなど、宿舎となっているホテルは起床時間前から異様な盛り上がりを見せていた。
「それじゃ〜お先に〜♪」
「このケーキ、美味しい〜♪ 持って帰りた〜い♥」
朝食も摂らずに出発解禁時間である朝七時半にホテルを出発するグループや、バイキングのデザートを全て制覇してからゆっくりと出発するグループなど、個性溢れる面々の弾ける笑顔に、宏は教師と言う立場を忘れて思わず微笑んでしまう。
宏としては、一教師として暖かく生徒達を見守っていたつもりだったのだが、優はそう捉えてはくれなかった。
「ヒロクン・・・・・・じゃない、宏先生、教え子である女子高生眺めて、顔が緩んでる」
宏の左斜め前に座って鮭の切り身を突(つつ)きながら宏の視線を追っていた優が、からかいと若干の嫉妬を含ませて可笑しげに目を細める。
その台詞にすかさず反応したのは、同じテーブルに着いていた千恵とほのか、晶の三人だ。
「むっ! ちょっと宏っ! 今の顔、教師とは思えないっ」
宏の右斜め前に座って味噌汁をすすっていた千恵が、思わず具材のアサリを貝殻ごと噛み砕いてしまう。
柳眉を逆立て、宏に向けた瞳は見る間にジェラシーで満たされて人前なのに宏を普段の呼び方で呼んでしまう。
昨日の三年坂の一件以来、千恵の宏に対する依存度が上がり、その副作用で少々嫉妬深くなっているのだ。
「おいおい、ピチピチの女子高生なら目の前にいるだろ? ホレ♪」
宏の正面に座って納豆を掻き混ぜていたほのかが、箸を持ったままジャージの胸元を大きく広げてノーブラの豊かな双丘の谷間を見せ付け、テーブルの下では長い足を伸ばして宏の内腿へ素足を這わせる。
その瞳は宏の部屋に戻ってみんなでイイコトしようぜ、と語っている。
宏はつい、ほのかの胸元に視線を向けてしまう。
「ちょっ・・・・・・宏先生・・・・・・ヒロッ! 朝っぱらからドコ見てんのっ! ほのかも早くそんなモン仕舞ってっ!」
宏の左隣に座って優雅にクロワッサンを齧っていた晶が、宏の左手をつねると同時にほのかに吼える。
その瞳には夫の浮気に目くじらを立てる妻の如く、怒りの炎が見え隠れしている。
「あ、いや、だから、話を聞いて・・・・・・」
「おいおい、『そんなモン』は無いだろ? こーゆー見事なオッパイ、そうそう無いぜ?」
宏は誤解だ、と言いたいものの、立て続けに責められて反論出来ず、ほのかは眉根を寄せるも、直ぐに妖しげな笑みを浮かべ、更に見せ付ける様に胸元のチャックをゆっくりと下げ始める。
宏は内腿を這い回る足を膝で挟んで動きを封じ(それでも指を動かされてくすぐられた)、つねられた場所を無意識に擦(さす)りながら(それでも視線はほのかの胸にロックされている)、酸欠の金魚みたいに口をパクパクさせるだけだ。
「ふふっ。みんな、そこまで責めなくても好いのに・・・・・・。まぁ、それだけ宏君の事を愛しているのよね〜♪」
「うん♪ 私も宏ちゃんが大好きだも〜ん♥」
真奈美は三者三様の反応が面白く、若菜と顔を見合わせて一緒に小さく笑い出す。
「私達の身も心は、とっくに宏ちゃんに捧げたんだから〜、もっと大らかになろうよ〜」
際どい内容を朝っぱらから声高に話す若菜。
その言葉に一瞬緊張し、食堂内を素早く見回すのは千恵と晶、そして優だ。
幸いにも自由行動に逸る同級生達の耳に届かなかったと見え、誰もこちらに振り向かない。
仮に耳にしても、またいつものブラコン振りが発揮されたのだろう、としか見られないと三人は踏んでいるが、万が一と言う事もある。
「こらっ! そーゆー事は声高に言うんじゃないっ! 他のクラスの人間がマジに取ったら拙いでしょっ!」
千恵は声を潜めながら足を伸ばし、正面でスクランブルエッグを頬張っている若菜の脛を軽く小突く。
「だいたい、アンタは自覚が足りないのっ! あたい達は宏の・・・・・・」
「しっ! 夏穂先生が来る」
優がバイキングブースから一直線にこちらへ向って来る人影に気付き、千恵の言葉を鋭く遮る。
千恵は若菜に突き付けた指と言葉を素早く引っ込め、他の面々も何食わぬ顔で食事を再開する。
若菜以外の全員が女子高生の顔に戻ったところへ、夏穂がにこやかに声を掛けて来た。
「みんな、おはよう♪ 宏クン、今日も両手に花ね♥ フフッ、いつものメンバーが揃い踏みで・・・・・・顔が緩んでいるわよ♪」
ウィンクひとつ、夏穂は目尻の下がった宏に優や千恵と同じ指摘をする。
そして晶達からの挨拶を受けつつ優に目線で隣に座っても好いかを尋ね、頷くのを待ってから席に着く。
「お、おはようございます、夏穂先生。あ、いや、これはですね・・・・・・」
宏に自覚は無かったが、千恵達の可愛いジェラシーにも浮かれてしまった様だ。
慌てて両手で頬を叩き、自分で喝を入れながら弁明しようとするが、夏穂は微笑んだまま首を横に振る。
「あ〜、いい、いい。宏クンのことだから、生徒達の嬉しそうな顔を見て釣られて笑ってたんでしょ? その位は判るから気にしなくて好いわよ♪」
片手で宏の言葉を制しつつ、真っ直ぐに元・教え子を見つめる。
「はぅっ・・・・・・面目無いです」
ズバリ心中を言い当てられた宏は恥ずかしさの余り、夏穂の熱視線から顔を背けてしまう。
ところが夏穂の台詞と視線に、晶をはじめ千恵、ほのか、真奈美、優の身体が強張る。
どう見ても同僚教師に対する視線以外に、何かありそうな気がしたのだ。
(な、何でこの場に居なかったのに、そこまで判るのよっ!?)
脳天をハンマーで叩かれたかの様な衝撃を覚え、手の中のクロワッサンを思わず握り潰してしまう晶。
(夏穂先生? どうして・・・・・・そんな・・・・・・あたい達と同じ瞳で宏を見るの?)
心臓を鷲掴みされたかの様な痛みに胸を押さえ、切なげに眉根を寄せる千恵。
(ふ〜ん。伊達に学年主任張ってねぇな〜。ちゃんと宏の事、判ってんじゃん♪ ・・・・・・でもよ〜)
上司として宏を認めてくれるのは嬉しいが、自分達ですら気付けなかった宏の心中を言い当てられ、心の奥底から悔しさが込み上げるほのか。
(あらら・・・・・・。いくら三年間、宏君の担任だったとしても、四年後に再会して僅か半年で相手の事をここまで判るものなのかしら・・・・・・?)
二人の関係は宏から聞いて知ってはいるが、それ以上の匂いを感じさせる夏穂の態度に首を傾げる真奈美。
(・・・・・・ヒロクンは、どう出るのかな? ・・・・・・これは・・・・・・嵐の予感がする)
晶達が全身から発する警戒電波と夏穂が宏に向ける視線に、只ならぬ気配を感じ取る優。
そんな宏の取り巻き五人の反応に、十三歳年上の美女は余裕を持って接する。
(あらあら、みんな身構えちゃってまぁ、可愛い事♪ ・・・・・・余程、宏クンに御執着なのね〜。・・・・・・ふ〜ん、そっかぁ。ならば・・・・・・♪)
夏穂は自分に対する視線の鋭さを敏感に感じ取り、最後は少し可笑しげに笑みを浮かべた。
ただ一人、若菜だけは凍て付いた空気も何のその、朝食のお代わりを繰り返していた。
☆ ☆ ☆
修学旅行も四日目に入り、グループ行動最終日の今日。
旅行前から三日目以降の行動を宏と共にしようと目論んでいた若菜達六人だったが、ここに来て大きな障害が発生していた。
夏穂が学年主任の権限を最大限に発揮して宏を連れ去った(生徒達の監視や安全確保の名目で市内の巡回に駆り出した)のだ。
しかも昨日一日だけならともかく、今日もだ。
目の前で人を拉致する様な夏穂のやり方に、我慢強く堪えて来た晶が遂にキレた。
「ちょっと何なのよっ!? あの女はっ!!」
宏との古都巡りを心密かに楽しみにしていたのは晶とて同じだった。
しかし初日、二日目はクラス委員長と言う立場が表立ってはしゃぐ事を善しとせず、クラスメイトの目を気にせずに振舞えるグループ行動日を一日千秋の思いで待っていたのだ。
そんな我満に我満を重ね、心から宏との逢瀬(?)を待ち望んでいた矢先の仕打ちだけに、普段はクールさが売りの晶だったが、素に戻って怒りを露にする。
人目も憚らず、雲ひとつ無い青空に向かって吠え立てる。
「夏穂の泥棒猫〜〜〜〜っ!!」
晶の怒号が古都の町並みに吸い込まれ、路行く人達が何事かと振り返る。
そこには黒のセーラー服を身に纏い、腰まで届く長い髪を風になびかせて四条大橋の上で佇んでいる美人女子高生が一人。
それだけなら何時までも眺めていたくなる風景なのだが、全身から発する凄まじい怒りのオーラに慌てて視線を逸らし、早足で通り過ぎて行く。
下手にナンパでもしようものなら大怪我する事請け合いだ。
しかし、根が上品に出来ている晶は相手を貶(けな)すボキャブラリーに乏しく、いまいち迫力に欠けてしまう。
そんな晶を遠巻きにした(隣にいて同類と思われたく無かった)五人が同情の視線を向ける。
「晶ちゃん、すっごく怒ってるね〜」
普段は物怖じしない若菜でさえ晶の怒髪天を衝く姿に尻込みし、残りのメンバーも眉根を寄せて大きく頷く。
晶の怒りは自分達の怒りであり、悔しさでもあるからだ。
しかし引率責任者として仕事を指示する夏穂に、自分達生徒の我が侭でどうこう言える筈も無い。
怒り心頭の晶に、ほのかが諦めた様に首を横に振る。
「・・・・・・仕方ねぇよな。宏だって今年入ったばかりの新人教師だ。学年主任の命には逆らえねぇよ」
いつもは明るく振舞うほのかだが、流石に今は声に張りが無く、残念そうに眉を下げて俯いてしまう。
千恵と真奈美も宏のいない寂しさに顔を曇らせつつ、ほんの数分前の出来事を思い出す。
朝食を済ませ、千恵達がホテルのロビーで宏を囲んで今日の予定などを話していると、夏穂が宏を見つけて近寄って来た。
しかし夏穂は宏にではなく、晶達六人に向けて話し掛けて来た。
「宏先生には今日も巡回に出て戴きます。昨日は京都市内を担当しましたので、今日は阪神地区を担当して貰います。なので皆さんには残念ですが、宏先生はお借りしますね。悪しからず♪」
ウィンク一つ残し、驚く宏の腕に自分の腕を絡ませると半ば強引に引きずって行ったのだ。
宏は連れ去られながらも「そんなの聞いて無いよ〜」と涙目ながらに訴え、同時に「仕事だから・・・・・・今日もごめん」と詫びの視線も送って来た。
そして最愛の男性(ひと)を目の前で拉致され、行く当ても無くし、傷心した千恵達がホテルを出た所で晶がキレたのだった。
「何が学年主任の命よっ! これって明らかに職権乱用だわっ! なんでヒロなのっ!? 他にも手の空いた教師だっているでしょうにっ!!」
緩いウェーブの掛かった茶色に近い黒髪があたかも生きている蛇の様に蠢き、晶の怒りは収まらない。
昨日は仕事だからと自分自身に言い聞かせ、渋々宏を見送った。
(余りゴネて、心の狭い嫌な女に見られたく無いしね・・・・・・)
そう思い、表情にこそ出さなかったが心の中では哀しみに暮れ、ひとり自分の心を慰めた。
そして今日こそは宏との散策を楽しみにしていたのに、再び目の前で夏穂に奪われた。
まさに鳶に油揚状態だ。
晶は悔しさで涙が零れそうになるが寸前で堪(こら)え、空を見据えたまま両手をきつく握って唇を噛み締める。
(何よ、これ位っ! あたしは男を取られて泣く様な弱い女じゃ無いわっ!)
晶の心が判るだけに、他の面々も下手な慰めなどしないが、どうしても場の空気は重くなる。
誰もが暗い雰囲気になりかけたその時、若菜の悔しがるでも無い、いつもの能天気な声がみんなを奮起させた。
「夏穂先生、昨日に続き今日も宏ちゃんと二人で行動するんだって〜。何でも、修学旅行時の引率研修を兼ねているんだってさ〜。・・・・・・ホントなのかしら〜?」
ここでも超内部情報が暴露され、伏し目がちだったほのかの碧眼が妖しげにキラリと光る。
湧き上がる好奇心が口元に笑みを浮ばせ、沈みがちだった心に熱い闘志(?)がみなぎって来る。
「ほ〜〜〜、新人男性教師に手取り足取り教える先輩美人教師、か。何だか、すっげ〜背徳的な匂いがするぜ?」
「ちょっと、それ、聞いてないっ! 巡回って、ヒロと夏穂のペアなのっ!? なによ、それっ!!」
面白半分に晶を煽り、冷たい目で千恵と優に睨まれてしまうほのか。
一方、そんなほのかの言葉は耳に入らず、もはや学年主任を名前で呼び捨てる晶。
その瞳に映るのは学園の教師としてでは無く、自分達から宏を奪う一人の女としか映っていない。
「あ・・・・・・そっか〜。新人を指導するのも学年主任の務めだものね。それじゃ、仕方無い・・・・・・」
真奈美は宏と同行出来無い虚しさを感じつつも、これも仕事なのだからと若菜の言葉に納得しかけた。
千恵は千恵で、寂しいけれど教師としての立場もあるしと割り切って宏を見送ったのだが、どうしても夏穂のやり方に納得出来ずにいた。
(夏穂先生、わざわざあたい達の前で言うことじゃ無いでしょうに。これじゃ、まるで横取り・・・・・・)
真奈美と千恵がそこまで考えた時、ホテルを出てからずっと考え込んでいた優のひと言が全員を震撼させた。
「・・・・・・夏穂先生、ヒロクンに惚れている。・・・・・・ううん、惚れて、なんてレベルじゃない。完全に一人の男として見て、意識して、好いている。あれはもう、ヒロクンの虜になってる」
優は宏が吉井女学園に来る遥か以前から宏だけを見つめて来た。
その宏が着任してからは、彼に近付く女の動向に目を配って来た。
恋に憧れ、宏に想いを寄せる生徒達は、まだ一過性なので安心出来た。
ところが昔の宏を知り、再会後も宏と接する機会の多い夏穂の振舞いに女の勘が働いた。
そして修学旅行前日に職員室で目撃した夏穂の言動、そして昨日今日の宏に対する接し方を見て、夏穂は宏に女として恋していると確信したのだ。
しかも、今朝のあの態度から夏穂は自分達を生徒としてでは無く、恋敵(ライバル)として見ている、と断定したのだ。
「あっ!! そうか・・・・・・それであの時っ!」
優からの説明を受け、晶は初日の夜や昨日の朝に感じた違和感の正体がようやく判った。
夏穂が宏を好きなら全て納得がいく。
千恵や真奈美も今朝と昨日の朝食の時に見せた夏穂の勝ち誇った顔を思い出した。
その時の笑みは夏穂からの事実上の宣戦布告だったのだろう。
「あの女(あま)〜、やってくれるじゃないっ!」
晶も千恵達と同じ事を思ったのか、拳を掌で打ち鳴らしながら思わずスラングを口にする。
その途端、隣で姉の様子を窺っていた優が顔をしかめ、深い溜息を吐く。
極度の怒りで興奮が高まると言葉が乱暴になってしまう姉の悪い癖が出たのだ。
優は姉の肩に手を置いて興奮を鎮め、最後にみんなを見回してこう締め括った。
「夏穂先生も生身の女。男に恋するのは当り前。たとえその相手がヒロクンでも、夏穂先生の恋を否定するのは間違い」
その言葉に若菜が手を叩いて喜んだ。
「宏ちゃんは誰にでも好かれるから、夏穂先生が好きになっても不思議じゃないよ〜。それに〜、大事なのは、これからの私達の心の在り方だと思うの。もし宏ちゃんが夏穂先生を受け入れるのなら、私は喜んでそれに従うよ〜♪」
ここで言葉を区切り、自分達六人のリーダーとして君臨する晶に向かって微笑んだ。
「だって、私達が愛した宏ちゃんだもん♥ ・・・・・・それに、夏穂先生も嫌いじゃ無いし♪」
いつもは能天気で何も考えず、本能に従って生きているとしか思えない若菜からの至極まともな台詞に一同驚愕し、大きく目を剥く。
同時に若菜から正論を突き付けられ、二重の意味で唸ってしまう。
若菜の言う事も納得出来るが今後、夏穂に対してどんな態度を取るべきなのか考えてしまったのだ。
自分達と宏との関係は卒業まで公に出来無いから夏穂に対して手を引けとは言えないし、かと言って自分達が卒業する迄の一年四ヶ月の間、宏が夏穂の餌食(?)となるのを指を咥えて黙って見ている事など無理な相談だ。
「・・・・・・取り敢えず、今日は宏の後を付けて様子を見てみようよ。いつまでもここにいてもしょうがないし」
妹の言葉に腹を括った千恵は事態の収拾を図るべく素早く頭を回転させ、眉根に皺を寄せて苦悩の表情を浮かべている晶に提案する。
その案に直ぐ乗ったのは真奈美とほのかだ。
光明を見出したかの様に顔を綻ばせ、即座に頷く。
「あ、それ好いかも♪ この時期大阪や神戸は修学旅行生で溢れかえっているから、私達がこっそり付けて行ってもそんなに目立たないだろうし」
「そうだな・・・・・・。まずは相手の出方を窺おうぜ。どうするかは、それから決めても遅くはないし♪」
三人の意見は直ぐに通り、六人は宏と夏穂が宿舎となっているホテルから出て来るのを待って後を追う。
「もし、夏穂先生がヒロクンに変なちょっかい出したら、ボク達が偶然を装って乱入すれば好い」
人混みに見え隠れする宏の背中を真っ直ぐ見つめながら、優が先頭に立って歩いてゆく。
その顔は授業中に見せる顔よりも、副業としている株の売買をしている時の顔よりも真剣で鬼気迫る形相になっている。
(あらら〜、この娘(こ)も結構、キレてる?)
普段は自分と同じクールなのだが、宏が絡むと途端に熱くなる妹の優。
その変わり様に、姉の晶は可笑しげにクスリと笑った。
それは今日、晶が初めて見せた笑顔だった。
☆ ☆ ☆
「ほらっ! さっさと行くわよ♪」
夏穂は宏の尻を叩き(文字通り、平手で軽く叩いた)、京都駅から下りの新快速に乗り込んだ。
しかし、妙に浮き浮きしている夏穂を他所に宏の心は晴れない。
ホテルのロビーに晶達を置き去りにした事が心残りとなり、申し訳無く思っていたのだ。
(あの気の強い晶が泣いてた・・・・・・)
みんな昨日の分を今日楽しもうと意気込んでいただけに、その落胆した顔が頭の中を駆け巡って離れない。
特に晶の、まるで置き去りにされる子犬が飼い主に縋る様な、そんな哀しみを湛えた瞳が忘れられない。
あんなに弱々しい晶を見たのは生まれて初めてだ。
「私達は親から子供を預かる教師。今は仕事優先よ」
顔に出ていたのだろう、いつもの覇気が無く、目一杯落ち込む宏に夏穂はこれも使命だと発破を掛ける。
しかし、建前とは裏腹に内心では別の事を思っていた。
(私だって、宏クンとの旅行をず〜っと前から楽しみにしてたんだからっ! 仕事だってちゃんとこなしてるんだし、チョッと位息抜きしたってバチは当たらないわよね〜♪ 宏クンだって隣にいるのが青臭い小娘よりも、私みたいに熟れた大人の女が好いだろうし♥)
晶が聞いたら間違い無く抗争に発展する台詞を呟きつつ、思わず顔がにやけてしまう。
その顔は既に教師では無く、ライバル(恋敵)を出し抜いて悦に浸る、ひとりの女の顔だった。
「今日は神戸から京都へ戻るルートで巡回するわね。その方が時間的ロスも少ないから♪」
夏穂は教師の顔に戻ると、並んで座る宏に自由行動日に於ける遠方巡回の仕方を教える。
「京都市内と違って阪神エリアは格段に広いから、最初に巡回する街をある程度決めて移動するの。今日だったら神戸、元町、三ノ宮と歩き、その後、ミナミとキタと・・・・・・天王寺と梅田って言う具合にね」
夏穂は身体をずらし、宏に寄り掛かる様にして車内に掲げられている路線図を目線で示して段取りを説明する。
「街で巡回する時は、駅を中心に螺旋状に移動するの。そうすれば緊急連絡があっても直ぐ駅に戻って指示された場所まで移動出来るでしょ?」
寄り添った体勢はそのままに、夏穂は首を巡らしてこれまでの実体験を交えながら後輩教師に己のノウハウを伝える。
宏は晶達の事は気に掛かるものの、今は夏穂の身体半分が覆い被さり、その柔らかさと暖かさに意識が向いてしまう。
更に夏穂が顔を向けた時にお互いの顔が急接近する形となり、目の前の美貌に改めて目が釘付けになってしまう。
(ヤバイっ! こんなに色っぽい夏穂先生って、初めてだ・・・・・・)
宏は慌てて視線を下に外すが、今度は肩越しに見える豊かに盛り上がった胸、ジャケットの隙間から覗く白くて深い谷間、その下には黒のストッキングに包まれ、タイトスカートからスラリと伸ばされた太腿が目に飛び込んで来る。
そしてほのかに香るフローラル系の香水が宏の鼻腔をくすぐり、夏穂は上司である前に一人の女だという事を強烈に認識させられる。
「あとは・・・・・・そうね。実地で覚えるしかないわ。こればっかりは経験値がモノを言う仕事だし」
宏は高まる鼓動と下半身に集まる血液を振り払うかの様にメモを取り、疑問に思う点や判らない部分を尋ねる。
夏穂は首から上を真っ赤に染めた宏に内心ガッツポーズを決めつつ、ひとつずつ丁寧に、判り易く例え話を入れながら答えてゆく。
(掴みはオッケー♪ これであの娘達の事は頭から消えたかな? それにしても、真剣な目をした宏クンも・・・・・・素敵ね〜♥)
お尻に当たる熱くて硬いモノに再度顔がにやけてしまいそうになり、慌てて顔を左右に振る夏穂。
もっとも、傍から見れば仕事を教える先輩OLと言うよりも、自分好みの男に育ててから美味しく戴く有閑マダムの顔付きだ。
当然、そんな緩んだ顔を見逃さないのが晶と千恵だ。
「なによっ! さっきから、あの緩みまくった、だらしない顔はっ! あれでも学年主任なのかしらっ!? 何!? あのわざとらしいスキンシップはっ。 まるで場末のホステスじゃないっ!」
「宏は真面目に仕事してる顔だけど・・・・・・なに段々赤くなってんのよっ! ああっ! 夏穂先生が・・・・・・あんなにくっ付いてっ! 宏もそんな年増の身体、見るんじゃないっ!」
二人は車輌の連結部に顔を寄せ合い、隣の車輌にいる宏と夏穂の様子をガラス戸越しに窺っていた。
黒のセーラー服を着た美少女が全身から怒りと嫉妬のオーラを撒き散らし、般若の如き形相でガラスに顔を押し付けているので誰も傍に近寄らない。
朝の通勤時間帯を過ぎているとはいえ立っている乗客がまだ多数いる中、二人の周囲だけがポッカリと空間が空いているのだ。
一方、一緒にいる筈のほのかや優、若菜に真奈美は離れた場所に立ち、他人の振りをしていた。
「ったく、恥ずかしいマネしてよ〜。ちっとは周りを見ろよ・・・・・・」
「宏ちゃんの事になると〜、姉さん見境無くなるから〜♪」
呆れ返るほのかは額に手を当てて俯き、若菜は楽しそうに目を細めてガラスにへばり付く二人を見る。
すると、当事者の妹である優が恥ずかし気に顔を赤らめて頭を下げた。
「・・・・・・ゴメン。お姉ちゃん、目の前でヒロクンを拉致されて我を忘れてる」
「まぁまぁ、晶ちゃんも恋する女の子なんですもの♪ 好きな男性(ひと)がデート直前に他所の女に攫われたら、穏やかじゃいられないわ」
ほのかに向かって優をフォローする真奈美だが、その瞳は宏と夏穂の今後の動向に好奇心を煽られて煌いている。
真奈美は見た目こそおっとりした癒し系だが、実際は遥かにお茶目で肝が据わっているのだ。
そんな鳩首会談をしている四人は晶や千恵とは違った意味で車内の注目を浴びていた。
(あの娘(こ)、あたいと同じ位に美形やな〜。あの制服、どこの学校やろ?)
(あ〜ぁ。同じ女子高生やのに・・・・・・神様のいけずっ!)
通勤途中のお姉さんが溜息混じりにほのかを見つめ、登校途中の女子高生が真奈美と自分の胸を見比べ、自信を失くす。
四人とも同じ制服に身を包んでいる点は一緒だが、ひとりは頭一つ高い長身で腰まで届くストレートロングの黒髪をなびかせている大和撫子。
もうひとりは同じ位の身長に波打つ長い金髪、どこまでも澄み通った碧眼、抜ける様な白い肌の外国人美女。
そしてショートヘアをシャギーにし、スレンダーなボディと制服の胸を押し上げる二つの双丘で女の子と判る美少年風美少女。
最後に背中の中程まで届く真っ直ぐな黒髪、ちょっと垂れ気味な大きな瞳を持つ日本人形みたいな美少女。
ただでさえ一人だけでも注目されるのに、四人も揃えば注目度も二乗三乗で増してしまうのだが、本人達にその意識は全く無い。
四人共、学園で注目される事にすっかり馴れ切っているので学園外でも他人からの視線に無頓着なのだ。
「さてさて、宏は何処まで行くのかな〜? 夏穂先生はどう出る?」
ほのかは片手で金髪を背中に払いながら楽しげに呟き、晶と千恵を通り越して宏に視線を向ける。
すると、見計らったかの様に夏穂が宏を伴って席を立つ所だった。
☆ ☆ ☆
「・・・・・・何かヤバイ事が起きたら携帯で直ぐ知らせる事。それから、極力、人通りの多い大通りを歩く様にな♪」
宏は吉井女学園の制服を見つけては声を掛け、声を掛けられては手を振って応える。
夏穂との巡回スケジュールも神戸から東へ向けて恙(つつが)無く消化され、今は元町に来ていた。
「うん、指導の仕方も満点よ♪ この調子なら来年は一人でも大丈夫そうね♪」
ニッコリ微笑む夏穂から眩しそうに見つめられ、宏は照れもあって顔が火照ってしまう。
薄いピンクのルージュを引いた柔らかそうな唇、細い眉に自分の意思を明確に示す吊り目がちな瞳と鼻筋の通った小顔にどうしても目が向いてしまう。
肩まで伸びたシルクの様な黒髪がサラサラと風でなびき、宏の元へシャンプーの甘い香りを運んで来る。
宏は、いつ見ても心を奪われる夏穂の美しさに言葉を失ってしまう。
(んふっ♪ 赤くなっちゃって・・・・・・あの頃とちっとも変わらないっ♥)
そんな初心な反応を示す宏と高校生の時の宏が重なり、夏穂の理性は崩壊寸前だ。
なにせ想いを寄せる男性(ひと)と、昨日今日とずっと一緒に観光地巡りをしているのだ。
女として完成され、熟した身体が宏を求めて止まない。
(だめぇ・・・・・・っ! 宏クンの息遣いを感じただけでも濡れて・・・・・・このままイッちゃいそうっ!!)
心と身体が火照り、欲望が自分でも上手くコントロール出来無い域に達している。
瞳は潤み、股間にはショーツがピッチリ張り付き、淡い草原と女である印をクッキリと浮かび上がらせる程に濡れていた。
ひとり悶える夏穂の心中など与り知らぬ宏は、紅く染まった顔を誤魔化す為に、ひとつ提案をする。
「あの、ちょっと早いですが、今のうちにお昼にしませんか? さっき通った中華街で本格中華でも。・・・・・・あ、指導のお礼と言っては何ですが、今日は私が奢りますから♪」
その爽やかに煌く(夏穂にはそう見えた)笑顔が、夏穂の理性と言う柱をいとも簡単にへし折った。
「好いわよ♥ 奢られちゃう♪ ・・・・・・それじゃ〜、私が知っている所へ行きましょ♪ 去年、巡回中にこの近所で好いトコ見つけたの。こっちよ♪」
「あっ、か、夏穂先生っ!? そんなに強く引っ張らなくてもっ・・・・・・」
夏穂は嬉しそうに宏の左腕に自分の右腕を速攻で絡ませ、恥ずかしがる宏を引きずって早足で歩き出す。
仕事中とは言え、こんな美味しいシチュエーションをこのまま黙って見過ごす夏穂では無かった。
どうして良いか対応に悩む宏に、夏穂は妖しげな上目遣いで言い切った。
「今からプライベートタイムよ♪ 仕事は一時中断。だ・か・ら〜、少しの時間、自分の好きなコトをして好いの♥」
宏は目の前に迫った大きな瞳に淫靡な光が宿っている事に気付き、背中に冷汗を流す。
その光は欲情した若菜やほのか達が見せる光と全く同じ色をしていたからだ。
すっかり立場を忘れ、発情モード全開の夏穂をどうする事も出来ないまま、宏は一緒に歩く事しか出来無かった。
「あ、あの〜、夏穂先生? ここは?」
表通りから裏通りに進み、角を何度か曲がった所で、二人は白い外壁に囲まれた洋風建物の前に来ていた。
宏は連れられるまま入ろうとしたが、入り口の看板を見て慌てて両足を踏ん張る。
そこには「カラオケ・プール・ジャグジー付き個室完備。只今サービスタイム中♥」の文字が昼間なのに目立つ程、これでもかと光っている。
「ん? ここ? ラブホよ? ラブホテル♥ ・・・・・・入ったコト、無いの?」
正直に頷きかけ、宏は慌てて首を振る。
「ハイ・・・・・・じゃ無くてっ! 何で昼間っから、こーゆー所に来るんですかっ!? 今は仕事中だし、こんな所を生徒に見られたら拙いっ・・・・・・んむっ」
夏穂の人差し指が宏の唇を封じ、そのまま舌を覗かせた自分の唇をなぞる。
その余りにも妖艶な仕草に、宏の『男』が待ってました、とばかり勢い好く起き上がる。
「大丈夫♪ 私も初めてだし♥ それより、い・ま・は〜、女と男の、じ・か・ん・よ♥ 野暮なコトは言いっこ無し♪」
宏の盛り上がった股間を嬉しそうに眺めると、女のフェロモン出し捲りの夏穂が女性とは思えない力強さで、ぐいぐいと腕を引いてラブホテルへ入ろうとする。
そんな夏穂の発情フェロモンをまともに浴び、禁欲生活四日目の宏は踏ん張る力が徐々に緩んで来る。
と、その時、聞き覚えのある声が宏を淫魔(?)の世界から覚醒させた。
宏を呼ぶ声は二つ聞こえ、妙に声高に、それも棒読みしているかの様だ。
「あっれ〜〜〜? おっかしいわね〜〜〜。路に迷ったのかしらぁ〜〜〜っ!!」
「あ〜〜〜っ、宏兄さんっ・・・・・・じゃない、宏先生〜〜〜っ! 丁度好かったぁ〜〜〜っ!!」
振り向いた宏と夏穂の視線の先には、頭から二本の角を生やし(宏にはそう見えた)、黒のセーラー服を着た人影が二つ。
晶と千恵だった。
晶はウェーブの掛かった長い髪を逆立て、千恵はポニーテールをうねらせて眼光鋭く二人を睨んでいた。
(ヤバいッ!)
突然現れた見知った顔に、夏穂はパッと宏の腕を放し、素知らぬ顔をする。
しかし、ラブホテルに半分入りかけ、声高に中に引き擦り込もうとしている女と、首を振って尻込みしている(様に見える)男。
その姿は不倫に走る若妻と躊躇する間男をそのまま演じている事に、遠巻きに眺める多数のギャラリー以外、誰も気付いていなかった。
(チッ! あと少しだったのに〜っ! しかも今度は千恵ちゃんか・・・・・・ったく、このブラコン姉妹が〜〜〜っ!!)
舌打ちひとつ、二人と対峙する夏穂の顔は長年の念願成就まであと一歩だった所を邪魔された悔しさで明らかに引き攣っていた。
一方、宏は救われたと思うと同時に、男としてチョットだけ、ホンのチョットだけ残念に思った。
代わりに、いきり勃った股間はいつまでも鎮まらなかった。
ここで時間は少し遡る。
「ん? 何処行くんだ、あの二人?」
南京町(なんきんまち)の中華街で買った豚まん(一個五百円の大物だ♪)を美味しそうに頬張りながら歩くほのかが、夏穂の様子がおかしい事に気付いた。
急に宏と腕を組んだかと思うと周囲を見渡し、急ぎ足で裏路地に入り込んだのだ。
どう見ても生徒への声掛けとは思えない様子にほのかの好奇心アンテナが鋭く反応し、思わず笑みが浮かんでしまう。
「おい、この先って何があるんだ?」
振り向くほのかに、GPS付携帯電話で現在地と宏の居場所(宏のGPS携帯に反応している)をチェックしていた優が表情を変える事無く、ポツリと答えた。
その余りにも普通な喋り方に、最初、全員聞き逃す所だった。
「この先は・・・・・・いわゆるラブホテル街になってる。元町の・・・・・・大人の遊艶(園)地♪」
優のオヤジギャグが炸裂した一瞬の間のあと、猛然とダッシュしたのが晶と千恵だ。
(あの女(あま)〜〜〜っ! 遂に本性現しやがったなっ!!)
(宏っ!? 嘘よねっ!? そんなっ・・・・・・まさかっ!!)
髪を逆立て、怒りで(先を越された悔しさも多分にあった)顔を赤らめて大きな瞳を血走らせた晶に、涙を浮かべ、全力疾走の煽りでミニスカートが捲くれて紫色のショーツが見え隠れする千恵。
宏と夏穂の後を追った二人は角を曲がり、ほのか達四人の視界からあっと言う間に消え去ってしまう。
「ねぇ、追わなくても好いの?」
なんともノンビリとした真奈美に、こちらものほほんとした若菜が笑いながら応えた。
「大丈夫だよ〜♪ 宏ちゃんにそんな度胸無いし、夏穂先生も宏ちゃんを前にチョッと先走ってるだけで、姉さん達が追い付けば正気に戻るよ〜♪」
相手を絶対的に信じる若菜に、真奈美は改めて尊敬の眼差しを向ける。
と、ここで優の携帯を覗き込んで晶達の携帯反応が宏の携帯反応に急接近する様子を見ていたほのかの切れ長の碧眼が楽しげに細まった。
「おっ♪ 接触したみたいだ。それじゃ、オレらも追い駆けようぜ♪ 夏穂先生の慌て振りが見ものだぜ〜♪」
明らかに状況を楽しむほのかに、優がやんわりと、それでいて鋭く突っ込んだ。
「ヒロクンを苛めちゃダメ。苛めて好いのは夏穂先生」
実は、優も夏穂の暴走に姉同様怒っているのだ。
「いざとなったら、証拠写真をネタに夏穂先生を・・・・・・フッフッフッ♪」
瞳を細め、怪しげに笑う優は、普段以上に辛辣な毒を吐くのだった。
結局、晶達六人は予定通りに偶然を装って宏達の前に現れ、そのまま二人の巡回に付いて行く事になった。
千恵姉妹の『ブラコン癖』を利用し、前面に押し出して夏穂を監視する(ついでに宏との散策を楽しむ)のだ。
「あ、あたいが・・・・・・ブラコン?」
「私は、『ブラコン』じゃ無いよ〜〜〜っ!」
嫉妬心がいつの間にブラコンに取って代わられた千恵と著しい誤解に涙ぐむ若菜のクレームは封印して貰い、代わりに色ボケ夏穂の暴走を封印したのだ。
夏穂は宏とのデートを邪魔されてご機嫌ナナメだったが、そこは腐っても教師。
吉井女学園の生徒を見付けると直ぐに学年主任の顔に戻って宏と共に指導に専念し、その姿は宏を始め晶達を感心させ、見直させたのだった。
☆ ☆ ☆
修学旅行も五日目に入り、今日から最終日までの三日間は完全個人行動日となる為、ホテルのロビーフロアは今迄以上に賑わっていた。
なにせ、今まではクラスの枠内での行動だったが、今日からは他のクラスの友人とも行動を共に出来るのだ。
朝食もそこそこに一人で宿を出る者もいるし、クラスは違うが仲の良い友人四〜五人と組んで出掛ける者もいる。
今までが同級会なら今日からは同窓会、と言った所だろうか。
当然、晶達もクラスの枠を外れて京都を散策する事になっている。
もっとも、いつものメンバー六人で行動するのだが、これが当り前に思っているので何ら違和感も無いし、輪を外れて個人で行動しようとは思ってさえいない。
六人で一人、一人で六人。
それが晶達なのだ。
「で、今日は何処へ行くんだ?」
朝食の席で宏がベーコンエッグを頬張りながら正面に座るほのかに尋ねると、ほのかの隣でトーストを齧っていた優がニコリと微笑んで応えた。
「今日は、洛西(らくさい)方面をゆっくり歩きたいと思ってる」
「洛西・・・・・・嵐山と嵯峨野だね。うん、天気も好いし紅葉も見頃だろうから、丁度好いね♪」
優しく微笑む宏に、優の目元が真っ赤に染まる。
そこへ晶が更なる提案を示す。
「それじゃ、今日の最後は京都タワーに登りましょ♪ 日が沈む少し前に行けば、綺麗な景色も見られるし♪」
みんなが期待に満ちて頷く中、若菜がアジの開きを齧りつつ手を揚げた。
「宏ちゃんも、今日からフリーなんだよね〜♪ 巡回もしなくて好いんだもんね〜♪」
切れ長の瞳を嬉しそうに輝かせた若菜は、ここでもマル秘情報を教える。
「今日からは先生達も自由行動なんだよ〜。呼び出しがあったら行かなきゃダメだけど、それ以外の時間は私達と一緒に過ごす事も出来るんだよ〜♪」
頷く宏に五人から歓声が上がり、みんなのテンションが一気にヒートアップする。
昨日までの鬱憤が今日から晴れるかと思うと、早く出発したくて食す早さも倍増する。
ライバルの夏穂に見つかる前にホテルを出たいと言う思惑もあったのだ。
こうして宏達七人は市バスを乗り継ぎ、紅葉真っ盛りの嵐山へとやって来た。
「ここが嵐山・・・・・・これが渡月橋(とげつきょう)・・・・・・」
桂川(かつらがわ)に架かる橋を眺め、川原に植わっている松の大木の下で感慨深げに佇む優。
優は、いつか来たい、と想っていた場所へ愛する宏と一緒に来られて感動に浸っているのだ。
背景の山々は朱、黄、黄金、紅と色付き、空の青さとひとつになって壮大な平安絵巻の様だ。
宏は隣で瞳を煌かせる優が可愛く、そして愛おしく思う。
そして、今日から自分も自由に行動出来るかと思うと、我満出来ずに優の手を握ってしまう。
「あ・・・・・・ヒロクン♥ ・・・・・・ダメ、人が、見てる・・・・・・」
「大丈夫♪ 幸い、周りには学園関係者の姿は無いから♪」
「・・・・・・そう。なら、ちょっとだけ・・・・・・♥」
正面を見据えたまま、優は隣で微笑む宏の温もりを感じ、そっと手を握り返す。
ところが。
「あの〜、ちょっとムードに浸り過ぎなんですけど?」
遠慮がちに、だけど、からかい口調で真奈美の顔が二人の間に割り込んで来た。
久し振りに発揮されたラブラブモードに、見ていられなくなったのだ。
「あ、ごめん。みんなもいるんだった・・・・・・」
思わず洩らした宏に、周りにいた晶達が握り拳の立てた親指を下に向けて一斉にブーイングを浴びせる。
しかし、どの瞳も楽しげに笑っている。
宏と優は顔を見合わせ、そして手を握り合ったまま笑いの輪に加わった。
「この渡月橋を境に、こっちの上流を保津川(ほづがわ)、向うの下流は桂川と、名前が変わるんだ」
「遠目に見ると木製の橋だけど、欄干だけが木製で、あとは鉄筋コンクリート製なんだな♪ 見ての通りバスも通るし」
宏は身振り手振りで雑学の一部を披露し、みんなからの質問に答える。
一行は中之島の公園や駅前通をぶらついて秋の嵐山を堪能すると、次に嵯峨野へ向けて移動する。
嵯峨野は優の他に若菜や真奈美が行きたいとリクエストしたので、今は若菜がデジカメで写真を撮りつつ先頭に立って歩いている。
「よし、ちょっと休んでいこうか。午前のティータイムにしよう♪ あ、言っとくけど割り勘だからなっ。・・・・・・教師の給料は安いんだぞ」
「このタイピン、渋くてヒロに似合いそうね。・・・・・・喜んでくれるかしら」
甘味処で一服し、土産物屋を覘き、宏達七人は洛西の秋を心から楽しむ。
いつもは誰かしらが周囲を警戒し、宏との関係を怪しまれない様に気を配っていたのだが、附近を見渡しても同じ制服は見かけ無い。
これ幸いと、本来の自分に戻ってのびのび過ごせるので、気分も晴れやかなのだ。
「この竹林、すっごく雰囲気あるわね〜。鬱蒼と茂ってて、まるで時代劇の中のワンシーンみたい♪」
「ホントだ♪ 空が見えなくなる位、高くそびえてるんだな。・・・・・・どこからか鞍馬天狗とか出てきたりして♪」
真奈美が左右を見上げながら感嘆の声を上げると背中の中程まで届くストレートの黒髪がフルフル揺れ、ほのかも波打つ金髪を風にはためかせながら嵯峨野の雰囲気に浸る。
「今日は思ったより人出は少ないし天気も好いし、絶好の散歩日和だな♪」
宏は前を歩く黒髪と金髪の織り成す艶姿に目を細めながらも、肩を並べて歩く優に微笑みかける。
すると宏と優の視線が重なり、目元をほんのり朱く染めた優がそっと宏に手を伸ばす。
優の細くてしなやかな指と宏の武骨な指とが絡み合い、ひとつになると二人の心の距離もゼロになる。
「ヒロクン、大好き♥」
掌から感じる温もりに優の心は幸福感に満たされ、思わず涙ぐんでしまう。
宏は空いた片手で頬を撫ぜ、潤んだ瞳を見つめながら、そっと唇を重ねる。
それは修学旅行に来てから、初めて交わすキスだった。
晶はそんな二人に微笑みながらも、万が一に備えて周囲への目配りは決して忘れなかった。
「ここからはバスで移動しよう。時間の節約だ♪」
宏達は嵯峨野の町外れから高雄へと抜け、ゆっくり時間を掛けて錦雲渓(きんうんけい)、清滝(きよたき)、金鈴峡(きんれいきょう)の紅葉美を堪能し、色付く京都を満喫した。
☆ ☆ ☆
「このタワーは東京タワーに遅れること六年、一九六四年十二月に建てられ、高さは百三十一メートルで灯台をイメージして作られたんだ」
展望台から京都市街を一望しつつ宏が解説すると、周囲を取り囲むクラスメイト達から感嘆の声が洩れる。
もっとも、その声は宏の説明に反応したのでは無く、暮れゆく京都の空や街並みに対しての声なのだ。
夕焼け空は朱から紅、そして赤から緋へと徐々に色の深みを増し、やがて星の瞬く黒へと変化する。
そして空色の変化と共に街のそこかしこから光が瞬き出し、夜の帳が下りると眼下に光のページェントが展開する。
「綺麗〜〜〜っ♪」
「素敵〜〜〜っ♪」
ガラス窓に顔を押し付けんばかりに顔を寄せ合い、展望台のそこかしこから歓声が湧き上がる。
「やれやれ、ちょっとしたラッシュアワーだな」
展望台は観光客の数よりも多く吉井女学園の制服で埋まり、まるでひとつの教室に二クラス分の生徒を集めたかの様な賑わいになっていた。
苦笑した宏が肩を竦めると、晶も諦め顔で同じ様に肩を竦める。
宏達一行はバスで京都駅まで戻り、駅前にそびえ立つ京都タワーへと来ていた。
しかし、そこには見覚えのある制服に身を包んだ女生徒達で溢れ返り、宏達は吉井女学園の校舎にいるかの様な錯覚に陥った。
不思議に思ったほのかが、その辺の生徒を捉まえて聞いてみた。
「だって〜、門限まで時間を潰すのに、丁度好い場所なんだもん♪」
詳しく聞くと、門限破りにならない様、早めに京都に戻ったは好いが時間が多少余っている。
そこでタワーから市街の夜景を一望し、下のデパートでお土産を買っていると程好い時間になるので人気があるのだとか。
他にも四条通(しじょうどおり)や新京極通(しんきょうごくどおり)、河原町通(かわらまちどおり)などのホテル近辺も時間潰しの格好の場所となっており、その中でもここと祇園に生徒が集まると言う。
祇園はお茶屋さんに出勤する舞妓さんや芸妓(げいぎ)さんに出逢える確立が高いのだそうだ。
「まぁ、仕方ないわね。まさかここが時間潰しの場所になってるなんて・・・・・・流石に読み違えたわ」
晶は純粋に京都の暮れ行く風景を宏と一緒に見たくてこの場所をリクエストしたのだが、完全に裏目に出てしまった。
そんな姉の心情を即座に理解した優は持てる知識を総動員させたが、七十人近い生徒を宏から切り離す方法が見つからない。
株や為替の売買にかけてはプロでさえ敵わない優だが、等身大のクラスメイト達を引っ張るまでの応用力は備わってはいなかった。
眉根を寄せる優の思案気な顔を見たほのかと若菜は互いに頷き合うと、宏を取り囲むクラスメイト達に今日行った場所の話を声高にし始める。
すると、学園で名を馳せる『姫』と『ブラコン娘』のツーショット紀行に、展望台に散っていた吉井女学園の生徒の殆どが二人の周りに集まって来た。
ほのかと若菜は外を指差しながら徐々に移動し、宏達とは反対側のフロアへ生徒達を引き連れて行く。
その中には一般の観光客まで混ざっていて、宏の周りには晶と優の姉妹、千恵と真奈美の四人だけが残された。
(・・・・・・ありがとう。ほのか、若菜ちゃん)
優は遠ざかる集団の中心にいる二人に心の中で礼を言い、深く頭を下げる。
真奈美と千恵も、ほのかと若菜の鮮やかな機転の利かせ方に目を見開き、ただただ感心するばかりだ。
普段、大ボケをかます若菜がこんな時に役立つとは、姉の千恵でさえ予想すらしなかった。
学園美女の肩書きは学園外の一般客にも効き目がある様だ。
「優も、ありがとね」
晶は妹の細い肩に片手を置き、思案してくれた事に心から礼を言う。
いつもなら目線で会話するのだが、今回は直接言いたかったのだ。
優が頷き、笑みを浮かべた所で、晶は半歩、宏に近付く。
ようやく邪魔者(?)が消えて宏を独占出来るかと思った瞬間、身体が勝手に動いたのだ。
それは、少しでも愛する男性(ひと)の傍にいたいと言う、純粋な想いの為(な)せる業(わざ)だった。
「やっと静かになったな♪ これで好い思い出がまたひとつ、増えたな♪」
まるで心を読んだかの様な宏の笑顔に、晶の鼓動が一気に跳ね上がる。
顔が火照り、全身真っ赤に色付いている事が鏡を見なくても判ってしまう。
(やだっ、こんな顔、見せられないっ! ・・・・・・でもね、ヒロ)
恥かしさの余り、晶は慌てて正面を向く。
傍から見れば、晶は正面のガラス越しに光煌く京都の夜景を眺めているのだが、実際はガラスに映った宏を見つめていた。
宏も正面を向き、傍から見れば光溢れる京の都を眺めているのだが、実際はガラスに映った晶を見つめていたのだ。
(ヒロ・・・・・・大好き♥)
(愛しているよ、晶♥)
二人の視線は重なり、いつしか直接見つめ合っていた。
宏と晶の甘い空間は、ほのかと若菜が戻るまで消える事は無かった。
その頃、宿舎となっているホテルの一室では、目の下にクマを作った夏穂がドリンク剤片手に孤軍奮闘していた。
持参したノートパソコンに引率教師達から提出されたこれまでの業務日誌や巡回報告書を纏め、学園に提出するデータ書類作りに昨夜から追われていたのだ。
「だっ、誰だっ!? 絵日記で日誌書いた奴はっ!! それに、『然るべく♪』の報告書って何っ!? あたしゃ幼稚園の先生でも裁判官でもねぇよっ!! ったく〜、一日掛かったって少しも纏まらないじゃないっ! これじゃ、宏クンとのデートが明日も出来無いじゃないか〜っ!! くっそ〜、だから中間管理職って嫌なのよ〜〜〜〜っ!!」
夏穂の恨めしい遠吠えが秋の古都を揺るがした。
後日、その声が千数百年振りに鵺(ぬえ)が蘇ったと、京都市内でまことしやかに囁かれたとは本人は知る由も無かった。
☆ ☆ ☆
京都タワーで甘い雰囲気を満喫し、夕食バイキングも全て平らげた六人は消灯後いつもの様に布団を頭から被り、顔を寄せ合って密談に耽っていた。
しかし、その声は聞き耳を立てているクラスメイト達には筒抜けだ。
「あんたね〜、明後日(あさって)には帰るんだから、もう少し我満しなさいよ。・・・・・・あたいだって我満してんだから」
例によって若菜が巡回の隙を付いて宏の部屋へ(今日は枕を抱えて)忍び込もうとし、千恵や晶がそれを阻止すると言う寸劇も今日で五回目の幕開けとなっていた。
若菜は千恵のお小言に屈する事無く、実に爽やかな笑顔で曰(のたま)った。
「それじゃ〜、姉さんも一緒に行く〜?」
「な゛っ! 何を言ってんのよっ、この娘(こ)はっ! だから、あたいは帰るまで我慢するって言ってる・・・・・・っ」
顔を赤らめ、声を荒げ掛けた千恵は最後まで言わず言葉を呑み込む。
周りに集まり、聞き耳を立てているクラスメイト達の存在を思い出したのだ。
(あ〜ぁ・・・・・・。親衛隊とか近衛師団とか言われるのって、好いんだか悪いんだか判らないわ・・・・・・)
この旅行で若菜は勿論、晶、ほのか、真奈美、優、千恵の六人はすっかり宏の親衛隊(あるクラスメイトは近衛師団の方が近いと証言した)の地位を不動のものにしていた。
宏の行く所、六人の影が常に付き纏い、近付く女は容赦無く排除し、宏をガードする。
「宏先生の城壁(晶達六人の事だ)を崩すのは容易じゃないよね〜。もしかして・・・・・・」
次第に千恵もブラコンだとか、千恵姉妹に付き合っているうちに晶やほのか達にブラコンが移ったと囁かれ、遂には六人を総じて親衛隊(又は近衛師団)と呼ばれ、より注目される存在になっていた。
もっとも、それは遠巻きに見る存在としてでは無く、身近で親しみを感じる親衛隊だ。
(だからって、みんながみんな、いきなりタメ口になって背中を叩かれたり抱き付かれたりするとは思わなかったわ)
後に晶が語った様に、この旅行中を境に晶達六人の存在はクラスの中で大きく変化した。
なにせ、初日の夜の騒動や二日目の大浴場での集団百合(レズ)騒ぎ(後日、現場写真が流出した)など、自分達と何ら変わらない、素直で可愛らしい言動が毎日の様に目撃されているのだ。
お堅いクールなイメージのあった晶でさえ自分と同じ生身の人間だと判ると、クラスメイト達はより親しみを感じ、より気さくに話し掛けて来る様になっていたのだ。
(まぁ、そう思われていた方が今後、若菜ちゃんにしろ、あたし等にしろ、ヒロの傍に居易いかもね♪)
晶は暗黙の了解で宏の隣に大ッぴらに居られるのなら、むしろその方が好いわ、と夕食の席で笑っていたのを千恵は思い出す。
しかし、だからと言って夜這い(優に『お情け』だ、と再びツッ込まれた)しても好い理由は無い。
それどころか、教師が生徒と関係云々と騒がれると宏の立場が危うくなり、学園を追い出されでもしたら親衛隊どころの騒ぎではなくなる。
千恵は双子だけに妹が宏を求める心情が痛い程判るが、今後の、自分達の明るい将来の為にも心を鬼にして行く手を阻む。
「あのね、若菜。そこに座りなさい」
「・・・・・・もう布団に潜ってるよぉ」
「う゛っ! と、とにかく、宏・・・・・・宏先生の所へ行くのは止めなさい。何度も言うけど、私達は生徒で宏・・・・・・先生は教師なの。そーゆー事は卒業してからにしなさい」
もっともらしく、真面目な顔で説教を始めた千恵だったが、悪戯心が芽生えた若菜は姉の真面目さを逆手に取って逆襲する。
「・・・・・・『そーゆー事』って、どんな事?」
知ってて、わざと姉を煽る若菜。
妹の煌く瞳に見つめられ、背中に大量の冷汗を流す千恵。
「っっ!! あ、いや、その、つまり、あの、だから・・・・・・っ」
身体は何度宏に抱かれても、心はいつまでも初心な千恵に、目を眇めた若菜が意地悪く言い募った。
「姉さ〜ん。もう処女・・・・・・んむ゛っ!」
処女じゃないんだから恥ずかしがる事じゃ無いでしょ? と言う若菜の言葉は、姉の掌が妹の口を塞ぐ事によって強制的に封印される。
「ばっ、ばっ、バカな事言ってんじゃないわよっ!! 言うに事欠いて何言い出すかな、この娘はっ!!」
話の内容が次第に艶っぽくなり、クラスメイト達の立てる聞き耳が一層大きくなる。
身体は処女でも、知識は熟女並みの二年B組の面々なのだ。
(ったく、あたいだって、ホントは宏の部屋に行きたいわよっ!)
千恵とて幾ら昼間は宏の傍に居ようとも、二人の間には立場の違いが見えない壁となって常に立ちはだかり、家にいる時の様に素に戻って甘える事が出来無い。
そんな状況が五日間も続き、夜も抱かれずに過ごすので寂しさが一入(ひとしお)なのだ。
加えて今日、短時間ながら嵯峨野の竹林の中と錦雲渓で人目を忍びながらキスを交わすのが精一杯だったので余計に身体が疼くのだ。
これは千恵だけに限らず、晶以下全員に共通する事なので誰も異論を挟まない。
「そうなんだよなぁ〜。昨夜なんか、布団の中で無意識に胸と股間をまさぐりそうになっちゃってさ〜♥」
千恵の心が判るほのかが目元を朱く染めて呟く。
ところが、真奈美がにこやかな顔で混乱させる事を平然と言い出す。
「一人でこっそり行こうとするから、かえって怪しまれるのよ。だったら私達六人で行けば、『そう言う風』には見られないと思うの♪」
真奈美の仰天発言に、ワクワクドキドキしながら聞き耳を立てていたクラスメイト達(その数三十余名)がなるほどと頷き、一斉にお情けを貰う準備に取り掛かる。
ある者は裸体(特に胸の谷間と股間)にフレグランススプレーを吹き掛け、またある者は勝負下着の上に浴衣を羽織り、中には透け透け下着の上に、これまた透け透けのネグリジェを着込む者までいる。
「あ、あ、あ、あんたらは〜〜〜っ!! 二年B組をハ〜レム集団にする気か〜〜〜〜っ!!」
「こらっ! あんた達っ、いつまで起きてんのっ!」
この夜も晶の怒号に間髪を入れず、夏穂のイエローカードが炸裂するのだった。
(つづく)
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