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 ライトHノベルの部屋  ライトHノベルの部屋  ライトHノベルの部屋
     ~ラブラブハーレムの世界へようこそ♪~


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美姉妹(しまい)といっしょ♥~番外編 表 紙 美姉妹(しまい)といっしょ♥~番外編 表 紙 美姉妹といっしょ♥~番外編
 

 
                 美姉妹(しまい)といっしょ♥~番外編
 
 


 
   
                                ( テーマ : ライトHノベル  ジャンル : アダルト
番外編~ 目 次 番外編~ 目 次 美姉妹といっしょ♥~番外編
 
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                                           (LAST UP = '09.12.25.)

    0 『美姉妹(しまい)といっしょ♥~番外編 表紙

    1 『今夜のおかずは……』       ('06.-1.22.UP)

    2 『田舎にて(1)』            ('06.-3.18.UP)
      『田舎にて(2)』            ('06.-3.22.UP)

    3 『七夕飾りに想いをのせて』     ('06.-7.-7.UP)

    4 『朧月(おぼろづき)』         ('06.-8.26.UP)
      『夕立(ゆうだち)』           ('06.-9.-1.UP)
      『紅葉(こうよう)』            ('06.-9.-7.UP)
      『立春(りっしゅん)』          ('06.-9.13.UP) 

    5 『たとえばこんな学園物語 ~前編』 ('07.12.17.UP)  
      『たとえばこんな学園物語 ~中編』 ('07.12.21.UP) 
      『たとえばこんな学園物語 ~後編』 ('07.12.26.UP)

    6 『バレンタイン狂騒曲』          ('08.-2.13.UP) 

    7 『彦星と六人の織り姫たち ~前編』 ('08.-6.30.UP) 
      『彦星と六人の織り姫たち ~後編』 ('08.-7.-4.UP)

    8 『サンタは風に乗ってやってくる ~前編』 ('08.12.17.UP)
      『サンタは風に乗ってやってくる ~中編』 ('08.12.20.UP)
      『サンタは風に乗ってやってくる ~後編』 ('08.12.23.UP)

    9 『百花繚乱 ~前編』         ('09.12.18.UP)
      『百花繚乱 ~中編』         ('09.12.22.UP)
      『百花繚乱 ~後編』         ('09.12.25.UP)
 

      これ以降は準備が整い次第、掲載致します。
      それまで暫しお待ち下さいませ。m(_ _)m
   
                                ( テーマ : ライトHノベル  ジャンル : アダルト
今夜のおかずは…… 今夜のおかずは…… 美姉妹といっしょ♥~番外編
 
 宏は書店の店頭に平積みになっている写真集に眼が留まり、専門学校からの帰宅の足を止める。
 そこには妖艶な笑みを浮かべて投げキッスをする髪の長い女が写っていた。

(この女性(ひと)、晶姉に似ている……)

 ロングヘアをソフトウェーブにし、白いヘアバンドを巻いている様は晶と重なって見えてしまう。

(それに、この写真集って……)

 表紙を飾る女性は衣服を一切着けていない、いわゆるヌード写真集だったのだ。
 おまけにタイトルが『お姉さんのパイパン図鑑』と揮(ふる)っている。
 姉好きでパイパンフェチの宏には到底無視出来無い。

(こういう写真集を店頭平台で平然と販売するこの本屋って……)

 宏は苦笑し、その本を手に取ってみる。
 ビニールで梱包されているので中を見る事は出来ないが、表紙と裏表紙に写っている女性がどうしても晶と重なって見えて仕方が無い。
 価格を見ると宏の1週間分の食費と同じ値段だ。

(……よし!)

 宏はレジの中で暇そうにしているオヤジに写真集と千円札二枚を置く。

「おっ、兄(あん)ちゃん、毎度あり~♪ この写真集(ほん)、良い出来だよ~。流石眼が肥えてるねぇ~」

 そうなのだ。
 この本屋は宏の『夜のおかず』御用達の店で、毎日の帰り道に立(勃)ち読みし、何かと仕入れているのだった。

「そう? 楽しみだな……♥」

 思わず本音が飛び出てしまい、宏は赤面する。
 店のオヤジはニヤリとすると黙って本を袋に入れ、お釣の十円玉二枚と共に渡してくれる。

「好い本入ったら取っとくよ~♪」

 オヤジの声を背中で聞きながら足を速め、アパートを目指す。

「ただいま~」

 誰もいない部屋に声を掛け、夕食を作りながら風呂を沸かす。
 一日の汗を流し、ニュースを見ながら晩酌(夕食)を済ませると部屋の隅に置きっ放しの荷物が目に入った。

(そっか、昨日実家から届いたんだっけ……。また米と缶詰だろう)

 宏は溜息を吐きながら箱を開け、中身を振り分けて収納してゆく。
 すると箱の一番底に十五センチ四方の薄い箱が入っている。

(何だ? 何も書いてない)

 白くてまっさらな箱には赤いリボンが掛っているだけで、おまけに妙に軽い。

(靴下かハンカチ、ってトコだな)

 宏は布団を敷き、その上に胡坐を掻いて座る。

「どれどれ、どんな柄だ~?」

 たいした期待もせずに箱を開けると、透明な小さなビニール袋に詰められた布の様な物が四つ綺麗に並び、その上に折り畳まれたメッセージカードが一枚置かれている。

「ハンカチの詰め合わせか?」

 黒、純白、薄ピンクに赤。

(ピンクに赤!? ハンカチじゃないのか??)

 いぶかしく思いながら黒い布が入っている袋を摘み上げ、中身を取り出して拡げてみた瞬間。

「な、なんじゃこりゃ~~~っ!!」

 透け透けレースのハイレグショーツ、しかも甘酸っぱい匂い付き。

「ま、まさか!」

 宏は一緒に入っていたメッセージカードを取り上げて読むと、がっくし頭(こうべ)を垂れる。
 そこには……。

『ヒロ、元気してる?
 そろそろ前に送った使用済みショーツの匂いが薄くなっている頃合いだと思うから新たに送るわね♪ もちろん使用済みで洗濯していないわよ♪
 今回は千恵ちゃんのショーツもゲットしたから存分に楽しんでね♥
 ち・な・み・に、あたしが黒で優がピンク、千恵ちゃんが白で若菜ちゃんが赤よ。
 それじゃ、またね♥  by晶 』

「あ、晶姉、何てタイムリーな……。ん!? ゲットした、ってそれって千恵姉に黙って持って来た、って事だろ!?」

 晶に似た女性(ひと)が写っている写真集を買って帰れば本人からのプレゼント。

「これでナニせぇってかっ!? ナニしか無いがな!!」

 独り暮らし生活で手に入れたスキル、独りボケツッコみ。
 宏は苦笑いを浮かべると、いそいそと部屋の明かりを落とし、スタンドだけ灯す。
 布団に仰向けになると握ったままのショーツで鼻と口を覆う。

「晶姉……晶姉の匂い♥」

 晶の顔を思い浮かべながら大きく深呼吸する。
 甘酸っぱい中に微かにおしっこの匂い。
 コロンだろうか、柑橘系の香りもする。
 童貞の宏には堪らない香りだ。
 久振りに嗅ぐ晶の匂いに身体中の血液がペニスに集まり、たちまちギンギンに勃起する。
 顔にショーツを当てたまま全裸になり、溢れ出している先走り液を指に絡めて扱き出す。

(晶姉、晶姉っ! 晶姉のオマンコの匂い!)

 クロッチ部分をめくり返して鼻にあてがい、舌先を伸ばす。

(晶姉のオマンコ、舐めてるっ! 舐めてるぅ!)

 急激に性感が高まり、亀頭が大きく膨らみ、茎がピクピク震える。

「あっ、晶姉~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!!」

 どぴゅっ! どぴゅぴゅぴゅぴゅ~~~~~~~~~~~~~っ!!

 大量のザーメンがボタボタと下腹部に降りかかる。
 荒い息をしながら脱力し、大の字になると指先にコツンと固い物が触れる。
 指先で確かめると、さっき買ってきた写真集だった。
 袋を逆さにして本を取り出すと、掌サイズの小さい箱とボトルが一緒に出て来た。
 その箱には「愛(ラブ)ホール・処女の締め付け晶菜ちゃん♥」、ボトルには「愛(ラブ)ローション・ヌルヌルでヌレヌレ♥」と書いてある。
 それはオナホールとローションのセットだった。

(あのオヤジ……ニヤリとしたのはこれだったのか)

 宏は苦笑するとティッシュでザーメンを拭き取り、写真集を拡げた所で思わず目を見張ってしまう。
 そこには晶に似た女がM字開脚になって股間を晒している姿が写り、しかも割れ目の筋やクリトリスの膨らみ、秘唇の皺や捩れ具合まで見て取れる超極薄消しではないか。

(あのオヤジが言っていた、好い出来、とはこの事か)

 宏は再び晶のショーツで鼻と口を覆い、写真に写る女を晶と置換えてペニスを握る。
 目からは晶(に似ている女)が割れ目を晒した姿。
 鼻からは晶そのものの匂い。
 一度射精しただけでは萎えない勃起肉は反り返り、先走り液を湧き出させて扱くスピードをアップさせる。

 宏はこの後、姉達のショーツの匂いをそれぞれ嗅ぎながら四回射精した。
 使用済みショーツとパイパン写真集、それとオナホール(ローション付き)。
 この三つのアイテムで、宏の「夜のおかず」は暫くの間充実した物となった。

 この写真集が後々災い(?)の種になろうとは、宏は露ほどにも思わなかった。


              (番外編~ 今夜のおかずは…… 了)

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田舎にて(1) 田舎にて(1) 美姉妹といっしょ♥~番外編
 
「宏ちゃん……何時になったら帰って来るのかな……」

 若菜は窓から空を見上げながら誰に言うとも無く呟く。
 灰色の雲からは霙(みぞれ)混じりの雨が窓を斜めに叩き、季節外れの空模様に気分も沈みがちになる。

「そうね……宏も何か考えがあって向うに残っているんでしょうから、もう少し待ってみたら?」

 千恵の慰めに若菜が振り向きざま食って掛る。

「だってもう五月だよ!? 卒業したら帰るって約束を破ってまでの考えって何っ!? 何時まで待てばいいのよっ! 姉さんは平気なの!?」

「若菜……」

「……あっ! ごめんなさい! ついっ……」

 若菜は一瞬我を忘れて怒鳴ってしまった事を悔やむ。
 千恵だって若菜と同じく、宏の帰郷を首を長くして待っている一人なのだ。
 早く宏に帰って来て欲しいと思っているのは自分だけでは無い事位知っている。

「ごめん。姉さんに当っても仕方ないのに……本当にごめんね……」

「いいのよ。気にしないで。それより、昨夜(きのう)も電話したんでしょ?」

「うん、いつもと同じ。私が何を言っても『もうちょっと待っててくれ』だって……」

「……そう」

「もしかして、向うに好きな女性(ひと)が出来たから帰って来ないのかな……」

 切れ長の瞳に涙を浮かべながら姉の手を握ってくる。
 震えている手に、千恵は若菜の本心を垣間見てしまう。
 若菜は宏に振り向いて貰えなくなる事が辛いのだ。
 宏から只の幼馴染として思われる事が嫌なのだ。

 ――宏の心から自分がいなくなる事が怖いのだ。

 それは、千恵にとっても同じだった。
 でも、妹にそれを言う訳にはいかない。

(同じ男性(ひと)を好きになるなんて……。双子って好みのタイプが同じなのかしら?)

 千恵は心の中で溜息を洩らす。

「そんな事は無いと思うわ。もしもそうだとしたら、宏はちゃんと言うわ。『好きな女性(ひと)がいるから帰らない』って。そうじゃ無いんだから、宏を信じて待っていましょう」

「でも……」

「好きな男性(ひと)を信じられない女に、男性(ひと)を好きになる資格は無いわ」

 尚も言い募る若菜に千恵はピシャリと切り返す。
 千恵も一時(いっとき)は若菜と同じ様に疑心暗鬼になりかけたのだが、宏を信じる事で吹っ切ったのだ。

「う゛っ……!」

 若菜は一瞬悲しげな瞳を向けて俯くが、すぐに顔を上げて手に力を籠める。

「うん、判った。宏ちゃんを信じる。信じて待ってる」

 その瞳にはもう迷いは無かった。
 愛する男性(ひと)を信じる乙女の瞳そのものだ。

「うん、そうそう♪ どうしても逢いたくなったら、こちらから逢いに行けば済む事だしね♪」

 千恵としては若菜を慰める意味も籠めて、ホンの気休めのつもりで言ったのだが……。

「!! そうよっ! 行けばいいのよっ! 待ってるだけじゃ駄目なのよっ! 宏ちゃんが帰らないなら、私が宏ちゃんの所へ行けばいい事だわっ! 何でこんな簡単な事に今迄気が付かなかったんだろう!!」

 若菜は瞳を煌めかせ、両手を胸の前で組んで悪夢から醒めた様に晴れやかな表情になっている。

「早速、荷物をまとめて宏ちゃんの所に行こうっと♥ ふふっ♪ 宏ちゃん、待っててね~♪」

 今までの暗い雰囲気は一変、背景にお花畑を背負ってルンルン気分の若菜に千恵はたじろぐ。

(じょ、冗談が通じないっ! そうだった……。この娘、昔から宏の事になると見境が無くなるんだった!)

 千恵は己の失言に頭を抱え込む。
 このままでは本当に若菜は宏の元へ駆け込んでしまう。
 そうなったらあの宏の事だ、無下に若菜を追い払わないどころか最悪、若菜は宏の優しさに付け込んでそのまま同棲してしまうかもしれない。

(じょ、冗談じゃ無いわっ! だっ、誰がそんな事させるものですかっ!)

 同棲、というキーワードに千恵の頭に血が急上昇する。
 千恵自身気付いて無いが、千恵も宏の事になると若菜同様、見境が無くなるのだ。

(このままじゃ、あたいが敵(若菜の事だ)に塩を送った事になっちゃうじゃないっ! だったら……)

 千恵は唇を噛み締め、そしてハラをくくる。

「若菜、あたいも行くわっ! あんた一人じゃ心配だものっ! いいわねっ!!」

「えっ!? 姉さんも行くの? うん、判った。一緒に宏ちゃんの所に行こう♪」

 千恵の気持ちなど、とっくに承知している若菜は二つ返事で頷く。

「えへへ♪ 宏ちゃんの驚く顔が見られるわ~♥」

 こうして美姉妹(しまい)は翌日、愛しの男性(ひと)の元へ新幹線で向かったのだった。


                                             (つづく)

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田舎にて(2) 田舎にて(2) 美姉妹といっしょ♥~番外編
 
「……ん、これで良し。こっちは――様子見ね」

 パソコンのマルチモニターの前で何やら数字を打ち込み、頷いている優。
 と、そこへ仕事から帰って来た晶が部屋の入り口で声を掛ける。
 晶の会社は外資系の為、時差の関係で日曜日でも仕事があるのだ。

「あら、優。株のチェック?」

「……あ、おかえり、お姉ちゃん。そうだよ♪ ……今日は早かったね」

「うん。今日は大した仕事じゃなかったしね。それより、どう? 調子は」

 晶は優の部屋に入って来ると腰を屈め、優と顔を並べてモニター画面を見つめる。
 優は左手でマウスを操作し、画面を切り替えながら淡々と説明する。

「……うん、悪くない。先週からだと少しプラス程度」

「どの位?」

「……ん、約二億」

「そう♪ まずまずね」

「……もう少し利益が出るかと読んだけど、社長が逮捕されて株価が急落したから」

「ああ、例のドコデモドアね」

 優はドコデモドアの株価一覧を画面に出す。
 そこには、ある日付を境に急激な右肩下がりのグラフが示されている。

「……ガサ入れが判った段階で全て売ったから、大した損失にはならなかった」

「マイナス幾ら?」

「……約一億」

「一億で済んだか。でも危なかったものね。あの時売らずに持っていたら……」

「……五十億以上の損失。今までの儲けが全て飛んじゃう」

 優は最安値の所にあるグラフの線を指し示す。

「関連のブジテレビ株は?」

 優は次にメディア一覧のグラフを表示させ、マウスポインタで示しながら話す。

「……それも同時に売った。ドコデモドアと共倒れの恐れがあったし、経営者も利口じゃないからこの先も危ない」

「その損失は?」

「……約マイナス三千万」

「結構痛いわね。メディアは安全牌だと思ったのに……。ジャパン航空は? 最近特にキナ臭いけど」

 優は既にジャパン航空の株価グラフを画面に表示させている。

「……そこも売った。経営者に危機管理能力が無さ過ぎ。理不尽な合理化やトップが内輪揉めしてる様じゃ、今に飛行機が墜落して株価も暴落する」

「そうね。あそこは二年前の春にシステムエアと経営統合してからおかしくなったものね」

 晶は画面の一点を指し示すと、優も頷く。
 そこには二年前の春に急上昇したものの、その後徐々に右肩下がりになっているグラフがあり、所々大きく下がっている所がある。
 それはインシデント(小事故)のあった日付と一致している。

「……うん。株価上昇を期待しないで、もっと早く売っとけば良かった。そうすればマイナス五千万までいかなかったのに」

「ん~~~、計マイナス一億八千万か……。最近損失額が大きいわね」

「……それはこちら側の責任。株価そのものに罪は無い」

「まぁ、そうだけど……。最近は株価よりも経営者を見て売買する傾向がするのは、何だか情け無いわねぇ~」

「……ううん、馬鹿なCEOだと企業価値も下がる。強(あなが)ち間違いでも無い」

「好調なのは……電器系と……自動車系ね」

 晶は画面を指差すと、優は詳細データを呼び出す。

「……電器では……ナトナルが伸びてる。自動車は……ホンマが好調」

 優がグラフを示しながら晶の顔を見る。

「ナトナルは……オリンピックが控えているから大型ディスプレイの需要が今後も伸びるわね」

 晶は独りごちると、モニターから目を外さずに優に尋ねる。

「これで損失分をカバー出来る?」

 優はコクンと頷く。

「ホンマもアメリカでの受けが良いから……優?」

「……うん、判った。任せて♪」

「宜しくね♪」

 晶はニッコリと微笑む。

「それでは……こっちの……収支のトータルではプラスなんでしょ?」

 晶は四年前からの分と、今月分、今週分のバランスシートを目で追いながら優に確認する。
 優は表情も変えずに淡々と話す。

「……もちろん。外貨取引の分を合わせると今週だけで約二億五千万のプラス」

「外貨で結構儲けが出たのね」

 画面は為替レートの変動グラフに切り替わっている。
 こちらは徐々に右肩上がりになっている。

「……うん。ユーロの値が上がってる」

「オリンピック景気?」

「……今年の冬にイタリアで行われるから需要が伸びてる」

「判ったわ。お疲れ様。そろそろ夕御飯だってお母さんが言ってたわ」

「……ん、判った。すぐに行く」

「それじゃ、あたしは着替えてくるわ」

 晶はモニターから顔を離すと隣の自室へと向かう。
 優はパソコンをスタンバイ状態にすると一階のダイニングへ降りていった。


     ☆     ☆     ☆


「そうそう。あんた達、宏君が同棲始めたってよ。知ってた?」

 夕餉(ゆうげ)の席で、美女姉妹(しまい)の母親の爆弾発言が晶と優を直撃した。
 晶は飲みかけていたビールを危うく正面に座る父親の顔に噴き掛けそうになり、優は目を見開き、箸で摘んでいた里芋の煮っ転がしをビールの入ったグラスの中にダイブさせたまま固まってしまう。

「な、なんですって!? 同棲!? ヒロが?? いつ!? 誰と!!」

 柳眉を逆立てた晶が勢い良く立ち上ると、椅子が大きな悲鳴を上げて後ろに倒れる。
 優は固まったまま正面に座る母親の顔を凝視する。
 母親はそんな二人の態度を面白そうに眺めながら続ける。

「なんでも、千恵ちゃんと若菜ちゃんが今日の午後、宏君の元へ生活道具一式持って新幹線で向かったって、あちらのお母さんが笑いながら言ってたわよ。特に若菜ちゃんなんてスキップしながら家を出たって。なんだい、あんた達はとっくに知ってるのかと思ったわ」

「しっ、知らないわっ! そっ、そんな話、今、初めて聞いたわよっ!!」

 千恵と若菜というキーワードに晶は目を剥いて口から泡を飛ばす。

「みたいだねぇ~。知ってたら、あんた達も今頃は東京にいるもんねぇ~♪」

 美女姉妹の母親は楽しそうに笑い声を上げる。
 母親は美女姉妹が宏を好きな事や千恵と若菜の美姉妹(しまい)とも仲が良い事、その美姉妹も宏が好きな事も全て知っているのだった。
 母親自身も宏を気に入っていて、いずれは婿にと思っていたのだ。

「あたしゃてっきり、あんた達が身を引いたのかと思ったわよ」

「じょ、冗談じゃ無いわっ! 誰が身を引くですって~~っ! ヒロの童貞はあたしのモノよっ!!」

 晶は母親の台詞にカッとなり、酔いも手伝って両親の前で思わず本心を暴露してしまう。

「あ~~、晶。嫁入り前の娘が人前で童貞、とか言わない様に……」

「お父さんは黙っててっ!」

「……」

 娘に睨まれた父は首を竦めて淋しく晩酌を続けるのであった。
 母親は笑いながら更に晶を煽る台詞を投げつける。

「あちらのお父さんなんか、箪笥とか姿見とか新品の布団なんかを送ってやった、新しく息子が出来た、なんて嬉しそうに話してたわよ? これって完全に新婚生活よね~♪ となると、今夜が……初夜?」

 完全に愉しんでいる母親の姿がもはや目に入らなくなった晶は、持っていたグラスをテーブルに叩きつける。
 グラスは悲鳴を上げ、粉々に砕け散る。
 普通なら砕ける訳無いのだが、晶の握力で既にひびが入っていたのだ。

「優っ! いらっしゃいっ! 対策を立てるわよっ」

 晶は食事もそのままに席を立ち、ドスドスと足音を立てて自室へ戻ってゆく。
 優も半分フリーズしたまま、ふらつく足取りで階段を登る。
 そんな二人の娘を見つめていた父親が母親にポツリと言う。

「宏君はどう出るかな? 出来れば我が家自慢の娘達を選んで欲しいものだが」

「そうね~♪ でも、甲乙付け難いからみ~んな一緒にお嫁さんにしそうだわ。宏君、包容力あるから」

「私は娘達が幸せなら何でもいいさ。たとえ一夫多妻でもね。宏君なら娘達を任せても大丈夫だろうよ」

 あくまでほのぼのとした両親である。
 一方、収まらないのが晶と優の美女姉妹だ。
 晶は部屋に入るなり、開口一番雄叫びを上げる。

「完全に抜け駆けじゃないっ! くっそ~~~っっ! あの美姉妹にしてやられた~~~っっ!!」

 酔っているとは言え、妙齢の美女からとは思えない罵詈雑言に優は一瞬眉をしかめるが、気持ちは姉と一緒だ。

(……せめてひと言(世間ではそれを宣戦布告と言う)位知らせてくれても良さそうなのに。きっと……若菜さんが淋しくて耐え切れなくなったんだろうな、千恵さんも)

 優の核心を突いた推理に、自分達美女姉妹を重ねる。
 宏が帰って来ないで淋しい思いをしているのは自分達も一緒なのだ。

「これからじゃ、最終の新幹線どころか夜行列車と夜行バスにも間に合わないっ! ビール呑んじゃったから車も駄目っ! タクシーは……ん~~っ、予算的に無理っ! あ゛~~っ! 移動手段が無いっ!!」

 株で儲けた金は宏の金なので、勝手に手を付ける訳にはいかないのだ。
 般若の様な表情になった晶は部屋の中を動物園の熊みたく右に左にうろつく。

「あの二人に好意を持っているヒロなら、若菜ちゃんに迫られでもしたら簡単に身体を許しちゃうわっ!」

 数年前の約束~あたし達と結婚するまで童貞でいなさい~など、目の前の裸体には何の意味も無いだろう。
 晶は宏の貞操の危機にイラついたままベッドに勢い良く腰掛けると、優も隣に静かに腰を下ろして慰める。

「……今夜は大丈夫。ヒロクン、清い身のまま」

「どうして? 飢えた若菜ちゃんなら、今夜中に無抵抗なヒロを縛り付けて手篭めにしても、ちっとも不思議じゃ無いわよ?」

 何気に酷い事を言う晶。
 酔っ払いは無敵だ。

「……明日は月曜日。ヒロクンは仕事があるから夜更かししないし、今夜は同居初日だからみんな緊張して大人しくしてる。危ないのはむしろ明日の夜。覚悟も準備も万端整ってる」

 少し酔っているとはいえ優の冷静な分析に晶は落ち着きを取り戻し、母親が言った事を思い出す。

「今日荷物を送ったのなら届くのは明日の昼過ぎ。つまり、今夜は布団も何も無い状態ね。そんな状況で初心だけどしっかり者の千恵ちゃんが若菜ちゃんだけに初夜を許すとは思えないわ」

 晶は優をチラッ、と見ると、優はその通りとばかり頷く。
 言葉に出さなくても、目線やちょっとした表情、仕種で意思疎通出来るのがこの双子姉妹なのだ。

「ただ、ひとつの布団で三人が眠るというシチュエーションになった時、ヒロがどう出るかね。うら若き美姉妹に挟まれて、喰わないだけの意思がヒロにあるのかしら?」

 晶の頭の中に、据え膳食わぬは男の恥、というフレーズが浮かぶ。
 最悪、宏から手を出すのでは無いか、と思い悩む晶の憂いを優が払拭してくれる。

「……大丈夫。ヒロクン、ああ見えて硬派。ヒロクンから迫る事はしないし、約束も守ってくれる」

 優の励ましに晶は苦笑する。
 優の方がよっぽど宏の事が判って信じているではないか。

「ええっ、信じるっ! あたしはヒロを信じるわ♥ ……優もね♪」

 恋敵(ライバル)の動向よりも、愛する男性(ひと)を信じる女の強さがここにあった。
 晶は素早く思考を切替えると、優とこれからの段取りを組み立てる。
 どのみち今夜はもう動けないのだから、ここで今後の事を詰めておく必要がある。

「明日は午前中の会議が外せないから……出発は昼過ぎになるわ。駅で落ち合いましょう。会社を出る時に連絡するから、列車の手配宜しくね。その時あたしの手荷物も一緒に持って来てくれると助かるんだけど?」

 晶はシステム手帳を捲りながら優に指示(作戦とも言う)を出す。
 優は黙ったまま頷く。

「取り敢えず、一泊分の着替えがあれば足りるわ。あとは……」

 パソコンに入れたスケジュールを確認しながら晶はテキパキと指示を出す。

「向うには夜……いえ、夕方前に着けるとベストね。となると、こっちを遅くとも十五時には出たいわね」

「……判った。家の事は任せて。その他気付いたら手配しとく」

「ん♪ 有能な秘書がいて助かるわ♪」

 ようやく晶の表情に余裕が生まれ、笑顔が見られる様になった。
 優はこれで一安心、とばかりに微笑む。

「……秘書はお姉ちゃん。ボクは経理担当」

 その実、晶は外資系企業の社長室付けの秘書だったりする才女なのだ。
 宏には外資系に勤めるOLとしか言っておらず、細かい事まで教えていない。
 何故なら、『だってその方がヒロが知った時にビックリする顔が見られるから楽しいモン♪』という事らしい。
 優も、宏に自分の仕事(?)はネットトレーダーだとは言っていない。
 あくまで趣味の範囲で株をチョットいじっている、としか言っていないのだ。
 何故なら、『だってその方がヒロクンが本当の事を知った時の驚く顔を見られるから嬉しい♪』という事だ。
 さすが双子、考える事が一緒なのだった。

「ふふ♪ そうだったわね。元々はヒロのお金だもんね。優が株を始めたのは」

「……うん。ヒロクンから預かった十万円が全ての始まり。それが今では……」

 優は四年前、宏がバイトで稼いだ金を元手に株取引の世界に本格的に参入したのだ。
 それまで株や経済を大学で勉強していた事もあって、宏が稼いだお金をどうしても増やしてあげたくなったのだ。

『……ヒロクン、ボクがこのお金を何倍にもして見せるね♪』

 自信満々の優に、宏は高校生としては大金の十万円を何の迷いも無くポン、と快く預けたのだ。
 以来、優は宏の経理担当という意識を持ち、持ち前の冷静な判断と的確な分析で少しずつお金を増やして来た。
 ただひとつ、『愛する男性(ひと)の喜んでくれる顔が見たい』という想いの基で。
 その後、宏は預けた金がどうなっているのか全然聞いて来ないし、知ろうともしない。
 何時だったか、利益を宏に報告するつもりで電話を掛けたら開口一番、笑いながら言ってくれた。

『優姉に全部任せたから♪』

 優は宏からの信頼が心から嬉しく、より張り切った結果、今では億単位までお金を増やす事が出来たのだ。
 晶はパソコンに地図を表示させながら優と打ち合わせを続けてゆく。

「よし! 今日明日はこんなものね。あと、向こうでの住まいは……」


 宏が千恵と若菜と川の字で眠りに付いている頃、晶の部屋の明かりは夜遅くまで消える事は無かった。


                         (番外編~ 田舎にて・了)

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七夕飾りに想いをのせて 七夕飾りに想いをのせて 美姉妹といっしょ♥~番外編
 
「姉さん~、学校から立派な笹竹を貰って来たよ~~♪ ねぇ、今年はこれで七夕しようよ~♪」

 妹の声に振り返った瞬間、千恵は目が点になった。
 そこには腰まで届くストレートロングヘアをひとつにまとめ、ベージュのブラウスに濃紺のスカート、白のショルダーバッグという学校帰りの服装のまま、高さ三メートル位、枝の張った幅は二メートル位で太さが七~八センチはあろうかという大きな笹竹を肩に担いでいる若菜が嬉しそうな顔をして部屋の入口に立っていたのだ。

「あ、あんた、そ、それ、どうしたの!?」

 千恵は大きな瞳を更に大きく見開き、青々と茂る笹竹を指差す。
 家の裏山で探してもこんなに立派な笹竹はそうそう無い。
 店で買ったら諭吉さんひとりは軽く飛んでいくだろう。

「だからぁ、大学で飾る七夕用の笹竹が一本余ったから~、教授にお願いして貰って来たの~♪」

 若菜は嬉しそうに経緯(いきさつ)を話し始めるが、千恵は何となく雲行きが怪しくなって来たのを直感する。
 双子ゆえのテレパシーだろうか。

「あ、そ、そう? よ、良かったじゃない。今年はわざわざ山に入らなくても済んで」

「そうなのよ~♪ 手間が省けて良かったわ~♪ 裏山で蚊に喰われながら藪の中を歩く位なら、学校から持って来る位、何とも無いもんね~♪」

 若菜は心底ホッとした表情になるが、千恵は逆に顔面が段々引き攣って来る。

(な、何ですと~~? 今、若菜は何と言った? 学校から『持って』来た?)

 美姉妹(しまい)の通う大学は電車で三十分の所にあり、駅から家まで徒歩十五分、大学まではゆっくり歩いても五分の距離なのだ。
 千恵は段々嫌な予感に襲われ、この場から逃げ出したくなった。

(あの娘(こ)、駅からここまでコレを担いだまま商店街を抜けて来たというの!?)

 頭の中で「ここに居てはダメ」という警戒音が鳴り響き、赤ランプが激しく点滅している。

「と、ところで若菜? ソレ、どうやってここまで運んだの? 誰かの車に載せて貰ったのよね!?」

「まさかぁ~、私にアッシー君でもいればそうしたかも知れないけど? 第一、こんな大きなモノ、普通の車には積めないよ~」

 よね、と語尾を強調し、そうであって欲しい、という千恵のささやかな願いを打ち崩すかの様な若菜の脳天気なお言葉。

「そ、それじゃぁ……、ま、まさか……」

 千恵の額に一筋の冷汗が流れ落ちる。
 頭の隅で「聴きたくない、聴いたらダメ」という声が聴こえて来る。
 若菜は姉の葛藤を知る由も無く、期待通りの答えを平然と返した。

「ちゃんと電車で帰って来たんだよ~。いつも通りに♪」

 千恵は開いた口から魂が抜け出てしまい、机に力無く突っ伏した。
 卒論のノートや資料がバラバラと音を立てて崩れ、散らばってゆく。
 余りのお約束に言葉も出無いし、動く気力も無い。
 姉の抜け殻に向けて若菜の嬉々とした言葉がどんどん降り注ぐ。

「流石にあさってが七夕ね~。親子連れはみんな笹竹を片手に持ってたわよ~。電車の中や商店街は葉っぱの擦れる音で満ちてたわ~♪ 日本の夏! って感じね~♪」

 お気楽若菜に千恵のツッコみが炸裂した。

「あんたにゃ『乙女の恥じらい』ってモンが無いんかいっ!!」


     ☆     ☆     ☆


「――という訳なんですよ~。これじゃ我家の恥ですよ~。晶さんからも何とか言って下さい~」

 ミニスカートなのに胡坐を掻き、何杯目かのビールをグイッ、とあおった千恵は隣で横座りしている晶に赤く染めた小顔を近付ける。
 白く、ムッチリとした二本の太股の中心に薄いブルーのショーツが丸見えになり、更にはその中心が薄っすらと縦線に形付いているのだが、酔いも手伝って千恵は気付く素振りも恥じらう素振りも全く見せない。
 千恵は呑むとすぐに顔に表れ、酔いが深くなると理性が怪しくなり、隣にいる人全てに絡んでしまうのだ。

「なるほどね~。昨年度のミスキャンパスである若菜ちゃんが大学(がっこう)から七夕用の笹竹を担いで電車でご帰宅された、と。そりゃ見ものだったわね~♪」

 グラスを傾けた晶が面白そうに澄んだ笑い声を上げる。
 晶は既に数杯、ハイボールを傾けているが顔色はいつものクールで美しいお姉様のままだ。
 ほんの少し、目元がピンク色に染まっている程度で酔いが顔に出る事は無い。
 仕事で飲む機会が多々あるので自然と強くなったのだ。

「……ふふっ♪ 若菜さん、さぞかし注目を集めたんでしょうね♪」

 千恵の正面(晶の隣だ)に正座して静かに刺身を食べている優も微笑を洩らす。
 優も何杯目かの酎ハイを空けてうなじから上がうっすらと桜色に染まっている程度なのだが、ショートヘアと相まって妙に色っぽく見えてくる。
 この美女姉妹(しまい)は酒に強い。
 とても千恵と若菜の美姉妹(しまい)では太刀打出来ない。

「笑い事じゃ無いですよ~。ただでさえあの娘、背が高くて色白美人で目立っているのに、余計目立っちゃったじゃないですか~。あの娘は何とも思って無くても、あたいが恥しい思いをするって事、判ってないのよ!」

 ビシッ、と妹を指差し、やれやれと頭を左右に振ると高い位置で縛ったロングポニーテールがフルフルと力無く揺れる。
 酔いに任せてうっぷんを晴らす千恵に、晶も優も微笑んだままだ。
 千恵の愚痴は形だけで本心では無いという事がとっくに判っているからだ。

「美人双子姉妹、ってだけで何かにつれて引き合いに出されるあたいの身にもなって欲しいわ……」

 自分の事を平然と美人と言ってしまうあたりが千恵の酔いの深さを示している。
 しらふの時は決して自分の事をそんな風に言わない。

「まぁまぁ、変に物怖じしない所が若菜ちゃんの好いトコなんだからさ♪ 良い娘よ、若菜ちゃん♪ 純粋で真っ直ぐだし♪」

 顔に掛かったソフトウェーブの黒髪を背中に流しつつ、晶がウィンクして寄越すと優も小さく頷き、ハッキリとした声で礼を言う。

「……ありがとう、今日誘ってくれて。若菜さんが『お泊り会』に誘ってくれなかったら、また淋しい七夕になってた。若菜さんは何だかんだいっても、ちゃんと気配り出来る女性(ひと)。心配ない」

 千恵と若菜の美姉妹と晶と優の美女姉妹は一昨年(おととし)までの十八年間、宏を加えた五人で七夕(という名の宴会)を愉しんでいた。
 しかし去年は宏が上京していなかった為、初めてみんな別々に七夕を迎えたのだが、好きな男性(ひと)がいないだけで何とも暗く、淋しい雰囲気になってしまった。
 そこで今年の七夕もそうなる事を恐れた若菜が楽しい七夕にしようと、晶と優に若菜の部屋に泊る「お泊り会」を持ち掛けたのだ。
 本当は顔から火が出るほど恥しい思いをひた隠しにし、電車で大きな笹竹を持って来たのもその為だった。
 幸い社会人二年目の晶は明日は休みで、学生組みの美姉妹も朝一での講義やバイトも入って無かったので多少夜更かししても大丈夫だった。

「それはっ……、判ってます。ホントはあたいがもっとしっかりしなきゃいけない、って事も。……若菜のお陰でみんなと楽しく過ごせるのに、文句を言ったらバチが当りますね」

 苦笑した千恵は素直になれない自分に気付かせてくれた晶と優に頭を下げる。
 姉としてただ黙って妹のする事を眺めていた事が恥しくなる。

「いいのよ♪ 気にしないで♪ 今夜は楽しく過ごしましょ♪ ね、千恵ちゃん♥」

 晶がビールをなみなみとジョッキに注ぎ、自分のグラスと軽く合わせる。
 ピキーンと澄んだ音色が部屋に響き、千恵の心を軽くし、憂いを払ってくれる。

「若菜ちゃん、何をお願いしたの? 短冊見せて?」

 晶は呑み干したグラスをちゃぶ台に置くと、窓際に立掛けた笹竹の下で熱心に短冊と向き合っている若菜の元へ近寄る。
 若菜はミニスカート姿もなんのその、正座のまま畳に置いた短冊に顔を近付けて一心不乱にペンを動かしている。
 その後姿は丸い大きなお尻に純白のショーツがピッチリと張り付き、秘裂の縦筋にショーツが深々と食い込んでいるのがモロ見えなのだ。
 千恵といい若菜といい、ここに宏が居たら鼻血ものだろう。
 優も好奇心を刺激され、さり気無く若菜のスカートを整えると窓辺に歩み寄り、書き終えた短冊を覗き込む。

「もちろん、宏ちゃんの事だよ~♪」

 若菜は嬉々として自分で書いた短冊を次々と畳に並べ始める。
 晶は順々に手に取ると若菜の願い事を読んでいく。

「どれどれ……。『宏ちゃんが健康で過ごせますように』、か……。なるほど、無難ね。こっちは……『宏ちゃんと結婚出来ますように♥』か……。これは却下ね」

 最後の台詞は口の中で小さく呟く。

「ヒロと結婚するのはあたしなんだから♪」

 若菜は晶の鋭い視線に臆する事無く、これまで書いた短冊を次々と晶に見せ付ける。

「これは~、『宏ちゃんと一生共に過ごせますように♪』、こっちは……『宏ちゃんが私を選びますように♪』だし~、これなんかは『宏ちゃんに処女を捧げられますように♥』、『宏ちゃんの赤ちゃんが欲しい♥』だよ~♪」

 最後の二枚を両手でかざした若菜は顔を赤らめ、晶は挑発的な短冊に血圧が急上昇し、これまでの酔いが一辺に飛んでしまう。
 若菜と晶の間に見えない火花が散っている一方、笹竹の葉の下で優が何も書かれていない短冊を何枚か手に取るとマジックで何事か綴り始める。
 晶と優は膝下までのフレアスカートなので美姉妹の様に下着はおろかそのラインすら見えない。
 宏が居たら至極残念がるだろう。
 優は酒を呑んでいる時よりも顔が赤くなっている事に全く気付いて無い。

「優さんは何をお願いしたんですか?」

 千恵はにこやかに、しかし激烈にガンを飛ばし合う若菜と晶から敢えて視線を外し、近寄らない様に迂回する。
 触らぬ神に祟り無し、だ。
 巻き添えもゴメンだ。
 酔っ払いは無視するのに限る。
 千恵は優の隣に腰を下ろし、優の手元を覗き込む。
 乙女として、七夕にどんな願いを書いたのか猛烈に興味がそそられたのだ。
 優ははにかみながらも、千恵に書いた短冊を何枚か見せてくれる。

「……何か恥しい。この歳になって七夕様にお願い事なんて。でも、つい、縋(すが)ってしまう」

 薄く笑った優の心に、普段は冷静沈着で何事にも動じず、現実的な優が見せた切ない乙女心に千恵は共感する。
 女はいつまで経っても好きな男性(ひと)の事を夢見る女の子でいたい。
 好きな男性(ひと)を想う心に生まれや年齢は関係無い。
 美女姉妹とは恋のライバル関係だけれども、宏に恋する女として優の「縋る」と言う気持ちが納得出来るのだ。

「あ……、これ……」

 千恵がピンク色の短冊を手に取ると、優は耳まで真っ赤に染めて俯いてしまった。
 そこには『ヒロクンと結婚して、赤ちゃんをたくさん産んで、幸せな家庭が未来永劫続きますように』、と小さい文字だがしっかりと書かれてあった。

「ふふっ♪ みんな、想いは同じなんですね♪」

 千恵は手の中にある短冊と、いまだに電撃を飛ばし合っている若菜と晶を交互に見て微笑む。
 すると優が千恵に向けて短冊を差し出す。

「えっ!? あ、あたいも書くの!? ど、どうしても?」

 優の柔らかい微笑みに逆らう事など出来る筈も無く、千恵は羞恥心に塗(まみ)れながら考えに考え、長い時間を掛けて一枚だけ何とか書き終える。
 真っ赤に染まった額には薄っすらと汗まで掻いている。

「……千恵さん、見せて♪」

 優が表情を変える事無く、ずいっ、と手を伸ばす。
 その笑顔は「千恵さんの短冊を見るまでこの手は引きませんよ」、と言っている。
 優も結構酔っている様だ。
 千恵は何とか抵抗を試みる。

「あ、ほ、ほら、願い事は人に見せたら叶わない、って言うじゃないですかっ。だから、ね、その……」

 優は一向に動じない。
 ふと気付くと、晶はおろか若菜でさえ瞳を輝かせて優と並んで座っているではないか。
 初心で純真純情な千恵が男(宏の事だ)に関してどんな願い事を書いたのか興味津々なのだ。

「あう゛~~~」

 千恵はこんな時だけ一致団結する晶と若菜に苦りきった表情を向けるが、晶も若菜も逆に見つめ返して来る。
 その視線は「早く見せろ~~、見せないと奪い取るぞ~~、奪い取ったらコピーして家中に貼り付けるぞ~~」と語り、全身から好奇心オーラを悶々と放っている。
 千恵は海よりも深い溜息を吐き、下着姿で人前に立つ気分でそっと優の掌に薄いブルーの短冊を載せる。
 すると一斉に三人の顔が一枚の紙切れに集まる。

「どれどれ……。『宏があたいを好きになってくれますように♥』、か。なるほど、千恵ちゃんらしい初々しさね~♪」

 晶が優しく微笑んでそっと、そして丁寧に千恵の掌に短冊を返してくれる。
 今ここにいる四人は宏を巡ってのライバル(恋敵)ではあるものの、その秘めたる想いまでは否定しない。
 相手を否定する事は自分の想いも否定する事になるからだ。
 相手を蹴落としてまで宏と結ばれようとする女はここにはいない。

「晶さん……」

 千恵は晶の心遣いが本当に嬉しく、思わず涙腺が緩んでしまう。
 義理人情に厚い千恵は涙もろいのだ。

「……お姉ちゃんはお願い事書かないの? せっかくなんだから何枚か書けば好い♪」

 優が色とりどりの短冊とマジックを渡すと、晶の顔が初めて赤く色付いた。
 流石に二四才にもなって七夕に願いなんて……、と頭の隅で思っていても、心の中はいつでも十八才!(自称)の晶は心ときめいてしまったのだ。

「そ、そうねっ、せっかくだから何枚か書こうかしら……。言っとくけど、書きたくて書くんじゃ無いからね。みんなが書け、って言うから仕方無く書くんだからねっ!」

 耳まで赤くなった晶が取り繕う様に饒舌になるが、みんなニヤ付くだけで誰も聞いてはいなかった。
 晶はそれでもペンを止まらせる事無く、スラスラと次々に短冊に書き連ねてゆく。
 まるでずっと書く事を考えていたかの様なスピードだ。

「「「なになに……」」」

 三人の目が書き上がった色とりどりの短冊に集まる。

「これは……『ヒロがいつも明るく過ごせるように』で、こっちは……『ヒロがいつまでもヒロのままでいられますように』ね~。ん!? これは……?」

 若菜が数枚ある中で一番下に隠す様に重ねてあった短冊をみんなに見える様にかざすと、千恵と若菜の顔色が一瞬で赤から青に、そして千恵だけは真っ赤にと目まぐるしく変化した。
 酔いが醒めて血の気が引き、続けて羞恥心が沸き起こったのだ。
 優だけは「ああ、やっぱり……」と苦笑する。
 そこには『ヒロの童貞は私のモノ♥ 誰にも渡さないわ♪ 私はヒロの最初で最後の女になり、私はヒロを最初で最後の男にするわ♥』と太マジックででかでかと書かれてあった。

「晶さん……」

「晶姉さん……」

 千恵と若菜のジト目に我関せず、といった表情で晶は堂々と言ってのけた。

「想うだけなら、願うだけなら、誰にも迷惑かけないでしょ♪」

「ずるいわ~。宏ちゃんの初めては私が貰うのよ~」

「それはヒロが決める事だわ♪」

 晶と若菜はジャブの応酬を繰返しつつも部屋に散らばった短冊を皆で丁寧に拾い集めると綺麗に、そして慎重に飾り付けてゆく。
 折り目や汚れを着けない為に。
 それぞれが、それぞれの想いを胸に秘めながら。

「これで全部ね? それじゃ、彦星と織姫を眺めながら飲み直そうか♪」

 アルコールが切れた晶が部屋の明かりを消して窓を全開にすると、目の前の夜空に天の川が煌き、彦星と織姫が今夜ばかりは存在を主張するかの様に光り輝いていた。
 闇夜ではなく、濃紺のベールに幾つもの小さく光り輝く宝石を散りばめた満天の星空。
 ずっと見つめていると光に吸い込まれる様な、そして幻想的に光を放つ幾多の星の煌きに言葉を失う。
 この様にみんなで星空を見上げるなんて何年振りだろうか。

「綺麗ね……」

 誰かが呟く様に言葉を洩らし、誰とも無く頷く。
 どの位眺めていただろうか、若菜のひと言が静寂を破った。

「織姫と彦星、か……。まるで今の私達みたいね……」

 若菜が淋しそうに笹の葉を撫ぜながら呟く。
 その切れ長の瞳には光るもので潤んでいる。
 やはり好きな男性(ひと)が傍にいない事が堪えているのだ。

「そうね……。ここから東京は遠いわね……」

 千恵がしみじみと言い、ビールジョッキをあおる。
 飲んで宏との距離が詰まるのならば、あたいは死んでも飲み続けてみせる。
 彦星を映した大きな瞳がそう語っている。

「この二つの星は動けないけど、あたし達には自由に動ける二本の足がある。電話で声も聴けるし、パソコンでチャットも出来る。だからあたしは淋しく無いわ♪」

 晶が二人を励ます様に声を掛け、ウィンクしながらパナシェ(ビールをソーダ水で割った物)の入ったグラスを掲げて軽く振って見せる。
 くよくよしなさんな、という事らしい。

「でも、やっぱり逢いたい……、声が聴きたい……」

 若菜が喉の奥から震える声で訴える。
 この願いに、即座に応えられる人物はここにはいない。
 千恵はどうしたものかと妹の泣き顔を眺めつつ、自分も泣きたい気分になる。

「……若菜さん」

 優が晶と千恵に視線を送り、三人でどうやって若菜を慰め様かと思案に暮れかけたその時。
 若菜の携帯電話が着信を告げるメロディーを奏でる。
 その瞬間、弾ける様に若菜が携帯に跳び付いた。

「この着信メロディー、宏からだわ……」

 千恵が余りのタイミングの好さに驚く。
 若菜は宏からの電話は専用の着信音にセットしてあるので、鳴った瞬間に宏からだと判るのだ。

「もっ、もしもしっ!? 宏ちゃん! ふ、ふぇ~~~ん……」

 逢いたい、声を聴きたいと願っていた男性(ひと)からの電話に嬉しさ、切なさという感情が溢れ出し、電話口で泣きべそを掻いて話も出来ない若菜に代わって晶が苦笑しながら電話に出る。

「もしもし、電話代わりました。晶です」

 晶は電話の向うで慌てふためく宏に思わず軽やかな声を上げて笑ってしまう。
 電話を掛けた途端に幼馴染に泣かれては誰だって慌て、驚き、混乱するだろう。

「――そう、そういう訳なの。貴方のせいじゃ無いわ。いや、少しはあるかも♪ いいえ、大ありだわ♪ ちゃんと責任取ってね♥ 千恵ちゃんに代わるわ♪」

 晶は悪戯っぽい声で意味深に話を〆ると、落ち着かずにそわそわしている千恵に電話を渡す。
 正に「噂をすれば影」を実証した宏に、千恵は一瞬何をどう話せば良いのか判らなくなってしまう。
 と同時に、自分達の暗い雰囲気を打ち払う電話をくれた宏が天帝(てんてい)に思えて来た。
 いつしか千恵は時間(とき)を忘れ、愛しい男性(ひと)の声と会話を胸に刻み込んだ。

「――うん♪ ありがとう♪ 宏も身体に気を付けてね♥ 優さんに代わるわ」

 名残惜しそうに、後ろ髪を引かれる思いで千恵は電話を優の掌へ回す。
 そっと受取った優はいつも通り静かに、でも熱く宏と語り始める。

「……うん、その通りだと思う♪ 流石、ヒロクンみんなの事判ってる♪ うん、それじゃ、おやすみ♪ よい夢を♥」

 優は静かに電話を切ると、胸の中に溜め込んだ熱い吐息を大きく洩らす。
 美女姉妹は表立って宏に好意を見せていない分、宏との電話の後はいつも切なくなってしまうのだ。
 三人が天空に煌く彦星と織姫を眺めながら宏との会話の余韻に浸っていると、突然若菜の絶叫が部屋に響いた。

「あ~~~っ!! 私、宏ちゃんと話、してないっ! いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

「……あ、ごめん。つい、回すの忘れてた」

 優がバツが悪そうに首を竦めるが、若菜は聞いちゃいない。
 自分の携帯を速攻で開き、宏へのダイレクトコールボタンを押した瞬間、無常にも電池切れのアラームが鳴り出した。
 晶と優、千恵はその音は我々に対する緊急非常警戒音だと瞬時に捉え、若菜が暴れる寸前にそれぞれの携帯電話を差し出して部屋や家具、備品が破壊されるのを未然に防いだ。

「もしもし、あ、宏ちゃん♥ さっきはゴメンね~♥ 今、私達彦星見てたの~。えぇ!? 宏ちゃんも見てたの!? すっご~~いっ! 感激だわ~♥」

 若菜の弾む声を聞きながら三人は夜空を見上げ、天の川を挟んだ彦星に宏を、織姫に自分達を重ねてグラスを傾ける。
 でも私達の彦星はいつでも逢う事が出来る。
 天の川なんて関係無い。
 若菜の笑い声に合わせるかの様に晶、優、千恵、若菜の書いた短冊が夜風に揺れ、寄り添っている。
 そして笹竹の一番高い所には『宏ちゃんとみんなが幸せになれますように』と書かれた短冊が誰にも気付かれる事無く揺れ動き、どの短冊よりも明るく星明りに照らされていた。

「「「「「あっ! 流れ星!」」」」」

 一際煌く軌道を描きながら、一滴の光が彦星の辺りから天の川を越え、織姫に向けて流れていった。


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朧 月(おぼろづき) 朧 月(おぼろづき) 美姉妹といっしょ♥~番外編
 
「え~、今配ったプリントは来週末に回収するので、それまで各自良く考えて下さいね♪」

 宏は担任の言葉をぼんやりと聴きながら机の上に置かれた「進路希望調査票」を眺め、溜息を付く。
 今からこんなの決めたって仕方無いじゃん、という気分と、いやが上にも来春は卒業なのだ、という事実を思い知らされた気分だったのだ。
 窓の外に視線を移すと、どこまでも真っ青な空に白い雲が所々にゆったりと浮かんでいる。

「いい天気だな~。もうすぐ桜も満開になるってのに、月曜の朝からめんどいモノを配ってからに……」

 眉をしかめた宏はもう一度深い溜息を付き、ゆっくりと流れる雲を目で追ってゆく。

「ねぇ♪ どこかに美人のお姉さんでも歩いていた?」

 突然耳元で囁かれ、反射的に振り向いた目の前数センチの所に、学校に在籍する女教師の中で最も美貌を誇る担任教師(二十八歳・独身・彼氏無し)の笑顔があった。

「どぉわぁぁっっっっっ!!!」

 余りの近さに驚いた宏が椅子ごと大きく仰け反ると、クラス中からどっと笑い声と冷やかしの声が上がった。

「宏君、その溜息は恋の悩み? だったら、私が手取り足取り腰取り、親身になって相談に乗ってあげるわよん♥」

 色っぽくウィンクした担任女教師に人差し指で鼻の頭をツンッ、と小突かれる。
 何故かこんな状況なのに先生の澄んだ声と指の温もりが妙に心地好い。

「か、夏穂(かほ)先生っ! いい加減人前でそんなコトしないで下さいっ!」

「あら♪ 人前じゃなければ好いのかしら♥」

 顔を赤く染めた宏の抗議もどこ吹く風、大人の女性でしかあり得ない妖しい流し目を男子生徒に寄越す女教師。
 ほのかに香る香水とセミロングヘアから香るシャンプーの匂いに股間が反応するのを抑えつつ、宏はずずいっ、と思いっ切り椅子ごと後ろに下がって妖艶な担任教師から距離を取る。

「あん♥ 恥ずかしがっちゃって、可愛い♪ でもね……」

 この女性(ひと)は数ある男子生徒の中で、宏にだけには何かと身体を摺り寄せ、何気無いスキンシップをいつも仕掛けて来るのだ。
 宏も美人のお姐さんに言い寄られ(?)て満更では無いものの、その度に周りの注目と男共からのやっかみを浴び、照れもあってつい、ぞんざいな態度になってしまう。

「ホームルーム中はちゃんと先生の話しを聞くようにね♥ 相談事なら二十四時間受付中よん♪」

 おでこを指で弾かれた宏は教卓へ戻ってゆく担任のナイスボディー(一七〇センチ、上から八四・五九・八八センチだ)な後姿を苦笑しながら眺める。
 やれやれと溜息ひとつ付き、机の上に置かれた紙に再び視線を戻す。

「進路、か……。どうすっかな……」

 今まで自分の進路についてまともに考えなかった宏はじっと白い紙を見つめ、来年の今頃、自分は何処で何をしているのか想像して見る。

(地元の国立大学は……俺の頭じゃどうなんだろ? 東京の私立大学は……学費高いから行きたくないし。他に進学となると、どこか地方都市の公立大学か、もしくは専門学校……にしたってこの田舎町(まち)には無いし。就職するにも地元に高卒を受け入れる優良企業なんて聞いた事無いし……。どっちにしろ地元(ここ)を出るしかないのかな……)

 そう思った途端、宏の脳裏に心秘かに想いを寄せる二組の双子姉妹の顔が浮かんで来る。
 同じ街に住む四つ年上の従姉である晶と優、隣に住む二つ年上で幼馴染の千恵と若菜。

(俺が家を出ると、みんなと離れ離れに……寂しく、なるな……)

 宏は心の中で深い溜息を付き、プリントを鞄の奥に仕舞い込むと再び果てし無い青空を見上げた。


     ☆     ☆     ☆


「ヒロ~~~っ! 今帰りなの? だったら途中まで一緒に帰りましょ~~~♥」

 放課後、宏が家に向かって商店街歩いていると何処からか宏を呼ぶ声がする。
 首を巡らして辺りを見廻すと、ソフトウェーブにしたロングヘアを風になびかせ、駅へと続く歩道を手を振りながらこちらに向かって駆けて来る晶の姿があった。
 その姿に夕方の買い物客で賑わう一画から音が消え、次の瞬間、男は勿論、女でさえ羨望の溜息を漏らし始める。

「晶姉♪ 珍しいね、こんな時間に」

 来た道をUターンし、迎えた宏は美しき従姉に目を細める。
 晶は左肩に黒のディバックを背負い、頭にはトレードマークのヘアバンド(今日は赤だ)を着け、上は真っ赤なトレーナーにジージャン、下は裾を絞ったジーンズを穿いて惜し気も無く足のラインを強調しているその姿は、洗練された美人女子大生そのものだ。

「今日はサークルが無かったから早目に帰って来たの。お陰でヒロと逢えるなんてラッキーだわ♪」

 屈託の無い笑顔を宏に向けるが、今の宏にはその笑顔は余りにも眩し過ぎた。
 来年はもしかすると、この笑顔が見たい時に見られなくなるかも知れないのだ。

「んっ? ……ふむ」

 晶は宏のいつもと違う反応に直感的に何かあると察し、親指をファーストフード店に向けると宏の左腕を取って歩き出した。

「……なるほど、進路か~。いつの間にヒロもそんな年になってたのね~」

 抹茶シェイクを優雅に啜りながら、晶は感慨深げに宏の顔を見つめる。
 学校は違えど同じ街に住み、週二~三回は顔を逢わせる仲なので学年の事など頭から消えていたのだ。

「俺、今まで高校(がっこう)出てからの事なんて考えもしなかったから。精々(せいぜい)、夏休み過ぎてから考え始めればいいもんだと思ってたからさ。今考えろと言われても、何だか実感湧かなくて」

 宏はフライドポテトを摘みながら進路で迷っている風を装うが、本当は姉妹達と離れ離れになるのが寂しいとはおくびにも出さない。
 話を聴いている晶は宏の内心までは流石に察する事が出来なかった。

「そ、それはまたなんて悠長な……。ん~~~、ヒロは将来どうしたいの? 平凡なサラリーマンになる? あるいは新たな会社を起こす? それとも自給自足の生活を選ぶ? 先の展望なり、希望なり、ある程度描かないと進学も就職もままならないわよ?」

 晶は宏ののんびりした、と言うか他人事(ひとごと)の様な態度に危機感を募らせる。
 これは晶にとっても他人事ではないからだ。

「好きな男の子の進路が気にならない女の子なんて、いないモンね♪」

 宏の嫁の座を本気で狙っている晶の呟きが耳に届かない宏は、普段から思っている事をとつとつと話し出す。

「うん、それは判るんだ。方向性ぐらいは決めなきゃならない、って。でも、今の世の中ってさ……」

 宏は言葉を切ると視線を外し、チキンナゲットを摘むとホットティーで流し込む。
 晶は急かす事無く、じっと年下の従弟を見つめる。

「大卒の資格なんて生きる役にも立たんし、精々初任給が高卒より有利な位でしょ? 入れる会社やその後の肩書きだって大学のレベルで決まるんだから、高い金払って大学行って、社会で全く役に立たん勉強するよりも高卒で職に就いて、少しでも社会経験を多く積んだ方が遥かに好いかな、とも思うし」

 晶は黙って隣に座っている宏の話に耳を傾ける。
 店内は混み合っているものの、二人の話を邪魔する程の騒々しさは無い。

「ただ、高卒で職に就くと潰しが利かない、っていうか……大学行って広い世界を知らなかった分、他にするべき事があったんじゃ無いか、って思う時や後悔する時がきっとあると思うんだ。でも……」

 宏は眉をひそめ、溜息混じりに呟く様に言葉を搾り出す。

「学歴に関係無く、働いたら働いたで会社の腹一つで理不尽な転勤や出向、リストラ、それに逆らったらクビになる仕組みの会社が多いのも事実だし……。となると、どっちもどっちで好くないんなら、フリーターで自由に稼いだ方がよっぽど実用的で好い……」

 ここで宏は晶の澄んだ瞳にハッと気付く。

「あっ、ごめんっ! 別に晶姉達の大学生活や将来をどうこう言うつもりは無いんだっ。これはあくまで俺個人の考えだからさっ、だからっ、その……」

 現役大学生、それも卒業を来春に控えた人を目の前にして大学批判をしてしまった事に宏は慌てて頭を下げる。
 晶は可笑しそうに目を細め、小さく首を振る。

「いいのよ、気にしないで。何とも思ってないから。逆にな~~んにも考えて無い人より、遥かに立派よ♪」

「……うん、ありがと」

 宏は小さく肩を竦めると晶に身体事向き直り、参考までに晶の進路を聴いてみる。

「晶姉は、大学(がっこう)卒業し(で)たらどうするの? やっぱり就職するの?」

「ううん、ヒロのお嫁さんになるの♥」

 打てば響く早さで反応した晶は身体を摺り寄せ、ウィンクしながら人差し指で宏の鼻の頭をツンッ、と小突く。
 状況は違えど担任と同じ事を晶からもされ、宏は一瞬動きが止まってしまう。

(女性って年下の男をこうやってからかうのだろうか……?)

 宏の呆けた顔に晶は声を上げて笑い、周りにいる男達の視線を一身に集める。

「晶姉……」

「あら、あたしは本気(マジ)よ♥ 昔、優と一緒に約束したでしょ?」

 苦笑した宏に真摯な瞳が見つめ返す。
 その熱い視線に、宏は四年前の夏休みに起きた事を鮮明に思い出した。
 すると晶と触れ合っている肩の温もりに鼓動が早まり、顔が急速に火照り出すのが自分でも判った。
 宏が晶の何処までも澄んだ瞳を見つめていると、表情を崩した晶が再び鼻を小突いた。

「ごめん、話を戻すわね♪ 卒業したら外資系の会社に就職するの。もう内定、貰ってるし♪」

 嫁入り話はそのままに(そのままかよっ! と後に宏がツッこんだのは言うまでもない)晶はチロッ、と舌を出し、元の場所に座り直すと中学時代から描いていたビジョンを語って聞かせる。

「晶姉って、そんなに早くから進路を決めてたんだ……」

 晶の話を聴く内に宏の顔が次第に俯き、暗くなる。
 晶と比べて将来への展望を何も持たない事が後ろめたくなったのだ。
 そんな宏の心を知ってか、晶は無理に宏を鼓舞しない。

「ヒロ、周りに流され、焦って答えを出すとロクでも無い事になるから、性急に事を決めない事。時間はまだまだたっぷりとあるんだから、これからゆっくりと考えて行けば好いの♪ 五年や十年十五年、回り道や道草したって構わないのよ、人生なんて♪」

 宏には、優しい瞳で背中をバンバン叩いて励ましてくれる晶がとても頼もしく映った。
 別れるかもしれない寂しさはそのまま残ったものの、ほんの少し、心が軽くなった様な気がした。


     ☆     ☆     ☆


 晶との放課後デート(?)から数日後の夜、本人からの電話に宏は読みかけのライトノベルをベッドサイドに置くと階段を駆け下りる。

「花見? 今度の週末? 晶姉の家族と一緒に? うん、行く。叔父さんや小母(おば)さんに暫く逢って無かったし。――うん、判った、公園の入り口に行けば良いんだね? うん、了解♪」

 宏は電話を置くと両親に晶一家と土曜日に朝から花見へ行く旨を話し、二階の自室に戻る。
 机の上には進路希望調査票が手付かずのままずっと置かれている。

(進学か就職、か。二択しか無いのが不思議なんだよなー。どちらも選べない、選びたくない人だっているだろうに。俺だって……)

 先日、進路の事で晶に相談に乗ってもらった事を思い出す。

(晶姉、あの時は励ましてくれたけど、ホントは呆れてたんじゃないかな。世の中を知らない高校生(ガキ)の戯言(たわごと)として聞き流していたんじゃ……)

 好きな女性(ひと)と離れ離れになる寂しさ、先行きの見え無い自分の将来への不安感が宏の心に好きな女性(ひと)からの言葉をも信じられなくさせる黒い影となって覆い被さろうとしていた。
 宏は頭を強く横に振るとベッドに上がり、読みかけのライトノベル(美姉妹といっしょ♡)に没頭した。


     ☆     ☆     ☆


「うっわ~~~♪ まさに満開だね~~~」

 午前の陽射しが柔らかく降り注ぐ中、レジャーシートの上で宏は両側から覆い被さる様に迫って来る桜並木を仰ぎ、続いて宏の左側に座っている晶に視線を移す。
 今日の晶はいつものヘアバンド(今日は白だ)に上下白で揃えたブラウスにフレアスカート、腰まで届く長い髪も白いリボンで首の後ろでひとつに束ねている。

「今日の晶姉、とっても清楚だね♪ すっごく似合ってる♪」

 全身白で統一された晶はまるでどこぞのお嬢様風で、宏の鼓動が自然と早くなる。
 一方、ショートヘアをシャギーにし、桜色のトレーナーにジーパンを穿き、こちらも白のパーカーを羽織った優が宏の右側に座り、受け皿や割り箸をみんなに配っている。
 一見すると美少年の趣がある優だが、胸の膨らみが立派な女性であることを示している。

「優姉、今日は活動的ないでたちだね♪ 好く似合ってる♪」

 好きな男性(ひと)が顔を赤らめ、眩しそうに見つめながらの褒め言葉に、心底嬉しそうに目を細める晶と優。
 今日着て行く服(下着含む)を昨日の夜遅くまで掛かって選びに選んだ、その努力が報われた瞬間でもあった。
 宏は正面上座に座っている叔父夫婦に頭を下げる。

「今日は誘って頂き、ありがとうございます♪」

 丁寧な宏の挨拶に叔父は笑いながら「いい、いい。ワシ達はついでだ」と軽く手を振り、小母も愉しそうに「そうなの♪」と頷く。
 宏は晶と優にも同じ様に礼を言い、頭を下げる。

「……ううん、礼には及ばない。ヒロクンは大切な――♥ 誘って当たり前♪」

「そうそう♪ 今日は存分に愉しんで♪ たっぷりとビールとおかず、用意したから♪」

 照れた様に言葉を区切り、顔をほんのりと赤らめた優に晶が続き、重箱の蓋を次々と開けてゆく。
 小母さんはクーラーボックスからキンキンに冷えた缶ビールを並べ、同じ様に冷やしたグラスを渡してくれる。

「凄い御馳走ですね♪ 美味しそう~♪ それじゃ、ありがたくいただきますっ!」

 桜の花びらが舞う中、宏の乾杯の音頭で五人のささやかな宴(うたげ)が始まった。

「お父さん、私達家族と宏君が一緒にお花見をするなんて、いったい何年振りかしらね?」

「そうさな……宏君がまだこの位の時以来じゃないか?」

 小母さんが宏を優しく見つめ、胡坐を掻いてビールを呷(あお)った叔父さんが胸の高さに手を翳(かざ)すと、すぐさま美女姉妹(しまい)がツッこむ。

「そんな昔じゃないわ。ヒロが小学六年になった春以来よ♪ その時は向こうの桜の木の下でお花見したのよ」

「……うん、ボクもはっきり覚えてる。六年生になったお祝いにヒロクンを誘った。ボク達が高校に入学したお祝いも兼ねてだから良く覚えてる♪」

 宏を見つめる優の眼差しは晶と同じ熱い想いを秘めている事に、黒い影を持つ今の宏には気付いていなかった。
 当の宏は視線を上に下に動かし、満開の桜を愛(め)でつつグラスを傾けるばかりだ。

「あんた達、そこまで覚えてるの!? こりゃ相当――だわねぇ~♪」

 小母さんが意味深な視線を晶と優に投げ付けると、そのまま大笑いする。
 宏は何が相当なのか判らず、晶と優に解説を求める視線を送るが、二人共目元を赤く染めたまま何も言ってくれない。
 仕方無しに叔父さんに聴こうとすると、左右から同時にビールが注がれた。

「ヒロ、グラスが空よっ! ささっ、呑んで呑んで♪ 今日は無礼講よ♥」

「……ヒロクン、遠慮しないでたくさん呑んで♪ 今夜は家(うち)に泊まる用意もしてあるから、酔い潰れても平気♥」

 何故か焦った様に話しをはぐらかす美女姉妹に首を傾げる宏。
 そんな三人の態度に叔父さんがにこやかに一言、呟いた。

「青春じゃの~♪」

 尚も問い質(ただ)そうとする宏の口に、今度は左右から交互に箸が伸びて来る。

「はい、あ~ん♥ この唐揚げ、あたしが作ったの♪ どうかしら?」

「……ヒロクン、あ~ん♥ この出汁巻き卵、我が家自慢の逸品なの♪」

 晶はここぞとばかり己が作った料理を勧め、家事全般が全滅な優は小母さんが作った料理を中心に勧めて来る。
 宏は一度も箸を持つ事無く、料理の大半が宏の胃袋へと消えてゆく。
 二人の甲斐甲斐しい世話もあって宏は何度も笑い、美女姉妹との思い出話に花を咲かせては顔を赤らめ、今、この時を存分に堪能する。
 首を上に向けると桜の花びらが風に舞い、青空に吸い込まれては淡雪の様に降り掛かり、左右を見ると手の届く距離に想い人がこちらを見つめて優しく笑って見つめている。
 宏は酒に、この場の雰囲気に酔いしれ、時よ止まれと心秘かに願った。
 やがて夜の帳(とばり)がおり、ライトアップされた桜が闇に浮かび上がる中、叔父夫婦が腰を上げる。

「それじゃ、ワシらは一足先に帰っとるからの。宏君、後は若いモノ同士、ゆっくりしていきなさい」

「宏君、娘達を宜しくね♪ お風呂と部屋をちゃんと用意しておくから♪ ……若いとは言っても、お互い初めてなんだから、外では控えてね♪」

 何故か愉しそうな小母さんのニコ目が宏を捉える。
 宏は半分酔った頭で遠ざかる二人に感謝の意を込めて頭を下げる。

(何を外で控えるんだろう? それに初めて、って、何が??)

 よもや両親公認で娘達との関係を推されていると思わない宏は、「青姦」「初体験」という言葉がすぐには浮かんで来なかったのだ。
 おまけに美女姉妹が母の言葉に耳まで真っ赤に染め、俯いて聞いていた事に鈍感な宏は全く気付かなかった。
 東の空から満月が昇り始め、重箱とクーラーボックスの中身が綺麗に無くなった頃、宏は両手をパチンと合わせる。

「御馳走様でしたっ! とっても美味しかった♪」

 満足そうに微笑む宏に美女姉妹が声を掛ける。

「ヒロ、今日はお疲れ様♪ どう? 少しは気分転換になったかしら?」

「……ヒロクン、いつまでも不安を抱えたまま過すのは良くない。そんな時は騒いで飲み食いするのも一興♪」

 二人の優しい声に宏は大きく目を見開き、晶と優の顔を交互に見つめる。
 優は宏の手の上に掌を重ね、静かに話し出す。

「……ヒロクン、答えは必ずしも用意されたものだけとは限らない。自分で探し、自分で作り、それから決めてもいい」

「ヒロ、貴方がどんな選択しても、どんな道を進んでも、必ず自分で考え、決断さえすれば、それはそれでOKなの。間違いではないのよ」

「……ヒロクンが決めた答えなら、ボク達はそれを最大限支援する。例えそれでヒロクンが他の土地へ行ったとしても、ボク達は寂しくない。自由に動ける足がある限り、何時でも好きな時に逢う事が出来る。電話で話も出来る。別れでは無く、新たなる旅立ち」

「ヒロが挫けそうになったら、あたし達が支えてあげる♥ 間違った選択したら警告してあげる♪ だから自信を持って思った通りの道を進みなさい♪」

 優に続いて晶が肩に手を置くと、二人の温もりが身体の隅々まで伝わってゆく。
 宏の欲していた的確なアドバイスと好きな女性(ひと)の息遣いがそれまで宏の心の隅に巣食っていた黒い影を徐々に消し去ってゆく。
 すると正常な心に戻りつつある宏はこの花見の本当の趣旨を理解し、急いで姿勢を正すと頭を下げる。

「晶姉、優姉、気を遣わせて、ごめん!」

 宏は叔父が最初に言っていた「ワシらはついでだ」の意味がようやく判った。
 この花見は晶が主催し、宏の憂いを軽くする為に催されたのだと。
 その為に叔父夫婦や優までも巻き込んでしまった事も。

「ありがとう! 晶姉。優姉、こんな俺の為に骨を折ってくれて、本当にありがとう!!」

 感謝の気持ちを篭め、深々と頭を下げ続けてようやく顔を上げた時、宏は不覚にも涙を見せてしまった。
 酒で涙腺が緩んだのかも、しれない。
 美女姉妹はそんな純粋で真っ直ぐな心を持つ宏がとても愛おしくなる。
 好きになって本当に好かったと心から思う。

「気にしないでいいの♪ あたし達がお花見したかっただけだから♪」

「……お花見は大勢いた方が愉しい。ヒロクンはボク達に付き合ってくれただけ♪」

 晶の心根が、優の優しさが宏の心に染み渡り、馴染んでゆく。
 アルコールとは別の心地好さが全身を駆け抜け、進路で悩んでいた宏の黒い心が完全に消えて無くなる。

「晶姉、優姉、俺、吹っ切れたよ。小さな事で悩んでいたのがバカみたいだ♪」

 いつもの、はつらつとして自信に満ちた笑顔を美女姉妹に向ける宏。
 その満面の笑みを目にした瞬間、美女姉妹にとって真の意味で報われた瞬間でもあった。
 天空に浮かぶ春霞の月が優しく三人を照らし出し、いつまでもいつまでも包み込んでいた。


                              (番外編~朧月(おぼろづき)・了)

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夕 立(ゆうだち) 夕 立(ゆうだち) 美姉妹といっしょ♥~番外編
 
「ねえ宏、今度の金曜か土曜、何か予定入ってる?」

 千恵が顔をほんのりと赤らめ、手に持った雑誌で顔半分を隠しながら上目遣いに聞いて来た。
 宏は夏休みの宿題を片付けている手を止め、首だけで振り返る。

「今度の週末? ん~~~~」

 壁に掛かったカレンダーに目を向けて週末は何も書き込まれていない事を確認し、暫らく考えた後、宏は身体ごと振り向いて満面の笑みを浮かべる。

「空いてるよ。何の予定も無し♪ ……で、どこ行く?」

 宏は先回りして千恵に尋ねる。
 果たして千恵は一瞬大きく目を見開いたもののすぐに破顔し、向日葵の様な弾ける笑顔に変化する。

「あはっ♪ 判っちゃった? あのね、海に、行かない? 今年はまだ泳いでないし……宏の受験勉強の骨休みに好いかな、と思って♪ それに、来年はあたいが大学受験で行けるかどうか判んないから、今のうちに行きたいな~、なんて思ったんだけど」

 千恵は手にした雑誌を膝の上に置き、ちゃぶ台越しに宏と向き合う形になる。

「勉強はロクにしてないけど……うん、行こうっ! こうも暑い日が続いてたから、思いっ切り泳ぎたかったんだ♪」

 と、ここで宏はハタと気付く。

「千恵姉、若姉はいいの? 今、インターハイで家(うち)を空けてるんだから、戻ってから一緒に……」

「ううんっ! いいのっ! あ……ほら、来週になると、もうクラゲが出て泳げなくなるじゃない? それに、試合とはいえあの娘(こ)だけ北海道に行ってるんだもん、あたい達が地元の海で泳いだって、バチは当たらないわっ」

 宏の言葉を遮る様に、何故か慌てて言い訳(?)を始める千恵。
 いぶかしんだ宏は千恵の大きな瞳をじ~~~っ、と覗き込む。

「あ……、あはは~~……」

 宏の探る様な視線をついっ、と外し、ポリポリと頬を掻く千恵に宏は苦笑する。

「つまり、若姉がいない間に、二人っきりで海に行きたい、と」

 身も蓋も無くズバリと本心を突かれ、千恵の顔がボンッ、と音を立てて真っ赤になる。
 初心で純情な千恵は表立ってデートに誘う事など出来ないので、いつも遠回しに予定を伺い、何かと理由付けして宏を誘うのだ。

「~~~~~~っっ」

 耳まで赤く染めたまま俯く千恵に、宏が改めて言葉を掛ける。

「千恵姉、俺、海で泳ぎたいんだけど一人で行くのも何だし、もし好かったら今度の金曜日、一緒に行って貰えると嬉しいんだけど、どうかな?」

 宏から誘った事にして千恵を見つめる。

「あ……、う、うんっ!!」

 千恵は雑誌を放り投げ、万歳をして歓びを表した。

「……ところで千恵姉? 今更だけど、何でここにいるの? 自分の部屋でくつろいでた方が好くない?」

 宏は当たり前の様な顔をして宏の部屋でリラックスしていた千恵に改めて聞いてみる。
 千恵は自宅での夕食後、隣の家に住む宏の部屋に夏休みの宿題を手伝うという名目で訪ねて来た(宏にはただ押し掛けて来た様に見えた)のだが、実際は宏の本棚から漫画を読み漁り、腹這いになって雑誌を読んだりと、手伝う所か邪魔しに来たかの様な有様だったのだ。
 すると千恵のトレードマークでもあるロングポニーテールが小さくフルフルと揺れ、どんどん千恵が小さくなる。

「あ……いや、だから、海に誘いに来た……じゃなくってっ! んと、あの娘がいないと妙に部屋が静かで……。だからホラッ! あんたも寂しいんじゃ無いかと思ってっ……。でも、ある意味チャンスかな、とも……」

 支離滅裂に言い訳する千恵の声が段々小さくなり、仕舞いには何も聞こえなくなる。
 千恵とて、妹が不在の時に抜け駆けする様なマネはしたくはないのだが、いつも宏は誰かしら(晶、優、若菜の事だ)と一緒なので千恵と宏が二人っきりで逢って話す機会が殆ど無いのが現状だった。
 そんな折、若菜がインターハイ出場の為に今日から五日間家を空けるという。
 つまり、その間は宏と二人っきりという状態(晶と優という二人の従姉はこの際無視した)になるのだ。
 このチャンス(?)に、いくら初心で純情可憐な千恵と言えども、気になる(それもかなり気になる、限りなく好きに近い)男の子と二人っきりになりたい、何処かに出掛けたい、と願うのは乙女心として至極当然の事だった。
 そこでこのチャンスを生かすべく、海に誘いに宏の部屋まで押し掛けて来た、と言うのが本当の所だったのだ。

「……千恵姉」

 宏は千恵の健気な本心を垣間見て思わず感動の呟きを漏らす。
 そこまで想ってくれているのかと思うと、この場で「好きだ」と告白したくなってしまうが、他三人の顔が浮かんでしまうので言葉に出せない。
 千恵はミニスカートなのに立膝になり、顔を埋(うず)めて上目遣いで宏の顔を窺って来る。
 若菜を差し置いて二人っきりで出掛けたいと思った自分を許してくれるのか不安だったのだ。

「そ、それじゃぁ……金曜の朝、九時に迎えに行くよ。一緒に海へ行こう♪」

 赤い顔をしながら視線を逸らし、笑顔で約束してくれた宏に千恵はこの日一番の幸せを感じた。
 ……千恵の立膝の間、腿のつけ根にピンク色の布が見えていた事は宏だけの秘密だった。


         ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「うっわ~~~っ!! 何処までも青い空! まぁ~るい水平線! 澄み切った海! 真っ白な雲! 焼けた砂浜!」

 宏は砂山の天辺から左右数キロに亘る白く、真っ直ぐな浜辺を見渡し、思いっ切り伸びをする。

「晴れて好かったわ~。正に海水浴日和ね♪」

 その隣で千恵が嬉しそうに目を細め、宏を見つめる。
 宏達は街中にあるメジャーな海水浴場を避け、街外れにある地元民しか行かない砂浜に来ていた。
 浜茶屋は二軒しか無く(しかもボロい)、駐車場も無い(最寄り駅まで徒歩三十分以上)お陰で海水浴シーズン真っ只中なのに人影はまばらで、人目を忍んで(?)の海水浴デートにはもってこいの環境だった。

「それじゃ、俺、ビーチパラソル借りて来るから、千恵姉は着替えてきていいよ」

「ううん、大丈夫♥ 一緒に行こう♪」

 心から愉しそうな笑顔に宏の心も嬉しくなる。
 千恵のこんなにも嬉しそうな、弾ける笑顔を見るのは初めてかもしれない。
 二人は顔なじみの浜茶屋の主人(千恵の三軒隣に住んでいたりする)から冷やかしの声を浴びる中、特別大きなパラソルをタダで借りると早速陣地の設営にかかる。
 パラソルを挿し、レジャーシートを拡げ、四隅をクーラーボックスと海水浴セット(水中眼鏡、足ヒレ、シュノーケルの素潜り三点セットとバスタオル、日焼け止めなどの小物類)の詰まったバッグ、昼食用のバスケットを置くとあっという間に狭いながらも二人だけの空間が完成した。

「それじゃ、着替えて……って、千恵姉?」

 宏はいつまでも着替えに行かない千恵に首を傾げる。
 シートに横座りした今日の千恵は、いつもの高い位置で縛ったポニーテール(それでも腰まで髪が届く)に真っ白なノースリーブのプリントTシャツとパンツという、いかにも夏らしい格好をしている。

「ムフッ♪」

 何故か千恵は妖しい流し目を宏にくれるとTシャツをおもむろに脱ぎ始める。

「はわわっ、ち、千恵姉っ、なっ、ななな、なにをっ!!」

 まだ午前の陽射しがさんさんと降り注ぎ、周りには少ないとはいえ人が何人かいる状況の中、千恵は宏の目を見つめながらゆっくりと裾をたくし上げる。
 透き通る様な白い肌に縦長のお臍が露(あらわ)になり、白いブラのアンダーラインが見えて来る。
 十五歳、中学三年生の宏には十七歳、高校二年生になる千恵の、女性の生脱ぎは余りにも刺激が強過ぎた。

「フフッ♪」

 千恵の含み笑いと同時に勢い良くシャツを脱ぎ捨てた千恵はチロッ、と舌を出し、悪戯っぽい目で宏を見つめた。

「驚いた? 家(うち)からもう、着て来たの♪」

 千恵は既に服の下に白いビキニの水着を着ていたのだ。
 家(うち)からこの海まで歩いて三十分という距離の近さが成せる技だった。

「~~~~~~~~っっっ!!!」

 いきなりな展開に顔を真っ赤に染め、前屈みになった宏は無言で抗議する。
 そんな宏の態度が可笑しかったのか千恵は続けて腰を浮かせ、パンツを脱ぎ始める。
 宏の反応を愉しむかの様に、ゆっくりと、少しずつ、腰から太腿、膝へと下ろしてゆくと、その度にお腹と同じ肌色が徐々に露になり、同時に少しずつ桜色に色付いてもゆく。
 細いウェスト、横に張った腰、丸くて大きなお尻、ムッチリとした太腿……。

(……ごくりっ)

 そのいずれも宏を大いに興奮させ、ズボンの中でペニスがどんどん大きく成長する。
 千恵自身、こんなに男性の目を意識して服を脱ぐのは生まれて初めてだ。
 恥ずかしくてホントは顔も上げられない……でも、せっかく二人っきりになれたのだ。

(少しくらい、冒険したっていいよね……♪)

 千恵は宏の熱い、突き刺す様な視線に全身が熱くなり、羞恥に耐えながらようやく水着姿になる。

「「ふう~~~~」」

 互いが同時に溜息を付き、場の空気が動き出す。
 宏は千恵に抗議しようとするも、股間がモッコリと勃ち上がっているので慌ててバスタオルで隠す。

「千恵姉、心臓に悪いからそんなイタズラ無しにしようよ~」

「あらっ、その前に言う事があるんじゃない?」

 千恵は腰に手を当て、どうよ、と白いビキニ(紐パンタイプ)に包まれた肢体を惜しげも無く晒す。
 初心な千恵からは考えられない積極性だ。
 それ位、二人っきりになれた事が嬉しかったのだ。

「あと、えと……うん、綺麗だ。千恵姉、すっごく綺麗だよ♪ 普段の千恵姉も素敵だけど、今日は一段と綺麗だ」

「え……、あ……、うん、ありがと……じゃなくてっ! 水着よ水着! 似合ってるかどうかを聞いてるのっ!」

 宏の素直な感想に大いに照れた千恵は内心、顔が破顔するのが判った。
 耳まで赤くなった宏のこの言葉を聴けただけで、小遣いをはたいて水着を新調し、冒険心を奮い立たせて挑発(?)した甲斐があったというものだ。

「は……、水着? あ、そうか。水着ね、うん、好く似合ってて、セクシーでかっこいいよ♪」

 宏はまともに千恵を見られない。
 どうして水着だと判っていても、こうも色っぽく、艶めかしく見えるのだろう。
 それに白い水着よりも、その下の白い素肌に目がどうしても吸い寄せられてしまうのだ。
 股間の疼きが収まるまでの暫らくの間、宏は立ち上がる事が出来なかった。

「千恵姉、ぼちぼち潜ろうか?」

 波打ち際で追い駆けっこに興じ、海水を掛け合い、砂で城を築き、ジョーズ君(ビニール製で長さ二メートル、鮫の形をしている)に掴まって波に漂ったりと、身体を海に慣れさせてから宏は千恵に声を掛ける。

「そうね、身体も解(ほぐ)れたし、そろそろ良いかな♪」

 二人は海で普通に泳ぐよりも潜っている方が断然多かったりする位、素潜りにハマっているのだ。
 何より、青い海の中から見上げる水面の光り輝く波の模様を眺めるのが最高に素晴らしく、まるで宇宙に浮かんでいるかの様な、万華鏡の中にいるかの様な気分にさせてくれるのだ。

「……よし、と。千恵姉、準備出来た?」

「OKよ♪ さ、行こう♪」 

 水中眼鏡にシュノーケルをセットした二人は膝まで海に浸かると足ヒレを着け、沖に向けて泳ぎだす。
 沖合い百メートル近くまで進んでから(この浜は遠浅なのだ)千恵の首まで浸かる深さで一旦立ち止まり、浜の方向を見て自分の位置と基準点を確認する。
 この場所から海岸線と平行に、浜方向が安全に愉しめる潜水エリアだ。
 そうしないと浮かび上がった時に足が立たず、波で位置判断も出来なくなるからだ。
 千恵も自分達の陣地を浜に見つけ、宏に頷く。

「それじゃ、宏♪」

「行こうか♪」

 千恵に続いて宏も大きく息を吸い込むと、勢い付けて海底を目指す。
 海面から精々(せいぜい)百二十センチ程度の深さなのだが、潜る分には十分愉しめる。
 海底まで潜ってゆくと、波で模様の付いた海底の砂、砂と同じ色をした魚の群れや貝などが海面から見るよりも鮮明に目に飛び込んで来る。

(千恵姉、ほら、あそこに魚の群れだ♪ 向こうにもいっぱいいる♪)

(うん、凄く綺麗……♪ あっ! カニがいる~~っ♪)

 身振り手振りで意思を伝え合う二人。
 あるいは無意識に、目線だけで会話をしているのかも、しれない。
 およそ一分近く潜っては海面に浮上し、息継ぎと位置確認も忘れない。
 海底を潜っていると、潮の流れに乗って意外な程(百メートル単位で)流される事が良くあるのだ。
 だから潜る前に基準点を決めておかないと、どんどん流されても気付かない事になってしまう。

(千恵姉、まるで人魚みたいだ……♪)

 宏は海底で仰向けに泳ぎながら、水面に浮かんでこちらを見ている千恵の姿を見つめる。
 キラキラと煌く光の中で美しい人魚がシルエットとなり、優雅に波間を漂っている様にしか見えない。
 小さい頭に長い髪、程好く膨らんだ双丘にキュッ、とくびれた細い腰、丸く、大きく張り出したお尻のラインから続く長く、ムッチリとした太腿と細い足首。
 その艶やかな姿に、艶めかしい動きに宏は思わず生唾を飲み込んでしまう。

(宏ったら、いつの間に逞しくなったのかしら……)

 千恵は海面に漂いながら海底を仰向けで泳ぐ宏の身体に目が釘付けになる。
 千恵の知っている宏はもっと痩せていて、もっと筋トレしなさいよ、と言いたくなる身体をしていた。
 でも今は肩や腕に筋肉が付き、腹筋も付いて全体にバランスが取れた身体をしている。
 部活で陸上短距離をしている賜物かもしれない。
 全身に目を走らせていた千恵はビキニパンツの股間の膨らみで目が止まってしまい、思わず水面から顔を上げてしまう。
 顔を赤らめ、立ち止まった千恵の隣に宏が急浮上する。

「千恵姉? 大丈夫? 海水を吸っちゃった?」

 宏が優しく声を掛けるが、男(宏)の股間を意識した千恵は直ぐには反応出来ない。
 パクパクと口を開閉させるのが精一杯だった。

「よし、お昼にしよう♪ もう、ハラ減っちゃって」

 宏は千恵の赤ら顔を見て、深くは追求せずに一緒に浜へ向かう。
 この時、二人は自然と手を繋いでいる事に全く気付かなかった。

「これ、みんな千恵姉が作ったの!? 凄いや♪」

 目の前には鳥の唐揚げ、肉じゃが、フライドポテト、ポテトサラダなど、宏の好物が所狭しと並んでいる。

「ありがとう! 千恵姉、とっても美味しそうだ♪ いただきますっ!!」

 もの凄い速さでおかずが無くなってゆくのを千恵は嬉しそうに眺め、一緒に箸を伸ばす。
 普段家で一緒に夕食を共にする事も多々あるが、今日は特に美味しく感じる。
 夏の海の、恋の魔術(マジック)かもしれない。

「ふぅ~~~、食べた食べた♪」

 ランチを全て平らげ、食休みに横になろうとした所、千恵が顔を真っ赤に染めながら隣に寄って来た。
 黙ったまま正座し、膝上をポンポンと叩く。
 どうやらここに頭を載せろといっているらしい。

「……いいの?」

 宏の照れた顔に、コクンと頷く千恵。
 そっと千恵の膝(というよりも太腿)に宏の頭が載った瞬間、二人共顔が真っ赤っかになる。
 宏は柔らかくも弾力のある枕に心ときめき、その余りにも心地好い温もりと感触に瞼が下がって来る。

「おやすみ、宏♪ ゆっくり休んでね♪」

 頭の重みが意外な程心地好く、千恵は宏を海に誘って好かった、心底そう思った。
 千恵の頭の片隅にちょっぴり、ほんのちょっぴりだけ若菜のむくれた顔が浮かび、直ぐに消えてしまった。

「ん……? あれ?」

 宏がゆっくりと目を開けた時、目の前に覆い被さっていた影が急速に離れていった気配がした。
 逆さになって見える千恵の顔が何故か真っ赤に染まっている。

「起きた? 良く寝てたわよ~♪ どう? もうひと泳ぎする?」

 千恵はドキドキする心臓を抑え、思わず宏の額にキスしようとしていた事をおくびにも出さずに尋ねる。
 唇へのキスはちゃんと愛を囁き、見つめ合ってからするもの、という思いがあったのだ。

「……千恵姉? 今……」

 キスしようとしてた? と言いかけて言葉を切り、宏は視線を合わせない千恵に苦笑すると腰を上げる。

「今日はもう十分に潜って遊んだから、ゆっくり帰ろうか? 途中お茶でもしながら」

 宏の提案に大きく頷いた千恵は、今度は浜茶屋でちゃんと着替えて来た。
 流石に濡れた水着のまま服を上から着る気にはなれないし、潮でベタベタの身体もサッパリとしたかったのだ。

「久しぶりの海だったわね~。来年もきっと来ましょうね……♪」

 二人っきりで、と言う言葉は流石に恥ずかしくて口に出せなかった。
 二十分も歩くと商店街の外れに差し掛かり、駅前通りにあるいつものファーストフード店に腰を落ち着ける。
 中学生の宏には、喫茶店よりこっちの方が気楽に過ごせるから好きなのだ。
 二人で海での思い出話を咲かせていた時、斜(はす)向かいのテーブル席から女子大生らしい二人連れがこちらを見てクスクス笑っている事に気付いた。

「ねえ、可愛いカップルだわ♪ 中学生同士かしら?」

「ん~~~、兄妹じゃないのぉ~~~? どっちも幼い顔してるしぃ~~~」

 騒がしい店内なのに、何故かその言葉だけが二人の耳にまで届いて来る。
 その瞬間、千恵は唇を噛み締めて俯いてしまうが、直ぐにもとの笑顔になって宏との話を続けようとする。

「……千恵姉」

 宏は千恵が無理して笑っているのが手に取る様に判った。
 確かに、千恵と向かい合って座っていると身長百六十五センチの宏と身長百五十センチの千恵では座高もその分差が出来、千恵が宏を少し見上げる格好になる。
 知らない人間から見れば、一見兄妹に見えない事も無いし、千恵も時々そう耳にした事はあるが、今は余りにもタイミングが悪すぎた。
 千恵にとっても、恋人気分でルンルンだった所に中学生として、それも兄妹として見なされたのだ。

「千恵姉、出ようっ。今日はもう帰ろうっ」

 千恵の腕を取り、なかば強引に店から出る。
 もう一時(いっとき)もあの場に居たくなかったし、千恵の哀しい顔も見たくなかった。

「……」

 流石にショックだったのか、いつの間に千恵の顔から笑顔が消えている。
 二人で肩を並べて歩いていると、いつの間にドス黒い雲が青空を覆い隠し、雷鳴と共に大粒の雨が降って来た。

「うっひゃぁ~~~っ!!」

 激しい夕立に街はたちまち雨に煙り、全ての物を淡く、覆い隠してゆく。
 宏と千恵は少々濡れはしたものの近くのビルに逃げ込み、黒く染まった空を見上げる。

「凄い雨だね……。予報ではなんにも言ってなかったのに」

 宏がわざと明るく話を振ってみるが、千恵からの反応は無かった。
 さっきの事が余程堪えているらしい。
 宏は空を見上げるしかなく、千恵はずっと足元に視線を落としたままだ。
 どの位そうしていただろうか、千恵は喉の奥から言葉を搾り出す様に呟いた。

「妹……夕立……バチが当たったわね。若菜を……みんなを差し置いて抜け駆けしたあたいに……」

「そっ! そんな事っっ!!」

 宏は慌てて「そんな事無いよっ!」と千恵を慰めるべく、身体ごと向き直って声を掛けようとしたが……。

「っ!!」

 思わず息を止め、見入ってしまう宏。
 視線を外そうと頭では理解しても、身体が言う事を聞かない。

「……ん?」

 千恵が店を出て、初めて宏に反応した。
 宏は何かを言いかけ、そのまま固まってしまったかの様に動かないし話さない。

「宏? どうしたの……? きゃっ! や、やだっ!!」

 千恵は慌てて両腕で胸を覆い隠しながら宏に背を向ける。
 宏の熱い、食い入る様な視線を辿って初めて、宏がフリーズした原因が判ったのだ。
 白いTシャツが雨で濡れ、肌に張り付いて白いレースのブラがハッキリと透けて見えているではないか。

「え……あ……ああっ、ち、千恵姉っ! ごめんっ!! そのっ……これを掛けてっ」

 千恵の短い悲鳴に、宏は慌てて荷物の中から乾いたタオルを差し出す。

(何で水着のブラは何ともなくて、下着のブラだと、こんなHに見えるんだろ……)

 場違いな考えが頭に浮かぶが直ぐに追い出し、千恵の憂いを帯びた顔を見つめる。
 激しい雨音が二人を包み、何とも気まずい雰囲気が漂う中、千恵がポツリと口を開く。

「……ごめん、宏。せっかくの楽しい雰囲気をあたいが台無しにしちゃって……。ダメね、あたい。人から幼く見られているのにもう慣れているかと思ったけど、チョッと堪えちゃった。宏と二人でいても、あたいは妹なのね……」

 二人っきりの時は恋人に見られたい、という千恵の切なる想いに、宏は数少ないボキャブラリーの中から言葉を選び、たどたどしく紡いでゆく。

「千恵姉、千恵姉は俺にとって……妹なんかじゃ、絶対に無い。俺が保障するっ! それにっ……千恵姉の水着姿や、その……今の姿を見て俺、すっごくドキドキしてて……何て言うか……色っぽい、って言うか……セクシー、って言うか……つまり、その……妹に対してはこんなドキドキはしないよっ! 妹と二人っきりで海になんて行かないよっ! 千恵姉だからっ、俺は海に行ったんだ。俺にとって千恵姉は、とっても素敵な……大切な女性(ひと)だよっ! 決してバチが当たった、なんて事は無いよっ!」

 宏の熱い想いが、年下の男の子の精一杯の想いが千恵の身長コンプレックスを徐々に溶かし始める。

(宏……♥ 宏はちゃんとあたいの事を判ってくれてるっ! 一人の女性(ひと)として見てくれているっ!!)

 互いに告白は出来ないものの、事実上は恋人同士(但し、四人いる候補の内のひとりだが)といっても差し支えない関係に自信を取り戻す千恵。
 千恵は透けたTシャツの事などすっかり忘れ、腰に手を当てて身体ごと向き直ると普段と変わらない笑顔を向ける。

「ありがと♪ 宏がそう言ってくれるだけで、あたいは大満足よ♪」

 千恵は宏にタオルを返そうとした時、偶然(不覚?)にも大きく盛り上がった宏の『男』の部分をまともに見てしまう。
 ズボンの下からモッコリにょっきりと押し上げる太く長い棒状のシルエットに、千恵の顔から火が噴き出る。
 今度は初心な千恵が固まってしまった。
 二人は雨が上がっても宏の『傘』が小さくなり、千恵のフリーズが解けるまで暫らくその場を動けないでいた。

「あっ! 宏、見て見てっ! 虹が出てるっ!! 綺麗~~っ♪」

 商店街を歩く二人の背後から夕日が差し込み、薄れゆく黒い雲を背景にして色鮮やかな虹が大きく掛かっていた。

「ったく、人騒がせな夕立だったな……」

 宏は苦笑し、そっと千恵と手を握り合う。
 寄り添う肩と腕が触れ合い、互いに温もりを伝え合い、鼓動を感じる距離に二人はいた。


                             (番外編~夕立(ゆうだち)・了)

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紅 葉(こうよう) 紅 葉(こうよう) 美姉妹といっしょ♥~番外編
 
 桜も散り始め、世間はゴールデンウィークへ向けての話題で持ち切りの頃。
 それは些細な、ほんの些細な出来事にしか過ぎなかった。
 財布も定期券も忘れてバスから降りられなくなった女性(ひと)にバス代を立て替えてあげた事など、十七歳の宏にとっては何て事の無い、無意識に呼吸をするのと同様にひとりでに身体が動いただけにしか過ぎなかった。
 その余りにも澱みの無い、ごく自然な動きに周りの人間はもとより、宏の記憶にも殆ど残らなかった。

 ――ただのひとりを除いては。


     ☆     ☆     ☆


「……あ、来た♪ ほら、こっちに向かって歩いて来るブルーの長袖シャツにディパックを背負ったジーパンの男性(ひと)、彼がボクの従弟♪」

 優は宏に向かって大きく腕を振る。
 宏は丁度商店街を抜け、駅前広場に差し掛かる所だった。
 すると優のサークル仲間で金髪碧眼の女性が半ば嬉しそうに声を上げる。

「へぇ~、なかなか好い面構えしてるじゃないか♪ ガタイも好いし……オレのタイプだな♪」

「……ほのか、ヒロクンはまだ高二なんだから、変なちょっかい出さないで」

「判ってるって、優。『変な』ちょっかいは出さないさ。『真面目な』ちょっかいしか出さないから安心しな♪」

 ほのか、と呼ばれた女性は金色に光り輝くセミロングの髪を後ろに払うと優にウィンクし、サムズアップ~握り拳の親指を立てる~のポーズを取る。

「そっか、十七歳……四つ年下か。ムフッ♪ からかい甲斐がありそうだな♪」

 ほのかの涎を垂らさんばかりの呟きに優はやれやれと溜息を付き、宏が無事に今日の紅葉(もみじ)狩りを終える事が出来るか懸念を抱く。

(……この娘(こ)、悪い娘じゃ無いんだけど、自由奔放過ぎてボクの手に負えなくなる時があるんだよね)

 優の杞憂を余所に今回はその悪い癖(?)が早くも顔を覗かせている。
 いつもはサークルの代表である晶がコントロールするので大事には至らないが、その晶は今日ここにはいない。
 両親と一緒に親戚の法事へ行ってしまい、人数の穴埋めに宏が参加する事になったのだ。

「ん? 真奈美(まなみ)? 彼がどうかしたのか?」

 ほのかに真奈美、と呼ばれた女性は背中の半分まで届く漆黒のストレートロングヘアを風になびかせ、驚いた様に両手を口に当てて大きく眼を見開いている。
 彼女も優と同じサークルに所属する女性で、最近塞ぎ込んでいる様子だったので気分転換にと優が半ば強引に誘い出したのだ。

「ま、まさかっ……」

 ほのかの呼び掛けが聞こえていないのか、真奈美はじ~~っと宏を目で追い続けている。
 やがて三人の前に宏が立ち、片手を上げて爽やかに挨拶する。

「お待たせ、優姉♪」

 続けて金髪碧眼の女性と漆黒の髪の女性に向かって丁寧に頭を下げる。

「はじめまして。宏、といいます。今日はよろしくお願いし……」

「見つけた……見つけたっ! やっと見つけたっ!!」

 宏の声を聞くなり、真奈美は宏の言葉を遮って歓喜の声を上げ、人前にも係わらず宏に抱き付く。

「逢いたかったっ! ずっと、ずっと探しててっ……やっとっ……やっと逢えたっ!!」

 宏はいきなりタックルされてよろめいたもののしっかりと胸で受け止め、呆然としている二人に状況説明を求める視線を送った。


     ☆     ☆     ☆


「――という事が今年の春先にあったんです。私、その時頭の中が真っ白になって、どうしたら良いか判らなくなって……。そこにこの宏君が颯爽と現れて……♥」

 宏達一行はあれから発車間際の列車に何とか駆け込み、四人向かい合わせの席に腰を落ち着けると真奈美から事の一部始終を聞き出したのだった。
 真奈美は身体ごと宏に向き直り、胸の前に両手を合わせて祈る様なポーズを取る。

「あ、あの、私、真奈美、っていいます。大学二年で、二十歳(はたち)で、優先輩と同じサークルで、えと、隣町に住んでいて、その、あの、その節はお世話になりましたっ! ありがとうございます! 本当に助かりましたっ!」

 多少混乱しつつも顔を真っ赤に染めて瞳を潤ませ、上目遣いになって宏を見つめる熱い瞳は恋する乙女そのものだ。

「いっ、いえいえ……、気にしないで、下さい……」

 真奈美の勢いに引き気味になりつつ、宏は真奈美の顔をじ~~っと見る。
 大きな二重の瞳がチョッと垂れ気味で、でも目鼻立ちは綺麗に整い、どちらかと言えば癒し系美人だろうか。

(こんなに綺麗な女性(ひと)なら、憶えていても良さそうなんだけどな)

 その実、宏はその時の事をまだ思い出せないでいた。
 必死になって記憶を探っていると、真奈美に対抗するかの様にほのかが勢い込んで自己紹介を始める。

「宏、よろしくな♪ オレはほのか。ほのか、って呼んでくれればいいから。優と同級で二十一歳だ♪」

 宏の正面に座り、金髪碧眼の美女がニッコリと笑って右手を差し出す。
 どうやら握手を求めているらしい。

「あ、よ、よろしく、ほのかさん」

 宏は何処までも澄み切ったブルーの瞳に吸い寄せられたまま右手を差し出す。
 肌はあくまで白く透き通り、切れ長の瞳と整った顔立ちはまるで一流ファッション雑誌の表紙を飾るモデルの様だ。
 長い睫毛にくっきりの二重瞼、高い鼻に薄く引き締まった唇……。
 その余りの美貌に宏はしばし見惚れてしまう。
 聞くところによると彼女の母親が北欧出身との事で、日本に移住して数年経つそうだ。

「道理で。何だかほのかさん、エルフかヴェルダンディ、っていう雰囲気がしてたんです」

「おっ、北欧神話か♪ 若いのに良く知ってるね~♥ 偉い偉い♪」

 宏の社交辞令がいたく気に入ったのか、ほのかは美しい容姿とは裏腹に口を大きく開けて豪快に笑う。
 人前で臆する事無く、素直に感情を表すほのかに宏は親近感を覚える。
 美しさのタイプは違っても、性格的に若菜と同じ匂いがするのだ。

「……ほのかは黙ってさえいれば北欧美女で通るのに、男言葉とのギャップがね」

 優が苦笑しながら言うと、ほのかが熱い眼差しで宏を見つめる。

「オレの言葉、変か? それとも日本の女らしく話した方が好いか?」

「い、いえっ、……言葉遣いは関係無いと思います。ほのかさんはほのかさんですから」

 宏が少し考えてそう言った途端、ほのかは満面の笑みになり、握手したままもう片方の手で宏の肩をバンバン叩く。

「流石判ってるね~っ♪ 人は見かけじゃ無いからなっ。……フフッ、優が自慢する訳だ♪」

「……ほっ、ほのかっ! 別に、自慢なんて……」

「おっや~? いつも『ボクのヒロクンは~』なんて言ってるのは何処の誰だ~?」

 顔を赤らめた優にほのかがすかさずツッこむ。

(この二人、結構いいコンビかも)

 宏は正面に並んでいる二人を微笑ましく見つめていると、ほのかが「それにしても……」と宏と真奈美を交互に見て苦笑する。

「ドラマチックというか、偶然の成せる業(わざ)というか……、下手な日本のテレビドラマみたいだな」

 ほのかが溜息混じりにポリポリと頭を掻く。
 自分が先に宏に目を付けたと思っていたら、実は半年も前に後輩が目を付けていたという事に悔しくもあるし、このまま真奈美が宏を篭絡(?)するのを黙って見ているのも何だか癪(しゃく)だな、とも思ったのだ。
 そんなほのかの言葉に優が三人の中では一番薄い胸(七十七センチのCカップだ)を張る。

「……ヒロクンは誰にでも優しいし、思い遣りの心を持っている。ボク達の自慢の従弟♪」

 優は普段から宏と繋がりがある事を匂わせた上で、真奈美だけが特別じゃ無いんだよ、それは数あるエピソードのひとつだよ、と遠回しに言った(警告した)つもりだったのだが、宏との再会に舞い上がっている真奈美には少しも通じない。
 真奈美はそんな周りの様子に気付く事無く、席に座る前から自分の世界を構成し、浸り切っている。

「きっと、これは神様が私に授けた赤い糸なのよ……。だから今日、再会出来たんだわ♥」

 うっとりと瞳を輝かせ、宏の左腕を胸に抱え込んでいる真奈美に宏は苦笑するしかない。
 宏は薄れた記憶の欠片を繋ぎ合わせ、なんとか当時の事を思い出す。

(確か……友達の家へ遊びに行った帰りにバスを使った時……か。あの路線は滅多に使わないからな)

 宏は真奈美に顔を向けてニコリと笑う。

「隣町の駅前、でしたね。出逢ったのは」

 すると真奈美の顔が見る見るうちに華やぎ、満面の笑顔になる。
 ようやく本人が思い出した事に真奈美のテンションが一気に上がり、宏の肩に頭を載せて歓びを露にする。
 これには残りの二人も黙っていられなかった。

「こら、真奈美っ! オレ達はサークル活動として紅葉狩りに行くんだぞ! デートじゃ無いんだから、その腕を放せ! イチャイチャするなぁ!」

「……真奈美、もっと離れて。ヒロクン、困ってる」

 ほのかはこれ以上後輩に宏を取られんが為に、優はいくら可愛い後輩とはいえ自分達(晶、千恵、若菜の事だ)以外の女が宏にくっ付いているのが我慢ならないのだ。
 しかし、宏に恋した真奈美はそんな意見は自分と宏の仲を嫉妬し、引き離す言葉(実際その通りなのだが)として受け取ってしまう。
 まさに恋は盲目状態の真奈美だった。

「どうしてですか!? いいじゃないですか、せっかく出逢ったんですから♪ 宏君は晶先輩の代わりに来てるだけでサークルとは関係無いですし、困ってもいませんっ! ね♪」

 ね♪ と振られた宏は乾いた笑いを零すしか出来ない。
 見た目は深窓のお嬢様風の真奈美だが中身は結構「熱く」、今は下手に逆らわない方がマシ、と判断したのだ。
 その判断を目線で優に伝えると一瞬複雑な表情になったものの、「そうね。今は成り行きに任せよう」と宏に視線を返し、小さく頷く。

「優、あんた何、宏と視線で会話してんのさっ! 自慢の従弟だなんて言っておいて、実は彼氏じゃないのか?」

 ジェラシーを含んだ目でほのかが優を責め、優が口を開くより先に全員に向かって宣言する。

「オレだって宏が気に入ってるんだ。真奈美や優だけに美味しい思いをさせるものかっ! オレも参戦するぜっ!」

 こうして、ほのかも堂々と宏争奪戦(?)に加わった。
 渦中の真っ只中にいる宏は唖然としながらポツリと呟いた。

「俺の意見は?」


     ☆     ☆     ☆


 宏達一行は目的地である赤芝峡(あかしばきょう)に到着すると、深く、透明な緑色の流れの清津川(きよつがわ)に沿って伸びる遊歩道を上流に向かって歩き出す。

「へぇ~~、これが日本の紅葉(こうよう)……紅葉狩りっていうものか……。思った以上に風流だな……」

 ほのかは珍しそうに辺りの風景を見回しながら歩いている。
 赤芝峡は川向こうに切り立った崖がそびえ立ち、手前にある広い川原の外側に遊歩道が川に沿って延々と続き、赤や黄色、朱に黄金色と鮮やかに色付いた木々がそこかしこに植わっていて、訪れた人の目を楽しませる秋の定番スポットなのだ。

「ほのかさんは、紅葉狩りは初めてなんですか?」

「こうして歩くのは初めてなんだ……。良いものだな、紅葉狩り、って♪」

 ほのかは左腕に力を籠め、愉しそうに目を細める。
 宏の右腕はほのかの左腕が深々とガッチリ絡み付き、二の腕に暖かくて柔らかい、なのに弾力のあるモノがずっと押し付けられている。
 宏は自分の右腕を見、そして右横十数センチにあるほのかの横顔に視線を向ける。
 太陽の光を眩しく反射させ、金色に光る長い髪と透き通る様な白い肌、日本人には無い整った顔立ちをしているほのかは晶や若菜とは違う、別次元の美しさを放っている。

「ん? ……ムフッ♪」

 ほのかは宏の熱い視線を感じ取ると、もっと自分を知って欲しい、という女心から臆する事無くプロポーションを公表する。

「身長一七三センチ、上から八三、五八、八五で、Cカップだ♪ 体重は五三キロ、血液型はBだよ♥」

 ほのかの顔が宏に向くと、それこそ唇を突き出せばくっ付いてしまう距離にまで接近する。
 宏は慌てて首だけを引っ込める。
 宏の左側は真奈美が密着しているので首だけしか動かせないのだ。
 いくら晶や優で少しは美しい女性に慣れているとはいえ、童貞の宏には二十一歳になる北欧産女性の大人びた色気は余りに荷が重過ぎる。
 一方、真奈美は真奈美で恋のライバルであるほのかを意識しつつもマイペースを貫いている。

「宏君、ほら、あそこっ。真っ赤に染まってるわ~。……まるで今の宏君の顔みたい♥」

 真奈美は無意識に胸の柔らかい膨らみを左腕に押し付け、首を伸ばして耳元で囁く様に話す。
 宏は左横十数センチにある真奈美の横顔に視線を向ける。
 そこには肌理(きめ)の細かい、染みひとつ無い白い肌と漆黒に輝く長い髪が美しく煌き、風になびいている。
 この吸い込まれる様な色の対比は千恵や若菜よりも際立っているかもしれない。

「ふふっ♪ 宏君、私の事、もっと知りたい? だったら教えてあ・げ・る♥」

 宏の舐める様な視線すら好意と感じてしまう真奈美は更に耳元に唇を寄せ、熱い息で囁く。

「身長は一六五センチ、バストは八六のDカップ、ウェストは六十、ヒップは八三、体重は四八キロよ♪」

 真奈美は更に身体ごと擦り寄って宏に密着する。
 宏は後ろにいる優に状況の打開を求めようとするが、首を左に、右に振るだけで真奈美が、ほのかが話し掛けて来るので後ろまで回せられない。

「宏、向こうに吊り橋があるから行ってみよう! オレ、高い所が好きなんだ♪」

 ほのかが右側からどんどん引っ張る様に歩き出すと、左にいる真奈美が抵抗する様に腕を引く。

「宏君、あそこのお土産屋さんを覘(のぞ)いて見ようよ♪ 二人が再会した記念に何か買ってあげる♪」

 当然の様に遊歩道の真ん中で立ち往生する三人プラス一人。
 中央に宏、右にほのか、左に真奈美、背後にはそっと宏の上着の裾を掴んでいる優と、この四人組みに注目が集まらない訳が無い。
 何しろモデル並みの美貌を誇る妙齢の美女が三人、一人の若い男(しかも高校生らしき男)に密着しているのだ。
 遠巻きに人垣さえ出来ている。

「あ、あの、そろそろお昼にしませんか? お腹減っちゃって……」

 宏はまずはこの金縛り(?)状態を自ら打開するべく提案して見る。
 その案に真っ先に乗ったのが優だった。
 優もどうにかしないとヒロクンが……、と気を揉んでいた矢先だったのだ。

「……そうだね。早めにベンチとテーブル確保した方がいい。ほのか、真奈美、川原に下りようか」

 四人は団子状態のまま移動し、ちょっと早めの昼食を取る事になったのだが……。

「オレが宏の隣に座るっ! 真奈美は後輩なんだから譲れよなっ!」

「嫌ですっ! 私が宏君の隣に座るんですっ! 恋愛に先輩後輩は関係ありませんっ!」

 案の定、ベンチに座るだけなのに騒ぎになってしまう。
 優が朝、駅前で抱いた懸念が実現してしまった。

「……だったら、従姉のボクが隣に座る。従弟だったら問題無いでしょ? ヒロクンの正面はじゃんけんで決めて」

 敢えて従弟を強調した優の強い言葉に二人は渋々従う。
 サークル代表の晶が不在の今、副代表の優がこの中では一番偉いのだ。

「それじゃ、ドリンク買って来るよ」

 宏は優にほんの一瞬、チラッ、と視線を流すとほのかと真奈美に声を掛ける。
 その余りにも自然な目線の動きに、ほのかと真奈美は全く気付か無かった。

「……ボク、トイレ行って来るから二人はここで席をキープしておいて」

 宏が売店方向に消えた後、優は二人に言い残すとその場を離れる。
 川原を上がり、二人の視界から外れた事を確認してから宏を探す。
 宏も優を見つけると駆け寄り、頭を掻きながら大きく息を吐く。

「いやはや、参った、参った」

「……ごめん、ヒロクン。まさかこんな事になるとは思わなかった。あの二人がここまで熱くなるとはボクの想定の範囲外」

 優は晶と一緒になって宏を誘った手前、今回の不祥事(?)に頭を下げる。

「……こんな事になるなんて。ほのかと真奈美の性格をボク以上に良く知っているお姉ちゃんなら、むしろ面白がって……煽り……そう……」

「……」

 段々小さくなってゆく優の台詞に宏の顔が引き攣ってゆく。

「……お姉ちゃん」

「晶姉……」

 二人は同時にがっくりと頭を垂れる。
 ほのかと真奈美が宏を巡ってドタバタを繰り広げる事を晶は予め予想していたに違いない。
 晶がサークル仲間の紅葉狩りに半ば強引に宏を行かせた理由が明らかになった瞬間だった。

「あ、いや、想定外なら優姉の所為じゃ無いよ。……真奈美さんは本当に偶然だったけど」

 宏は苦笑しながら優に向き直る。
 しかし優は半目の上目遣いで睨んで来る。

「……ヒロクン、まさかボク達の知らない所で他所(ほか)の女性(おんな)に手を出してるんじゃ――」

「手を出すだなんてっ! 無いっ無いっ! そんな事、ある訳無いって!」

「……でも、真奈美の例がある」

「いや、それはたまたまそうなっただけでっ! 俺には……っ」

「……ぷっ! ふふっ、あははっ! ごめん、冗談だよ♪」

 優はようやく宏とまともに話す事が出来、今日初めて宏の前でいつもの笑顔になる。
 宏も普段見ている優の笑顔に接してようやく安堵する。

「な゛っ! ゆ、優姉ぇ~、勘弁してよぉ~~、こんな時に~~っ」

「……ふふ♪ だって、ヒロクンの困った顔、中々見られない。たまにはいいでしょ♥」

「優姉~~」

 宏と優はしばし二人っきりの時間を愉しみ、心から笑い合う。

「……それよりも、これからどうするか、ね。あの二人、思い込み激しいから結構手強い」

「ん~~~」

「……ヒロクンも無理しないで――」

「もうちょっと、様子を見ようかと思うんだ。何かが変わるかもしれないし♪」

 優の心配する言葉を最後まで聞かず、宏は現状維持の提案をする。
 みんな(晶や優、千恵に若菜の事だ)には悪いが正直、二人の美女にくっ付かれて新鮮な感じなのだ。
 健康な十七歳の男の子としては当然の反応だろう。

「……ヒロクンがそれで好いなら、ヒロクンに任せるけど……なんたって当事者だし」

 宏の浮気心に優は拗ねた声を上げ、プイッ、と横を向く。

「そろそろ戻ろうか。大丈夫。何とかなるよ、きっと♪」

 宏は優の可愛らしい嫉妬に微笑み、全員の飲み物を仕入れに優を伴って売店へ向かった。

「お待たせ。さ、お昼にしようか♪」

 宏達はそれぞれが持ち寄ったランチに舌鼓を打ち、雑談に花を咲かせる。
 真奈美は「ハイッ、あ~ん♥」というお約束を仕掛け、対抗したほのかが口移しを敢行しようとしたが、これは全員からの激しいブーイングで諦めるというハプニングも起きた。
 そしてそれらに律儀に付き合う宏に拗ねた優が、ほのかと真奈美から激しくツッこまれたり、ほのかの北欧での生活話や真奈美の学生生活話で四人は大いに盛り上がり、充実したランチタイムになった。

「ほらっ、宏♪ 早く行こうぜっ」

 午後はほのかと真奈美のリクエストに宏が応え、それぞれに付き合う形になった。
 ほのかとは吊り橋からの風景を眺め、吊り橋を背景にして二人一緒に写真に納まり、共に自然を満喫する。

「ほのかさん、動かないで」

 大型の蜂や虻がほのかに近付くとそっと肩を抱き、宏は自然と庇う動きをする。
 宏にとっては優や若菜にしている事と何ら変わりは無いのだが、今はタイミングが拙かった。
 この優しさ、これまでの宏の言動がほのかの心に大きな変化をもたらしている事に宏は気付いてない。

「宏君、これ可愛い~♪ あっ! あっちの方が面白いかも~♪」

 次に真奈美と土産物屋を物色してお揃いのキーホルダーを買い、大きな楓の木の下で写真に納まり、共有する時間を堪能する。

「真奈美さん、ほら」

 宏は大きな丸太の一本橋で立ちすくむ真奈美にそっと手を差し伸べる。
 この様な気配りも普段晶や千恵にしている事なのだが、男と付き合った事の無い真奈美には心に沁みた。
 その余りにも自然な優しさに、これまでの宏の言動に、真奈美の心は更に大きく、宏に傾いてゆく。
 宏がそれぞれと時間を共にしている間、優は真奈美と、そしてほのかの相手を務め、サークル副代表としての面目(?)を保った。

「さて、そろそろお茶にしませんか? 今買って来ますから」

 宏は三人をベンチに座らせると売店へ向かう。
 優は宏の背中を見送った後、「ちょっと家に電話して来る」と二人を残して売店方向へ移動する。
 ベンチに残った真奈美は暫らく景色を眺めていたが、恐る恐ると言った感じでほのかに顔を向ける。

「あの、ほのか先輩。本気……なんですか? 宏君の事」

 真奈美は隣に座っているほのかに身体ごと向き直り、真剣な瞳でほのかを見つめる。
 ほのかは真奈美の視線を受け、顔を上げると宏への想いを打ち明ける。

「オレはいつだって本気だぜ? 宏にならオレの全てをあげてもいいと思ってる」

「っ!! そ、それって……」

「ああ。宏になら、オレのバージン捧げてもいい。……初めてなんだ。ここまで本気で男を好きになったのって」

 ほのかは宏と一緒に渡った吊り橋を眺め、宏の手の温もりを思い出すと目元が赤く染まるのが自分でも判った。

「でもほのか先輩、宏君とは今日が初対面ですよね!? どうしてそんな軽々しく身体を許せるんですか!?」

 ほのかの余りにも衝撃的な告白にショックを受けたものの、真奈美は負けてなるものかと気を奮い立たせる。
 このままでは本当に宏を先輩に取られてしまう。
 興奮気味の真奈美に、ほのかは努めて冷静に受け答えする。
 それは自分自身の心に対して問い掛けてもいるのだった。

「軽々しくじゃ無いさ。オレはその辺の遊びまくって金の為に股を開く女子高生や女子大生とは違うし、そこまでバカじゃ無い。言っただろ? オレは本気だって。それにな、真奈美。恋愛は出逢ってからの時間の長さじゃ無いんだ。そりゃ、時間を掛ければ想いはより熟すだろうさ、今の真奈美の様にな。でもな、想いの深さは共に過ごした時間の長さとは関係無いんだ。心の奥底にある想いこそが本当に大切なんだと、オレは思うんだ。初対面だろうが、宏が高校生でオレが四つ年上だろうが、そんなのオレには関係無い」

 ほのかは言葉を区切り、真剣な眼差しを真奈美に向ける。
 目の前にいるのは後輩では無く、一人の男性を巡ってのライバルだ。
 後輩がライバルだから、って手加減はしないし、したくもない。
 手加減する事は、真剣に向き合っている相手に対して礼を失う事になるからだ。

「確かに、最初はからかい半分だったさ。認めるよ。でも、あいつは……宏は嫌な顔ひとつしないでそんなオレに付き合ってくれた。ハーフというオレの身体を好奇の目で見ずに、ひとりの女性として扱ってくれたのも、日本に来て宏が初めてだった。そんな宏を……オレはいつの間にか好きになってた。強く宏に惹かれる自分がいたんだ」

「ほのか先輩、そこまで……。でもっ!」

 真奈美は涙を浮かべて心の内をほのかにぶつける。
 このまま宏を、初めて好きになった男性(ひと)を目の前の女性に渡したくは無い。

「私だって本気ですっ! 私が困って泣いているのに、みんな知らん顔してゆく中、私を救ってくれたのは宏君だけなんですっ! その日の夕方から毎日毎日、駅前のバス停で宏君を探して探して、でも見つからなくて……諦めかけて、でも諦められなくてっ! もう一度逢いたい、逢って一言お礼が言いたくって……。そんな想いをずっとずっと抱えてたら今日偶然にも出逢えて……。嬉しかった。ようやく想いが叶ったって」

 真奈美は俯き、両手を握り締める。
 その小さな手は細かく震えている。

「でも……それだけじゃ無かったんです。私は宏君を探している内に彼の事が好きになってたんだ、って気付いたんですっ! 今日宏君を見ていて、ますます宏君の事が好きになりましたっ! 思ってた以上の男性(ひと)で……私は宏君が好きっ! 宏君の為なら一生この身と心を捧げてもいいと思ってますっ!」

 最後は絶叫に近い涙声になった真奈美に、ほのかはそっとハンカチを差し出す。
 真奈美の大きな瞳からは止め処も無く涙が溢れていたのだ。

「真奈美……。ふふっ、なんだか、オレ達って似た者同士だな。たった一人の男に魅入られた女、としてな♪」

「ほのか先輩……。そうですね。でもっ! 私、負けませんからっ!」

 受け取ったハンカチで涙を消し、力強くライバル宣言する。

「ああっ、受けて立つぜ♪ 負けても恨みっこ無しだ♪」

 ほのかも晴々とした表情で自信満々に笑う。
 そんな二人のやり取りを色付いた楓の大木の陰で聞いてしまった宏と優は眉根を寄せ、顔を見合わせる。

「優姉……どうしよう。あの二人、本気(マジ)だ……」

「……ヒロクン、二人に優しく接し過ぎ。ただでさえ優しいのに、これでは惚れてくれと言っているのと同じ」

 優からやんわりと責められ、宏は二人の気持ちに乗じてしまった事を大いに反省する。
 がっくりと肩を落とす宏に優が優しく言葉を掛ける。

「でも仕方ない。ヒロクンだって男の子。好意を持って接して来る女の子に気持ちが向くのは当たり前」

「でも、俺……」

「……大切なのはヒロクンの気持ち。決して浮ついた気持ちで二人に接しない事。これが出来ればどうなっても万事上手くいく」

 宏は優の励ます言葉に大きく頷き、気合を入れ直すと優と一緒に二人の許へと戻った。
 この休憩ではほのかがひとつのジュースにストローを二本挿し、宏と一緒に飲もうと仕掛けたが真奈美と優の猛烈な反対を喰らい、結局真奈美と優を加えた四人でひとつのジュースを飲む事で落ち着いた。
 宏は目を瞑ってその場を凌ぎ、四人は再びほのかと真奈美の話題で華やかに盛り上がり、愉しい時を過ごした。

「あの、宏、ちょっと、いいかな? 話したい事があるんだ」

 午後三時のお茶会を終え、全ての遊歩道を制覇し、西の空がオレンジ色に染まってそろそろ帰ろうか、というタイミングでほのかが宏の右手を握って来た。
 すると真奈美が宏の左手をそっと掴み、ほのかと一緒に宏を人目に付かない川原の端へと連れてゆく。

「あの、さ。宏。突然こんな事を言うオレに戸惑うかもしれないけど、き、聞いてくれないかな?」

「あのね、私達から宏君に伝えたい事があるの。聞いてくれる?」

 ほのかと真奈美の白い肌はほんのりと赤く染まり、今までのはしゃぎっ振りが嘘の様に淑やかな表情になる。
 宏は小さく頷くとほのかの碧い瞳を真正面から見つめる。

「あ……」

 ほのかは耳まで真っ赤に染まってしまう。
 好きな男性(ひと)に見つめられながら告白するという、人生始まって以来の出来事に背中にはじっとりと汗が浮かび、心臓がバクバクいって今にも口から飛び出して来そうだ。

「あのっ、オ、オレ……じゃない、わた、わたしは……」

 ほのかは一旦目を瞑り、それから大きく息を吸い込むと宏の澄んだ瞳を見つめながら秘めた想いを告げる。
 そして今度は真奈美が両手を胸の前で合わせ、祈る様な格好で宏の優しい瞳を見つめながら熱い想いを告げる。

「宏君。私……、私ね、ずっと、ずっと……」

 純粋な想いが、真摯な想いが宏を深く貫く。
 宏は二人の想いに心を込めて応える。

「ありがとう。俺を好きになってくれて、本当にありがとう。でも、俺には心秘かに想っている女性(ひと)達がいるんだ。だからほのかさん、真奈美さんの想いには応えられない。ごめんなさい」

 そう言って深々と頭を下げる。
 どの位そうしていただろうか、何やら含み笑いをする声が二つ、聞こえて来た。
 宏は何となく嫌な予感に囚われつつもそっと頭を上げ、そのまま固まってしまう。

「そっか、やっぱりな~。宏の好きな女性(ひと)『達』って、晶と優だろ? 今日一日宏と優を見てれば誰だって判るって。ランチやお茶の時、いっつも二人で抜け出してただろ。でも問題無いっ! そこにオレも加えてくれよ。三人で好い事しようぜ♥」

 光り輝く長い金色の髪を後ろに払い、ほのかがニヤリと笑いながらサムズアップのポーズを取っていた。
 するとほのかの隣で俯いていた真奈美がゆっくりと顔をあげ、煌く瞳で宏を捉える。

「宏君に好きな女性(ひと)が何人いようとも、私は構いませんっ! 宏君が誰を一番好きになろうとも、私の気持ちに変わりはありませんから♥」

 そう言うと宏の左腕を胸に抱き締め、とどめの一言を宏に告げた。

「私の処女、捧げるのは宏君だからね♥ それまでもっともっと、女を磨いておくから待っててね♪」

 真奈美の生々しい台詞がほのかの闘争心(?)に油を注いだ。
 宏の右腕を胸の谷間に挟み込むと耳元で囁く。

「宏、オレのバージン、宏の為に取って置くからな♪ 腐る前に早く取りに来いよ、待ってるからなっ♥ ……あんまり遅いと、オレから捧げに行くからな♪」

 優は少し離れた木陰で額に手をやり、俯きながら海よりも深い溜息を付いた。


     ☆     ☆     ☆


「……ぷっ。……くくっ、……あははははははははははっ!! もうダメっ! くっ、苦しい~~~~っ!」

 優と宏から事の顛末を聞いた晶は腹を抱えて畳の上を笑い転げる。
 川原での告白の後、宏とほのか、真奈美は住所と電話番号をそれぞれ交換し、地元の駅で解散した。
 宏の両頬にはほのかと真奈美のリップの跡が薄っすらと残っている。
 別れ際に二人から同時に口付けされたのだ。
 その後、宏は優と一緒に今回の首謀者である晶の帰宅を待っていたのだった。

「……笑い事じゃ無い。余計な種を二つも芽生えさせた責任はお姉ちゃんにある。責任取って何とかして」

 恋のライバルが千恵と若菜以外に同時に二人も増え、加えて自分では何も手を打てなかった事に対する悔しさもあって優はずっと御機嫌ナナメだ。
 宏の気持ちもほのかと真奈美を憎からず想っている事が、優の御機嫌を損ねる一因にもなっている。

(……ボク達だけ好きになって、ボク達だけを見てっ、ってヒロクンに言えたらスッキリするだろうな)

 そんな拗ねた優に、晶は大きな瞳に涙を浮かべて更に笑い転げてしまう。

「晶姉、こうなる事、最初から判ってたでしょ? だから俺を強引に連れ出したんでしょ?」

 宏の抗議に晶は涙を拭きながら応えた。

「いや~、たまにはヒロに他の女の刺激を与えようかと思ってさ、そうすればあたし達の良さがより一層引き立つと思ってね~。でも、まさかあのほのかが本気(マジ)で惚れるとは思わなかったな~。それに真奈美がそんなエピソード抱えていたとは知らなかったわ。いやはや、人の縁、って面白いわね~♪ ……これで卒論書こうかしら♪」

 完全に他人事(ひとごと)の様に笑う晶に優が顔をしかめたままツッこむ。

「……真剣な恋に茶々入れない。だけど真奈美が塞ぎ込んでいた原因がヒロクンを探していた事だったとはボクもビックリ。これはまさに運命かも。……譲れないけど」

 最後は小声になってしまう優に、晶が微笑む。

「大丈夫よ♪ ほのかは熱し易くて冷め易いタイプだから、ヒロへの恋心がいつまで続くかが見ものね♪ それに真奈美にしたって恋に恋している状態だから、少し距離と時間を置けば自然と恋心は消える筈よ♪ ……たぶん」

「あ、晶姉っ!! 筈、とか、たぶん、って……、これ以上の騒ぎは御免だよ~」

 宏の苦り切った、でもどこか嬉しそうな表情を見た晶はうんうん、と満足気に大きく頷く。
 晶が宏のこの表情を見たいが為に今回の作戦(?)を立てたという事は晶だけの秘密だ。

「でもヒロ、あたし達とは全く異なるタイプの女性を相手にして少しは心ときめいたでしょ? 美人のお姉さん二人から言い寄られて嬉かったでしょ?」

 晶の悪戯っぽい目付きにたじろぎつつも、宏は正直に心の内を話す。

「そりゃ、ねぇ。誰であれ、俺の事を好いてくれる女性(ひと)に邪険な態度は取れないよ。例えからかい半分と判っていてもね。でも、そのあとの気持ちの変化までは俺にはどうしようも出来ないよ」

「それは仕方無いわよ。二人の想いが本物ならば向こうからアプローチ掛けて来るだろうし、忘れられたらそのままだし。後はヒロ次第ね♪ 二人を追いかけるも良し、このままあたし達のモノになるも良し♥」

 最後にサラリと恐ろしい事を言い放った晶は宏の目を真っ直ぐ捉える。

「今回の事で、あたし達の好さがよ~~~く判ったんじゃない? 美しさとか、ありがたみ、とか♪」

 宏と優は心の中で「性格の悪さがよ~~~く判った!」と思いっ切りツっこんだのは言うまでも無い。

「それにね」

 晶は優と宏を交互に見つめながら目を細める。

「運命なんて、あたし達の手でいくらでも変える事が出来るわ♪ 大切なのはこれからの心の在り方よ♥」

 そう言うと宏のおでこを人差し指でチョン、と弾く。
 すると宏の襟元からほんの小さな、掌に収まる大きさの真っ赤に色付いた葉っぱが一枚、ひらりと畳に舞い落ちる。
 それは真奈美と一緒に写真を撮った場所に植わっていた、楓の大木のものだった。

「あら、綺麗に色付いているわね~♪ フフッ♪ ヒロからプレゼント貰っちゃった♥」

 晶のバイタリティーに、宏と優は晶へのお土産を買い忘れた(千恵と若菜の分も忘れた)事も忘れ、互いに顔を見合わせる事しか出来なかった。


                             (番外編~ 紅葉(こうよう)・了)

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立 春(りっしゅん) 立 春(りっしゅん) 美姉妹といっしょ♥~番外編
 
「宏ちゃん~、私達と一緒に温泉に行かない? 今度の水曜日に~」

 深々(しんしん)と雪が降り積もる中、千恵と若菜の美姉妹(しまい)が夕食を終えた宏の許へ訪ねて来た。
 宏は二人の好物である番茶と塩煎餅を勧めながら読んでいた旅雑誌を置き、二人と向かい合う。
 今日の若菜は白いセーターに膝下までのスカート姿で、黒のストッキングに包まれたふくらはぎが妙に生々しい。

「今度の水曜? ……明後日(あさって)じゃないか。急にどうしたの?」

 壁に掛かったカレンダーを見てから宏は若菜に視線を向ける。
 若菜はポリポリと美味しそうに煎餅を齧りつつ、事の経緯(いきさつ)を話し出す。

「ほら~、年末の商店街の福引、あったじゃない? それで温泉宿の招待券をお母さんが引き当てたまでは良かったんだけど~、冷蔵庫の横に貼り付けたまま今の今まですっかり忘れていたのよ~。チラシの後ろになっちゃっててね~」

 手をパタパタと振り、いやね~、もう~、と笑うその姿はまるでオバちゃん達の井戸端会議だ。

「で、その招待券の有効期限が今度の木曜日なのよ。……今まで忘れてたうちらも悪いんだけどね」

 千恵がやれやれと苦笑いし、ヒョイ、と肩を竦める。
 今日の千恵はいつものロングポニーテールをピンクのリボンで縛り、濃い桃色のセーターに厚手のパンツ姿だ。
 若菜は切れ長の美しい瞳を爛々と輝かせ、早くも久しぶりの温泉旅行に心弾ませて行く気満々だ。

「その旅行って~、一泊二日、五名様ご招待なの~。うちの家族と宏ちゃんで丁度五人だな、ってお父さんが♪」

「お母さんが宏を誘いなさい、って言ったの。だから何の心配も要らないわ。ね、行きましょう? 来月には宏も上京しちゃう事だし、今のうちに行こうか、って。」

 千恵の何気無く言った言葉に若菜は一瞬だけ目を伏せ、その後はいつもの明るい笑顔に戻る。
 この時、宏は若菜の瞳が揺らいだ様な気がした。
 普段とは違う瞳の色に違和感を感じた宏だったが、若菜から畳み掛ける様に温泉行きを催促され、この時感じた違和感もその後の騒ぎで霧散してしまった。

「おやっさんとお袋さんが? でもせっかくの家族団欒に俺が混じっていいの?」

「好いの、好いの♪ お母さんが誘ってるんだもん。ねえ、宏ちゃん~、一緒に温泉行こうよ~。温泉だよ~♪ 露天風呂だよ~! 宴会だよ~っ♪」

「ねえ、宏。今の時期、学校は自由登校でしょ? どうかしら?」

 若菜は殊更甘えるかのように身体ごと乗り出してアピールし、千恵も乗り気だ。
 確かに、高校三年の三学期は受験シーズンなので一月下旬から卒業式までは自由登校となり、東京の専門学校への進学を既に決めている宏に取っては実家で自由に過ごす最後の機会となっていた。

「そうだね。来週末の卒業式過ぎちゃうと引越し準備とかで忙しくなるし……うん、せっかくだから、みんなで温泉に行こうか♪」

 柔らかく笑う宏に、美姉妹の笑顔が弾けた。


     ☆     ☆     ☆


「へ~~~、こんな山奥に、こういう立派な温泉宿があったなんて初めて知ったよ……」

 宏達一行は新幹線からローカル線に乗換える事三十分、十年以上前に無人となった駅から徒歩五分の所にある一軒宿に来ていた。
 雪国の宿屋らしく二階建の重厚な造りに大きな屋根、広い玄関と明るく開放的なロビー、塵ひとつ落ちていない朱色の絨毯敷きの長い廊下に廊下のガラス戸の外側には凝った造りの中庭がみんなを出迎えた。
 ここは巨大スキーリゾートが隣接する有名温泉街から北に外れた所にある為、年末年始以外は殆どお客は来ない(女将談)らしく、スキーシーズン真っ只中なのに平日という事もあって本日の泊り客は宏達五人だけだ。

「貸切よ、貸切~っ! 何の気兼ね無く過ごせるわ~♪」

 朝からハイテンションな若菜はさっそく畳の上を左右に転がり、全身で歓びを表している。
 身長一七五センチの若菜が手足を伸ばして転がっても、部屋の真ん中に置かれたテーブルや持ち込んだバッグに当たらない。
 泊り客が家族一組という事もあり、宿の厚意により一番広い部屋(十畳二間続きだ)を宛がわれたのだ。

「こらっ、若菜っ! みっともないから止めなさいっ! いい歳こいて、はしゃぎ回るんじゃない!」

 腰に手を当てた千恵が若菜をたしなめ、美姉妹の母親が愉しそうに目を細めて娘達を見つめる。

「広いお部屋で好かったわ♪ ね、お父さん」

 母親がみんなの分のお茶を入れながら微笑むと、上座に座っている美姉妹の父親が鷹揚に頷く。
 宏は正座し、改めて二人に頭を下げる。

「お誘い下さいましてありがとうございます♪ 温泉なんて久しぶりです♪」

「いやいや、堅苦しいのは抜きだ♪ 気楽に気楽に♪」

 父親がにこやかに片手を挙げると、隣に座っている母親も微笑んで大きく頷く。

「そうよ♪ 今回の旅行は娘達のリフレッシュが主な目的だから、宏くんは気にしないでね」

「そうだよ~、宏ちゃん。誘ったのは私達なんだから~、遠慮は無しね♪」

 宏は母親の台詞に引っ掛かったものの、若菜が宏の背後から首に両手を回し、背中に密着して来たので考える事が出来なくなった。
 なにせ背中から若菜のセーター越しに柔らかい丘の弾力が伝わり、心拍数が一気に急上昇したのだ。

「こら、若菜っ、離れなさい。宏が困ってるわ」

 耳まで赤くなった宏に千恵が苦笑しながら助け舟を出してくれる。
 内心、無邪気に宏にスキンシップ出来る妹が羨ましくもあるのだ。

「え~~!? いいじゃな~い。せっかく温泉に来たんだし~、たまには宏ちゃんと一緒にいたいモン♪ ねぇ~♪」

 弾ける笑顔の若菜に、宏はこれまでに無い若菜のはしゃぎっ振りとスキンシップに、心の片隅で再び違和感を覚えた。
 普段の若菜は千恵の気持ちを思い遣り、決して姉の目の前で宏に過度なスキンシップは取らない。
 しかし先週辺りから若菜の宏に対する態度が妙にハイで、姉の目の前でも今日の様に片時も宏から離れ様とはしないのだ。

(お袋さんが言っていたリフレッシュと何か関係ありそうだな……)

 流石に鈍い宏も、若菜の異常とも思える過度のスキンシップに、これは何かあると確信した。
 ただ、それが何かは全然思い至らなかった。

「あんたねぇ~」

 千恵は胸の前で腕を組んで眉根を寄せるが、少しでも宏の傍にいたい、温もりを感じたい、という若菜の想いがひしひしと伝わって来る。
 双子の姉である千恵は、妹がハイテンションになる理由が痛いほど判るのだ。
 それは千恵自身の想いでもあったからだ。

(はしゃいでいないと、他で気を紛らわせないと、切なくてきっと泣いてしまう……)

 美姉妹が心に秘めた想いを若菜はハイテンションな行動で、千恵は若菜をコントロールする事で抑え込んでいたのだ。
 そんな二人の心中を宏は知る筈も無く、単に自分の上京がセンチメンタルな気分にさせているのかな、程度にしか思わなかった。
 女心の細かい機微に疎かった宏は、それが自分の感じた違和感だと思い込んでしまった。

「宏君、さっそく温泉に浸からんかね? ここの風呂は源泉掛け流しだそうだ」

 父親がタオルを片手に宏に声を掛けると、若菜がニンマリと表情を崩し、宏に擦り寄って耳元で囁いた。

「ねぇ、宏ちゃん♪ せっかくだから~、姉さんと私とで一緒に入ろ~? ……昔みたいに♥」

「な゛っ! ばっ、バカ言ってんじゃないわよっ! こっ、この歳になって、いっ、いっ、一緒、一緒になんてっ……」

 若菜の提案に間髪入れずに猛反対したのは顔を真っ赤に染めた千恵だ。
 純情な千恵には、バスタオルを三重に巻いたとしても宏の前で裸になるなんて、恥ずかし過ぎてとてもじゃないが神経が耐えられない。
 ところが父親が両手をポン、と打ち、母親に向かってニヤリとする。

「……なら、ワシらは男湯に入るから、宏君は千恵と若菜とで女湯に入れば好い♪ なあ、母さん」

「それ、好いですね~♪ 若い者は若い者同士で仲良く♪ ねぇ♪」

 父親が妙な気の利かせ方をするものだから、目を細めて母親まで乗ってしまう。
 すると、からかわれたと判った千恵は猛然と怒りと恥ずかしさに狂い、耳まで真っ赤に染めて無言のまま母親と若菜の手を掴むと一目散に女湯に駆け込んでしまった。
 残された宏は苦笑し、父親は千恵の反応に大笑いした。


     ☆     ☆     ☆


「……ところで宏君、今すぐとは言わないが、娘達の事を宜しく頼むよ。ワシが言うのも何だが、素直な、好い娘に育ってくれた。これもみんな宏君、君のお陰だ。ありがとう」

 内風呂の中で久しぶりの温泉に蕩け切っている宏に向かって、父親がいきなり頭を下げる。
 突然の事なので宏は最初何の事か判らず、ぼんやりと聞き流してしまった程だ。

「お、おやっさん!? い、いったい何を……」

 まるで嫁入りさせる父親の様な言葉に、もう少しで湯船に沈みそうになった宏は慌てて居住まいを正す。
 父親は深くは言わずに優しい瞳を宏に向けると小さく頷き、そのまま立ち上がると風呂から出てしまった。

「宜しく頼む、って……将来、嫁に迎えろ、って事か?」

 その考えに反対はしないものの遠い将来の事など実感出来る筈も無く、宏は気分転換に露天風呂へ入ろうと外へと続くドアを開ける。
 そこには白い湯気をもうもうと立ち昇らせた大きな岩風呂が竹垣で二分されている様子が目に飛び込んで来た。
 細い竹で出来た仕切りの片側だけでも、大人十人は楽に手足を伸ばして入れそうな大きさだが、その如何にも取って付けた様な作りからすると、元々は混浴の露天風呂として使っていた様だ。

「ふぃ~~~♪ 極楽、極楽♪」

 とても十八歳とは思えない言葉を発しながら、宏は平らな岩を背にすると肩まで湯に浸かる。
 思いっ切り手足を伸ばすと温泉の成分が身体の芯にまで染み渡り、逆に身体の中から疲れや悪いモノがどんどん抜け出る感覚を覚える。

「広い温泉って、好いよなぁ~♪」

 空はどんよりと曇ってはいるものの、真っ白な雪を頂く周りの山々が展望出来、少し温(ぬる)めの湯加減と相まって宏にとって正にここは極楽浄土だ。
 すると宏の声を聞き付けたのか、隣の女湯からバシャバシャとお湯を弾く音が聞こえたのと同時に若菜のはしゃぐ声も聞こえて来た。

「あ~~~~っ、宏ちゃんだ~♪ お~~~い、宏ちゃ~~~ん♪」

 若菜の澄んだ声が辺りに木霊する。

「宏ちゃんも露天に入ったんだね~♪ 真ん中に竹垣はあっても、同じお湯の中だね~~~♪」

 心底嬉しそうな声を若菜が上げると、今日はすっかり若菜のブレーキ役の千恵の声も聞こえて来た。

「え? 宏が隣に!? 嘘っ! や、やだっ! 恥ずかしいっっ!!」

「姉さん~、竹垣があって見えないのに、何で恥しがるかな~。こんなの、銭湯と一緒でしょうに」

 若菜が可笑しそうに笑う声を余所に、羞恥心で真っ赤に染まった千恵は両手で肩を抱き、小さくなって仕切りに背を向けて湯に沈み込む。
 仕切りがあるとはいえ、全裸で同じ湯に浸かっている、と思っただけで頭に血が昇ったのだ。

「若姉と千恵姉!? 二人共こっちにいたんだ。どう? そっちの湯加減は」

 宏は千恵の様に恥ずかしく思わないが、同じ湯に一緒に浸かっているという状況に心ときめいてしまう。
 むしろ千恵と若菜が全裸で隣にいる、という事に意識が向いてしまい、正直な『息子さん』がムクムクと勃ち上がってしまった。

「もう最高~♪ 温泉に来て好かったわ~~。……この竹垣、岩を足場にしてよじ登れないかしら。ね♪ 姉さん♪ ……姉さん? ありゃりゃ……」

 振り向いた若菜が見たものは、逆上(のぼ)せて岩に引っ掛かっている千恵の姿だった。


     ☆     ☆     ☆


「千恵姉、大丈夫? まだ横になっていた方が……」

「大丈夫よ♪ キンキンに冷えたビール呑めば治るから♪」

「何か違う気がする」

 宏のツッこみに、いいから、いいからと手を振り、グラスに注がれたビールを美味そうに呷(あお)る千恵。
 白い肌がほんのりと赤く色付き、髪を下ろした千恵は浴衣の所為だろうか、妙に艶かしい。
 宏達は露天風呂で逆上せた千恵を若菜と母親(お袋さんもその場にいたのだ)の手を借りて部屋まで運び、千恵が復活するのを待ってから夕食(という名の宴会)を始めたのだ。

「「「「「いっただっきま~~すっ!」」」」」

 テーブルの短辺(俗に言うお誕生日席)に宏が座り(おやっさんに座らされた)、長辺に若菜と千恵が向い合って陣取り、その奥に両親が座ると乾杯が何度も繰り返された。

「ささっ、宏君、ぐぐっといきなさい。ぐぐっと♪」

「宏ちゃん、い~っぱい食べようね~♪」

「宏くん、遠慮しないでどんどん呑んでね♪」

「宏、あんたまだ自分が高校生だって判ってる? ……まぁ、好いか♪」

 父親をはじめ若菜と母親が宏にビールを勧め、止めるどころか千恵からも酒を勧められる。
 千恵の理性は露天風呂とビールで溶け出してしまった様だ。

「宏ちゃん~、高校二年の夏のバイトの時の事、覚えてる? 宏ちゃん、朝から晩までバイト漬けになっちゃって~、私と姉さんが遊びに行ってもバイトでいないか、疲れて寝てるかのどっちかだったんだよ~」

 若菜が刺身を摘みつつ、懐かしそうに当事を思い出す。
 するとビールを呑み干した千恵が笑いながら宏も知らなかった事実を次々と話し始める。

「宏が中々捉まらないものだから、この娘(こ)が拗ねちゃって大変だったんだから。部屋で暴れるわ、物は投げるわ……。仕舞いには宏の部屋へ押し掛けて居座ろうとしたんだから」

「姉さんだって、不機嫌になってず~~っと口利かないわ、料理を手抜きするわで……。最後には宏ちゃんと同じバイトする~~っ! って言い出したりするし~」

 そんな美姉妹の暴露合戦を面白そうに眺めていた母親がポツリと呟いた。

「そのあと二人共一晩中ベソ掻いて、宥(なだ)めるのに苦労したわね~♪」

「「お母さんっ!!」」

 顔を真っ赤に染めた美姉妹の声が綺麗にハモる。
 すると堪え切れなくなった父親の爆笑する声が宿に響いた。

「だから今年の……年、明けたから去年か。俺の高校最後の夏休みにみんなで花火したでしょ? 俺が街まで出て、いろんな花火をいっぱい買って来てさ」

 宏は流石にその時は二人をそっちのけにした事を気に咎め、翌年の高校最後の夏休みは極力家で過ごした。
 そして夏休み最終日に、去年のお詫びと日頃の感謝を込めて花火に誘ったのだ。
 若菜にとって、それは昨日の事の様に思い出せる位、愉しいひと時だった。

「そうそう~、私と姉さんで浴衣着てね~。……宏ちゃんも♪」

 若菜は花火をした時の事を思い出しつつ、宏を見つめてほんのりと目元を赤く染める。

「そう言えばそうだったわね。宏もわざわざあたい達に合わせて着替えてくれて♪ 意外と似合ってたのでビックリした覚えがあるわ」

 そう言うと千恵も目元を赤くして宏を見つめる。
 娘二人の、酒に酔っただけの赤さとは違う事に気付いているのは微笑んで見ている両親だけだ。
 五人は想い出話に花を咲かせ、笑い声が途切れる事は無かった。

「ほら、千恵姉もドンドン呑んで♪ グラスが空だよ」

「宏ぃ、あたいを酔わせてナニする気~? あんたも呑みなさいっ♪ ……返杯は三倍返しだからね♪」

「若姉、こっちの刺身食べる? 凄く旨いよ♪」

「うん♪ 食べる食べる~。……食べさせて♪ あ~~ん♪」

 夕方から始めた宴会は深夜まで続き、美姉妹の両親はいつの間にか脱落し、隣の部屋に敷かれた布団の中で安らかな寝息を立てて丸まっていた。
 宏達は宴会が始まる前に隣の部屋を寝る為の部屋とし、予め布団を五つ並べ、端から宏、父親、母親、若菜、千恵と場所を決めておいたのだ。
 千恵は同じ部屋で宏と眠る事に強い羞恥を見せたが、間に三人挟む事で何とか納得して貰った。
 そしてもう一部屋を宴会場としたのだ。
 夕方曇っていた空はいつの間にか晴れ、星が煌く夜空にまん丸の月が高く昇った頃、首まで真っ赤に染まった千恵がギブアップ宣言する。

「もう、ダメ。呑めない。あたい、先に寝るぅ~~」

 ビールに酎ハイにワインのロックと、飲みに飲んだ千恵はフラ付く足で布団にダイブするや否や、たちまち夢の世界の住人となる。
 最後まで生き残った(?)若菜は宏の隣に寄り添うと、二人は月夜の雪景色を肴に杯を重ねた。
 日付が替わり、時計の長針が更に一回りした頃、宏は名残惜しそうに若菜を見る。

「……それじゃ、そろそろ寝ようか? 酒と肴が無くなったし……雪見酒も堪能したし」

「……そう、ね。そうしようか。夜も……更けたしね~」

 本当は二人共、このまま寝るのが惜しいと思っていた。
 二人っきりの時間がもっと続いて欲しいと願っていた。
 若菜は一瞬抜け駆けしようとしたが、千恵の寝息に自分を取り戻す。
 宏は迷ったまま愛を囁く事に抵抗を覚え、喉まで出掛かった言葉を飲み込む。
 用意されている布団に潜り込むと酔いも手伝い、二人は直ぐに夢の世界へと旅立った。


     ☆     ☆     ☆


「ん~~、酔い覚ましにもう一回入ろ♪」

 夜中にふと目が覚め、寝られなくなった宏はみんなを起こさない様に露天風呂へ向かう。
 元々温泉が好きな宏は、温泉宿に泊まった時など暇さえあれば何時間でも入ってしまうのだ。
 特にみんなが寝静まった夜中にひとりで入る露天風呂が大のお気に入りだった。

「はぁ~~~♪ 極楽極楽♪」

 本日何度目かの台詞を呟きつつ、青白く光り輝く月を見上げながら白濁の湯に浸かる。
 宴会中に降ったのだろう、岩の上には新雪が積もり、ランプの灯りと月明かりが反射して夜中なのにまるで辺りは昼の様に明るく、青白い光に満ちている。

「宏ちゃん、いる~?」

 凍て付く冷え込みの中、胸まで浸かっていた宏の耳に、小さいがハッキリとした声が届いた。

「若姉!? どうしたの? こんな時間に」

 自分の事を棚に上げ、宏が風呂を二分する竹垣に近寄る。
 すると女湯からもお湯を掻き分ける音が聞こえて来た。

「えへへ♪ 宏ちゃんがタオルを持ってお部屋を出てったから、もしかして、と思ったの~」

「あ、起こしちゃったんだ……ごめん。静かにしてたつもりだったんだけど」

「ううん、いいの~。私も何だか目が冴えちゃって……。もう一度入ろうかと思ってたから」

 若菜は肩まで湯に浸かり、竹垣を左にしてそっと寄り掛かる。
 年相応の落ち着いた声で話す若菜は、さっきまでのハイテンションな時とはまるで別人の様だ。
 宏も話し易い様に竹垣を背に寄り掛かる。
 奇しくも二人は仕切りを挟んで同じ位置にいるのだが、それを今、知っているのは二人の頭上に浮かんでいる月だけだ。

「宏ちゃん、来月には上京しちゃうんだよね……。もう、決まった事なんだよね……」

 どの位、静かな時が流れただろうか、若菜の呟きにも似た台詞が辺りの空気を振るわせた。
 宏は若菜の震える声に、今の心境を垣間見てしまう。
 いくら鈍感な宏でも、若菜の泣き声を聞き間違う事は無かった。

「宏ちゃん、知ってた~? 私も姉さんも、ホントはすっごく寂しくて、寂しくて寂しくて、心が張り裂けそうになっていたんだよ~?」

 若菜はとうとう、心の内を宏にぶち撒(ま)ける。
 程好い温泉の心地好さが、宏がすぐ隣にいるという安心感が若菜の心の箍(たが)を外したのだ。

「……ごめん。俺――」

 宏はまず美姉妹を寂しがらせた事を謝ろうとするが、若菜の強い言葉で遮られてしまう。

「宏ちゃんっ! ここは宏ちゃんが謝る所じゃ無いよ~。謝るのはむしろ私の方。私の我が侭で宏ちゃんを困らせちゃったんだもん。ごめんなさい」

 宏からは若菜の姿が見えない。
 しかし、宏には壁一枚向こうには確かに若菜がいて、自分に向かって頭を下げたのが判った。

「私ね~、宏ちゃんが上京を決めてから、ずっと心に決めていたの。最後まで笑って過ごそう、って。宏ちゃんに、私の笑顔を焼き付けて欲しかったの~」

 若菜は何とか泣き声だけは出すまいと唇を噛み締める。
 しかし、さっきから切れ長の瞳から大粒の雫が頬を伝って湯船に流れ落ちてしまっている。

(あ……。それでいつもよりハイテンションになって、千恵姉の前でもスキンシップ取ってたのか……)

 宏はここ最近の若菜に対する違和感の正体がようやく判った。
 はしゃいでいたのは寂しさを無理に紛らわせる為だったのだと。

「私、宏ちゃんとのお別れは寂しいけど~、期待に胸を膨らませる宏ちゃんを見ていると、私も嬉しくなったの。……嬉しいけど、切ないの。 ……笑っていないと、泣いちゃうの」

 既に泣き笑いの若菜。
 零れそうになる嗚咽を湯で流すが、次から次へと涙が溢れるので追い付かない。

「姉さんも同じ気持ちよ~。私には判るの。姉さんの想いは私と同じだ、って」

 ――宏との別れが辛い。クールに振舞わないと、きっと泣いてしまう。自分の泣き顔を、旅立つ宏に見せたくは無い。隣に住む幼馴染のお姉さんとして、笑顔で送り出したい――

「姉さんはきっとそう想ってた筈よ。言葉や態度に表さないけど……双子だから判るの。判っちゃうの~」

 若菜が湯船の底で左手を滑らす様に動かすと、偶然宏の手に触れる。
 この竹垣は湯船の底まで仕切っては無く、拳二つ分の隙間があったのだ。

「宏ちゃん……」

 若菜の左手がそっと、宏の右手の上に重ねられる。
 宏は一瞬驚いたものの、そのまま右手を若菜に預ける。
 柔らかい掌の感触にいつまでも触れていたいと思ったのだ。

「本当はね~、この旅行は私達を見かねたお母さんが思い付いたの。宏ちゃんの上京を知った私達がいつまでも愚図っているのを歯痒く思ってたみたい。そんな時、当たった福引が出て来て~、これ幸いと急遽温泉行きが決まったの。自分達で解決しなさい、って言われたわ」

「自分達で……解決?」

「私と姉さんが宏ちゃんに告白するなり、玉砕するなり、現状維持するなり、一旦、気持ちのけじめをつけなさい、って事だと思うの~」

「気持ちのけじめ……。お袋さんが言っていた『リフレッシュ』って、その事だったんだ……。おやっさんが言っていた『宜しく頼む』も、そういう意味か……」

「でも結局は私も姉さんもお互いに二の足踏んじゃって……。こんな時、双子って不便よね~。互いの気持ちが判るんだもん、何も言えなくなっちゃう」

 苦笑した若菜は宏が上京して実家を出る、と聞いた時の自分達を思い出す。

 ――物心付いた時からのお隣さんで、いつも私達の生活の中心にいた宏ちゃん。
 二つ年下なのに、男の子だからと私達をいじめっ子から守ってくれた宏ちゃん。
 私達が困っていると、どんな時でも必ず助けてくれた宏ちゃん。
 私達にいつも笑顔を向けてくれた宏ちゃん。
 私達の傍にいるのが当たり前になっていた宏ちゃん。
 いつの間にか凄く気になる男の子になっていた宏ちゃん。
 そんな宏ちゃんが私達の前からいなくなる――

 それを聞いた瞬間の姉の顔は一生忘れられない。
 まるでこの世の終わりを見た様な、絶望しか無い世界に迷い込んだ様な、この先に希望など無い様な、暗く沈んだ顔。
 その表情は自分の表情でもあったのかもしれない。

(私達って、こんなにも宏ちゃんが好きだったのね……)

 宏に対する気持ちを自覚し、姉の想いの深さを知った若菜は同時に抜け駆け出来なくなった。
 宏と同様に、姉の事も大好きだったからだ。

「私達のエゴで宏ちゃんに行かないで、とは言え無いし~、でもお別れは辛いし……。だからお母さんが私達の気持ちに区切りを付ける為に~、温泉旅行を利用したの。……結局、何の進展も無かったけど」

 若菜が自嘲気味に呟く。
 宏は何と言葉を掛けたら良いのか判らない。
 判ったのは美姉妹の自分に対する真摯な想いだけだ。

「宏ちゃん……約束……して欲しいの。卒業したら帰って来る、って。嘘でもいいから……約束して……」

 とうとう、若菜は声を出して泣き出してしまう。
 堪えても堪え切れない寂しさが堰を切ってどんどん溢れて来る。

「でないと、胸が張り裂けそうで……切なくて……哀しくて……」

 若菜は宏の手を強く握り締める。
 温泉よりも遥かに暖かい若菜の温もりに、宏の心が大きく揺れ、傾いてゆく。

(俺、こんなにも若姉達から想われてたんだ……。そして、こんなにも若姉の事、好きだったんだな……。同じ位に千恵姉や……の事も……。俺って、節操無いのかな……。同時に何人も好きになるなんて)

 宏の心がどんどん常識外れの方向に進んでゆく。
 いけない、と思う心と、構わない、と囁く心が激しくせめぎ合う。
 だから怖くなった。
 このまま情に任せて若菜に告白すると、千恵や晶、優との繋がりが切れてしまうと思ったのだ。
 この時の宏はまだ、「恋愛は一対一でなければいけない」、という古い考えが「同時に愛しても好い」、という新たな考えを潰していたのだ。

「若姉、約束……するよ。卒業したら帰るって、約束するよ」

 宏は若菜の、千恵の心を知ってしまい、帰らない、帰るかどうか判らない、とは言えなくなった。
 若菜も、そんな宏の心の葛藤を判った上でわざと約束させたのだ。
 たとえ自分がどう思われ様と、少なくとも私達の事をいつまでも覚えていてくれるだろう、という初めてのエゴだった。

「……ありがとう、宏ちゃん」

 小さな、とても小さな声で若菜が礼を言う。
 若菜は宏の心の中に自分達と同じ位、晶と優の存在が大きい事を知っていた。
 それなのに縛り付ける様な約束をさせてしまった事に、猛烈な自己嫌悪に陥る。

(こんな事言って、嫌われたかも知れない……)

 急に恐ろしくなって俯いた時、宏の暖かい声が届いた。

「若姉、気にしないで。一人に決められない俺が悪いんだから。若姉の所為じゃ無いよ。……きっと……必ず答えを出すから、今はこれで勘弁してくれると助かるんだけどな♪」

 わざと明るく、いつもの口調でお願いしてくる宏に、若菜は更に涙を零す。
 今更ながらに宏の優しさが、思い遣りが身に染みる。
 同時に、こんなにも宏が好きだったのかと改めて思い知る。

「宏ちゃん、私も、姉さんも、もっともっと、成長するね~。宏ちゃんに相応しい女性になるね~」

 若菜は涙を指で払いながら何とか声を絞り出す。
 少なくとも、宏は自分の事を嫌っていないどころか、大いに脈があると感じ取ったのだ。

(上手くすれば、姉さんと二人で宏ちゃんを……♥)

 若菜の方に新たな考え方が芽生え始める。
 それがあと二年と数ヶ月後に実現するとは、この時誰も思いもしなかった。

「若姉、俺の上京は永遠の別れじゃないよ。更に上に行く為の新たなステップだと思って欲しいな」

「新たな……ステップ?」

「そう。みんなにとっての、新たなる第一歩、旅立ちだよ」

「みんなにとっての……旅立ち……。うん、そうね。私達も変わらなきゃ~。姉さんもきっと判っているわ♪」

 若菜の声にようやく笑い声が戻って来た。
 宏はほっと安堵し、空を見上げる。

「若姉……」

「宏ちゃん♥」

 湯船の底で手を握り合う二人を、月の兎が優しく見つめていた。


                             (番外編~ 立春(りっしゅん)・了)

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たとえばこんな学園物語~前編 たとえばこんな学園物語~前編 美姉妹といっしょ♥~番外編
 < 作者より >

  この物語は「美姉妹(しまい)といっしょ♥~番外編」のスペシャルバージョンです。
  これまでに掲載した本編や番外編での設定と若干違う部分がございますので、予めご了承・お含みおき下さいませ。



     ==================================



 ここは、とある時代のとある街にある吉井(よしい)女学園。
 一学年四クラスで生徒数四百人にも満たないこの学園では、ひとりの男性教師を中心に六人の女生徒とひとりの女性教師による賑やかで楽しい毎日が繰返されていた――。


     ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「それじゃ、明日は朝八時迄に東京駅八重洲中央口に集合するように。一分でも遅刻した者は学校で一週間、寂しく留守番して貰うからな~」

 今日一日の授業も終わって生徒達が開放感に浸る中、ホームルームの教壇に立つ宏が肩を竦めておどけた調子で告げるとクラス中から一斉に笑いが起きる。
 吉井女学園では毎年秋に六泊七日の修学旅行が行われ、宏は二年B組の担任としておよそ三十人の女生徒を率いる事になっているのだ。

「ねぇねぇ、どんな下着持って行く? 私、スケスケのランジェリーで冒険してみようかと思ってるの♪」

「きゃ~♪ 誰に見せるのよ、そんなの穿いて」

「勿論、宏先生に決まっているじゃない♥」

「きゃ~~~♪ いよいよ玉砕するのね~~~♪」

「誰が玉砕やねんっ!!」

 宏は教室のそこかしこから聞こえて来る楽しそうな声と弾ける笑顔に思わず圧倒されてしまう。
 翌年に辛辣な受験を控えている高校二年生にとって、学園生活最大のイベントとなる修学旅行は体育祭や文化祭と言ったイベントを差し置き、入学した時から特に心待ちにしていた行事だった。
 その為だろうか、隣や前後の席と過激に語り合う者、ガイドブックを広げてひとり悦に浸る者、自由行動はどうしようかと悩むグループなどで教室内は今迄に経験した事が無い熱気と興奮で満ち溢れていたからだ。
 そんな中、窓際の最後列に座っていた女生徒が勢い良く手を揚げた。

「ん? 何か質問か?」

 宏が目線で促すと、その女生徒は元気良く立ち上がり、なかば真剣な顔で尋ねた。

「宏ちゃん~、おやつは幾ら分まで持って行ってもいいの~?」

 広い教室に響いたその澄んだ声に、クラス中はたちまち爆笑の渦が沸き起こる。
 宏は一瞬唖然としたものの、直ぐに教師の顔に戻ってたしなめた。

「こら、若菜。学園内では先生と呼びなさいって、いつも言っているだろ?」

 宏は立ち上がった女生徒に苦り切った表情を向けるが、腰まで届く漆黒の髪を片手で梳きながら若菜と呼ばれた女生徒は悪びれる様子も無く、ニッコリと微笑んだ。

「え~!? だって~、お兄ちゃんと言ったって、宏ちゃんは宏ちゃんでしょ~?」

 それがさも当然といった台詞にクラス中は更に笑いに包まれ、宏は頭を抱える。

(ったく、こいつは~っ! いくらお互いの立場を考えろ、と言っても聞きやしねぇ)

 宏は心の中で「家(うち)に帰ったらお仕置決定!」と、叫ぶ。
 一方、若菜は宏の苦悩も露知らず、切れ長の澄んだ瞳で教壇に立つ白いワイシャツに深紅のネクタイ姿の男を熱く見つめる。
 その潤んだ瞳は明らかに男女の只ならぬ関係を持った者でしか有り得ない意味あり気な瞳だったが、翌日の修学旅行に浮かれた雰囲気の中ではそれに気付く者は数人を除き、誰一人いなかった。

「ね~、宏ちゃん♪」

 純粋に宏を求める視線に宏は一瞬己の立場を忘れ、同時に煩悩がパンツの中で思わず鎌首をもたげて来るが理性を総動員させて何とか抑える。
 今は生地の薄いスラックスを穿いているので、このままではその下にある男特有の持ち物の変化が丸判りになってしまうからだ。
 教壇の上で股間を膨らませる事は何としてでも避けなければならない。
 でないと、女生徒の前で勃起させた教師として威厳も信用も崩れ去ってしまう。

(ったく~、俺達の関係がバレたら只じゃ済まねぇって言うのに、こいつ判ってんのかな~)

 宏は必死になって股間を鎮めつつ、学園で一番背の高い女生徒を見つめる。
 若菜は身長百七十五センチ、雪の様に染みひとつ無い白い肌とストレートロングにした黒髪のコントラストが美しい女の子だ。
 鼻筋の通った顔立ちと涼しげな切れ長の瞳が印象的な大和撫子で、膝丈のスカートを纏った黒のセーラー服が好く似合う、学園でも上位十人に入る美貌の持ち主でもある。
 そしてこの学園では表面上、宏の妹という立場になっていた。

(今、この場で下手な事を言って、俺達の隠された関係を怪しまれても拙いし……)

 宏は能天気に振舞う若菜に教師として、また兄と言う立場として、どうしたものかと唸りながら考え込んでしまう。
 かと言って、このまま若菜を放置したら何を言い出すか判らない危険性が多大にある。
 と、顔をしかめる宏を救う神が現れた。
 クラス委員長の晶だ。
 晶は毅然とした表情のまま、すっくと立ち上がると両手を腰に宛がって若菜に向き直り、騒がしい教室内にも係わらず良く通る声で言い放った。

「ちょっと若菜さんっ! 今はホームルーム中よっ! くだらない事を言って先生を困らせないで頂戴っ!」

 真面目が服を着て歩いていると囁かれるクラス委員長の怒りの篭もった言葉に、騒がしかった教室が一瞬で静かになる。
 晶は身長百七十センチ、細めの眉とピンク色の薄い唇、少し吊り上った大きな二重(ふたえ)の瞳に鼻筋の通った小顔を持つモデル系美人だ。
 腰まで届く茶色がかった黒髪をゆるくウェーブさせ、頭にはトレードマークでもあるヘアバンドを巻いて、傍から見れば深窓のお嬢様と言っても過言では無い雰囲気を持っている。
 成績優秀で容姿端麗な晶は初めて見る者には近寄り難いクールな印象を与えるものの、学園中の生徒からは尊敬と憧れの存在となっていた。
 が、そんな事を全く気にしないのが若菜だ。
 まるで近所のオバちゃんに話し掛けるように片手をパタパタ振って、怒れるクラス委員長に笑い掛ける。

「くだらなく無いよ~晶ちゃん。私と宏ちゃんの仲なんだから~♪」

 あっけらかんとした若菜の意味深な台詞にクラス中が騒然となり、あちこちから「仲って……やっぱり二人って兄妹なのに禁断の……♪ きゃぁ~~~♥」などと言う声が一斉に湧き起こる。
 普段から若菜の宏に対するラブラブモード一色な態度が兄妹の垣根を越える何かをクラス中に想像させていた中での、カミングアウトとも取れる大胆告白に教室中が一気にヒートアップする。
 これには注意した晶さえ大きな瞳を更に大きくし、口をパクパクさせたまま絶句してしまう。
 日頃の注意を無視して、よもや本人がここまで際どい事を言うとは思わなかったからだ。

(おいおいおい……)

 若菜の言葉に宏は思わず教卓で頭を抱え、背中に冷汗が幾筋も流れ落ちる。
 二人の関係は学園の理事長から絶対に内密にするように言われ、もしも二人の関係が公になった場合、宏は即日クビになってしまうからだ。
 頭を抱えてうずくまる宏と彼を熱く見つめる若菜。
 そんな能天気娘を睨む晶の三竦み状態となった所に、この場を救う、もうひとりの神が現れた。
 その神は若菜の背後から音も無く忍び寄り、厚みのある黒い何かを両手で持ったまま目一杯跳び上がり、落下する勢いを利用して大きく振りかぶった腕を若菜の頭めがけて振り下ろした。

 ズゴォンッ!!

 クラス中が禁断の愛に沸き立つ中、屋上から砲丸を落として地面にめり込む様な重い打撲音が教室に響き渡り、撲殺(?)された若菜は音も無く自分の机に突っ伏す。
 教室内は一瞬で静まり返り、瞬殺された若菜の後ろには頭の高い位置で紫がかった黒髪を白いリボンで縛ってポニーテールにした小柄な女生徒が、厚さ二十センチはあろうかという国語辞典(教室に備え付けのものだ)を手に佇んでいた。

「こっ、このおバカっ! 冗談も程々にしなさいって、いつも言ってるでしょっ!!」

 音の消えた教室には怒りで顔を真っ赤に染めた女生徒の声だけが響く。
 その余りの剣幕に宏は教師という立場を忘れ、思わず素の自分に戻ってしまう。

「おい千恵~、いくらなんでも拡辞苑は拙いだろ? せめて和英辞典にしときなよ」

((……って、突っ込む所が違うだろっ!!))

 額に冷汗を流す晶やクラスメイトのツっ込みを他所に、宏はミニスカートの制服が好く似合う小柄な美少女に冷静になる様に諭す。

「ご、ごめんね、宏兄さん……じゃない、宏先生。つい、頭に血が昇っちゃって。若菜にはあたいが後でみっちり言い聞かせるから」

 宏の苦笑する視線を受けて怒りの興奮が収まったのか、千恵が恥かし気に頭を下げる。
 千恵はこの学園では若菜同様、表向きは宏の妹と言う立場なのだ。
 身長百五十センチと、クラスで一番小柄な千恵は若菜とは双子なのだが、体格や性格はまるで正反対だ。
 妹の若菜はおっとりした性格で直感や感覚で行動するタイプなのに対し、姉の千恵は理路整然と行動するタイプで、天然な若菜を制する良識派としても知られている。
 背丈は低いもののボディーバランスが好く、手足が長く、しなやかな肢体はクラスメイトの視線を惹き付けて止まない。
 美しく整った顔立ちは双子らしく二人共同じだが、千恵は姐御肌な性格で面倒見が好く、若菜の姉、と言う事もあって学園内やクラスメイト、特に下級生からは御姐様(おねえさま)と呼ばれて慕われていた。
 そしてお気楽者の若菜と違い、しっかり者の千恵は宏の立場をちゃんとわきまえて学園では完璧な妹役を演じ、今回の様に暴走する若菜を止めるのも千恵の役目だった。

「委員長もごめんなさいね。みんなも、お騒がせしました」

 千恵はやれやれ、と言った表情の晶や、千恵の迫力に唖然としているクラスメイトに向かって頭を何度も下げる。
 その度に腰まで届くポニーテールが何度も上下に揺れ、まるで宙を舞う新体操のリボンの様に見えてしまう。
 必死で謝る千恵の姿に、ざわついていた教室も元に戻り、旅行への期待感で再び盛り上がって来る。

(結局、また若菜ちゃんのブラコン癖が出たのね~。千恵ちゃんも手間の掛かる妹を持って大変ね~)

 クラスメイト達が囁く言葉に、晶と宏は胸を撫で下ろす。
 そして場を収めてくれた千恵に頷くと、目線で謝意を伝える。
 千恵は照れ臭そうに小さく頷いて返礼し、席に戻った所で、隣の席に座っていた美少女が千恵だけに聞こえる様に顔を寄せて来た。

「真奈美? どうしたの?」

 真奈美と呼ばれた美少女は可笑しそうにクスクスと笑いつつ、いまだ白目を剥いて伸びている若菜と千恵を交互に見つめながら囁いた。

「ふふっ♪ あの天真爛漫な若菜ちゃんを自在にコントロール出来るのは、この学園では千恵ちゃんだけね♪」

 真奈美は身長百六十五センチ、少し垂れ目がちの大きな瞳に背中の半分まで届くストレートの黒髪を持ち、若菜に負けず劣らずの白い肌を持つ美少女だ。
 その愛らしい瞳に見つめられると、誰がどんなに怒っていても自然と笑みが浮かび、いつの間に荒れた心が癒されてしまっているという、不思議な魅力を持つ癒し系美人でもある。
 千恵はヒョイと肩を竦め、他人に言葉が洩れない様に真奈美の耳元で囁く。

「そうなのよね~。宏はほら、学校にいる間は立場上、下手に振舞えないし、晶ちゃんには若菜は暖簾に腕押しな所があるし。だからこそ、あたいが防波堤にならないと♪」

 そう言いつつ笑顔を向ける千恵は、口では何だかんだ言いつつも若菜の世話を苦とも思わず、むしろ楽しんでいる様な口振りだ。
 一方、クラス委員長として何も出来無かった晶はバツが悪そうに席に座り、未だに机に突っ伏している若菜に鋭い視線を向ける。

(まったく、若菜ちゃんにも困ったものねっ。家(うち)に帰ったら、きついお仕置きしなくては!)

 宏同様、頭の中でお仕置きのシナリオを思い描いていると、右肩を軽く突(つつ)かれる感触で我に返る。
 顔を向けると、隣の席で一部始終を面白そうに眺めていた金髪碧眼の女生徒が耳元に口を寄せて来た。

「晶もいっその事、若菜ちゃんみたく本当の事をバラしたら好かったのに♪」

 明らかに際どい状況を楽しんでいる顔に、晶は声を潜めて言い返す。

「ほのかっ!! 何言ってんのよっ! そんなコトしたら、ヒロが学園に居られなくなっちゃうでしょっ! 判ってんの!?」

 晶は目を剥いて目の前の少女を睨む。

「あたしまでカミングアウト出来る訳ないでしょっ!!」

「いいじゃんか♪ オレなら隠さないで堂々と宣言するけどなぁ~♪」

 ほのかと呼ばれた女生徒は、まるで他人事(ひとごと)の様に笑う。
 晶は好奇心旺盛な金髪碧眼美少女を困った顔で見つめる。

(この娘(こ)、根は好いのに常識に囚われない所が多分にあるのよね~)

 晶はいつも自分や千恵、宏と言った常識派を振り回してはその様子を楽しんでいるほのかに釘を刺す。

「あたし達の事は卒業するまで絶対秘密よっ! いいわねっ!」

 晶がドスを利かせた声で念押しすると、ほのかは笑いながらも大きく頷く。
 ほのかとて、わざわざ宏を窮地に陥れる真似は絶対にしないし、晶もそれは充分に承知している。
 ただ、際どいシチュエーションを心から楽しんでいるだけなのだ。

(たっく、この娘はもうっ!)

 晶は溜息ひとつ、目の前の美少女……と言うより美女を見つめる。
 ほのかは母親が北欧出身と言う事もあり、抜ける様な白い肌と波打つ長い金髪、どこまでも澄み切った切れ長の碧眼に薄くて形好い唇を持つ、この学園唯一のハーフ美女だ。
 身長百七十三センチ、ファッションモデル並みに手足が長く、膨らむ所は膨らみ、くびれる部分はくびれたメリハリのあるボディと日本人離れした彫りの深い整った顔立ちは、同世代の女子高生では到底太刀打ち出来無い美しさを誇っている。
 凛とした雰囲気の中にも優しい笑顔を併せ持ち、まるで、どこぞの国のお姫様と言っても過言では無いのだが、どこで覚えたのか話し言葉が男なのだ。
 そんなギャップと砕けた性格もあって、ほのかはクラスメイトからは親しみと尊敬を篭めて『姫』とも呼ばれ、お嬢様の晶やブラコンの若菜、御姐様の千恵、癒しの真奈美と並んで今やこの学園の美女有名人のひとりに数えられていた。

「……ん」

 と、ほのかの後ろの席でひとり寡黙に株と為替の本を読んで内職していた女生徒が無言のまま、クラスメイト達に判らない様にそっとほのかの背中を突(つつ)く。
 学園でも人気を集める二人がいつまでも顔を寄せ合って何やらヒソヒソ話をしているので、クラス中の視線が集中している事を教えたのだ。

「ん? 優? ……あっ! なんでも無いんだ、なんでも」

 ほのかは優の視線から事態を瞬時に把握し、クラスメイトに手を振って笑い掛けてから注意してくれた優に目線で礼を返す。
 優は身長百六十五センチ、ショートヘアをシャギーにし、中性的な顔立ちとスレンダーなボディを持つ、晶の双子の妹だ。
 普段から口数は少ないものの姉同様成績が好く、加えて的確な分析と冷静な判断を下す能力に定評があり、クラスメイトから何かと(特にテスト前は)頼られる存在となっていた。
 ともすると美少年に見える優は、姉や若菜と同じく学園美女有名人のひとりでもあった。

「それじゃセンセ、あとは宜しく♪」

「あ……ああ、判った」

 ウィンクひとつ、ほのかから話を振られた宏は、ようやく話の主導権が戻って来た事にホッと胸を撫で下ろす。
 いつもなら、このまま話が脱線したまま戻って来ないのが常だったからだ。

「それでは……」

 宏は教師の顔に戻ると明日からの修学旅行について注意事項を話し始めた。


     ☆     ☆     ☆


「宏クン、教室でまた若菜ちゃんが暴走したみたいね~」

 ホームルーム終了後、職員室に戻った宏を出迎えたのは、隣に席を構える女性教師の笑顔だった。

「う゛っ! か、夏穂(かほ)先生……もう知っているんですか? 流石に耳が早いですね」

 宏は何やら近寄ってはいけない所へ来てしまった感覚に囚われ、思わず後退りしてしまう。
 この女教師は宏と若菜の騒動が起こる度に、興味津々と首を突っ込んで来るのだ。
 勿論、宏と若菜達の関係は兄妹以上の事は何も知らない筈だが、藪を突(つつ)いて蛇を出したく無い宏はその件には触れずに話をスルーさせようとした。
 が、先輩教師は簡単に許してはくれなかった。

「そりゃそうよ♪ 私は貴方をいつも見ているし、貴方に関する事なら何でも知りたいの♥ ……と本音はさておき、あれだけ大騒ぎしていれば、廊下を通りかかった私にだって判るわよ~」

 夏穂と呼ばれた女教師は椅子ごと振り向くと両手を腰に宛がい、胸を大きく反らして得意気なポーズを取る。
 すると豊かな胸の膨らみで白いブラウスが左右に伸ばされ、下に着けているブラジャーがクッキリと浮かび上がって宏の目を一瞬釘付けにする。
 宏は鼓動が一気に早まり、見てはいけないと思いつつも目の前で美味しそうに揺れる果実につい、視線を走らせてしまう。

(……他に好きな女性(ひと)達がいるのに、男って悲しい生き物だよなぁ)

 宏が自己弁護しつつ席に着くと、年下の男性教師からのちょっとエッチな目線に感化されたのか、女教師は上機嫌に鼻を鳴らし、妖艶な目付きになって椅子に座ったまま太腿が触れ合う距離にまで近寄って来た。

「……ふふっ♪」

 しかもタイトスカートが徐々に捲り上がり、茶色のストッキングに包まれた太腿の大部分が露になる。
 この女教師は宏に対し、昔から過激とも思えるスキンシップを人前にも係わらず取って来るのだ。

「あ……」

 宏の視線が豊かな双丘からムッチリと張りのある美脚へと移動する。
 同時に先輩女教師から漂う爽やかな柑橘系の香水と夏穂自身が放つ女の匂いに包まれ、宏は無意識のうちに肺一杯にその香りを吸い込む。
 その甘酸っぱくも官能的な匂いと透けて見えたブラの印象も重なって股間が一気に膨張し、ズボンを突き破る程に大きなテントを築いてしまう。

(ま、拙いっ! 夏穂先生にこんなの見られたら、また何言われるか判らんっ)

 宏は咄嗟に椅子に深く腰掛け、机の縁がお腹に当たるまで机に近寄って股間を隠す。
 しかし夏穂はそんな宏の行動を楽しそうに眺めていた。

「宏クン、凄いわね~、そんなに大きく膨らませちゃって♥ 二十三歳の若さって好いわぁ~♪」

 夏穂はセミロングの髪を後ろに払い、目元をほんのり紅く染めて宏を上目遣いに熱く見つめる。
 その妖艶な瞳は先程の若菜と同じ様に潤み、隙あらば唇さえも奪ってやるぞと訴えている。

「あ……あはははは~。……すみません。お見苦しいモノを晒してしまいまして……」

 こちらは羞恥で顔を赤く染めた宏がペコペコと頭を下げる。
 しかし夏穂は小さく頭を横に振ると、嬉しそうに囁いた。

「私でも、まだまだ女としてイケてるって事が判ったから許してあ・げ・る♥ ……な~んてね♪」

 突然、それまでの妖しい雰囲気を薙ぎ払うかの様に、女性教師は大声を上げて豪快に笑い出す。
 その高笑いに校長を始め、職員室にいた教師や生徒の視線を一身に集めてしまう。
 宏は唖然としたものの、心の中で「またやられたっ」と唸ってしまう。
 夏穂は宏が吉井女学園に着任して以来、この七歳年下の同僚教師をからかうのが大のお気に入りなのだ。

(夏穂先生、根は真面目で好い女性(ひと)なんだけどなぁ……)

 宏は深い溜息を吐(つ)きつつ、隣の机に突っ伏して笑い転げる恩師の横顔を眺める。
 耳の下から顎に掛けてのラインが真っ直ぐに通った美しいその顔は、宏が高校を卒業した五年前と少しも変わらない。
 夏穂は宏が高校在学中の三年間ずっと担任だった女性で、高校入学当初から何かと宏を目に掛けていた。
 その一方で宏は人目や男子生徒からのやっかみもあって担任のスキンシップに辟易するものの、心の中では憧れの年上美女に言い寄られて嬉しかったのだ。
 その後、夏穂は宏が高校を卒業した一年後にこの学園に移り、宏もまた今年この学園に着任し、当時の担任だった夏穂と再会して同じ教鞭を取る様になっていたのだった。

(あの頃よりも綺麗になった夏穂先生に出逢えるなんて、凄くラッキーかも♪)

 当初、宏は夏穂との邂逅を心から喜んだ。
 身長百七十センチ、バスト八四、ウェスト五九、ヒップ八八(本人談)のナイスボディに肩を隠す迄に伸ばされたシルクの様に艶やかな黒髪、自分の意志を明確に示す大きな瞳、小さい口と鼻筋の通った小顔……。
 担任時代より美しさに磨きが掛かった姿に、宏は夏穂がこの学園の中で女性教師ナンバーワンの美貌を誇っていると聞かされ、一も二もなく納得したのだった。
 それが今や、時にオヤジギャル化するとは思いも寄らなかったが。

「……クン。宏クン! 何を熱心に見つめているのかな~? フフッ♪ 好きな男性からそんなに熱く見つめられたら、濡れちゃうわ♥」

 宏は夏穂の呼び掛けに我に返り、顔を夏穂に向けると思わず仰け反ってしまう。
 目の前数センチに、肌理の細かい白い肌を持つ夏穂の美貌が迫っていたのだ。
 しかも今回夏穂は目を閉じたまま顎を上げ、リップで濡れ光る唇を突き出しているではないか。

「どわぁぁぁあああっっ!!」

 高校時代もこんなシーンがあったよな、と頭の片隅で思い出しながら、宏は大きな音と共に椅子ごと後ろにずり下がる。
 すると、再び職員室中の注目を集めてしまう。

「フフッ♪ 宏クン、相変わらず可愛い~♪ 昔のままね~」

 可笑しげに含み笑いする夏穂も高校時代の宏を思い出し、今と比べていたのだ。
 宏は照れ臭さもあって、わざと恩師に向かって声のボリュームを上げる。

「かっ、夏穂先生っ! こ、これから明日の準備もありますので、きょっ、今日はこれで失礼しますっ!!」

 宏は火照り始めた顔を隠すように横を向きつつ、椅子から立ち上がる。
 その新人教師に向かって学年主任が人目もはばからずにウィンクし、大きく手を振った。

「それじゃ、またね♥ 明日は八重洲中央口に八時だからね~。お寝坊しちゃダメよ~♪」

 職員室に爆笑の渦が湧き上がる中、羞恥に塗れた宏は即行でタイムカードを押すと職員室から飛び出した。


     ☆     ☆     ☆


 その夜、宏の部屋では若菜に対するお仕置きが待っていた。

「あんたはおバカ!? 宏の立場を悪くしてどーすんのよっ! 脳みそ無くても少しは考えなさいっ!!」

 二十畳の和室に七組の布団が隙間無く敷かれ、その上で胡坐を掻いた千恵が鼻息も荒く能天気娘に指を突き付ける。
 ポニーテールを下ろした長い黒髪がタンクトップの脇から覗く豊かなバストの裾を見え隠れさせ、ホットパンツからスラリと伸びた美脚と相まって正面に座る宏の股間を疼かせる。
 十七歳らしい瑞々しい千恵の色気に、宏の相好はずっと崩れっ放しになっている。
 一方、姉から激しい叱責を受けているパジャマ姿の若菜は、胡坐を掻いた宏の背中に大きな身体を小さくして隠れつつ、何とか言い訳を試みる。

「だって~、宏ちゃんと一緒に修学旅行に行くの、ず~~っと楽しみだったんだモン。つい浮かれちゃったのよ~」

 流石に自分でも拙かったと思ったらしく、意気消沈し、既に泣き声(みんなには嘘泣きだとバレバレだ)の若菜。
 そんな大根役者の若菜に向かって大きな瞳を吊り上げ、髪を逆立てた般若・晶が容赦無く止(とど)めを刺す。

「あたし達の関係が学園にバレたら一番困るのはヒロなのよっ? 当然学園からも追い出されるし、一生、教職も失うのっ! それでも好いのなら、今後も自由に振舞えばいいわ」

 宏との関係が公になって困るのは自分も一緒なのだが、己の立場より宏の立場を考える晶には説得力があった。
 が、しかし。
 ぷるんぷるんと柔らかくも弾力好く揺れるノーブラの胸や太くて深い、女だけが持つ神秘の秘裂が浮き出ている薄いショーツも丸見えという透け透けのネグリジェを身に纏ったその姿は、人に説教をしている様には到底見えない。

「若菜ちゃん、宏君が困るような言動は人前では慎もうって、みんなで何度も話し合っているのに……」

 ほとほと困り果てた顔で真奈美は形の良い眉を八の字に下げる。
 真奈美は膝を崩した姿勢で千恵の左隣に座り、裾が太腿まであるロングTシャツ一枚の姿だ。
 長い髪を首の後ろでひとつに纏めて前に垂らし、胸の谷間に挟んで胸元を強調するその姿は宏の鼻の下を伸ばすには充分だ。
 しかもTシャツを押し上げる頂には二つの突起が浮き出てノーブラである事を主張し、白くムッチリとした太腿の間にピンク色のショーツがチラチラ覗く姿は、とても十七歳とは思えない色気を解き放っている。

「だって~、嬉しい気持ちを抑えられないんだもん~。真奈美ちゃんだってそう言ってたじゃない~」

「あ、いや、それはそうだけど……」

 若菜は真奈美を味方に引き入れるべく、甘えた声で同意を求める。
 そんな誰もが若菜を責め立てる中、ほのかだけは楽しそうに笑いながら若菜を援護する。

「まぁまぁ、若菜ちゃんの気持ちも少しは察してやれよ。オレだって宏との旅行を楽しみにしてるんだからさ♪」

 こちらは和風テイスト満載の寝間着姿だ。
 はだけた胸元には双丘の深い谷間が刻まれ、髪をアップに纏めた金髪碧眼娘の浴衣姿に宏の熱い視線が突き刺さる。
 ほのかは宏の左腕を愛おし気にさすりながら、興奮冷めやらぬ千恵と晶に視線を向ける。
 同じ男性(ひと)を想う女として晶や千恵の気持ちも判るし、若菜の想いも充分判るのだ。

「ほらほらほら~、ほのかちゃんだって私と同じ気持ちなんだよ? みんなももっと素直に宏ちゃんとの旅行を喜べば好いのにぃ~♪」

 若菜は宏を背後から力一杯抱き締めながら晶に向かって指を突き付ける。
 息を吹き返した(?)若菜に、目くじらを立てた晶の叱咤が轟く。

「だからって、学校での態度は拙いでしょっ! 何、あの好き好きモード全開の視線はっ!? あれは兄妹が交わす視線じゃ無いでしょっ! ……ったくもう、只でさえ変な噂が立っているのに、もっと自制してくれないと、庇うあたし達とヒロの関係まで学校に怪しまれるじゃないっ!!」

 ここ最近、学園内を歩くとほぼ毎日、宏と若菜の兄妹相姦の噂がチラホラ耳に入って来るので、晶は今迄以上に神経を尖らせていたのだ。

「噂はあくまで噂だ。放っておけばいいのさ♪ 下手に揉み消すと、逆に怪しまれるだけだぜ」

 眉根を寄せて尚も言い募る晶に、やれやれ、と苦笑したほのかが執り成す。
 そんな力強い援軍を得た若菜は吊るし上げを食らいつつも、可愛らしいピンク色の舌先をチラリと覗かせて宏の背中に縋り付く。

「あ~ん、みんなが私を虐めるぅ~。宏ちゃん、助けてぇ♪」

 そんな若菜の不遜な態度に千恵はこめかみに血管を幾つも浮かべ、反省の色がまったく見えない妹の手足をタオルと浴衣の帯を使って素早く縛り上げる。

「今夜のお仕置きは放置プレイに決定っ! 自分の立場が判るまで部屋の隅でじっとしてなさいっ!!」

「え? えっ? えっ!? えぇ~~~~っ!? そ、そんなぁ~~~~。姉さんのいけずぅ!」

 柱に縛られた若菜の泣き声(今度は本泣だ)を背景に、今迄ずっと黙って聞いていた優が一言、ポツリと呟いた。

「……千恵ちゃんの意見に賛成。若菜ちゃんには少しお灸が必要。……って事でヒロクン、次はヒロクンがお仕置きされる番。覚悟してね♪」

 優はサイドストリングス一枚に枕を胸に抱いただけの姿で宏に迫る。

「お、俺が!? なんでっ?」

 突然のお仕置き宣言に目を丸くする宏に向かって、優は職員室で目撃した一部始終をみんなに語って聞かせる。
 すると晶をはじめ、ここにいる女性陣全員がにこやかに微笑みながら(しかし瞳は笑っていない)宏ににじり寄る。

「……ボク達と言う者が在りながら夏穂先生に鼻の下伸ばしてた。これはもう、お仕置きに値する」

 学校ではめったに表情を変えない優が、この時ばかりは全身から激しい嫉妬の炎を吹き出している。
 普段の冷静で淡々とした口調も今や熱の籠もった強い口調に変化している。
 それは他の五人の女性達も同じだった。

「わわっ! ちょ、ちょっと待てっ! そ、それはっ……!」

 誤解だ、と言う言葉は優の温かくも柔らかな唇によって塞がれる。
 いつの間に寝間着を脱いだのか、ショーツ一枚だけの姿になった女性陣に宏は仰向けに倒され、あれよあれよと言う間に一糸纏わぬ姿にされる。

「あ~~~ん、見てるだけなんて、いやぁ~~~~っ! 私も混ざるぅ~~~っ」

 身動きが取れず、縛られたままもがく若菜の心からの絶叫に、唯一味方であったほのかは股間を濡らしたショーツを脱ぎつつ呟いた。

(形だけでも反省の色を示せば良かったのに……。浮かれて下手な事言うからこんな事になるんだよなぁ。こう言うの、日本語でなんて言ったっけ……自業自得、だっけ?)

 宏の両手両足、腰と顔に跨り、場所を変えつつ自ら腰を振る美少女五人。
 部屋には濃厚で妖艶な女の匂いが瞬く間に充満し、行燈に照らされた蠢く白い肢体を見つめながら若菜は股間を濡らし、太腿を擦り合わせて一人悶々と過ごすのであった。


     ☆     ☆     ☆


「ここが蓮華(れんげ)王院、通称三十三間堂だ。柱の間が三十三ある所からそう呼ばれ、毎年正月に行われる通し矢がニュースで紹介されるから、名前くらいは聞いた事あるだろ?」

 午前中の新幹線で京都に到着した吉井女学園一行は、今日と明日の二日間はクラス単位に分かれて散策する事になっている。
 見て回るコースは予めホームルームで決めておいたので、駅からの移動もスムーズだ。
 宏率いる二年B組は、駅に程近い三十三間堂を最初の目的地に選んだのだ。

「本堂の長さは南北百二十メートル、西側の軒下で通し矢が行われ……ここで新成人が振袖を着て六十メートル先の的を射るんだ」

 宏が射場や本堂を指し示しながら歩いてゆくと、黒のセーラー服を着た三十人余の集団もゾロゾロと移動する。
 すると、宏達を窺う他の修学旅行生や国内外の観光客の視線もそれに合わせて移動する。
 襟元と袖にえんじ色の細いラインが三本入り、胸元にはラインと同じ色のネクタイを締めて凛とした制服はどこへ行っても注目され、嫌でも人目を集めてしまうのだ。

「宏兄さん……じゃない、宏先生、秋の京都って、テレビで見るより遥かに素敵ね~♪」

「宏ちゃん~、もっとゆっくり歩こうよ~♪」

「ほら、みんな、次に移動するわよ。遅れないで付いて来て」

 集団の中心では宏がガイド役を務め、その左右に若菜と晶が陣取り、若菜を監視(?)する千恵や真奈美、晶を補助するほのかと優が前後を固め、その外側にクラスメイト達と言う布陣になっている。
 二年B組の面々にとって、千恵と若菜の姉妹が兄である宏の傍にいる事や、クラス委員長の晶が先生をサポートしている事、その三人と仲の好いほのかと真奈美、優が一緒にいる事はいつもの風景だった。
 それ故、クラスメイト達は、よもや優が中心となってこの布陣を考えたとは誰一人として気付かなかった。
 これもひとえに宏の隣で京の街を歩きたいが為の、六人による共同戦線なのだ。

「ほら、この階段状になった仏壇に千体の千手観音が祭られているんだ。本尊の左右に五百体ずつあって、大きさは百六十五センチちょいと、みんなと同じ位なんだな」

 本堂に入り、狭い回廊を歩きながら宏が説明していると、右隣を歩くほのかが感慨深げに呟く。

「ここが三十三間堂……。どれひとつとして同じ顔の無い観音様が並び、逢いたい人に似ている観音様がいる所……」

「ほら、微妙に顔付きが違うだろ?」

 宏がほのかの耳元に顔を寄せて囁き、直ぐに離れる。
 クラスメイトの目があるので、大っぴらにイチャ付けないのだ。

「うん……。なんか圧倒されるな」

 ほのかもその点は判っているので、小さく頷く事しか出来無い。
 それでも、旅行前から心惹かれていた場所に宏と肩を並べている事に、ほのかは天にも昇る気持ちだった。
 鼓動は早まり、顔が徐々に火照り出すのが判る。

「あれまぁ、幸せそうに目を潤ませちゃって。……余程嬉しいのね」

 晶は蕩けたほのかの顔に微笑みつつも、宏を取り囲む輪を決して崩さない。
 今はほのかが宏の隣をキープし、残りの五人が二人を取り囲んでクラスメイトから守って(?)いる。
 いつ、誰が宏の隣を歩くかは、事前に決めておいたのだ。

「薄暗くて良く判らんけど、一体一体じっくり眺めていると、不思議と心が落着くんだよなぁ」

 誰とも無く呟いた宏の台詞に、ほのかが驚いた様に切れ長の瞳を大きく見開き、直ぐに相好を崩すとそっと宏に寄り添って手を握る。

(オレと宏は同じ物を見て感覚が共有出来てる……♥)

 幾多もある千手観音を目の当たりにした時からの気持ちが宏と同じだと判り、純粋に嬉しかったのだ。

「あ……、ほのか!? 今は拙いよ。みんなに見られてしまう」

 視線は本尊に向けたまま、宏は声を潜めて窘めるが、ほのかは更に身体ごと擦り寄って囁いた。

「大丈夫♪ 狭い通路だから身体が触れ合って当然♪ 暗いし混み合っているから手を繋いでも判らないよ。……それに、今はみんなが周りをガードしてくれている。だから……もう少し……このままでいさせてくれよ♥」

 宏はすぐ右隣にいる金髪美人からの熱い視線と潤んだ瞳、柑橘系の爽やかな香水と二の腕から伝わる豊かな双丘の柔らかさに何も言えなくなり、代わりに繋いだ手にそっと力を篭めた。
 ほのかは愛しい男性(ひと)の温もりを肌で感じ、手を握り返してくれた嬉しさに昨夜の交わりを思い出してしまう。
 愛する者とひとつになる悦び、お腹の奥で情熱が弾ける嬉しさ、暖かい胸の中で眠りに就く幸せ……。
 ほのかはひとり幸福感に包まれながらショーツをしとどに濡らしてしまった。


     ☆     ☆     ☆


 三十三間堂を後にした二年B組の一行は徒歩で五条坂から清水新道を抜け、清水寺へと向かう。
 途中、お土産屋や甘味処を一軒ずつ覘き、外国人観光客に英語で話し掛けたり地元住人等と立ち話をしたりと、クラスの面々は元気一杯だ。

「宏センセ~♪ 記念にお土産買って~♥」

「あ~、ずるいっ! 宏先生、お汁粉食べていこうよ♪」

「先生♥ 一緒に写真に納まって下さいませんか?」

 クラス担任になって半年、気さくで親しみ易い宏は今やクラス中の女生徒のアイドル(?)、若しくはお兄さん的存在となっていた。
 学園唯一の若い男性教師(他は六十歳を超えた教師が数人いる程度だ)でもあり歳も近い所為か、恋に恋する女生徒達が修学旅行を利用して宏との距離を一気に縮めるべく、晶達の垣根(バリケードとも言う)を押し退けて宏の隣を奪おうと虎視眈々狙っているのだ。

「宏ちゃん~、みんなが私達の仲を裂こうとしてるぅ~」

「ちょっと貴女達っ! こんな狭い路で立ち止まらないで、どんどん先に進んでっ!」

「あ~~~、お土産は自前でな。もう少しで昼食だから我慢我慢。写真はもっと広い場所で、な」

 その都度、ブラコン若菜が宏と女生徒達の間に身体を入れ、クラス委員長の晶が宏の隣は渡さないとばかり睨みを効かせ、うら若き女性に慕われて上機嫌の宏は鼻の下を伸ばしつつも教師としての対応をする。
 ほのかや千恵、真奈美に優はそんな三人を面白そうに眺めつつも一致協力し、決して布陣を崩す事は無かった。

「ここが京都で、そしてある意味日本で最も有名な観光スポットのひとつ、清水寺だ。今から千三百三十年前に建てられ、京都でも古い寺院のひとつでもあるんだ。一九九四年には世界遺産に登録されたんだな」

 仁王門から三重塔、経堂(きょうどう)と立ち寄りながら、二年B組の集団は本日のハイライトでもある本堂へと足を進める。

「ここが清水の舞台だ。実際に舞楽とかが奉納される舞台になっていて、両袖は楽舎になっているんだ」

 朝の通勤通学時間帯の駅の様に観光客でごった返す中、板張りの舞台中央に陣取った宏の説明に手元のパンフレットや周りを見ながら耳を傾ける女生徒達。
 自由奔放な彼女達が統制の取れた行動を取る裏には、宏に嫌われたくない、悪い生徒(女)として見られたくない、と言う乙女心が多大に作用していた。
 加えて、尊敬と憧れの的である晶やほのかのリードも大きかった。
 宏は腕時計で時間を確認すると、大声でクラス全員に告げる。

「それじゃ、今からフリータイムにしよう。集合は二時間後の十四時三十分に仁王門前だから忘れない様に。俺はここにいるから、何かあったら遠慮無く携帯電話で連絡する事。以上、解散♪」

 宏達のクラスでは今日明日の二日間、特定の移動先でのフリータイム制を採った。
 この方が各自の欲求(買い物・食事・観光など)を満たす事が出来、かつ自立心も養えるので宏が積極的に推し進めたのだ。

「個人的には大賛成だけど……何か拙い事が起ったら上(校長や教頭の事だ)から責任を問われるわよ?」

「その様な事は断じて認められません! 生徒はまだまだ世間知らずな子供です。教師である貴方が監督管理して貰わなければなりませんっ! 生徒の起こした不始末を私が償うつもりはありませんからね!!」

 学年主任の夏穂はすんなり賛成してくれたが案の定、校長や教頭からは猛反対された。
 しかし宏は生徒達をひとりの人間として扱い、信じるべきだと強く主張し、進退を賭けて押し通した。
 この事も、クラスの女生徒達が宏を慕う理由のひとつでもあった。
 自分を信じてくれる宏の想いを裏切りたくない、と言う想いと、物事を全て狭い枠に嵌め、管理しようとする今までの教師(大人)達への反発もあったのだ。

「センセ~♥ 一緒に行こうよ♪」

 解散と同時に、宏目掛けて怒濤の如く群がる女生徒達。
 しかし、宏は教師としての顔を崩さない。

「残念だけど、俺は担任として、ここを離れる訳にはいかないんだ。だから、みんなは俺の分まで存分に楽しんで来なよ♪」

 清水の舞台の上で女生徒三十余名による押しくら饅頭が展開されるが、担任からそう言われれば生徒達も無理強い出来無い。
 それに宏の周りに貼り付いている、いつもの六人(晶、若菜、ほのか、千恵、優、真奈美の事だ)の牙城が崩せなかったのだ。

「それじゃ宏センセ♥ またね~♪」

 黒いセーラー服を着た少女達がグループ、個人と分かれ、木々がカラフルに色付いた清水寺界隈に散ってゆくのを宏は清水の舞台の手摺に寄り掛かって眺める。
 と、柑橘系の香水だろうか、爽やかな香りが風に乗って宏の鼻をくすぐると同時に、右隣に人の立つ気配がする。
 宏が首を巡らせると、そこには穏やかな笑みを浮かべた真奈美が佇んでいた。

「あれ? みんなと一緒に行かなかったのか?」

 教師の顔のまま無粋とも取れる質問を投げる宏には答えず、少し目元を紅く染めた真奈美は宏にそっとにじり寄る。
 真奈美には、今の質問は表向き用に発せられたものだと判っているのだ。
 二人は正面に見える京の街を眺めながら、どちらからとも無くそっと寄り添う。
 山の木々は緑から黄、朱と紅が織り成す見事なカラーバリエーションに彩られ、空の蒼色と重なって見る者全てを魅了する。

「凄く綺麗……。まるで自分の心が洗われる様だわ」

 紅葉の間から覗く近代的なビルと古くから続く祇園の街並みを見つめながら、真奈美は感慨深げに深い息を吐く。

「ここで、宏君と一緒に立つ事が夢だったの♥」

 風でなびく長い髪を押さえながら、振り向いた真奈美の表情は垢抜けた女子高生のそれでは無く、ひとりの男に恋する女のそれだった。
 学園で見る癒しの真奈美とは違う、大人びた微笑に宏の鼓動が一気にヒートアップする。

「フフッ♪ 宏君、紅葉みたいに真っ赤になってる♥」

 そう言う真奈美も目元が紅く色付き、黒目がちな瞳はすでに潤んでいる。
 晶やほのか達が周りをガードしてくれている、と言う安心感が真奈美を更に大胆にさせ、白くて細い指で宏の手をそっと握る。
 愛し愛される者同士にしか判り得ない温もりと想いに囚われ、二人はその場から動けなくなる。

「宏君♥」

「真奈美♥」

 互いに見つめ合い、愛する者の瞳の中に自分が映る。
 と、ここで宏は弾かれた様に顔を逸らす。

「宏君!? どうしたの?」

 火照った顔のまま、真奈美の両手が宏の手をギュッっと強く握る。
 顔を背けた宏に、もう少しこのままでいて、という気持ちが思わず出たのだ。
 しかし宏は問い掛けには答えず、首を巡らして盛んに辺りを見回す。

「今、視線を感じたんだ。誰かに見られている様な……」

「もうっ! 誰よっ、せっかくの好い雰囲気を邪魔するのはっ!」

 宏の言葉を遮り、珍しく感情を露にした真奈美が辺りを見回すが、誰もこちらを見ていない。

「っ!!」

 一方、宏の台詞に慌てたのは傍にいた晶や優、千恵だ。
 つい宏と真奈美の甘い雰囲気に同化してしまい、周囲に対する警戒心を怠った自責の念で表情が強張ってしまう。
 クラスメイトに見付かれば依怙贔屓だと責められるし、教師達だと学園での宏の立場が危うくなる。

(どこっ!? どこにいるっ!?)

(まさか学園関係者じゃ無いでしょうねっ!?)

 三人は二人を見つめる視線を見つけ出そうと、周囲に鋭い視線を走らせる。
 しかし、京都の街並みを眺め様とこちらに顔を向けている観光客が多数いるので、誰が宏を見ていたかなど特定出来無い。
 そんな緊張感が漂う中、声高に話す若菜とほのかだけはクラスメイト達とのおしゃべりに余念が無い。
 が、それは周りにいる人間の視線を引き寄せる役割を果たしていた。
 なにせ、京の都に似合う大和撫子然とした長身の美人と金髪碧眼の八頭身美女が黒のセーラー服を着ているのだ。
 いくら多種多様の観光客で賑わっているとはいえ、目立たない方がおかしい。

「周囲の人間は二人を見るけど……こちらに向ける視線は無いわね」

 用心深く辺りを窺っていた晶が低く呟くと、千恵も注意深く建物の陰を窺う。

「宏の気のせい……かしら? 怪しい人影は見当たらないし。でも、ちょっと油断しちゃったわね」

「……今日はまだ初日。焦らなくても、時間はまだある」

 最後にもう一度、視線を周囲に走らせた優がみんなに諭す。
 的を射た指摘に、宏はバツが悪そうに首を竦める。

「うん、俺もちょっと浮かれてたかな……」

 浮付いた心に喝を入れ、宏は教師の顔に戻る。

「それじゃ、ちょっと場所を変えようか。下にある地主(じしゅ)神社に詣でてみよう」

 すると担任の声を聞きつけた生徒達から一際大きな歓声が上がり、宏を取り囲むと背中を押しながら出口へ向かう。
 どうやらここに残ったクラスの女の子は目の前の世界遺産より、縁結びの神様がいる地主神社が目当てだったらしい。

(女子高生らしいっちゃ、らしいわな~)

 恋占いの石に願掛けをし、素敵なパートナーと巡り逢いたいと想う乙女心に、思わず微笑む宏だった。

「……」

 そんな宏達の一部始終を人混みに紛れながら見つめる瞳がある事に、この時誰も気付かなかった。


     ☆     ☆     ☆


 初日のフリータイムを満喫し、気分上々の二年B組の一行は旅行中の基点となる宿へと向けて移動していた。
 吉井女学園の宿は鴨川に架かる四条大橋の袂(たもと)にあり、今日はクラス毎にチェックインする事になっている。
 宏達のクラスでは京都到着から全体集合までの時間を考慮した結果、三十三間堂から清水寺、円山公園を経由し、最後に祇園を抜けて行く案を採った。
 ルートを提案した優によると、昼食を挟んでの徒歩移動に丁度好い距離と時間なのだそうだ。

「ここが三年坂、産寧坂(さんねいざか)とも呼ばれている場所だ。北に向かって下る石段は意外と急だから気をつけろよ~」

 宏と、すっかり宏の取り巻きと認定(?)された晶達六人を先頭にした女生徒三十余名の集団がお喋りしながらゆっくりと坂を下りる。

「この坂で転ぶと三年以内に死ぬ、と言い伝えがあってだな……」

 宏の説明に、千恵の真後ろにいた若菜がニンマリ笑ったかと思うと長い足を姉の足元に伸ばす。

「っ!? きゃっ!!」

 すると宏の左隣を歩いていた千恵が躓き、短い悲鳴と共にバランスを崩して前のめりに倒れ込む。
 千恵の尋常で無い声に視線を向けた優とほのか、真奈美が倒れゆく千恵の姿に息を呑む。

「!!」

「危ないっ!!」

 咄嗟に宏は半身になると右腕一本で千恵の身体を支え、倒れ込む勢いと重力に逆らって思いっ切り引っ張り上げる。
 すると上手い具合に宏の胸の中に千恵の小さい身体がすっぽりと収まった。
 身長百五十センチと小柄で体重も軽い千恵だからこそ出来た芸当だった。
 これが学園で一番背が高く、体重も(それなりに)ある若菜だったら支え切れずに宏もろとも石段を転げ落ちていっただろう。

「あ……っ♥」

 千恵は何かに躓いたと同時に浮遊感に包まれ、そのまま何処かへ引き寄せられる感覚を覚えた。
 しかし、すぐにいつも嗅いでいる宏の匂いと温もりに包まれると、思わずそのまま縋り付いてしまう。

「きゃ~~~っ♪」

「千恵ちゃん、大胆~~~♪」

「宏先生ったら、若菜ちゃんに飽き足らず、今度は千恵ちゃんに手を出してるぅ~~~っ!」

「男性教師と女子高生……♪ 萌えるわ~~~♥」

「兄と妹による禁断の愛♥ 燃え上がる二人の情欲♥ これ、同人ネタに戴きっ! ……ついでに資料写真をパチリ、っと♪」

 二人が抱き付いた経緯(いきさつ)を知らない生徒達が、今尚熱く抱き合う兄妹二人を一斉に囃し立てる。
 次々と沸き上がる黄色い歓声や自分達に向けて焚かれる携帯電話やデジカメのフラッシュに、千恵は宏にきつく抱き締められている事にようやく気付く。
 と、同時に目にも留まらぬ速さで宏から離れ、照れ臭さもあって宏から顔を背けてしまう。
 しかし、黒のセーラー服から覗くその肢体は紅葉張りに真っ赤に色付いていた。

「千恵っ! 大丈夫か!? 足、捻って無いか?」

 ところが心配して顔を寄せた宏に、千恵はいつもの癖で目の前に迫った愛する男性(ひと)の唇に吸い付きそうになる。

「お、おい、大丈夫か? こんな所でコケるなんて、シャレにならんぜ?」

「千恵ちゃん、大丈夫? どこも怪我して無い?」

 千恵の唇が宏の唇とくっ付く寸前の所で、ほのかや真奈美の心配する声に我を取り戻す。
 二人が声を掛けなかったら何もかも忘れ、人前にも憚らず熱い口付けを交わしていただろう。

「だっ、大丈夫っ! なんとも、ない、からっ」

 千恵は慌てて顔を引っ込め、ほのかと真奈美に真っ赤に染まった顔を縦に振り、宏にも視線を向けて大丈夫、心配してくれてありがと、と告げる。

「ちょっと若菜さんっ! 悪ふざけにも程があるわよっ!」

 千恵の無事が確認された所で、宏の真後ろで全てを見ていた晶が声を震わせて若菜を責める。
 その言葉に千恵は躓いた原因を瞬時に理解し、コトを仕掛けた若菜に殺気を篭めた鋭い視線を投げ付ける。

「あ、あんたは~~~っ! 何考えてんのよっ!!」

「ん~~~? 何のコトかしらぁ?」

 笑いながらすっ呆ける若菜に、怒りを露にする千恵と晶。
 この三人の様子に、クラスメイト達は熱い抱擁の原因がいつのものトリオ漫才(本人達にその意識は無い)だと判り、スキャンダル(?)を惜しむ声が一斉に上がる。

(ったく、この娘(こ)はもう~~~っ!!)

 しかし、顔ではどんなに怒っていても、宏に抱き締められた温もりと嬉しさに心を蕩かせる千恵だった。


     ☆     ☆     ☆


 その夜、二年B組に宛がわれた部屋(百畳敷きの大部屋だ)では、晶と若菜の攻防戦が行われていた。

「ちょっと本気なの!? 止めなさいって!!」

「大丈夫だよ~♪ 先生達の担当見回り時間や巡回ルートはとっくに宏ちゃんから入手済みだし~♪」

 並べて敷かれた布団の中で晶が若菜の左腕を掴み、こめかみに血管を何本も浮かべて目尻を吊り上げていた。
 若菜が引率教師達の巡回の隙を縫って宏の部屋へ忍び込もうと画策し、晶が必死に制止しているのだ。
 消灯時間が過ぎているとは言え、常夜灯が部屋全体を淡く浮き上がらせ、その明るさは二列三人ずつ向い合わせになった晶達六人が部屋の隅で掛け布団を頭から被り、腹這いになって顔を突き合わせている様子が部屋の反対側からでも判る程だ。

「各部屋への立ち入り検査は毎時十五分にD組からA組に向けて始まるし~、ホテル内の巡回は毎時四十五分に一階ロビーから始まるから、あと十分もすれば誰にも見付からずに宏ちゃんの部屋まで行けるよ~♪」

 若菜は、宏達教師は一階下のシングルルームが宛がわれている事、巡回は二十三時の消灯後から翌朝七時の起床時間まで行われる事、各部屋のチェックは女性教師が行い、ホテル内の巡回は男性教師が行う事などを語って聞かせる。

「因みに~、宏ちゃんは引率教師の中で一番の新人さんだから~、毎日夜中の二時台から明け方の四時台までを受け持つんだよ~。……宏ちゃん、可哀想~」

 あたかも自分が教師であるかの様に内部情報を喋り捲る若菜。
 まるで壊れた蛇口の様に、その勢いは止(とど)まらない。

「部屋のチェックと言っても人数の確認まではしないし~、ホテル内の巡回も私達生徒に対してもだけど、特に外部からの侵入者に備えて監視の目を厳しくしてるんだって~」

 私達が女子高だから仕方無いよね~、と笑いながら第一級マル秘情報を暴露する若菜に、晶達は勿論、聞き耳を立てていたクラスメイト全員も驚きを隠せない。
 ハイレベルな情報戦には金輪際縁の無さそうな若菜が、生徒の誰もが知りたくても知り得ない情報を握っていた事に驚いているのだ。

「あ、あんた……、いつ宏からそんな超極秘情報を手に入れたのよ……」

「若菜ちゃん、凄い♪」

 千恵は呆れた様に目を見開き、真奈美は尊敬の眼差しで右斜め前の布団にいる若菜を見つめる。
 それは周囲で晶達の動向を窺っているクラスの面々も同感だった。
 二十三時になり、部屋の照明が落とされると同時に晶と若菜のドタバタ漫才が始まったかと思いきや、洩れ聞こえてくる情報の重大さに全員が固唾を呑んで聞き耳を立てていたのだ。
 生徒達にとって消灯後、教師達の目を逃れて他の部屋へ遊びに行ったり、ホテルを抜け出して近所のコンビニで買い食いする事が修学旅行のもうひとつの楽しみでもあった。
 その為に絶対に欠かせない情報が引率教師の動向だ。
 いつ、どこに教師(敵?)が現れるのか事前に判っていれば見付かる危険性が大幅に減少し、部屋やホテルからの脱出や帰還の成功率が格段に上昇するからだ。

「えっへん♪ どう? 凄いでしょ~♪」

 そんな超マル秘情報を手に入れた若菜は意気揚々とピースサインを出しながら薄い胸(七十八センチのCカップだ)を大きく張る。
 晶にとっても、それら情報は初耳だったし、何より気分的に面白くない。

(まったくもうっ、内部情報を簡単に生徒に洩らすなんて、それでも教師なのかしらっ! ……しかも、何であたしじゃ無くて、よりにもよってこの娘に教えるのよっ!!)

 晶の心の中は宏の迂闊さを責めるよりも、思わず湧き上がった嫉妬心で満たされてしまう。
 そんな情報を手にしたら、誰にも喋らず自分一人でヒロの部屋へ忍び込むわよ、と頭の中で続ける。
 しかし、クラス委員長として目の前の規則破りを黙認する訳にもいかない。
 若菜の腕を握る右手に力を篭め、半ば興奮気味に目の前の能天気娘を諭す。

「だからって夜這いを仕掛けるなんて、どうかしてるわよっ!! 貴女は妹で生徒なのよっ!? 少しは人目を考えなさいっ!!」

「……女から出向く時は『お情けを頂戴する』と言う。それに、人目が無ければ良い、って訳でも無い」

「!! って、優っ! なに冷静に突っ込んでのよっ!! あんたも止めなさいっ!!」

 正面の布団で明日の散策ルートのチェックをしていた妹の何気無い台詞に、額に浮んだ血管の何本かが切れる。
 そこには、いつもクールな表情が売りのクラス委員長としての顔は無く、自分達の関係を必死に隠す女の顔しか無かった。

「お情けか……オレも乗った♪ 若菜ちゃん、一緒に行こうぜ♪」

 晶と若菜のやり取りをずっと眺めていたほのかが、心底面白そうに口を挟む。

「ちょっ……え゛ぇっ!? ほ、ほのかちゃんっ!?」

 すると、自分達の声の大きさに気付き、みんなに注意しようとした千恵は驚いて声を詰まらせ、優と真奈美の間にいるほのかを見る。
 学園にいる間は宏との関係を匂わせなかったほのかが、クラスメイトの前で初日から夜這いに参戦するとは思わなかったからだ。
 大きな瞳をまん丸に見開いた千恵の顔に笑いを堪えつつ、金髪美少女が誘いを掛ける。

「千恵ちゃんも来るか? 一緒にお情け貰おうぜ♪」

「こらっ、ほのかっ! 千恵ちゃんを巻き込むんじゃ無いっ! 真奈美も羨ましそうな顔をしてないで早く二人を止めてっ!!」

 晶の悲鳴に近い声が部屋に響く。
 消灯後、最初は六人共ヒソヒソ声で話していたのだが、晶の興奮が高まるにつれて声のボリュームも次第に上がり、今や街中の交差点で話しているかの様な声量となっていた。
 そんな声では内緒も隠すも無かった。
 なにせ、同じ部屋にはクラスメイト三十余名がいるのだ。
 夜更かしが当り前の女子高生が夜十一時に寝られる筈も無い。
 そこかしこで思い出話や明日の予定を布団の中で話し合っている所に晶の鋭い声が響けば、否応無しに注目を集めてしまう。
 すると、透け透けのランジェリーに身を包んだ一人の生徒が晶の布団を捲り上げると声高に宣言した。

「私も行くっ!! 貴女達ばかりに宏先生を独占させないわよっ」

 その声をきっかけにして、あちこちから私も行く、美味しい思いをさせないわよ、と言う声が同時に湧き上り、晶達六人の周りに集まって来る。
 みんな若菜の情報を基に、宏の部屋へ押しかける腹積りになっていたのだ。
 中には下着を脱いで素肌に浴衣を羽織り、準備万端整える者が出る始末だ。

「わ~い♪ みんな一緒だね~♪ みんな宏ちゃんが好きなんだね~♥」

 ひとり能天気な若菜が手を叩いて歓ぶ。
 宏を好きな女はライバル、と言うより、同じ男性(ひと)を想う仲間、と言う意識なのだ。
 若菜の台詞に部屋中が同意と賛同で沸き立つ中、廊下と部屋を仕切る襖が勢い良く開かれると同時に鋭い声が響き渡った。

「こらっ! いつまで騒いでんのっ! とっくに消灯時間は過ぎてるわよっ」

 そこには学年主任の夏穂が両手を腰に当て、仁王立ちになって生徒達を睨んでいた。
 が、すぐに表情を和らげると教師の顔を外し、同じ女として語り掛ける。

「楽しくて寝る間も惜しむのは判るけど、夜更かしはお肌の大敵よ~♪ 宏クン……宏先生から綺麗に見られたいと思うのなら、お喋りは程々に切り上げて早く寝る事よ♪」

 夏穂のアドバイスに生徒達は我先に布団へと潜り込む。
 目先の好奇心を満たすよりも恒久的に綺麗に見られたい、と願う乙女心を突いた夏穂の勝利だった。
 しかし、晶だけは形好い眉をしかめる。

(ん!? 何でヒロの名前が今、ここで出るの? 夏穂先生、みんながヒロに好意を持っている事、知ってたのかしら? ……それとも、今まで外で聞き耳を立てていた?)

 クラスメイト達が宏を好きだとカミングアウトしたのは、たった今だ。
 だのに、夏穂は前もって知っていたかの様な素振りを見せた。

(確か……夏穂先生は恩師だった、とヒロは言ってたわね。これは……何かありそうだわ)

 晶の中で、女としての勘が警鐘を鳴らし始める。
 正面の優に、自分の受けた違和感を視線だけで伝える。
 優も夏穂の台詞に引っ掛かるものを感じたが、首を僅かに横に振って「今はまだ判断出来無い」と視線を返す。
 この双子は目線だけで会話が出来るのだ。
 それよりも今は隣の若菜が気に掛かる。
 若菜は腹這いのまま俯き、黙り込んだまま肩を細かく震わせていたからだ。
 その横顔は長い髪に隠され、誰からも窺う事は出来無い。

「……仕方ないわね。今回は諦めなさい」

 若菜を掴んでいた手を肩に掛け、晶が優しく諭す。
 晶とて若菜の気持ちも十二分に判るが、幾らなんでも人目がある時は拙い。
 宏に甘えるのは家に帰ってからでも充分間に合う。
 そう思っていたのだが。

「……フフッ♪ ムフフフフ~~~~ッ♪」

 宏の部屋へ行けない悲しさで泣いていたと思いきや、若菜は巡回情報の正確さに会心の笑みを浮かべていたのだ。
 聞き耳を立て、夏穂が隣の部屋で喝を入れている声を確認した若菜は掛け布団を被ったままミニ懐中電灯を口に咥えて手元を照らし、手帳にチェックを入れつつ呟いた。

「部屋のチェックは予定通りだったわ~♪ これなら廊下の巡回も予定通りの時間と担当ね~。……ムフッ♥ それじゃ~これから宏ちゃんの部屋に忍び込もう……はぅっ! きゅぅ~」

 千恵は若菜の余りの図太さに一瞬フリーズしたものの、布団から抜け出そうとした妹の首筋に素早く当て身を食らわせて動きを封じる。
 晶は懲りない若菜に額を押さえてうな垂れ、ほのかはそんな三人の様子に笑い転げ、真奈美と優は若菜のバイタリティーに顔を見合わせて苦笑するしかなかった。
 そんな六人の様子に、やはり聞き耳を立てていたクラスメイト達は自分の代わりに昇天(?)した若菜に向かって心の中で合掌した。


                                             (つづく)
 
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たとえばこんな学園物語~中編 たとえばこんな学園物語~中編 美姉妹といっしょ♥~番外編
 
 修学旅行二日目。
 宏達のクラスはバイキング形式の朝食を早々に済ませると飛鳥(あすか)と斑鳩(いかるが)へ足を伸ばした。
 駅前でレンタサイクルを調達してキトラ古墳や高松塚古墳、石舞台古墳など飛鳥時代の旧跡を訪ね歩き、午後は法隆寺や奈良公園をゆっくりと散策して紅葉舞う秋の古都を噛み締めた。

「ウチのクラス、なんだか爺むさいと思うのは俺だけか?」

 クラスで話し合った結果とは言え、今時の女子高生とは思えない見学先に引率する宏も首を捻るばかりだった。



 そしてその夜、ホテルの大浴場では若菜がクラスメイト相手に気勢を上げていた。

「今夜こそ、宏ちゃんの部屋に忍び込むわよ~♪」

「オーッ!」

 檜で造られた湯船に浸かりながら若菜が右手を高々と掲げて宣言すると、その周囲で若菜に賛同したクラスメイト達が一緒になって雄叫び(雌叫び?)を上げる。
 湯船の中にはショート、ボブ、ツインテール、セミロング、スーパーロングの髪型が揃い、AからDまでの双丘が見本市の様に並び、細いボディーから太いボディーまで浮び、肌の白いのから褐色までカラーバリエーションも豊富で、まるで女体の博覧会だ。

「それじゃ、私達も付いて行くわねっ♪ 一緒にガンバろうっ!」

 クラスメイト達は若菜が宏に対して兄妹の垣根を越え、自分達と同じく恋する女として振舞う事にすっかり馴染んでいた。
 とは言え、部屋にあるテレビで極薄消しアダルトビデオ(百円で三十分観られる)を観るよりも遥かに面白いし、妹の若菜を利用して宏とお近付きになりたいと虎視眈々狙ってもいるのだ。
 そんな若菜達を横目で眺めつつ、洗い場では千恵や真奈美達五人が横一列になって身体を洗っていた。

(あんなコト言っちゃってまぁ……。でも、クラスのみんなも宏への好意を隠さなくなって、あの娘の言動だけが注目されなくなったから、それはそれで誤魔化し易くなって好かったかも。木を隠すには森の中、って言葉もあるし)

 湯船に浸かっても尚、みんなより頭ひとつ分高い妹をチラチラ見つつ千恵が考えていると、隣から笑いを含んだ声が聞こえて来た。

「若菜ちゃん、やる気満々ね~。千恵ちゃんも、これから抑えるのに大変ね~」

 言葉とは裏腹に余り心配してなさそうな口調で、真奈美はシャワーを浴びている千恵に微笑みかける。
 千恵は手にしたスポンジにボディーソープを染み込ませつつ、整った小顔を歪ませる。

「ったく、後先考えずに本能だけで行動するんだから、周りがヒヤヒヤものよ。もう少し、己の置かれた立場を理解して欲しいもんだわ」

「でも、そこが若菜ちゃんの好い所よ? のびのびしてて。 変に畏まった若菜ちゃんは、若菜ちゃんじゃ無くなっちゃうわ」

 真奈美は千恵に身体ごと横を向かせ、千恵から奪い取ったスポンジで小さな背中を洗い始める。

「あ……ありがと♪」

 千恵は首を捻って真奈美に向けて微笑み、真奈美もどういたしまして、と頷き返す。
 すると、真奈美の隣で二人の様子を見ていたほのかの瞳に妖しい光が宿る。

「それじゃ、オレは真奈美の背中を流してやるから、みんなで背中の流しっこしようぜ♪ 千恵ちゃんは優の背中を、優は晶の背中を流しなよ」

 ほのかが千恵と優に声を掛けるとスポンジを手に取り、目の前の白い背中を洗い始める。
 千恵と優は目を合わせて頷き合い、ほのかに倣ってスポンジにボディーソープを染み込ませる。

「……お姉ちゃんも。ほら、さっさと背中を向ける」

 晶は微かに笑みを浮かべた妹の催促に躊躇う。
 普段、宏と一緒に入浴した時に背中を流し合うので、何もここで同じ事をしなくてもいいと思ったのだ。
 しかし、ここで無視してクラスメイトからお高く留まっていると見られるのも嫌だし、かと言って若菜の様に声高にはしゃいで自分のクールなイメージを崩したくない。

(やれやれ、ここは付き合うか。余り突っ撥ねてもイメージダウンになるし)

 晶は頭の中で素早く計算し、苦笑しながら背中を向ける。
 すると、一番後ろに位置するほのかが僅かに切れ目の瞳を見開いた。

(あ、みんなのうなじや背中が丸見えだ)

 晶や真奈美(千恵と自分もだが)は身体を洗う為に今は長い髪をアップに纏め、優はショートヘアなので濡れた髪がうなじに張り付いている。
 その為に普段、髪に隠れて見る事の無い白いうなじや、背中から続く丸みを帯びた柔らかなウェストラインが目に飛び込んで来たのだ。

(うっわ~、なんか、四人同時の後姿って、すっげ~新鮮だな~♥ ……ンフ♪ んふふふふ~♪)

 濡れた白い肌が上気して赤味を帯び、首筋に纏わり着くほつれ毛と浴室内の湯気とが相まって目の前の四人が妙に色っぽく見えてしまう。
 すると胸の鼓動が早まり、身体全体が火照ってお腹の奥が疼き出す。
 この時四人の誰かが、あるいは若菜か宏がほのかの瞳を見れば、エロエロモードに突入していたと判っただろう。
 みんなの後姿に、宏との浴室7Pエッチを思い出して発情してしまったのだ。
 だが生憎、列の後ろに位置するほのかの瞳を見る事は、誰も出来無かった。

「あ、手が滑った♪」

 切れ長の碧眼が妖しく光った瞬間、ほのかは、わざとらしく手からスポンジを落とし、泡で滑(ぬめ)った両手を真奈美のバストへ覆い被せた。
 しかも左右同時に下から持ち上げる様に捏ね回し、自分の双丘の頂点に勃つ実を真奈美の背中に擦り付けながら耳元へ熱い吐息を吹き掛けた。

「あひゃぁんっ! はぁあんっ♥ あぁ~~~っ♥」

 真奈美は普段、宏から受けている愛撫をいきなり再現されたから堪らない。
 背中を仰け反らせながら女子高生とは思えない妖艶な喘ぎ声を上げ、おまけに家の風呂場で宏と夜の営みをしている錯覚をも起こして千恵の豊かなバストを背後から鷲掴みにしてしまう。

(あん♪ 千恵ちゃんのオッパイ、いつ揉んでもプリプリしてて気持ちイイっ!)

 双丘に掌をそっと這わせると柔らかいゴムの様に指を弾き、指に力を入れて揉みしだくとプリンの様に柔らかく形を変えて五本の指がどこまでも沈み込む。
 拡げた掌の中心で硬く勃ち上がって来るコロコロとした突起が思いの他気持ち好く、真奈美はDカップの双丘をソープの滑(ぬめ)りを利用して普段以上に激しく揉み撒くってしまう。

「まっ、真奈美ちゃんっ!! なっ、なにをっ……んはぁっ! あふぅんっ♥」

 突然、性感帯である蕾(つぼみ)を擦られ、千恵は優の背中にもたれ掛かりながら思わず十七歳とは思えない、アダルトチックな艶っぽい声を上げてしまう。
 ソープのヌルヌル感が宏とのローションプレイを思い出させ、身体に染み込んだ反応が声になって表れてしまったのだ。
 そんな背後の妖しい気配に優は瞬時に状況を理解し、茶目っ気を出すと両腕を回して姉のバストに直接手を這わせる。
 しかも、宏が晶に施す指使いを真似てピンポイントに双丘の頂点を摘んで捏ね回したのだ。

「はぁんっ! だっ、ダメぇ~♥」

 ほぼ同時に上がった真奈美、千恵、晶の処女とは思えない(実際、処女では無い)妖艶な喘ぎ声に、浴場内は瞬時に静まり返る。
 声高に宏のパーソナルデータ(好きな食べ物や音楽、好く見るテレビや好みの女性のタイプなど)をクラスメイト達に暴露していた若菜でさえ、目を点にしてフェロモン出し捲りの五人を見つめてしまう。

「姉さん達、ナニしてんのかしら~? 今は修学旅行中だよ~?」

 よりにもよって天然若菜に突っ込まれたのは、これまで常識派と言われていた三人。
 その三人が全裸のまま、揃いも揃って人前での愛撫に悶えている。

「~~~~~っ♥」

 火照った肌をますます朱く染めながら肢体を淫靡にくねらせる学園の美女軍団に、その場にいた全員が俯き、見る間に全身が真っ赤に色付いてゆく。
 耳年増な処女集団の中での非処女の喘ぎ声は、余りに刺激が強過ぎた。
 自分がオナニーに耽る時に上げる声よりも遥かに妖艶で臨場感に富み、かつ男女の交わりを容易に想像させたのだ。
 大浴場は一転、妖しげなホールと化した。
 普段のお姫様イメージをいとも簡単に崩し去り、碧色の瞳を妖しく光らせて淫靡な笑みを浮かべるほのか。
 普段は冷静で大人しいが今は姉を攻め立て、目元を紅く染めてサディスティックな笑みを浮かべる優。
 我を忘れて快感に悶え狂う、癒しの真奈美と御姐様の千恵。
 クールさが売りのクラス委員長にして学園のお嬢様と謳われ、憧れの的だった晶の色っぽくも取り乱した艶姿。
 そして三者三様の痴態に中(あ)てられ、お湯以外の液体で股間をしとどに濡らす処女軍団。

「面白いから写真に撮っておこう~っと♪ で、後でプリントして宏ちゃんに見せてあげようっと♪」

 若菜は浴槽を出ると五人を止めるどころか、ニンマリ笑って片時も離さず持ち歩いていたデジタルカメラ(完全防水タイプだ)で姉達の痴態を(ついでにクラスメイト達の悶々とする姿も)撮り始めた。
 同級生達は股間を疼かせつつ、ある意味雲の上の存在だった学園美女軍団と言えど、同じ女で快感に我を忘れるのは自分達と同じだと判り、より一層の親近感を覚えた。
 それと同時に、今後、若菜の前では決して己の乱れた姿を見せまいと固く心に誓うのだった。


     ☆     ☆     ☆


 修学旅行三日目。
 今日から二日間はクラス内でのグループ単位の行動となり、五日目から七日目までの個人単位での行動を含めると最終日まで実質的な完全自由行動となる。
 門限である十九時迄に帰着すればどこへ行っても良く、生徒達にとっては今日からが修学旅行本番なのだ(因みに、門限を過ぎると翌日は外出禁止となり、おまけにその日の夕食バイキングにありつけなくなる)。
 その為、気の合った仲間とお目当ての場所へ足を伸ばす事が出来る嬉しさに生徒全員朝からハイテンションで、宏への恋心などすっかり忘れてしまう程だ。
 あるグループは鳴門の渦潮を見に行くと言い、またあるグループは太秦の映画村で貸衣装を身に纏って一日を過ごすと言う。
 他にもユニバーサススタジオジャパンへ行くグループや高野山の紅葉を見に行くグループ、果ては有馬温泉で日帰り入浴を楽しむグループなど、宿舎となっているホテルは起床時間前から異様な盛り上がりを見せていた。

「それじゃ~お先に~♪」

「このケーキ、美味しい~♪ 持って帰りた~い♥」

 朝食も摂らずに出発解禁時間である朝七時半にホテルを出発するグループや、バイキングのデザートを全て制覇してからゆっくりと出発するグループなど、個性溢れる面々の弾ける笑顔に、宏は教師になって本当に好かったと、思わず微笑んでしまう。
 宏としては、一教師として暖かく生徒達を見守っていたつもりだったのだが、優はそう捉えてはくれなかった。

「……ヒロクン、じゃない、宏先生。教え子である女子高生眺めて、顔が緩んでる」

 宏の左斜め前に座って鮭の切り身を突(つつ)きながら宏の視線を追っていた優が、からかいと若干の嫉妬を含ませて可笑しげに目を細める。
 その台詞にすかさず反応したのは、同じテーブルに着いていた千恵とほのか、晶の三人だ。

「むっ! ちょっと宏っ! 今の顔、教師とは思えないっ」

 宏の右斜め前に座って味噌汁をすすっていた千恵が、思わず具材のアサリを貝殻ごと噛み砕いてしまう。
 柳眉を逆立て、宏に向けた瞳は見る間にジェラシーで満たされて人前なのに宏を普段の呼び方で呼ぶ程だ。
 一昨日の三年坂の一件以来、千恵の宏に対する依存度が上がり、その副作用で少々嫉妬深くなっているのだ。

「おいおい、ピチピチの女子高生なら目の前にいるだろ? ホレ♪」

 宏の正面に座って納豆を掻き混ぜていたほのかが、箸を持ったままジャージの胸元を大きく広げてノーブラの豊かな双丘の谷間を見せ付け、テーブルの下では長い足を伸ばして宏の内腿へ素足を這わせる。
 その瞳は宏の部屋に戻ってみんなでイイコトしようぜ、と語っている。
 宏はつい、ほのかの柔らかそうに揺れる白い胸元に視線を向けてしまう。

「ちょっ……宏先生……ヒロッ! 朝っぱらからドコ見てんのっ! ほのかも早くそんなモン仕舞ってっ!」

 宏の左隣に座って優雅にクロワッサンを齧っていた晶が、宏の左手をつねると同時にほのかに吼える。
 その瞳には夫の浮気に目くじらを立てる妻の如く、怒りの炎が見え隠れしている。

「あ、いや、だから、話を聞いて……」

「おいおい、『そんなモン』は無いだろ? こーゆー見事なオッパイ、そうそう無いぜ?」

 宏は誤解だ、と言いたいものの、立て続けに責められて反論出来無い。
 ほのかはほのかで、不満気に眉根を寄せるも直ぐに妖しげな笑みを浮かべ、更に見せ付ける様に胸元のチャックをゆっくりと下げ始める。
 宏は内腿を這い回る足を膝で挟んで動きを封じ(それでも指を動かされてくすぐられた)、つねられた場所を無意識に擦(さす)りながら(それでも視線はほのかの胸にロックされている)、酸欠の金魚みたいに口をパクパクさせるだけだ。

「ふふっ。みんな、そこまで責めなくても好いのに。……まぁ、それだけ宏君の事を愛しているのよね~♪」

「うん♪ 私も宏ちゃんが大好きだも~ん♥」

 真奈美は三者三様の反応が面白く、若菜と顔を見合わせて一緒に小さく笑い出す。

「私達の身も心は、とっくに宏ちゃんに捧げたんだから~、もっと大らかになろうよ~」

 際どい内容を朝っぱらから声高に話す若菜。
 その言葉に一瞬緊張し、食堂内を素早く見回すのは千恵と晶、そして優だ。
 幸いにも自由行動に逸る同級生達の耳に届かなかったと見え、誰もこちらに振り向かない。
 仮に耳にしても、またいつものブラコン振りが発揮されたのだろう、としか見られないと三人は踏んでいるが、万が一と言う事もある。

「こらっ! そーゆー事は声高に言うんじゃないっ! 他のクラスの人間がマジに取ったら拙いでしょっ!」

 千恵は声を潜めながら足を伸ばし、正面でスクランブルエッグを頬張っている若菜の脛を軽く小突く。

「だいたい、アンタは自覚が足りないのっ! あたい達は宏の……」

「しっ! ……夏穂先生が来る」

 優がバイキングブースから一直線にこちらへ向って来る人影に気付き、千恵の言葉を鋭く遮る。
 千恵は若菜に突き付けた指と言葉を素早く引っ込め、他の面々も何食わぬ顔で食事を再開する。
 若菜以外の全員が女子高生の顔に戻ったところへ、夏穂がにこやかに声を掛けて来た。

「みんな、おはよう♪ 宏クン、今日も両手に花ね♥ フフッ、いつものメンバーが揃い踏みで……顔が緩んでいるわよ♪」

 ウィンクひとつ、夏穂は目尻の下がった宏に優や千恵と同じ指摘をする。
 そして晶達からの挨拶を受けつつ優に目線で隣に座っても好いかを尋ね、頷くのを待ってから席に着く。

「お、おはようございます、夏穂先生。あ、いや、これはですね……」

 宏に自覚は無かったが、千恵達の可愛いジェラシーにも浮かれてしまった様だ。
 慌てて両手で頬を叩き、自分で喝を入れながら弁明しようとするが、夏穂は微笑んだまま首を横に振る。

「あ~、いい、いい。宏クンのことだから、生徒達の嬉しそうな顔を見て釣られて笑ってたんでしょ? その位は判るから気にしなくて好いわよ♪」

 片手で宏の言葉を制しつつ、真っ直ぐに元・教え子を見つめる。

「はぅっ……面目無いです」

 ズバリ心中を言い当てられた宏は恥ずかしさの余り、夏穂の熱視線から顔を背けてしまう。
 ところが夏穂の台詞と視線に、晶をはじめ千恵、ほのか、真奈美、優の身体が強張る。
 どう見ても同僚教師に対する視線以外に、何かありそうな気がしたのだ。

(な、何でこの場に居なかったのに、そこまで判るのよっ!?)

 脳天をハンマーで叩かれたかの様な衝撃を覚え、手の中のクロワッサンを思わず握り潰してしまう晶。

(夏穂先生? どうして……そんな……あたい達と同じ瞳で宏を見るの?)

 心臓を鷲掴みされたかの様な痛みに胸を押さえ、切なげに眉根を寄せる千恵。

(ふ~ん。伊達に学年主任張ってねぇな~。ちゃんと宏の事、判ってんじゃん♪ ……でもよ~)

 上司として宏を認めてくれるのは嬉しいが、自分達ですら気付けなかった宏の心中を言い当てられ、心の奥底から悔しさが込み上げるほのか。

(あらら……。いくら三年間、宏君の担任だったとしても、四年後に再会して僅か半年で相手の事をここまで判るものなのかしら……?)

 二人の関係は宏から聞いて知ってはいるが、それ以上の匂いを感じさせる夏穂の態度に首を傾げる真奈美。

(……ヒロクンは、どう出るのかな? これは……嵐の予感がする)

 晶達が全身から発する警戒電波と夏穂が宏に向ける視線に、只ならぬ気配を感じ取る優。
 そんな宏の取り巻き五人の反応に、十三歳年上の美女は余裕を持って接する。

(あらあら、みんな身構えちゃってまぁ、可愛い事♪ ……余程、宏クンに御執着なのね~。……ふ~ん、そっかぁ。ならば……♪)

 夏穂は自分に対する視線の鋭さを敏感に感じ取り、最後は少し可笑しげに笑みを浮かべた。
 ただ一人、若菜だけは凍て付いた空気も何のその、朝食のお代わりを繰り返していた。


     ☆     ☆     ☆


 修学旅行も四日目に入り、グループ行動最終日の今日。
 旅行前から三日目以降の行動を宏と共にしようと目論んでいた若菜達六人だったが、ここに来て大きな障害が発生していた。
 夏穂が学年主任の権限を最大限に発揮して宏を連れ去った(生徒達の監視や安全確保の名目で市内の巡回に駆り出した)のだ。
 しかも昨日一日だけならともかく、今日もだ。
 目の前で人を拉致する様な夏穂のやり方に、我慢強く堪えて来た晶が遂にキレた。

「ちょっと何なのよっ!? あの女はっ!!」

 宏との古都巡りを心密かに楽しみにしていたのは晶とて同じだった。
 しかし初日、二日目はクラス委員長と言う立場が表立ってはしゃぐ事を善しとせず、クラスメイトの目を気にせずに振舞えるグループ行動日を一日千秋の思いで待っていたのだ。
 そんな我満に我満を重ね、心から宏との逢瀬(?)を待ち望んでいた矢先の仕打ちだけに、普段はクールさが売りの晶だったが、素に戻って怒りを露にする。
 人目も憚らず、雲ひとつ無い青空に向かって吠え立てる。

「夏穂の泥棒猫~~~~っ!!」

 晶の怒号が古都の町並みに吸い込まれ、路行く人達が何事かと振り返る。
 そこには黒のセーラー服を身に纏い、腰まで届く長い髪を風になびかせて四条大橋の上で佇んでいる美人女子高生が一人。
 それだけなら何時までも眺めていたくなる風景なのだが、全身から発する凄まじい怒りのオーラに慌てて視線を逸らし、早足で通り過ぎて行く。
 下手にナンパでもしようものなら大怪我する事請け合いだ。
 しかし、根が上品に出来ている晶は相手を貶(けな)すボキャブラリーに乏しく、いまいち迫力に欠けてしまう。
 そんな晶を遠巻きにした(隣にいて同類と思われたく無かった)五人が同情の視線を向ける。

「晶ちゃん、すっごく怒ってるね~」

 普段は物怖じしない若菜でさえ晶の怒髪天を衝く姿に尻込みし、残りのメンバーも眉根を寄せて大きく頷く。
 晶の怒りは自分達の怒りであり、悔しさでもあるからだ。
 しかし引率責任者として仕事を指示する夏穂に、自分達生徒の我が侭でどうこう言える筈も無い。
 怒り心頭の晶に、ほのかが諦めた様に首を横に振る。

「仕方ねぇよな。宏だって今年入ったばかりの新人教師だ。学年主任の命には逆らえねぇよ」

 いつもは明るく振舞うほのかだが、流石に今は声に張りが無く、残念そうに眉を下げて俯いてしまう。
 千恵と真奈美も宏のいない寂しさに顔を曇らせつつ、ほんの数分前の出来事を思い出す。
 朝食を済ませ、千恵達がホテルのロビーで宏を囲んで今日の予定などを話していると、夏穂が宏を見つけて近寄って来た。
 しかし夏穂は宏にではなく、晶達六人に向けて話し掛けて来た。

「宏先生には今日も巡回に出て戴きます。昨日は京都市内を担当しましたので、今日は阪神地区を担当して貰います。なので皆さんには残念ですが、宏先生はお借りしますね。悪しからず♪」

 ウィンク一つ残し、驚く宏の腕に自分の腕を絡ませると半ば強引に引きずって行ったのだ。
 宏は連れ去られながらも「そんなの聞いて無いよ~」と涙目ながらに訴え、同時に「仕事だから……今日もごめん」と詫びの視線も送って来た。
 そして最愛の男性(ひと)を目の前で拉致され、行く当ても無くし、傷心した千恵達がホテルを出た所で晶がキレたのだった。

「何が学年主任の命よっ! これって明らかに職権乱用だわっ! なんでヒロなのっ!? 他にも手の空いた教師だっているでしょうにっ!!」

 緩いウェーブの掛かった茶色に近い黒髪があたかも生きている蛇の様に蠢き、晶の怒りは収まらない。
 昨日は仕事だからと自分自身に言い聞かせ、渋々宏を見送った。

(余りゴネて、心の狭い嫌な女に見られたく無いしね)

 そう思い、表情にこそ出さなかったが心の中では哀しみに暮れ、ひとり自分の心を慰めた。
 そして今日こそは宏との散策を楽しみにしていたのに、再び目の前で夏穂に奪われた。
 まさに鳶に油揚状態だ。
 晶は悔しさで涙が零れそうになるが寸前で堪(こら)え、空を見据えたまま両手をきつく握って唇を噛み締める。

(何よ、これ位っ! あたしは男を取られて泣く様な弱い女じゃ無いわっ!)

 晶の心が判るだけに、他の面々も下手な慰めなどしないが、どうしても場の空気は重くなる。
 誰もが暗い雰囲気になりかけたその時、若菜の悔しがるでも無い、いつもの能天気な声がみんなを奮起させた。

「夏穂先生、昨日に続き今日も宏ちゃんと二人で行動するんだって~。何でも、修学旅行時の引率研修を兼ねているんだってさ~。……ホントなのかしら~?」

 ここでも超内部情報が暴露され、伏し目がちだったほのかの碧眼が妖しげにキラリと光る。
 湧き上がる好奇心が口元に笑みを浮ばせ、沈みがちだった心に熱い闘志(?)がみなぎって来る。

「ほ~~~、新人男性教師に手取り足取り教える先輩美人教師、か。何だか、すっげ~背徳的な匂いがするぜ?」

「ちょっと、それ、聞いてないっ! 巡回って、ヒロと夏穂のペアなのっ!? なによ、それっ!!」

 面白半分に晶を煽り、冷たい目で千恵と優に睨まれてしまうほのか。
 一方、そんなほのかの言葉は耳に入らず、もはや学年主任を名前で呼び捨てる晶。
 その瞳に映るのは学園の教師としてでは無く、自分達から宏を奪う一人の女としか映っていない。

「あ……、そっか~。新人を指導するのも学年主任の務めだものね。それじゃ、仕方無い――」

 真奈美は宏と同行出来無い虚しさを感じつつも、これも仕事なのだからと若菜の言葉に納得しかけた。
 千恵は千恵で、寂しいけれど教師としての立場もあるしと割り切って宏を見送ったのだが、どうしても夏穂のやり方に納得出来ずにいた。

(夏穂先生、わざわざあたい達の前で言うことじゃ無いでしょうに。これじゃ、まるで横取り――)

 真奈美と千恵がそこまで考えた時、ホテルを出てからずっと考え込んでいた優のひと言が全員を震撼させた。

「……夏穂先生、ヒロクンに惚れている。……ううん、惚れて、なんてレベルじゃない。完全に一人の男として見て、意識して、好いている。あれはもう、ヒロクンの虜になってる」

 優は宏が吉井女学園に来る遥か以前から宏だけを見つめて来た。
 その宏が着任してからは、彼に近付く女の動向に目を配って来た。
 恋に憧れ、宏に想いを寄せる生徒達は、まだ一過性なので安心出来た。
 ところが昔の宏を知り、再会後も宏と接する機会の多い夏穂の振舞いに女の勘が働いた。
 そして修学旅行前日に職員室で目撃した夏穂の言動、そして昨日今日の宏に対する接し方を見て、夏穂は宏に女として恋していると確信したのだ。
 しかも、今朝のあの態度から夏穂は自分達を生徒としてでは無く、恋敵(ライバル)として見ている、と断定したのだ。

「あっ!! そうか……それであの時っ!」

 優からの説明を受け、晶は初日の夜や昨日の朝に感じた違和感の正体がようやく判った。
 夏穂が宏を好きなら全て納得がいく。
 千恵や真奈美も今朝と昨日の朝食の時に見せた夏穂の勝ち誇った顔を思い出した。
 その時の笑みは夏穂からの事実上の宣戦布告だったのだろう。

「あの女(あま)~、やってくれるじゃないっ!」

 晶も千恵達と同じ事を思ったのか、拳を掌で打ち鳴らしながら思わずスラングを口にする。
 その途端、隣で姉の様子を窺っていた優が顔をしかめ、深い溜息を吐く。
 極度の怒りで興奮が高まると言葉が乱暴になってしまう姉の悪い癖が出たのだ。
 優は姉の肩に手を置いて興奮を鎮め、最後にみんなを見回してこう締め括った。

「……夏穂先生も生身の女。男に恋するのは当り前。たとえその相手がヒロクンでも、夏穂先生の恋を否定するのは間違い」

 その言葉に若菜が手を叩いて喜んだ。

「宏ちゃんは誰にでも好かれるから、夏穂先生が好きになっても不思議じゃないよ~。それに~、大事なのは、これからの私達の心の在り方だと思うの。もし宏ちゃんが夏穂先生を受け入れるのなら、私は喜んでそれに従うよ~♪」

 ここで言葉を区切り、自分達六人のリーダーとして君臨する晶に向かって微笑んだ。

「だって、私達が愛した宏ちゃんだもん♥ ……それに、夏穂先生も嫌いじゃ無いし♪」

 いつもは能天気で何も考えず、本能に従って生きているとしか思えない若菜からの至極まともな台詞に一同驚愕し、大きく目を剥く。
 同時に若菜から正論を突き付けられ、二重の意味で唸ってしまう。
 若菜の言う事も納得出来るが今後、夏穂に対してどんな態度を取るべきなのか考えてしまったのだ。
 自分達と宏との関係は卒業まで公に出来無いから夏穂に対して手を引けとは言えないし、かと言って自分達が卒業する迄の一年四ヶ月の間、宏が夏穂の餌食(?)となるのを指を咥えて黙って見ている事など無理な相談だ。

「取り敢えず、今日は宏の後を付けて様子を見てみようよ。いつまでもここにいてもしょうがないし」

 妹の言葉に腹を括った千恵は事態の収拾を図るべく素早く頭を回転させ、眉根に皺を寄せて苦悩の表情を浮かべている晶に提案する。
 その案に直ぐ乗ったのは真奈美とほのかだ。
 光明を見出したかの様に顔を綻ばせ、即座に頷く。

「あ、それ好いかも♪ この時期大阪や神戸は修学旅行生で溢れかえっているから、私達がこっそり付けて行ってもそんなに目立たないだろうし」

「そうだな……。まずは相手の出方を窺おうぜ。どうするかは、それから決めても遅くはないし♪」

 三人の意見は直ぐに通り、六人は宏と夏穂が宿舎となっているホテルから出て来るのを待って後を追う。

「……もし、夏穂先生がヒロクンに変なちょっかい出したら、ボク達が偶然を装って乱入すれば好い」

 人混みに見え隠れする宏の背中を真っ直ぐ見つめながら、優が先頭に立って歩いてゆく。
 その顔は授業中に見せる顔よりも、副業としている株の売買をしている時の顔よりも真剣で鬼気迫る形相になっている。

(あらら~、この娘(こ)も結構、キレてる?)

 普段は自分と同じクールなのだが、宏が絡むと途端に熱くなる妹の優。
 その変わり様に、姉の晶は可笑しげにクスリと笑った。
 それは今日、晶が初めて見せた笑顔だった。


     ☆     ☆     ☆


「ほらっ! さっさと行くわよ♪」

 夏穂は宏の尻を叩き(文字通り、平手で軽く叩いた)、京都駅から下りの新快速に乗り込んだ。
 しかし、妙に浮き浮きしている夏穂を他所に宏の心は晴れない。
 ホテルのロビーに晶達を置き去りにした事が心残りとなり、申し訳無く思っていたのだ。

(あの気の強い晶が泣いてた……)

 みんな昨日の分を今日楽しもうと意気込んでいただけに、その落胆した顔が頭の中を駆け巡って離れない。
 特に晶の、まるで置き去りにされる子犬が飼い主に縋る様な、そんな哀しみを湛えた瞳が忘れられない。
 あんなに弱々しい晶を見たのは生まれて初めてだ。

「私達は親から子供を預かる教師。今は仕事優先よ」

 顔に出ていたのだろう、いつもの覇気が無く、目一杯落ち込む宏に夏穂はこれも使命だと発破を掛ける。
 しかし、建前とは裏腹に内心では別の事を思っていた。

(私だって、宏クンとの旅行をず~っと前から楽しみにしてたんだからっ! 仕事だってちゃんとこなしてるんだし、チョッと位息抜きしたってバチは当たらないわよね~♪ 宏クンだって隣にいるのが青臭い小娘よりも、私みたいに熟れた大人の女が好いだろうし♥)

 晶が聞いたら間違い無く抗争に発展する台詞を呟きつつ、思わず顔がにやけてしまう。
 その顔は既に教師では無く、ライバル(恋敵)を出し抜いて悦に浸る、ひとりの女の顔だった。

「今日は神戸から京都へ戻るルートで巡回するわね。その方が時間的ロスも少ないから♪」

 夏穂は教師の顔に戻ると、並んで座る宏に自由行動日に於ける遠方巡回の仕方を教える。

「京都市内と違って阪神エリアは格段に広いから、最初に巡回する街をある程度決めて移動するの。今日だったら神戸、元町、三ノ宮と歩き、その後、ミナミとキタと……天王寺と梅田って言う具合にね」

 夏穂は身体をずらし、宏に寄り掛かる様にして車内に掲げられている路線図を目線で示して段取りを説明する。

「街で巡回する時は、駅を中心に螺旋状に移動するの。そうすれば緊急連絡があっても直ぐ駅に戻って指示された場所まで移動出来るでしょ?」

 寄り添った体勢はそのままに、夏穂は首を巡らしてこれまでの実体験を交えながら後輩教師に己のノウハウを伝える。
 宏は晶達の事は気に掛かるものの、今は夏穂の身体半分が覆い被さり、その柔らかさと暖かさに意識が向いてしまう。
 更に夏穂が顔を向けた時にお互いの顔が急接近する形となり、目の前の美貌に改めて目が釘付けになってしまう。

(ヤバイっ! こんなに色っぽい夏穂先生って、初めてだ……)

 宏は慌てて視線を下に外すが、今度は肩越しに見える豊かに盛り上がった胸、ジャケットの隙間から覗く白くて深い谷間、その下には黒のストッキングに包まれ、タイトスカートからスラリと伸ばされた太腿が目に飛び込んで来る。
 そしてほのかに香るフローラル系の香水が宏の鼻腔をくすぐり、夏穂は上司である前に一人の女だという事を強烈に認識させられる。

「あとは……そうね。実地で覚えるしかないわ。こればっかりは経験値がモノを言う仕事だし」

 宏は高まる鼓動と下半身に集まる血液を振り払うかの様にメモを取り、疑問に思う点や判らない部分を尋ねる。
 夏穂は首から上を真っ赤に染めた宏に内心ガッツポーズを決めつつ、ひとつずつ丁寧に、判り易く例え話を入れながら答えてゆく。

(掴みはオッケー♪ これであの娘達の事は頭から消えたかな? それにしても、真剣な目をした宏クンも……素敵ね~♥)

 お尻に当たる熱くて硬いモノに再度顔がにやけてしまいそうになり、慌てて顔を左右に振る夏穂。
 もっとも、傍から見れば仕事を教える先輩OLと言うよりも、自分好みの男に育ててから美味しく戴く有閑マダムの顔付きだ。
 当然、そんな緩んだ顔を見逃さないのが晶と千恵だ。

「なによっ! さっきから、あの緩みまくった、だらしない顔はっ! あれでも学年主任なのかしらっ!? 何!? あのわざとらしいスキンシップはっ。 まるで場末のホステスじゃないっ!」

「宏は真面目に仕事してる顔だけど……なに段々赤くなってんのよっ! ああっ! 夏穂先生が……あんなにくっ付いてっ! 宏もそんな年増の身体、見るんじゃないっ!」

 二人は車輌の連結部に顔を寄せ合い、隣の車輌にいる宏と夏穂の様子をガラス戸越しに窺っていた。
 黒のセーラー服を着た美少女が全身から怒りと嫉妬のオーラを撒き散らし、般若の如き形相でガラスに顔を押し付けているので誰も傍に近寄らない。
 朝の通勤時間帯を過ぎているとはいえ立っている乗客がまだ多数いる中、二人の周囲だけがポッカリと空間が空いているのだ。
 一方、一緒にいる筈のほのかや優、若菜に真奈美は離れた場所に立ち、他人の振りをしていた。

「ったく、恥ずかしいマネしてよ~。ちっとは周りを見ろよ……」

「宏ちゃんの事になると~、姉さん見境無くなるから~♪」

 呆れ返るほのかは額に手を当てて俯き、若菜は楽しそうに目を細めてガラスにへばり付く二人を見る。
 すると、当事者の妹である優が恥ずかし気に顔を赤らめて頭を下げた。

「……ゴメン。お姉ちゃん、目の前でヒロクンを拉致されて我を忘れてる」

「まぁまぁ、晶ちゃんも恋する女の子なんですもの♪ 好きな男性(ひと)がデート直前に他所の女に攫われたら、穏やかじゃいられないわ」

 ほのかに向かって優をフォローする真奈美だが、その瞳は宏と夏穂の今後の動向に好奇心を煽られて煌いている。
 真奈美は見た目こそおっとりした癒し系だが、実際は遥かにお茶目で肝が据わっているのだ。
 そんな鳩首会談をしている四人は晶や千恵とは違った意味で車内の注目を浴びていた。

(あの娘(こ)、あたいと同じ位に美形やな~。あの制服、どこの学校やろ?)

(あ~ぁ。同じ女子高生やのに……神様のいけずっ!)

 通勤途中のお姉さんが溜息混じりにほのかを見つめ、登校途中の女子高生が真奈美と自分の胸を見比べ、自信を失くす。
 四人とも同じ制服に身を包んでいる点は一緒だが、ひとりは頭一つ高い長身で腰まで届くストレートロングの黒髪をなびかせている大和撫子。
 もうひとりは同じ位の身長に波打つ長い金髪、どこまでも澄み通った碧眼、抜ける様な白い肌の外国人美女。
 そしてショートヘアをシャギーにし、スレンダーなボディと制服の胸を押し上げる二つの双丘で女の子と判る美少年風美少女。
 最後に背中の中程まで届く真っ直ぐな黒髪、ちょっと垂れ気味な大きな瞳を持つ日本人形みたいな美少女。
 ただでさえ一人だけでも注目されるのに、四人も揃えば注目度も二乗三乗で増してしまうのだが、本人達にその意識は全く無い。
 四人共、学園で注目される事にすっかり馴れ切っているので学園外でも他人からの視線に無頓着なのだ。

「さてさて、宏は何処まで行くのかな~? 夏穂先生はどう出る?」

 ほのかは片手で金髪を背中に払いながら楽しげに呟き、晶と千恵を通り越して宏に視線を向ける。
 すると、見計らったかの様に夏穂が宏を伴って席を立つ所だった。


     ☆     ☆     ☆


「……何かヤバイ事が起きたら携帯で直ぐ知らせる事。それから、極力、人通りの多い大通りを歩く様にな♪」

 宏は吉井女学園の制服を見つけては声を掛け、声を掛けられては手を振って応える。
 夏穂との巡回スケジュールも神戸から東へ向けて恙(つつが)無く消化され、今は元町に来ていた。

「うん、指導の仕方も満点よ♪ この調子なら来年は一人でも大丈夫そうね♪」

 ニッコリ微笑む夏穂から眩しそうに見つめられ、宏は照れもあって顔が火照ってしまう。
 薄いピンクのルージュを引いた柔らかそうな唇、細い眉に自分の意思を明確に示す吊り目がちな瞳と鼻筋の通った小顔にどうしても目が向いてしまう。
 肩まで伸びたシルクの様な黒髪がサラサラと風でなびき、宏の元へシャンプーの甘い香りを運んで来る。
 宏は、いつ見ても心を奪われる夏穂の美しさに言葉を失ってしまう。

(んふっ♪ 赤くなっちゃって。……あの頃とちっとも変わらないっ♥)

 そんな初心な反応を示す宏と高校生の時の宏が重なり、夏穂の理性は崩壊寸前だ。
 なにせ想いを寄せる男性(ひと)と、昨日今日とずっと一緒に観光地巡りをしているのだ。
 女として完成され、熟した身体が宏を求めて止まない。

(だめぇ……っ! 宏クンの息遣いを感じただけでも濡れて……このままイッちゃいそうっ!!)

 心と身体が火照り、欲望が自分でも上手くコントロール出来無い域に達している。
 瞳は潤み、股間にはショーツがピッチリ張り付き、淡い草原と女である印をクッキリと浮かび上がらせる程に濡れていた。
 ひとり悶える夏穂の心中など与り知らぬ宏は、紅く染まった顔を誤魔化す為に、ひとつ提案をする。

「あの、ちょっと早いですが、今のうちにお昼にしませんか? さっき通った中華街で本格中華でも。……あ、指導のお礼と言っては何ですが、今日は私が奢りますから♪」

 その爽やかに煌く(夏穂にはそう見えた)笑顔が、夏穂の理性と言う柱をいとも簡単にへし折った。

「好いわよ♥ 奢られちゃう♪ ……それじゃ~、私が知っている所へ行きましょ♪ 去年、巡回中にこの近所で好いトコ見つけたの。こっちよ♪」

「あっ、か、夏穂先生っ!? そんなに強く引っ張らなくてもっ……」

 夏穂は嬉しそうに宏の左腕に自分の右腕を速攻で絡ませ、恥ずかしがる宏を引きずって早足で歩き出す。
 仕事中とは言え、こんな美味しいシチュエーションをこのまま黙って見過ごす夏穂では無かった。
 どうして良いか対応に悩む宏に、夏穂は妖しげな上目遣いで言い切った。

「今からプライベートタイムよ♪ 仕事は一時中断。だ・か・ら~、少しの時間、自分の好きなコトをして好いの♥」

 宏は目の前に迫った大きな瞳に淫靡な光が宿っている事に気付き、背中に冷汗を流す。
 その光は欲情した若菜やほのか達が見せる光と全く同じ色をしていたからだ。
 すっかり立場を忘れ、発情モード全開の夏穂をどうする事も出来ないまま、宏は一緒に歩く事しか出来無かった。

「あ、あの~、夏穂先生? ここは?」

 表通りから裏通りに進み、角を何度か曲がった所で、二人は白い外壁に囲まれた洋風建物の前に来ていた。
 宏は連れられるまま入ろうとしたが、入り口の看板を見て慌てて両足を踏ん張る。
 そこには「カラオケ・プール・ジャグジー付き個室完備。只今サービスタイム中♥」の文字が昼間なのに目立つ程、これでもかと光っている。

「ん? ここ? ラブホよ? ラブホテル♥ ……入ったコト、無いの?」

 正直に頷きかけ、宏は慌てて首を振る。

「ハイ……じゃ無くてっ! 何で昼間っから、こーゆー所に来るんですかっ!? 今は仕事中だし、こんな所を生徒に見られたら拙いっ……んむっ」

 夏穂の人差し指が宏の唇を封じ、そのまま舌を覗かせた自分の唇をなぞる。
 その余りにも妖艶な仕草に、宏の『男』が待ってました、とばかり勢い好く起き上がる。

「大丈夫♪ 私も初めてだし♥ それより、い・ま・は~、女と男の、じ・か・ん・よ♥ 野暮なコトは言いっこ無し♪」

 宏の盛り上がった股間を嬉しそうに眺めると、女のフェロモン出し捲りの夏穂が女性とは思えない力強さで、ぐいぐいと腕を引いてラブホテルへ入ろうとする。
 そんな夏穂の発情フェロモンをまともに浴び、禁欲生活四日目の宏は踏ん張る力が徐々に緩んで来る。
 と、その時、聞き覚えのある声が宏を淫魔(?)の世界から覚醒させた。
 宏を呼ぶ声は二つ聞こえ、妙に声高に、それも棒読みしているかの様だ。

「あっれ~~~? おっかしいわね~~~。路に迷ったのかしらぁ~~~っ!!」

「あ~~~っ、宏兄さんっ……じゃない、宏先生~~~っ! 丁度好かったぁ~~~っ!!」

 振り向いた宏と夏穂の視線の先には、頭から二本の角を生やし(宏にはそう見えた)、黒のセーラー服を着た人影が二つ。
 晶と千恵だった。
 晶はウェーブの掛かった長い髪を逆立て、千恵はポニーテールをうねらせて眼光鋭く二人を睨んでいた。

(ヤバいッ!)

 突然現れた見知った顔に、夏穂はパッと宏の腕を放し、素知らぬ顔をする。
 しかし、ラブホテルに半分入りかけ、声高に中に引き擦り込もうとしている女と、首を振って尻込みしている(様に見える)男。
 その姿は不倫に走る若妻と躊躇する間男をそのまま演じている事に、遠巻きに眺める多数のギャラリー以外、誰も気付いていなかった。

(チッ! あと少しだったのに~っ! しかも今度は千恵ちゃんか。……ったく、このブラコン姉妹が~~~っ!!)

 舌打ちひとつ、二人と対峙する夏穂の顔は長年の念願成就まであと一歩だった所を邪魔された悔しさで明らかに引き攣っていた。
 一方、宏は救われたと思うと同時に、男としてチョットだけ、ホンのチョットだけ残念に思った。
 代わりに、いきり勃った股間はいつまでも鎮まらなかった。

 ここで時間は少し遡る。



「ん? 何処行くんだ、あの二人?」

 南京町(なんきんまち)の中華街で買った熱々の特大豚まん(一個五百円の大物だ♪)を美味しそうに頬張りながら歩くほのかが、夏穂の様子がおかしい事に気付いた。
 急に宏と腕を組んだかと思うと周囲を見渡し、急ぎ足で裏路地に入り込んだのだ。
 どう見ても生徒への声掛けとは思えない様子にほのかの好奇心アンテナが鋭く反応し、思わず笑みが浮かんでしまう。

「おい、この先って何があるんだ?」

 振り向くほのかに、GPS付携帯電話で現在地と宏の居場所(宏のGPS携帯に反応している)をチェックしていた優が表情を変える事無く、ポツリと答えた。
 その余りにも普通な喋り方に、最初、全員聞き逃す所だった。

「……この先は……いわゆるラブホテル街になってる。元町の……大人の遊艶(園)地♪」

 優のオヤジギャグが炸裂した一瞬の間のあと、猛然とダッシュしたのが晶と千恵だ。

(あの女(あま)~~~っ! 遂に本性現しやがったなっ!!)

(宏っ!? 嘘よねっ!? そんなっ……まさかっ!!)

 髪を逆立て、怒りで(先を越された悔しさも多分にあった)顔を赤らめて大きな瞳を血走らせた晶に、涙を浮かべ、全力疾走の煽りでミニスカートが捲くれて紫色のショーツが見え隠れする千恵。
 宏と夏穂の後を追った二人は角を曲がり、ほのか達四人の視界からあっと言う間に消え去ってしまう。

「ねぇ、追わなくても好いの?」

 なんともノンビリとした真奈美に、こちらものほほんとした若菜が笑いながら応えた。

「大丈夫だよ~♪ 宏ちゃんにそんな度胸無いし、夏穂先生も宏ちゃんを前にチョッと先走ってるだけで、姉さん達が追い付けば正気に戻るよ~♪」

 相手を絶対的に信じる若菜に、真奈美は改めて尊敬の眼差しを向ける。
 と、ここで優の携帯を覗き込んで晶達の携帯反応が宏の携帯反応に急接近する様子を見ていたほのかの切れ長の碧眼が楽しげに細まった。

「おっ♪ 接触したみたいだ。それじゃ、オレらも追い駆けようぜ♪ 夏穂先生の慌て振りが見ものだぜ~♪」

 明らかに状況を楽しむほのかに、優がやんわりと、それでいて鋭く突っ込んだ。

「……ヒロクンを苛めちゃダメ。苛めて好いのは夏穂先生」

 実は、優も夏穂の暴走に姉同様怒っているのだ。

「……いざとなったら、証拠写真をネタに夏穂先生を……フッフッフッ♪」

 瞳を細め、怪しげに笑う優は、普段以上に辛辣な毒を吐くのだった。



 結局、晶達六人は予定通りに偶然を装って宏達の前に現れ、そのまま二人の巡回に付いて行く事になった。
 千恵姉妹の『ブラコン癖』を利用し、前面に押し出して夏穂を監視する(ついでに宏との散策を楽しむ)のだ。

「あ、あたいが……ブラコン?」

「私は、『ブラコン』じゃ無いよ~~~っ!」

 嫉妬心がいつの間にブラコンに取って代わられた千恵と著しい誤解に涙ぐむ若菜のクレームは封印して貰い、代わりに色ボケ夏穂の暴走を封印したのだ。
 夏穂は宏とのデートを邪魔されてご機嫌ナナメだったが、そこは腐っても教師。
 吉井女学園の生徒を見付けると直ぐに学年主任の顔に戻って宏と共に指導に専念し、その姿は宏を始め晶達を感心させ、見直させたのだった。


     ☆     ☆     ☆


 修学旅行も五日目に入り、今日から最終日までの三日間は完全個人行動日となる為、ホテルのロビーフロアは今迄以上に賑わっていた。
 なにせ、今まではクラスの枠内での行動だったが、今日からは他のクラスの友人とも行動を共に出来るのだ。
 朝食もそこそこに一人で宿を出る者もいるし、クラスは違うが仲の良い友人四~五人と組んで出掛ける者もいる。
 今までが同級会なら今日からは同窓会、と言った所だろうか。
 当然、晶達もクラスの枠を外れて京都を散策する事になっている。
 もっとも、いつものメンバー六人で行動するのだが、これが当り前に思っているので何ら違和感も無いし、輪を外れて個人で行動しようとは思ってさえいない。
 六人で一人、一人で六人。
 それが晶達なのだ。

「で、今日は何処へ行くんだ?」

 朝食の席で宏がベーコンエッグを頬張りながら正面に座るほのかに尋ねると、ほのかの隣でトーストを齧っていた優がニコリと微笑んで応えた。

「……今日は、洛西(らくさい)方面をゆっくり歩きたいと思ってる」

「洛西……嵐山と嵯峨野だね。うん、天気も好いし紅葉も見頃だろうから、丁度好いね♪」

 優しく微笑む宏に、優の目元が真っ赤に染まる。
 そこへ晶が更なる提案を示す。

「それじゃ、今日の最後は京都タワーに登りましょ♪ 日が沈む少し前に行けば、綺麗な景色も見られるし♪」

 みんなが期待に満ちて頷く中、若菜がアジの開きを齧りつつ手を揚げた。

「宏ちゃんも、今日からフリーなんだよね~♪ 巡回もしなくて好いんだもんね~♪」

 切れ長の瞳を嬉しそうに輝かせた若菜は、ここでもマル秘情報を教える。

「今日からは先生達も自由行動なんだよ~。呼び出しがあったら行かなきゃダメだけど、それ以外の時間は私達と一緒に過ごす事も出来るんだよ~♪」

 頷く宏に五人から歓声が上がり、みんなのテンションが一気にヒートアップする。
 昨日までの鬱憤が今日から晴れるかと思うと、早く出発したくて食す早さも倍増する。
 ライバルの夏穂に見つかる前にホテルを出たいと言う思惑もあったのだ。
 こうして宏達七人は市バスを乗り継ぎ、紅葉真っ盛りの嵐山へとやって来た。

「ここが嵐山……これが渡月橋(とげつきょう)……」

 桂川(かつらがわ)に架かる橋を眺め、川原に植わっている松の大木の下で感慨深げに佇む優。
 優は、いつか来たい、と想っていた場所へ愛する宏と一緒に来られて感動に浸っているのだ。
 背景の山々は朱、黄、黄金、紅と色付き、空の青さとひとつになって壮大な平安絵巻の様だ。
 宏は隣で瞳を煌かせる優が可愛く、そして愛おしく思う。
 そして、今日から自分も自由に行動出来るかと思うと、我満出来ずに優の手を握ってしまう。

「……あ、ヒロクン♥ ……ダメ。人が……見てる」

「大丈夫♪ 幸い、周りには学園関係者の姿は無いから♪」

「……そう。なら、ちょっとだけ♥」

 正面を見据えたまま、優は隣で微笑む宏の温もりを感じ、そっと手を握り返す。
 ところが。

「あの~、ちょっとムードに浸り過ぎなんですけど?」

 遠慮がちに、だけど、からかい口調で真奈美の顔が二人の間に割り込んで来た。
 久し振りに発揮されたラブラブモードに、見ていられなくなったのだ。

「あ、ごめん。みんなもいるんだった」

 思わず洩らした宏に、周りにいた晶達が握り拳の立てた親指を下に向けて一斉にブーイングを浴びせる。
 しかし、どの瞳も楽しげに笑っている。
 宏と優は顔を見合わせ、そして手を握り合ったまま笑いの輪に加わった。

「この渡月橋を境に、こっちの上流を保津川(ほづがわ)、向うの下流は桂川と、名前が変わるんだ」

「遠目に見ると木製の橋だけど、欄干だけが木製で、あとは鉄筋コンクリート製なんだな♪ 見ての通りバスも通るし」

 宏は身振り手振りで雑学の一部を披露し、みんなからの質問に答える。
 一行は中之島の公園や駅前通をぶらついて秋の嵐山を堪能すると、次に嵯峨野へ向けて移動する。
 嵯峨野は優の他に若菜や真奈美が行きたいとリクエストしたので、今は若菜がデジカメで写真を撮りつつ先頭に立って歩いている。

「よし、ちょっと休んでいこうか。午前のティータイムにしよう♪ あ、言っとくけど割り勘だからなっ。……教師の給料は安いんだぞ」

「このタイピン、渋くてヒロに似合いそうね。……喜んでくれるかしら」

 甘味処で一服し、土産物屋を覘き、宏達七人は洛西の秋を心から楽しむ。
 いつもは誰かしらが周囲を警戒し、宏との関係を怪しまれない様に気を配っていたのだが、附近を見渡しても同じ制服は見かけ無い。
 これ幸いと、本来の自分に戻ってのびのび過ごせるので、気分も晴れやかなのだ。

「この竹林、すっごく雰囲気あるわね~。鬱蒼と茂ってて、まるで時代劇の中のワンシーンみたい♪」

「ホントだ♪ 空が見えなくなる位、高くそびえてるんだな。……どこからか鞍馬天狗とか出てきたりして♪」

 真奈美が左右を見上げながら感嘆の声を上げると背中の中程まで届くストレートの黒髪がフルフル揺れ、ほのかも波打つ金髪を風にはためかせながら嵯峨野の雰囲気に浸る。

「今日は思ったより人出は少ないし天気も好いし、絶好の散歩日和だな♪」

 宏は前を歩く黒髪と金髪の織り成す艶姿に目を細めながらも、肩を並べて歩く優に微笑みかける。
 すると宏と優の視線が重なり、目元をほんのり朱く染めた優がそっと宏に手を伸ばす。
 優の細くてしなやかな指と宏の武骨な指とが絡み合い、ひとつになると二人の心の距離もゼロになる。

「……ヒロクン、大好き♥」

 掌から感じる温もりに優の心は幸福感に満たされ、思わず涙ぐんでしまう。
 宏は空いた片手で頬を撫ぜ、潤んだ瞳を見つめながら、そっと唇を重ねる。
 それは修学旅行に来てから、初めて交わすキスだった。
 晶はそんな二人に微笑みながらも、万が一に備えて周囲への目配りは決して忘れなかった。

「ここからはバスで移動しよう。時間の節約だ♪」

 宏達は嵯峨野の町外れから高雄へと抜け、ゆっくり時間を掛けて錦雲渓(きんうんけい)、清滝(きよたき)、金鈴峡(きんれいきょう)の紅葉美を堪能し、色付く京都を満喫した。


     ☆     ☆     ☆


「このタワーは東京タワーに遅れること六年、一九六四年十二月に建てられ、高さは百三十一メートルで灯台をイメージして作られたんだ」

 展望台から京都市街を一望しつつ宏が解説すると、周囲を取り囲むクラスメイト達から感嘆の声が洩れる。
 もっとも、その声は宏の説明に反応したのでは無く、暮れゆく京都の空や街並みに対しての声なのだ。
 夕焼け空は朱から紅、そして赤から緋へと徐々に色の深みを増し、やがて星の瞬く黒へと変化する。
 そして空色の変化と共に街のそこかしこから光が瞬き出し、夜の帳が下りると眼下に光のページェントが展開する。

「綺麗~~~っ♪」

「素敵~~~っ♪」

 ガラス窓に顔を押し付けんばかりに顔を寄せ合い、展望台のそこかしこから歓声が湧き上がる。

「やれやれ、ちょっとしたラッシュアワーだな」

 展望台は観光客の数よりも多く吉井女学園の制服で埋まり、まるでひとつの教室に二クラス分の生徒を集めたかの様な賑わいになっていた。
 苦笑した宏が肩を竦めると、晶も諦め顔で同じ様に肩を竦める。
 宏達一行はバスで京都駅まで戻り、駅前にそびえ立つ京都タワーへと来ていた。
 しかし、そこには見覚えのある制服に身を包んだ女生徒達で溢れ返り、宏達は吉井女学園の校舎にいるかの様な錯覚に陥った。
 不思議に思ったほのかが、その辺の生徒を捉まえて聞いてみた。

「だって~、門限まで時間を潰すのに、丁度好い場所なんだもん♪」

 詳しく聞くと、門限破りにならない様、早めに京都に戻ったは好いが時間が多少余っている。
 そこでタワーから市街の夜景を一望し、下のデパートでお土産を買っていると程好い時間になるので人気があるのだとか。
 他にも四条通(しじょうどおり)や新京極通(しんきょうごくどおり)、河原町通(かわらまちどおり)などのホテル近辺も時間潰しの格好の場所となっており、その中でもここと祇園に生徒が集まると言う。
 祇園はお茶屋さんに出勤する舞妓さんや芸妓(げいぎ)さんに出逢える確立が高いのだそうだ。

「まぁ、仕方ないわね。まさかここが時間潰しの場所になってるなんて……流石に読み違えたわ」

 晶は純粋に京都の暮れ行く風景を宏と一緒に見たくてこの場所をリクエストしたのだが、完全に裏目に出てしまった。
 そんな姉の心情を即座に理解した優は持てる知識を総動員させたが、七十人近い生徒を宏から切り離す方法が見つからない。
 株や為替の売買にかけてはプロでさえ敵わない優だが、等身大のクラスメイト達を引っ張るまでの応用力は備わってはいなかった。
 眉根を寄せる優の思案気な顔を見たほのかと若菜は互いに頷き合うと、宏を取り囲むクラスメイト達に今日行った場所の話を声高にし始める。
 すると、学園で名を馳せる『姫』と『ブラコン娘』のツーショット紀行に、展望台に散っていた吉井女学園の生徒の殆どが二人の周りに集まって来た。
 ほのかと若菜は外を指差しながら徐々に移動し、宏達とは反対側のフロアへ生徒達を引き連れて行く。
 その中には一般の観光客まで混ざっていて、宏の周りには晶と優の姉妹、千恵と真奈美の四人だけが残された。

(……ありがとう。ほのか、若菜ちゃん)

 優は遠ざかる集団の中心にいる二人に心の中で礼を言い、深く頭を下げる。
 真奈美と千恵も、ほのかと若菜の鮮やかな機転の利かせ方に目を見開き、ただただ感心するばかりだ。
 普段、大ボケをかます若菜がこんな時に役立つとは、姉の千恵でさえ予想すらしなかった。
 学園美女の肩書きは学園外の一般客にも効き目がある様だ。

「優も、ありがとね」

 晶は妹の細い肩に片手を置き、思案してくれた事に心から礼を言う。
 いつもなら目線で会話するのだが、今回は直接言いたかったのだ。
 優が頷き、笑みを浮かべた所で、晶は半歩、宏に近付く。
 ようやく邪魔者(?)が消えて宏を独占出来るかと思った瞬間、身体が勝手に動いたのだ。
 それは、少しでも愛する男性(ひと)の傍にいたいと言う、純粋な想いの為(な)せる業(わざ)だった。

「やっと静かになったな♪ これで好い思い出がまたひとつ、増えたな♪」

 まるで心を読んだかの様な宏の笑顔に、晶の鼓動が一気に跳ね上がる。
 顔が火照り、全身真っ赤に色付いている事が鏡を見なくても判ってしまう。

(やだっ、こんな顔、見せられないっ! ……でもね、ヒロ)

 恥かしさの余り、晶は慌てて正面を向く。
 傍から見れば、晶は正面のガラス越しに光煌く京都の夜景を眺めているのだが、実際はガラスに映った宏を見つめていた。
 宏も正面を向き、傍から見れば光溢れる京の都を眺めているのだが、実際はガラスに映った晶を見つめていたのだ。

(ヒロ……大好き♥)

(愛しているよ、晶♥)

 二人の視線は重なり、いつしか直接見つめ合っていた。
 宏と晶の甘い空間は、ほのかと若菜が戻るまで消える事は無かった。



 その頃、宿舎となっているホテルの一室では、目の下にクマを作った夏穂がドリンク剤片手に孤軍奮闘していた。
 持参したノートパソコンに引率教師達から提出されたこれまでの業務日誌や巡回報告書を纏め、学園に提出するデータ書類作りに昨夜から追われていたのだ。

「だっ、誰だっ!? 絵日記で日誌書いた奴はっ!! それに、『然るべく♪』の報告書って何っ!? あたしゃ幼稚園の先生でも裁判官でもねぇよっ!! ったく~、一日掛かったって少しも纏まらないじゃないっ! これじゃ、宏クンとのデートが明日も出来無いじゃないか~っ!! くっそ~、だから中間管理職って嫌なのよ~~~~っ!!」

 夏穂の恨めしい遠吠えが秋の古都を揺るがした。
 後日、その声が千数百年振りに鵺(ぬえ)が蘇ったと、京都市内でまことしやかに囁かれたとは本人は知る由も無かった。


     ☆     ☆     ☆


 京都タワーで甘い雰囲気を満喫し、夕食バイキングも全て平らげた六人は消灯後いつもの様に布団を頭から被り、顔を寄せ合って密談に耽っていた。
 しかし、その声は聞き耳を立てているクラスメイト達には筒抜けだ。

「あんたね~、明後日(あさって)には帰るんだから、もう少し我満しなさいよ。……あたいだって我満してんだから」

 例によって若菜が巡回の隙を付いて宏の部屋へ(今日は枕を抱えて)忍び込もうとし、千恵や晶がそれを阻止すると言う寸劇も今日で五回目の幕開けとなっていた。
 若菜は千恵のお小言に屈する事無く、実に爽やかな笑顔で曰(のたま)った。

「それじゃ~、姉さんも一緒に行く~?」

「な゛っ! 何を言ってんのよっ、この娘(こ)はっ! だから、あたいは帰るまで我慢するって言ってる……っ」

 顔を赤らめ、声を荒げ掛けた千恵は最後まで言わず言葉を呑み込む。
 周りに集まり、聞き耳を立てているクラスメイト達の存在を思い出したのだ。

(あ~ぁ……。親衛隊とか近衛師団とか言われるのって、好いんだか悪いんだか判らないわ……)

 この旅行で若菜は勿論、晶、ほのか、真奈美、優、千恵の六人はすっかり宏の親衛隊(あるクラスメイトは近衛師団の方が近いと証言した)の地位を不動のものにしていた。
 宏の行く所、六人の影が常に付き纏い、近付く女は容赦無く排除し、宏をガードする。

「宏先生の城壁(晶達六人の事だ)を崩すのは容易じゃないよね~。もしかして……」

 次第に千恵もブラコンだとか、千恵姉妹に付き合っているうちに晶やほのか達にブラコンが移ったと囁かれ、遂には六人を総じて親衛隊(又は近衛師団)と呼ばれ、より注目される存在になっていた。
 もっとも、それは遠巻きに見る存在としてでは無く、身近で親しみを感じる親衛隊だ。

(だからって、みんながみんな、いきなりタメ口になって背中を叩かれたり抱き付かれたりするとは思わなかったわ)

 後に晶が語った様に、この旅行中を境に晶達六人の存在はクラスの中で大きく変化した。
 なにせ、初日の夜の騒動や二日目の大浴場での集団百合(レズ)騒ぎ(後日、現場写真が流出した)など、自分達と何ら変わらない、素直で可愛らしい言動が毎日の様に目撃されているのだ。
 お堅いクールなイメージのあった晶でさえ自分と同じ生身の人間だと判ると、クラスメイト達はより親しみを感じ、より気さくに話し掛けて来る様になっていたのだ。

(まぁ、そう思われていた方が今後、若菜ちゃんにしろ、あたし等にしろ、ヒロの傍に居易いかもね♪)

 晶は暗黙の了解で宏の隣に大ッぴらに居られるのなら、むしろその方が好いわ、と夕食の席で笑っていたのを千恵は思い出す。
 しかし、だからと言って夜這い(優に『お情け』だ、と再びツッ込まれた)しても好い理由は無い。
 それどころか、教師が生徒と関係云々と騒がれると宏の立場が危うくなり、学園を追い出されでもしたら親衛隊どころの騒ぎではなくなる。
 千恵は双子だけに妹が宏を求める心情が痛い程判るが、今後の、自分達の明るい将来の為にも心を鬼にして行く手を阻む。

「あのね、若菜。そこに座りなさい」

「もう布団に潜ってるよぉ」

「う゛っ! と、とにかく、宏……宏先生の所へ行くのは止めなさい。何度も言うけど、私達は生徒で宏……先生は教師なの。そーゆー事は卒業してからにしなさい」

 もっともらしく、真面目な顔で説教を始めた千恵だったが、悪戯心が芽生えた若菜は姉の真面目さを逆手に取って逆襲する。

「……『そーゆー事』って、どんな事?」

 知ってて、わざと姉を煽る若菜。
 妹の煌く瞳に見つめられ、背中に大量の冷汗を流す千恵。

「っっ!! あ、いや、その、つまり、あの、だから……っ」

 身体は何度宏に抱かれても、心はいつまでも初心な千恵に、目を眇めた若菜が意地悪く言い募った。

「姉さ~ん。もう処女……んむ゛っ!」

 処女じゃないんだから恥ずかしがる事じゃ無いでしょ? と言う若菜の言葉は、姉の掌が妹の口を塞ぐ事によって強制的に封印される。

「ばっ、ばっ、バカな事言ってんじゃないわよっ!! 言うに事欠いて何言い出すかな、この娘はっ!!」

 話の内容が次第に艶っぽくなり、クラスメイト達の立てる聞き耳が一層大きくなる。
 身体は処女でも、知識は熟女並みの二年B組の面々なのだ。

(ったく、あたいだって、ホントは宏の部屋に行きたいわよっ!)

 千恵とて幾ら昼間は宏の傍に居ようとも、二人の間には立場の違いが見えない壁となって常に立ちはだかり、家にいる時の様に素に戻って甘える事が出来無い。
 そんな状況が五日間も続き、夜も抱かれずに過ごすので寂しさが一入(ひとしお)なのだ。
 加えて今日、短時間ながら嵯峨野の竹林の中と錦雲渓で人目を忍びながらキスを交わすのが精一杯だったので余計に身体が疼くのだ。
 これは千恵だけに限らず、晶以下全員に共通する事なので誰も異論を挟まない。

「そうなんだよなぁ~。昨夜なんか、布団の中で無意識に胸と股間をまさぐりそうになっちゃってさ~♥」

 千恵の心が判るほのかが目元を朱く染めて呟く。
 ところが、真奈美がにこやかな顔で混乱させる事を平然と言い出す。

「一人でこっそり行こうとするから、かえって怪しまれるのよ。だったら私達六人で行けば、『そう言う風』には見られないと思うの♪」

 真奈美の仰天発言に、ワクワクドキドキしながら聞き耳を立てていたクラスメイト達(その数三十余名)がなるほどと頷き、一斉にお情けを貰う準備に取り掛かる。
 ある者は裸体(特に胸の谷間と股間)にフレグランススプレーを吹き掛け、またある者は勝負下着の上に浴衣を羽織り、中には透け透け下着の上に、これまた透け透けのネグリジェを着込む者までいる。

「あ、あ、あ、あんたらは~~~っ!! 二年B組をハ~レム集団にする気か~~~~っ!!」

「こらっ! あんた達っ、いつまで起きてんのっ!」

 この夜も晶の怒号に間髪を容れず、夏穂のイエローカードが炸裂するのだった。


                                            (つづく)

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たとえばこんな学園物語~後編 たとえばこんな学園物語~後編 美姉妹といっしょ♥~番外編
 
 修学旅行六日目。
 学園生活最大のイベントも終盤に差し掛かり、各々が思い出作りに余念が無い中、若菜以下六人は今日もマイペースで朝食を摂っていた。

「宏ちゃん~、今日は大原へ行こうよ~。丁度、紅葉が見頃なんだって~♪」

 若菜が入麺(にゅうめん)を啜りながら笑顔を向けると、残りの面々も宏を見つめて大きく頷く。
 どうやらみんなの中では既に行き先が決定しているらしい。
 宏も三千院の紅葉は是非一度見たいと思っていたので、ニッコリ微笑んで快諾する。

「やったぁ~♪ だから宏ちゃんって、だ~い好きぃ♥」

 吉井女学園の二年生百数十人が集まる朝の食堂に若菜の済んだ声が響くが、生徒の誰もが若菜の台詞に反応しない。
 なにせブラコン若菜によるコント(?)じみた言動が毎朝毎晩目の前で繰り広げられれば、最初は面白がって見ていた他のクラスの生徒達もやがて飽きてしまう。
 今や若菜の言葉を微笑ましく思うだけで、そのままの意味で取る者など誰もいないのだ。

(慣れって、怖いわね~)

 千恵と晶は互いに見つめ合い、肩を竦めて苦笑する。
 これまで必死で若菜の言葉を打ち消して来た自分達がバカバカしく映ったのだ。

「それじゃ、今日も八時にロビーへ集合な♪」

「「「「「「は~いっ♥」」」」」」

 宏の掛け声に六人の息もピッタリだ。
 七人は手っ取り早く朝食を済ませ、四条河原町から大原行のバスに乗り込んだ。



「ここが大原で最も有名な三千院だ。テレビの紅葉中継で目にした事もあるんじゃないかな? この寺は平安京に遷都される六年前に比叡山に建立されたんだ。その後、移転を繰返し、明治になってから今の場所に移ったんだな。で、その時から三千院と呼ばれる様になったんだ」

 宏のプチガイドに耳を傾けながら、宏を囲む六人は山門(御殿門)から広大な敷地に足を踏み入れる。
 雲ひとつ無い青空からは秋の柔らかな陽射しが降り注ぎ、朝露に濡れた葉は紅、朱、赤、緋、黄の色鮮やかなグラデーションを奏でながら煌き、数少ない緑の葉が逆にアクセントになって七人の目を惹き付ける。
 境内は静寂に包まれ、自分達の息遣いや足音以外に、木々が風にそよぐ音や小鳥のさえずりしか聞こえて来ない。

「宏ちゃん~、有名な紅葉スポットの割には誰もいないね~。……まるで私達の為に遠慮してくれてるみたい~♪」

 周囲に首を巡らせた若菜は目元を紅く染め、そっと宏の右手を握る。
 自ら指を絡め、掌から伝わる温もりに若菜の心が躍り出す。

「えへへ♪ 夢が叶っちゃった♥」

「夢? ここで、こうして、歩く事が?」

 宏は辺りを軽く見回し、切れ長の潤んだ瞳を見つめながら握った手に軽く力を込めて、二人がこの場所で手を繋いでいる事を強調する。

「あ……。うん、うんっ!」

 宏の示した行動に若菜は瞳を大きく見開いて驚き、同時に宏への愛する想いが奔流となって胸から溢れ出す。
 それは一筋の涙となって頬を濡らし、堪(こら)えても堪えても止める事が出来無い。
 若菜は中学三年の時、テレビで見た三千院の紅葉の美しさが忘れられず、いつか紅葉舞い散る中を宏と手を繋いで歩きたいと、心密かに想っていた。
 その二年越しの想いが叶い、更には愛する男性(ひと)が何も言わなくても自分の心情を察してくれた事が何より嬉しく、胸が一杯になってしまったのだ。

「若菜……せっかくの化粧が流れるぞ?」

 涙の意味を悟った宏は微笑み、気分を落ち着かせ様と、わざと軽口を叩く。

「……バカ。私はいつもスッピンだよ~。そりゃ、ルージュ位は引いてるけど~」

 少し拗ねた口調で言ってみるものの、宏の暖かい掌と優しい瞳が若菜の涙をより誘ってしまう。
 宏は立ち止まると左手を若菜の頬に宛がい、親指でそっと涙を拭う。

「若菜は笑っている時が一番可愛いよ♥ ……まぁ、たまには今みたいな感動の涙も綺麗だけどな♪」

 若菜は微笑む宏の胸に額を押し付け、愛する男性(ひと)との心の触れ合いに、しばし時を忘れた。
 残された女性陣は幸せそうに身体を預ける若菜に心が温まり、次は自分にしてもらおうと密かに狙う。
 同時に、他人から目撃されない様に、さりげなく横に並んで壁を作る事も忘れない。

(好かったわね、若菜。願いが叶って♪)

(うんっ!)

 千恵の嬉しそうな視線に気付いた若菜は、泣き笑いの顔のまま大きく頷いた。
 その顔は学園で見る大人びた顔とは違う、まだ十七歳の、あどけなさが残る少女の顔だった。

「よしっ♥ みんな宏からラブラブパワーを充電した所で、次に行こうぜ♪」

 一番最後に宏に抱かれ、まだ温もりが身体に残る中、ほのかが長い金髪を輝かせながら破顔一笑して親指を客殿に向ける。
 宏達は日本庭園の聚碧園(しゅうへきえん)を屋内から眺め、続けて紅葉真っ盛りの有清園(ゆうせいえん)に歩を向ける。

「すっごく広いお庭ね~。……お手入れが大変そう」

 真奈美が妙な所に注目し、みんなから笑いを誘う。
 ここは高くそびえる杉木立の間に色とりどりの紅葉が生い茂り、まるで山の自然をそのままミニチュア化して持って来たかの様な造りになっていた。
 三段の滝組が池に流れ落ちる造形美に心が安らぎ、せせらぎの音が耳朶に心地好く響く。

「すっごく綺麗ね~♪ 清水寺や錦雲渓の紅葉も素晴しかったけど、この庭園の紅葉は建物との折り合いが凄く好いわ~♪」

 千恵が感嘆の溜息交じりに辺りを見回し、ほのかも日本庭園の巧妙さに息を洩らす。

「そうだな、まるでオレ達だけが平安時代にタイムスリップしたみたいだ」

「さしずめ、ヒロは光源氏、ってトコかしら♪ ……もう、そのものかもね♥」

 晶は可笑しげに口元を押さえて笑う。
 その瞳は真っ直ぐ宏に向けられている。

「おっ、源氏物語だな♪」

 晶に続いて曇りの無い澄んだ切れ長の碧眼に見つめられ、宏の鼓動が一気に早くなる。
 そんな宏に、優がジャケットの袖を引きながら見つめて来た。

「……でも、こっちの光源氏は女を不幸にしない。むしろ幸せに導いてくれている♥」

 言うが早いか、優の唇は目にも留まらぬ速さで宏の唇に近付き、重なった次の瞬間には離れてゆく。
 その余りにも見事なタッチアンドゴーに全員が目を見開いた。

「「ゆっ、優ちゃん、ずるい~~~~っ!」」

「ぬ、抜け駆け禁止って、自分が言ってただろっ!」

「いつの間に、あんなスキル手に入れたのかしら? 我が妹ながら、天晴れなヤツ♪」

「あん♥ 優ちゃんのお顔、真っ赤っか♪ この葉っぱと、どちらが赤いかしら♪」

 千恵と若菜が双子らしく同じタイミング、同じ抑揚で声が重なり、ほのかが碧眼を剥く。
 姉は微笑み、真奈美は声を上げて笑う。
 一瞬のキスに物足りなさを覚えた宏は人目の付かない大木の陰にひとりずつ誘い、これまでまともに触れ合えなかった鬱憤を晴らすかの様に心行くまで濃厚なキスを交わし、また彼女達も悦んで宏の唇を貪った。

「それじゃ、昼を摂りながら、次に行く場所を決めよっか♪」

 しかし、宏の問い掛けに誰も応える事が出来無い。
 六日間にも及ぶ禁欲生活だったところに、愛する男性(ひと)からの濃厚強烈なキスの洗礼を受け、全員腰砕けになってしまったのだった。


     ☆     ☆     ☆


 宏達一行はバスで京阪三条まで戻ると、三条通(さんじょうどおり)から先斗町通(ぽんとちょうどおり)を下(さが)って古い構えの茶屋を覘き、四条通から木屋町通(きやまちどおり)を上(あが)り、高瀬川沿いに植えられた柳並木の素晴しさに繁華街にいる事を忘れる。
 そして再び三条通から新京極通を下りつつ真新しいビルで京の民芸品を売る老舗などを冷やかし、今は錦小路(にしきこうじ)へと来ていた。
 宏の家で料理を担当する若菜と千恵、真奈美の三人が京都の台所と呼ばれる錦市場(にしきいちば)に是非とも行ってみたいと旅行前から計画していたのだ。
 新京極通から錦小路の目印である鳥居をくぐって市場に足を踏み入れると、真奈美と千恵が瞳を輝かせて店先に駆け寄る。

「うっわ~、京野菜があちこちでテンコ盛りになってるぅ~♪ どれも新鮮取れたてで美味しそう~♪」

「うわっ! 丹波産松茸がこ~んなに一杯っ。……値段も一杯で手が出せないわ」

 人の波で溢れ返る細い小路を右に左にジグザグに移動しながら、若菜も漬物屋の店先で試食品を頬張りながら瞳を輝かせている。

「これが千枚漬けで……こっちが京すぐき。しば漬けも味見してと……。ん~~~、どれも美味しい♪ 家(うち)用に買っておこうかしら~♪」

 宏達も一軒一軒じっくり眺め、時には試食品に舌鼓を打ちながら若菜達の後を付いてゆく。

「おっ♪ 若狭の笹カレイと鯖寿司だ♪ 宏の酒の肴に好さそうね♥ こっちは……九条葱に聖護院(しょうごいん)大根、堀川ごぼうに京にんじんか。鍋物や風呂吹き大根、きんぴらごぼうにしたら美味しそうだな♪」

「流石に、今が旬の野菜が多いわね。見るだけでも楽しいわ♪ ……あれ? このお店だけ誰もお客がいない? こんなに人通りがあるのに。……あぁ、千場吉蝶か。なるほど、どおりで♪」

 千恵は宏の好物を元にメニューを考え、真奈美は種類の豊富さに心弾ませる。
 料理が苦手な晶とほのか、家事全般が全くダメな優は、それでも古都の面影を残す市場に満足気だ。
 店先から漂う商品の香りに足を止めたり、威勢の好い呼び込みの声に引き寄せられたりと、七人は市場の雰囲気を存分に楽しみ、味わう。
 夕方の時間帯と言う事もあり、一目で判る観光客や外国からのお客様と同じかそれ以上の数で地元のお婆ちゃんや主婦、白装束に身を纏い、屋号の刻まれた竹籠に京野菜を詰めて先を急ぐお茶屋の料理人などが行き交う様は、正に京の台所だ。

「それにしても……こうも人が多いと、千恵達とはぐれそうだな。まぁ、若菜は千恵と真奈美が一緒だから大丈夫だろうけど」

 宏は背の高い若菜を目印にすれば、たとえ自分達と距離が開いても直ぐ見つかるから大丈夫だとタカをくくっていた。
 晶と優、ほのかも宏の傍にいればはぐれないと安心し、また市場の活気に釣られてつい周囲に対する警戒を怠ってしまった。

(おっと……。これだけの人出って、まるで年末のアメ横みたいだな)

 宏は向かって来る人を右に左にと身体を捻って避け、追い越す人に道を譲りながら頭ひとつ飛び出た若菜のあとを付いて行く。
 ところが、目印の頭が右に曲がって店に入ると思いきや、細い路地をどんどん上るではないか。

(おいおい、どこへ行くんだ? そっちは三条通だぞ?)

 何も言わずに進路変更する若菜を止めるべく、宏は斜め後ろにいる晶の手を握って小走りに後を追う。
 宏の頭の中では、晶はほのかの手を掴み、優も姉に従っていると思い込んでいた。
 ところが、宏が路地を曲がって前を見ると、若菜だと思っていた頭は同じ女性でも全く別人の頭だった。

(嘘っ!? 若菜じゃ無いっ!? それじゃ、あいつはいったいどこへ!)

 どうやら余りの人混みに、どこかで見誤ったらしい。
 宏は即行で携帯を取り出し、若菜の行方を追うとしたその瞬間。

「そんなに強く手を握られると、痛いわ♥」

 ここにいる筈の無い人物の声が直ぐ隣から聞こえて来た。
 その声に宏の鼓動は一瞬で跳ね上がり、目元と口角を引き攣らせながら恐る恐る顔を向ける。
 そこには頬を朱く染めた人物が立っていた。


     ☆     ☆     ☆


「ったく~、ヒロったらっ! あたしら残していったいどこへ行ったのよっ!」

 晶は宏を見失った場所から最も近い、錦小路と堺町通(さかいまちどおり)の交差点で毒づいていた。
 ほんのちょっとよそ見をしていたら、いつの間にか宏の姿が消えていたのだ。
 ほのかは自分の携帯電話から千恵の携帯電話に現在地を転送してすぐに集まる様に連絡し、優は宏の携帯電話の反応を追って携帯画面をみつめていた。

「千恵ちゃんに連絡付いたぜ。三分以内に合流出来るってよ。そっちは?」

 ほのかは優の携帯電話を覗き込み、現在地と宏の位置を見比べる。

「……今、衛星からデータを受信中……ヒロクン発見♪ 位置は……現在地より磁方位三百四十二度、距離百二十七メートル地点で目下停止中」

「だ~~~~っ!! もっと判り易く言ってっ! あたしらは軍隊じゃ無いっ!」

 どんな時でも冷静沈着な優に、宏を見失って冷静さを欠き始めた晶。
 そんな対照的な二人が可笑しく、ちょっとしたハプニングに心ウキウキのほのか。
 しかし、優は宏の居場所を示す、点滅する輝点が先程から全然動いていない事に眉をひそめる。

(……ヒロクン、動きが無い。何かトラブってる?)

 もし、宏もみんなとはぐれた事が判れば直ぐに連絡が来る筈だし、お互いGPS携帯を使っているので相互の位置関係も把握出来、合流も簡単な筈だ。

(……それとも、学園の生徒に捕まっているのか、あるいは指導しているのか。担任として仕事を終えれば連絡しながらこちらに向かう筈――)

 万が一、誰かがはぐれた時は気付いた地点から動かず、宏から連絡を入れる様に前もって決めていたのだ。

「優っ! ヒロはっ!? こっちに向かってるんでしょうねっ!?」

 姉の怒りの篭もった鋭い声が妹の思考を中断させる。
 晶は自分達のデートが中断されて御機嫌ナナメだし、優も楽しい雰囲気から一転、雲行きが怪しくなったので気分的に面白くないのは一緒だ。

「ちょっとっ! 宏が行方不明って、どう言う事っ!?」

「宏君とはぐれちゃったのね? でも携帯は通じるんでしょ?」

「宏ちゃん、大人なのに迷子になるなんて、まるで子供みたい~♪」

 千恵は血相を変え、真奈美は普段通りの顔で駆け付けた。
 若菜は自分が子供だと言う事も忘れ、大人である宏を笑い倒す。
 ほのかはそんな三者三様の反応にお腹を抱えて爆笑し、直ぐに晶と千恵から笑い事では無いとド突かれる。

(……ヒロクン)

 優は暫く携帯画面を見つめていたが、一向に連絡は来ないし輝点も全く動かない。
 これはもう、宏は連絡が出来ず、動けない状況にあるとしか思えない。

(……ヒロクンに、何か非常事態が起きているっ)

 急速に高まる胸騒ぎに、優は自分の考えをみんなに聞かせつつ先頭に立って歩き出す。
 と、ここで初めて宏の輝点が北へ向かって移動し始めた。
 それはこの錦小路から遠ざかる方向だし、宏が自分達を差し置いて何処かへ行く事など有り得ない。

(……これは……仕事じゃないっ! ヒロクンっ!)

 優は後ろに率いる五人を綺麗すっかり忘れ、宏のいる方向へダッシュした。


     ☆     ☆     ☆


(っっ!! な゛っ!! なんでっ!? どうしてっ!?)

 宏が手を握っていたのは晶でも優でもほのかでもなく、学年主任であり、宏の上司である夏穂だった。
 宏の頭の中は一瞬で真っ白になり、言葉も何も出て来なくなる。
 夏穂を指しながら目を見開き、金魚みたく口をぱくぱく開閉させるだけだ。
 そんな宏の顔が余程可笑しかったのか、夏穂がお腹を抱えて笑い転げる。
 その笑い声は錦市場の喧騒にも負けなかった。

「それじゃ、宏クン、行こうか♪」

 ひとしきり笑った後、夏穂は握られた手をそのままに宏を引きずって三条通へ向かって歩き出す。
 進行方向には「カラオケ・ジャグジー・舞妓のコスプレ衣装付き個室完備。只今サービスタイム中♥」と書かれた看板が昼間なのに目立つ程、これでもかと光っている。

(って、おいおいおいっ! このパターンはっ!)

 既視感に囚われた宏は空いた片手で頬を叩き、自分で喝を入れると夏穂の手を離す。
 自分から握っていた事にようやく気付いたのだ。
 立ち止まった宏に夏穂は残念そうな顔になり、怨めしげな瞳に涙を浮かべて上目遣いに見つめて来る。

「う゛っ! あの、その……」

 そんないじらしい(?)夏穂を見ていると、自分は何もしていなくても悪い事をしたかの様な錯覚に陥ってしまう。
 宏は思わず元来た方向へ後退りし、夏穂から距離を取ろうとした。
 しかし、今度は夏穂が宏の手を握り返す。
 潤んだ瞳で宏を見つめ、訴え掛ける様に縋り付く。

「宏クン、私と、一緒に、来て♥ もう、我慢、出来ないの♥」

「あの、夏穂先生? 今日は書類作成で、ずっと宿に篭もりっ放しだ、って朝、言ってませんでしたっけ?」

 何とか夏穂の毒牙を避けつつ、左右に視線を走らせて逃げ道を探す宏。
 そんな宏の考えはお見通しよ、とばかり身体ごと擦り寄って逃げ道を塞ぐ夏穂。

(あ、ヤバイっ。勃って来ちまった……)

 宏は夏穂から漂う柑橘系の香水に包まれ、おまけに綺麗な顔立ちの潤んだ瞳に見つめられて観念し、同時に今まで大人しかった『男』に血液が急速充電されるのが判った。
 夏穂は宏の身体から力が抜けた(一点だけ硬くなった)事に満足気に微笑み、宏と一緒に一歩を踏み出した所で。

「ヒロクンっ!!」

「くぉらっ! あたしのヒロにナニすんじゃぁ~っ!!」

 GPS携帯の恩恵に預かり、地図機能を利用して先回りした優と晶の姉妹は仁王立ちになって教師二人の進路を阻む。
 優は宏の無事な姿が確認されて安堵した顔で、晶は夏穂の抜け駆けに憤慨した顔で。
 千恵達も少し遅れて駆け付け、呼吸も荒いまま色ボケ夏穂(元町でのイメージが頭に残っていた)を睨み付ける。
 すると、夏穂は待ってましたとばかり、大きな声で楽しげに笑い出した。

「あの……夏穂先生?」

 何とも場違いな高笑いに一同が呆気に取られる中、気を取り直した宏が首を傾げながら学年主任を見つめる。

「みんな揃って相変わらず仲が好いわねぇ。……私が宏クンと、どこに行くと思ってたの?」

「どこって……、あの……光り輝く看板の所……」

 薄っすらと笑みを浮かべた夏穂の問いに真奈美が指差す方向には、どう見ても寺院にしか見えない造りのラブホテル。
 夏穂は口元を両手で押さえながら笑いを堪(こら)え、心底楽しげにみんなを見る。

「その正面にある『ドラッグストア~ヤマモトキヨシ』って言う選択肢は、無かったのかな~?」

「へっ!? ドラッグ……」

「……ストア?」

 双子らしく、台詞を二分してもスムーズに話す晶と優。
 みんなの視線の先には、寺院風ラブホテルの真向かいに建つ、正面が金色に塗られ、全国チェーンで有名な建物がひとつ。
 晶と優は目と口をポカンと開け、毒気を抜かれた様な、魂までも抜かれた様な呆然とした顔だ。
 姉妹のこんな顔は、学園はおろか家でも誰も見た事が無い。

「そんなに驚く事じゃないでしょ?」

 夏穂は両手を腰に当て、胸を反らして得意気にネタばらしをする。

「もう、昨夜も徹夜よ、徹夜! 二晩夜通しで書類作成だなんて、うら若き乙女がする仕事じゃ無いわよねぇ~。目は充血して潤むし、眠気は四六時中襲って来て我満出来無くなるわ……。で、気分転換に携帯いじってたら宏クンの反応がすぐ近くに現れたから、逢いたくなって仕事を放り出して来ちゃったの♪」

 ここにも、GPS携帯の恩恵を授かった女がひとりいた様だ。

「な~んてね♪ 仕事なんて、とっくにお昼までに仕上げたわよ。でも、携帯で宏クンの居場所を追っていたのはホントよ♪ それで眠気覚ましのドリンク剤を買うついでに宏クンの顔を見ようと思って後を付いていったの。そしたら、いきなり宏クンが私の手を掴んだかと思うと同時に走り出して……」

 大きな瞳をハート型にして回想する夏穂。
 頬を赤く染め、恥らうその姿は恋する女子高生となんら変わらない。

「遂に、宏クンが私の想いに応えてくれたのかと思って、嬉しかったわぁ~♥」

 うっとり悦に浸る夏穂に、事の顛末に呆れて何も言えなくなる七人。
 宏はハタと気付き、確認してみる。

「それじゃ、ずっと俺の……私の後ろにいたんですか? 私達が錦市場に来た時から?」

 にこやかに頷く夏穂に、してやられた顔付きの晶と優。
 教師全員がGPS携帯で連絡を取り合っている事を今の今まで失念していたのだ。
 当然、宏の居場所は学年主任の夏穂に筒抜けになっていた筈だ。

「ハ~イ、先生♪」

 と、ここで若菜が大きく手を上げ、小さく首を傾げつつ夏穂に尋ねた。
 それは生徒が先生に質問をすると言うよりも、宏の女として、宏に好意を寄せる女に対する質問だった。

「夏穂先生は~、宏ちゃんの事が好きなんだよね~? でも、宏ちゃんに既に決まった女性(ひと)がいたら、どうするの~?」

 直球ど真ん中の問いに、その場にいる晶、優、ほのか、真奈美、千恵の五人は固唾を飲んで見守る。
 夏穂はそんな五人にふっ、と微笑むと、何の躊躇いも無く答えた。

「それは……あとで本人に直接答えるわ♪」

 拍子抜けした六人の女生徒の視線と女教師の視線が絡み合い、そのまま向きを変えて宏へ突き刺さる。
 宏は思わず左右を見回し、その視線の行き先が他にあるのではないかと探してしまう。

「俺に……どうしろって?」

 力無くうな垂れた宏に、晶は何で直ぐに断らないのよっ、と頬を膨らませ、千恵と真奈美、優の三人は同情の眼差しを向け、ほのかは男女のサスペンス(?)に瞳を輝かせ、若菜は夏穂の答えに、ひとり納得したかの様に頷いている。

「今日は、もう帰ろう……」

 夏穂に振り回され、微妙なプレッシャーを全身に浴びて疲れ切った宏は女性七人に支えられ、手を引かれ、背中を押されてホテルに戻った。


     ☆     ☆     ☆


「宏クン、ちょっと……話たい事があるの。時間、いいかしら?」

 修学旅行も残すは、あと一日。
 明日の午後には帰京するとあって、生徒達は頼まれたお土産や明日行く場所のチェックに余念が無い。
 そんな慌しくも華やかな雰囲気の中、若菜やほのか達と夕食を終えてホテルのロビーでくつろぐ宏の元へ、夏穂が窓から見える鴨川を指し示しながらやって来た。
 その眼差しは幾分潤み、普段の明るく聡明な瞳とは違って何かを抱えている様にも見える。

「いいですよ。門限まであと三十分はあるし」

 宏は時刻を確認するとすぐに頷き、一緒にいた晶達六人に「すぐ戻るよ」、と片手を挙げ、夏穂と一緒に外へ出てゆく。
 残された晶達は夕方の一件が頭をよぎり、大きく頷くと二人の後をこっそりと(しかし美人女子高生が六人もいるので目立まくっていた)追った。

「あのね、宏クン……」

 ホテル前の四条大橋を渡った夏穂と宏の二人は、肩を並べて鴨川に沿う土手をゆっくりと歩いていた。
 中空には満月が浮び、銀色に降り注ぐ淡い光が優しく二人を包み込む。
 土手の斜面からは虫の奏でる音楽が二人を先導し、川のせせらぎが二人の距離を自然と近づける。
 夏穂は勇気を振り絞り、溜まりに溜まった想いの丈を宏の瞳に向かってぶつける。
 今夜が最初で最後の、そして最大のチャンスだと思ったのだ。

「あのね、宏クン。私は……貴方の事が好きなの。ひとりの女として、宏クンを愛しているのっ」

 澄んだ声が辺りに響き、木霊となって京の街に溶け込んでゆく。

「初めて出逢った七年前から、貴方を好きになったの。今年の春、四年振りに再会した時も、私の想いは変わらなかった……」

 夏穂の一途な想いが、月明りと共に宏の心に染み渡る。

「か……夏穂先生」

 恩師でもあり、先輩教師からの冗談では無い、真剣な告白に宏は驚き、足を止めてしまう。
 元町や今日の錦市場での出来事は冗談めいていたが、ここまで真剣な瞳では無かった。
 しかし、憧れの存在として心の隅にいた女性から真摯な想いを告げられ、宏の胸は次第に熱くなる。
 早まる鼓動のまま視線を向けると、夏穂も熱い瞳で宏を見つめていた。

「七つも年が離れているけど、貴方を想う気持ちは誰にも負けないわ。私は昔から……貴方が高校に入学した時から貴方だけを見つめていたの」

 そっと握られた掌からは、純粋で一途な想いだけが伝わって来る。

「その宏クンが私の勤める学園に着任して来た時、これはもう運命だと思った。赤い糸で結ばれているんだと思って凄く嬉しかった。その晩は眠れなくなる程に」

 夏穂は両手で想い人の右手を掴むと、そのまま自分の胸に包み込む。

「普段、もっと素直になれたら好かったんだろうけど、照れもあってつい……。学園では意地悪な事をいっぱいしちゃったし、四日目の巡回とか、今日も、ね♪ ……でも、心の中では心臓が爆発する位、ドキドキしてた」

 夏穂の潤んだ瞳が宏を捉える。
 その言葉が嘘では無いと、右手から伝わる鼓動の早さが証明していた。
 宏は夏穂の瞳の中に吸い込まれる感覚に陥る。

「夏穂先生……。正直嬉しいです。俺も、昔から夏穂先生に憧れてましたから。でも、俺にはもう……」

 続け様とした言葉も、激しく首を横に振る夏穂に遮られてしまう。

「宏クンに好きな女性(ひと)が何人いても構わない。私も一緒に貴方の傍にいさせて欲しいの……。もう、ひとりで慰める夜は嫌なのっ」

 夏穂は宏が学園に着任して来た当初から、若菜を始め晶や千恵達が宏を見つめる視線が他の生徒と全く違うと気付いていた。
 それは一般の女生徒が持つ憧れや恋に恋する視線とは違い、互いが互いを思い遣る、円熟した夫婦でしか有り得ない慈愛に満ちた視線だった。

「若菜ちゃんの言動は、どう装っても兄妹のそれとは違って見えていたしね。そして、事ある毎に庇う晶ちゃん達も巧く誤魔化していたみたいだけど、私には判っちゃったの。なんて言うか……女の、ライバルとしての勘、かしら。初日に清水の舞台であなた達を見ていて完全に確信したの」

 夏穂は教師である宏が生徒である晶達と尋常で無い間柄にあると確信しても、ひとり胸の内にしまっておいた。
 これからも同じ学園で一緒に教鞭を取る事を切望したから。
 同時に、宏の傍にいさせて欲しいと願う自分に気付いたから。

「えっ!? それじゃ、あの時感じた視線は夏穂先生だったんですか……。それでも、学園には黙ってくれていたんですね……。ありがとうございます」

 続け様に発せられる夏穂からの告白に宏は驚き、そして深々と頭を下げる。
 しかし、まさか夏穂が自分に対し、ここまで真剣な恋心を抱いていたとは思いもしなかった。
 鈍感な宏は、職員室や学園内での夏穂の素振りの意味に全く気付かなかったのだ。

「夏穂先生の仰る通り、千恵と若菜が私の妹、と言うのは表向きの偽装工作です」

 宏は自分の口から詳細を打ち明ける。
 それが真剣に向き合ってくれた夏穂に対する、最大の礼儀だと思ったのだ。

「晶達六人は十六歳になると同時に、私と一緒に住み始めています」

 宏は千恵姉妹とは実家が隣同士の幼馴染である事、晶姉妹は自分の従妹である事、ほのかと真奈美は中学生だった晶姉妹を介して知り合った事など、事細かに説明する。

(夏穂先生……)

 元々、夏穂を高校生の頃から『綺麗なお姉さん』として好ましく思っていた事もあり、内情を明かすうちに宏の中で遠い憧れの存在から晶達と同じ愛しい存在へと変化した。
 目の前で儚げに立ち尽くす夏穂を、この腕で強く抱き締めたい程に。
 夏穂を見ると、自分を見つめる潤んだ瞳は月明りで煌いていた。

「夏穂……先生……」

「いやっ! 今は……今だけは夏穂、って呼んで♥」

「……夏穂」

 二人の想いが止め処も無く溢れ、ひとつに交じり合う。
 この時ばかりは、宏の中から晶達六人の面影が消えかかる。
 川面には月光に照らされて寄り添う二つのシルエットが映り、やがてゆっくりとひとつに重なってゆく……。
 そう思われた次の瞬間。

「あたしに隠れてナニしてんのよ~~~~っ!!」

 物陰に身を潜めて(しかし通行人からは丸見えで余りの怪しさに通報されかかった)二人を窺っていた六人が飛び出して来た。
 度重なる夏穂の抜け駆けに我慢出来なくなった晶を先頭に、嬉しそうに笑っている若菜とほのか、諦め顔の千恵と真奈美、そして全てを悟ったかの様な優が一直線に向って来る。
 しかも全員、スカートがひるがえり、下着が見える事もいとわず全力疾走だ。
 二人は顔を見合わせ、慌てて離れるが既に時遅し。
 鴨川に晶の怒号が響き、煌く星空に吸い込まれてゆく。

「あ~あ、やっぱり見つかっちゃった♪ 残念」

 余り残念そうには見えない夏穂の横顔に、宏も釣られて笑い出す。

「ちょっと、ヒロッ!? 笑い事じゃ無いでしょっ! なに浮気してんのよっ!!」

 学年主任……と言うよりも浮気相手を目の前に感情を露にして完全に素に戻った晶が大きな瞳を見開いて宏に迫ると、宏は晶の引き締まった腰に両手を回して抱き寄せる。
 その余りの自然な動きに抱かれた晶でさえ、最初何をされたのか判らなかった。

「って、ちょっと、ヒロッ! 夏穂先生が見てるっ……んんっ!!」

 晶の慌てふためく言葉は宏の唇で塞がれ、晶の怒りや戸惑いごと宏が吸い取ってしまう。
 宏はそっと唇を外すとみんなに視線を向け、夏穂にこれまでの経緯や自分達の関係を話した事を伝えた。
 そして、自分の夏穂に対する気持ちも正直に伝える。

「オレは宏に付いていくだけだ。宏を愛しているからな♥」

「宏君、夏穂先生も私達と同じく、大事に愛してね♪」

「まぁ、宏がそう言うんなら、あたいは従うだけね♥」

 一瞬、上役である夏穂にバラして大丈夫なのかと危惧するが、ほのか、真奈美、千恵はすぐに破顔する。
 日頃の夏穂を見ていて、姑息な真似はしないと判っているからだ。
 若菜と優は無条件で宏を支持しているので、終始笑顔を浮かべたまま頷く。
 それに、夏穂の事は教師としてもひとりの女性としても、みんな元々好きなのだ。
 一方、晶は新たな展開に戸惑い、逡巡してから大きく息を吐き、笑顔を向けた。

「あたしも、この若さで馬に蹴られたくないしね♪」

 夜の鴨川に、月明かりをも揺るがす歓喜の声が上がった。


     ☆     ☆     ☆


 修学旅行最終日。
 この日は宏達の輪に夏穂が新たなる一員として加わった記念として、宏は七人をとある場所へと案内した。
 平安時代さながらの家並みが連なる中を、女性陣は宏を囲む様に歩いてゆく。

「ねぇ~、宏ちゃん。ここって祇園だよね~。ここに何かあるの~?」

 若菜が首を捻って宏を見ると、腰まで届く漆黒の長い髪がサラサラと背中を滑り、それに合わせてシャンプーの甘い香りが風に乗って宏の元へと運ばれて来る。

「旅行の初日に通ったけど、舞妓さんを遠くに見掛けた位で、特に何も無かったような……。千二百年前の町の雰囲気を味わうには絶好な場所だけど♪」

 千恵が首を傾げて宏を見ると、頭の高い位置で縛ったポニーテールが左右に小気味好く揺れ、それに合わせてリンスの爽やかな香りが辺りに漂う。
 二人が頭を動かす度に嗅ぎ慣れたシャンプーとリンスの匂いが宏の鼻孔を刺激し、思わず風呂上りの情事を思い出してしまう。

(って、今はそれよか大事な用があるし)

 宏は煩悩を振り払い、前を見据えて歩き続ける。
 ほのかは陽の光りに煌く金髪を片手で払いながら心底楽しそうに瞳を輝かせ、千恵姉妹に軽くツッ込みを入れる。

「まぁまぁ、黙って宏に付いて行けば好いんだよ♪ お楽しみは最後まで取っておかなきゃな♪」

「みんなで大っぴらに歩けるだけでも空気が違うわ……。なんか解放された気分♪」

 片や、満面の笑みを浮かべた真奈美は青空に向かって大きく伸びをし、ゆっくりと深呼吸する。
 これまでの様に生徒としてでは無く、ひとりの女として宏と京の街を歩いているので気分上々なのだ。
 それは他の面々も同じだった。
 学年主任である夏穂に自分達の事情が明かされた事で一時的とは言え、素の自分のまま宏の隣を歩ける開放感に浸っているのだ。
 たとえ学園の誰かに見つかったとしても『親衛隊』で済むし、今では学年主任が味方に付いているので言い訳は簡単だ。

「だからって、あんまり人前でイチャイチャしないでね。言い訳するのも、結構面倒臭いんだから」

 緩いウェーブの掛かった黒髪を白のヘアバンドで留めた晶が眉根を寄せ、若菜とほのかを指差す。
 名指しされた二人は頬を膨らませて文句を言い、みんなから笑いの渦が起きる。

「……大丈夫。見つかる危険は今の所、低い」

 優は、まだ文句を言い続ける二人を安心させる情報を出す。

「今現在、この附近……半径二キロ以内にクラスメイトの影は無い。巡回の先生も……ここにヒロクンと夏穂先生がいるだけで、あとは……洛北と洛西、洛南に各一人と……阪神地区に一人が展開中。残る二人はホテルで待機してる」

 今やすっかりお馴染みになったGPS携帯で危険因子(?)をチェックしていたのだ。

「生徒達の居場所なんて、何で判るんだ?」

 感心する宏の問いに、優ははにかみながら携帯画面を指差してネタばらしをする。

「……これ。緑の点がヒロクン♥ 黄色がクラスメイト。地図上に常に表示して位置が判る」

 そこには京都市の地図上に赤、黄、緑の三種類の輝点が点滅し、移動していた。
 なんでも、優の携帯に登録されているクラスメイトの電話番号からその携帯の位置情報が判り、地図と併せる事で対象とする携帯電話の位置が――すなわち相手の居場所が判るのだと言う。

「先生達の情報は? ちょっとやそっとじゃ携帯情報なんて手に入らないぜ?」

 碧眼を細めたほのかが、興味深げに首を突っ込んで来た。
 とことん面白い事に、本能的に嗅覚が働くのだ。
 優は夏穂に視線を向け、あっさりと情報源を明かす。

「情報戦を制する者が明るい将来を築くのよっ!」

 夏穂が吹っ切れた様に叫び、その言葉を裏付ける赤い点がホテルの位置に二つ、市内に三つ点滅し、移動している。
 優によると、昨日のうちに夏穂から引率教師の携帯情報を教えられたと言う。
 そうすれば、どこにいても学園関係者と鉢合わせする危険性が激減し、宏との逢瀬がより安全に過ごせると目論んだのだとか。
 いわば、内部情報を夏穂がリークした形だ。
 どうやら宏へ長年の想いを吐き出し、より自分の気持ちに素直になれたらしい。

「まぁ、役立つ情報なら、有難く頂戴するけど♪」

 晶は超一級極秘情報を入手して御機嫌だが、そんな事をして大丈夫なのか心配になった宏は思わず足を止めて夏穂を見つめる。
 宏の携帯には学年主任である夏穂と校長、教頭の三人しか登録していない。
 教員は鉄壁な縦社会で、横の繋がりは殆ど無いのだ。

「大丈夫。心配いらないわ♪ コントロール出来無い情報じゃ無いもの。扱う者がしっかりしているから外部に漏れる心配は無いし、当事者にも迷惑は掛からないわ♪」

 優を見つめる夏穂の視線は、すっかり信用し切っている視線だ。
 宏の知らない所で同じ男を愛する者同士、すっかり信頼関係が出来上がっているらしい。
 夏穂の配慮に宏は感謝し、心の中で深々と頭を下げた。



「ほら、この店だよ。今日の目的地」

 宏は祇園の中心に程近い、細い裏路地に入って更に奥へ進んだその先にある、平安の匂いを感じさせる堂々とした佇まいの屋敷に躊躇無く入ってゆく。
 晶達は身に纏ったセーラー服と店構えのギャップに戸惑い、互いに顔を見合わせながら宏の後に続く。

「それじゃ、俺はここで待っているから、みんなは店の人に従ってね♪」

 玄関の隣に設えられた小部屋で、宏は女性陣を店のスタッフへ預ける。
 夏穂をはじめ、晶達は何をするのか判らないまま店の奥へと案内された。
 そして待つ事一時間。

「すっごく……綺麗だ。見違えたよ……♥」

 宏の目の前には七人の舞妓(まいこ)さんが立ち並んでいた。
 ぽっくりの下駄、だらりの帯、自前の髪(セミロングヘアの夏穂とショートヘアの優は鬘(かつら)だ)で結った日本髪、紅葉や銀杏(いちょう)をあしらった花簪(はなかんざし)……。

「みんな……素晴しい」

 宏は余りの華やかさに目を見開くだけで言葉が出てこない。
 晶は大人びた黒色を、優は落着いた蒼色を、ほのかは淡い桜色を、真奈美はシックな藍色を、千恵は華やかな朱色を、若菜は鮮やかな紅色を、夏穂は明るい薄緑色をそれぞれ基調にし、紅葉柄をあしらった振袖に身を包んでいた。
 その想像以上の美しさに宏は勿論、着付けを担当したベテランスタッフでさえ時間を忘れ、息をするのも忘れて魅入ってしまう。
 本来、舞妓は芸妓の見習いを指す言葉なのだが、その堂々たる姿はとても見習いには見えない。

「……あの、ヒロクン? ここって……」

 初めて着る振袖と鬘に照れながら優が尋ねる。
 その言葉に残りの六人も頬を染めた顔を向ける。

「驚いた? ここは、観光客向けに舞妓さんの格好になれる所なんだ♪」

 綺麗処を目の当たりにして、徐々に鼓動が早くなる宏。
 普段の夏穂や晶、若菜やほのかの美しさに見慣れているとは言え、着物を纏った美しさはまた格別なのだ。
 千恵や真奈美、優の着物姿も新鮮に映り、改めて惚れ直してしまう。
 しかし一人だけ顔を俯け、着物と帯を見下ろしながら自信無さそうに呟いた者がいた。

「なぁ、半分外国人のオレでも少しは似合ってるのか? 金髪碧眼のオレでも?」

 ほのかの自嘲気味な声に、宏(と店のスタッフ)は即座に首を横に大きく振り、心からの賛辞を贈る。
 更に他の女性陣からの称賛もあって、徐々に満更では無い顔付きになる。

(着物って、日本人専用の衣装と思ってたからな。オレでも着る事が出来て、好かった♪)

 もっとも、宏からの嘘偽りの無い言葉ひとつで、いつもの明るいほのかに戻ったのだが。

「あれ? そう言えば、白塗りはして無いんだ?」

 みんな色鮮やかな紅(べに)は差しているものの、白塗りの厚化粧はせずに素顔のままだった。
 宏の疑問に、店長が苦笑しながら耳打ちする。
 なんでも、白塗りをした所、余りの変わり様に自分とは思えなくなったので全員が辞退したと言う。

「なるほど。確かに顔が真っ白になっちゃって、誰が誰だかパッと見じゃ判んないからねぇ~」

 思わず声を上げて笑う宏に、晶が眉を吊り上げて噛み付いた。

「笑う事無いでしょっ! 白塗りすると、みんな同じ顔に見えちゃうんだもんっ!」

「そうなのよね~。やっぱ素顔のまま、この姿を宏に見せたいもの♥」

 千恵が目元を紅く染め、上目遣いに見つめて来る。
 みんなも同じ想いなのか、頬を朱く染めて同じ目線で見つめる。

「あ……ありがとう。その……凄く嬉しいよ♥ うん、みんな綺麗だ♪」

 七人の舞妓さんに見つめられ、全身を赤く染めた宏の可笑しさに店内は笑いの渦に包まれた。
 笑いのタネにされた宏は名誉挽回とばかり、ここでちょっとした舞台裏を披露する。

「因みに着物は辻が花、帯は西陣の錦にして貰ったんだ♪」

 ブイサインを掲げる宏の自慢気な態度に、息を呑んで反応したのは教員生活八年目の夏穂だ。
 顔を思いっ切り引き攣らせ、震える指先を宏に向ける。

「ちょっ、ちょっとっ!! そ、そんなっ……超高級品のレア物をっ! ……ウチらが着ても……いいのっ!?」

 声が裏返り、蒼ざめた様子に、晶とほのか、千恵姉妹に真奈美が首を捻る。

「そんなに高い物なのか? この着物」

 袖を摘み、あっけらかんとした五人に夏穂は自分が年上と言う事も忘れて声を荒げた。

「しっ、知らないのっ!? この帯一本だけで、ウチの年収を軽くオーバーするのよっ! それに、着物は国宝級っ……! それが人数分っ……!!」

 社会人だけあって物の価値を知る夏穂は、余りの興奮に顔を赤らめ、言葉が詰まってしまう。
 そこに、若菜が知ってか知らずにか調子を合わせた。

「それじゃ~、七人分の帯と、七人分のお着物とを合わせると~、田園調布の駅前に、広~いお庭のあるプール付三階建てのお家(うち)が一軒、土地付きで建てられたりして~♪」

 若菜は軽い冗談で言ったつもりだったが、にこやかに頷く宏に、にわか舞妓六人が一瞬で顔を強張らせて固まってしまう。
 言った本人でさえ、まさかそこまでの価値があるとは思いもしなかったのだ。

「……辻が花の値段は一枚で最低億単位で、国立博物館に国宝として展示されてる。帯も千万単位に近い数字」

 更に追い討ちを掛ける様に、博識の優が可笑しさを堪(こら)えつつ若菜の言葉を肯定する。
 鳩が豆鉄砲を食った様な姉達の表情が面白かったのだ。
 すると、改めて値段を知った夏穂と着物の価値を初めて知った五人娘は一歩も動けなくなった。
 そんな上等な着物、埃ひとつ付けられないし、とてもじゃないが着たまま外なぞ歩けない。
 ましてや甘味処での飲食など絶対に出来無いし、出来たとしても味など判らないだろう。

「ぷっ! あははははは~~~~っ♪」

 一瞬でお地蔵様と化した女性陣の可笑しさに、宏は腹を抱えて笑い転げた。
 今度は宏がみんなを笑いのタネにしたのだ。

「そんなに身構えなくても大丈夫だよ。みんなが着ている振袖や帯は本物だけど、観光用に用意された物だから♪」

 宏はみんなを安心させると、更に心の中で小さく呟く。

(それに、万が一汚れても、ちゃんと保険が効くんだよね~♪)

 宏は七人の舞妓を率いて色付く秋の祇園散策を楽しみ、七人の舞妓も宏と共に時間一杯まで古都の風情を堪能した。


     ☆     ☆     ☆


 修学旅行も無事終了し、一週間の旅行休み期間中。
 宏の家では新たな展開を迎えていた。
 夏穂が身の回りの荷物と共に宏の許へ転がり込んだのだ。

「で、何で夏穂先生がヒロの部屋にいるのよっ! 貴女の部屋は二階でしょっ!!」

 額に青筋を何本も浮かべた晶が指を突き付けながら声を荒げる。
 宏の部屋は何人(なんぴと)と言えども、不可侵条約が結ばれた中立地帯なのだ。
 だのに夏穂は胡坐を掻いた宏の背後から首に両手を回し、豊満な肉体を誇示するかの様に抱き付いていたのだ。
 千恵は同感とばかり目を剥いて何度も頷き、真奈美と若菜は夏穂の英断にエールを送り、優はこの展開を予想し、ひとり莞爾とする。
 しかし夏穂は年上の余裕か、晶達の眼力を物とも思わず宏にしな垂れ掛かる。

「あ~ん、宏クン♥ 小姑が新妻を虐めるぅ~♪」

「だっ、誰が小姑よっ!!」

「だっ、誰が齢(よわい)三十の新妻じゃっ♪」

 怒れる晶と笑うほのかのツッ込みを右から左へ受け流した夏穂は、宏の顔を両手で挟むと自分に向かせて唇を重ねる。

「「「「「「あ~~~~っ!!」」」」」」

 六人の悲鳴が重なり、部屋は一気に修羅場と化す……かに思えた次の瞬間。

「「「「「「あははははは~~~~っ!!」」」」」」

 今度は六人による笑い声が湧き上がる。
 これには流石の夏穂も唖然とし、今迄に無いパターンに大きな瞳が不安感で揺れ動く。

「ったく、回りくどい事しちゃってまぁ。素直に『宜しく』って言えば好いのに♪」

「そうそう♪ この家(うち)で遠慮してたら、何も出来無いぜ♪」

 笑いを堪(こら)える晶に続いて、ほのかがウィンクしながらサムズアップする。

「夏穂先生って、案外シャイなのね。……意外だわ♪」

「普段は肩書きとか、人の目があるから、素直になれないのよ、きっと♪」

 千恵が夏穂の新たな一面を垣間見て真奈美と頷き合い、真奈美も夏穂の心情に迫るコメントをする。
 更に、今迄黙って成り行きを眺めていた優がひと言、嬉しそうに呟いた。

「……仲好き事は善き事哉♪」

 みんなから注目を浴び、夏穂は心がくすぐったくなってしまう。
 同じ想いを抱える同性に自分が認められる事が、こんなにも心が軽くなるものだとは思わなかった。
 同時に、修学旅行中に対抗意識で意地悪して来た事に罪悪感を覚え、心の中で反省し、みんなに頭を下げる。

「夏穂ちゃんも私達とおんなじ、宏ちゃんに魅入られた一人なんだもんね~♪」

 心底嬉しそうな若菜に抱き付かれ、曇りの無い瞳に見つめられた夏穂は思わず大きく頷いてしまう。

「フフッ♪ それじゃ~私達と同じだね♪ 宏ちゃんを愛する想いは一緒だよ~♥」

 純粋に相手を想う気持ちに、生まれや育ち、身分や立場は関係無い。
 若菜の言葉は夏穂をひとりの女として素直な気持ちにさせ、同時に溢れる想いを隠せなくなった。

「宏クン、大好き♥」

 首に手を回し、自分に引き寄せて唇を奪う。
 その熱い情熱に宏も応え、細い腰に両手を回す。

「ちょっとっ! 二人で何、世界作ってんのよっ!」

「まぁまぁ、晶ちゃん、そんなに青筋立ててると、折角の美貌が台無しだよ~? ここは大きく構えなきゃね~♪」

 意外と嫉妬深い晶と、心の深い若菜。
 学園で見せる顔とはまるで違う二人に、夏穂も上機嫌に笑い出す。

「あはははは~~~~♪ あんた達って、最高~~~っ! うんっ、これからも宜しくねっ♪」

 女子高生六人の妻の輪に、十三歳年上の女教師が加わった瞬間だった。


                                        (たとえばこんな学園物語・了)

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バレンタイン狂騒曲 バレンタイン狂騒曲 美姉妹といっしょ♥~番外編
 
 二月十四日、バレンタインデー。
 この日を目標に日本中の恋する女性(おとめ)達が何日も前から作戦を練りつつ料理に勤しみ、街の男達はその日を前に期待と不安で徐々に落ち着きを無くしてゆく――そんな年に一度の大イベントが来週に迫った日の夕方。
 駅前通り商店街は若い女性達の活気で満ち溢れていた。
 歩道に面した店先では制服姿の女子高生達がバレンタインセールのワゴンに群がって声高にふざけ合いながらも真剣にチョコを選び、着飾った妙齢のOLが『大胆チョコ』と称するチョコを恥じらいも無く堂々と買い求める姿などで賑わっていた。
 頬を朱く染めた女子小中学生がリボンの掛かった紙袋を大事そうに胸に抱えて早足で家路を急ぐ姿も見られ、街はバレンタイン一色に染まっていた。
 そして、ここにもバレンタインデーに向けて気合を入れる女性がひとり。

「前回はお店で買ったものだったけど、今年は何としても手作りのチョコを上げないと♥」

 通りに面した書店では、真奈美が艶のある長い髪を小刻みに揺らめかせながら佇み、悩んでいた。

「……でも、チョコってカカオ豆からどうやって作るのかしら? この本には載ってないわね。その前に、カカオ豆ってスーパーで売ってたかしら?」

 バレンタインの特集が組まれた女性誌を食い入る様に眺め、首を傾げながら一人ごちる真奈美。
 手作りチョコはカカオ豆を買うところから始まると思い込んでいるので、表情はあくまで真剣だ。
 しかし、その愛らしい姿に周りの男達から熱を帯びた視線の雨が降り注ぐ。
 背中の半分を隠す迄に真っ直ぐに伸びた漆黒の艶やかな髪、ちょっとタレ目がちな二重の大きな瞳に肌理の細かい白い肌。
 厚手のコートを羽織っているのに胸元には二つの丘が柔らかそうに盛り上がっている様子が好く判り、膝上丈のスカートからは引き締まった長い足が黒のストッキングに包まれてスラリと伸び、特にふくらはぎから足首にかけての丸みを帯びたラインが妙に色っぽい。
 男は勿論、同性の女でさえ見惚れる整った顔立ちの癒し系美人が悩ましげに身体をくねらせて立ち読みする姿は、それだけで商店街の呼び込みポスターに採用したくなる風景だ。

「……なんだ、手作りチョコって市販のチョコを利用するのね。で、それを湯煎してからもう一度型取りする……か。なるほどねぇ♪ ……ところで、湯煎って何?」

 頭を傾げる度に、彼女から仄(ほの)かに漂うフローラル系の香水と滲み出るお色気が周囲の客(特に男)に立ち読みする事を忘れさせる。
 中には口を開けて呆けた様に真奈美を見つめる者や、股間を鞄で隠して前屈みになった男子高校生も何人かいる。
 こちらは文字通り『勃ち読み』になったのだ。

「う~ん、文章だけじゃイメージ出来なくて良く判らないわ。やっぱり若菜ちゃんから教えて貰おうかしら……。一人で料理なんて初めてだし」

 あと二ヶ月で大学四年生に進級する真奈美は、未だに料理が上手く出来無い自分に呆れると同時に焦ってもいた。
 形良い眉をひそめ、弱気になる真奈美は二十一歳の今でさえ家事全般が苦手だった。
 苦手、と言うよりも発展途上、と言った方が正しかった。
 世間一般の女の子は小学校に上がる前後から手伝いを通じて母親から家事全般を教わったり自ら学ぶものだが、不幸にして彼女は家事の才能が全く無かった。
 小学校に上がったばかりの真奈美が夕飯の手伝いにキャベツを刻むと、いつの間にか俎板(まないた)が赤く染まり(指も同時に刻んでいた)、米を研ぐとシンクを泡だらけにもした(食用洗剤を入れて研いでいた)。
 そしてトンカツを揚げ様と、凍って霜の付いたままの冷凍肉を煙が上がる迄に煮えたぎった油の中にそのまま放り込んで以来、母親によって台所から永久追放された。
 次に危険度の少ない洗濯物を取り込もうとしたものの、前夜の雨でぬかるんだ庭先でコケて洗濯物を一瞬で洗濯前の状況よりも悪化させ、名誉挽回とばかり脱衣所に置いてある洗濯機を回したら全自動洗濯機を再起不能に陥れた。
 脱衣所からも追放された真奈美は学校へ持っていく雑巾を縫おうとしたが一日掛かっても針穴に糸を通せず、意気消沈しながら片付け様と裁縫箱を持ち上げた途端に箱の中身を床(毛足の長い絨毯敷きだった)にブチ撒けてしまい、何本かの縫い針が行方不明になったりもした。
 父親のワイシャツやハンカチにはアイロンの形をした焦げ跡(燃えた跡とも言う)を付けた事数知れず。
 眉根を寄せ、深い溜息を吐(つ)いた母親がそれではと畳の雑巾掛けをさせてみたがバケツを引っくり返して十二畳の和室(たまたま両親の寝室だった)を数週間に亘って湿地化させ(それがまた梅雨の時期だった)、自室の窓拭きをさせたら二階から外へ落ちかけた。
 裁縫、炊事、洗濯、掃除と言った家事の「さしすせそ」がまともに出来無い真奈美に、両親はこのままでは一人娘の身が危ないと判断し、泣く泣く家事全般から手を引かせたのだった。(家の財産を脅かす数々の事態に恐れをなした両親が家事をさせなかった、と後日判明した)
 幼かった真奈美は下手なりに努力はしたが、両親が一切の家事を許してくれなかった。
 以来、真奈美は家事に手を染めた事が無かった。
 しかし大学二年になったばかりの春先に、真奈美にとって人生を揺るがす転機が訪れた。
 財布を忘れて窮地に陥った真奈美を、たまたま通りがかった宏が助けてくれたのだ。
 その優しさに一目惚れした真奈美は宏に礼を言う為に半年近く街を探し続けたが、どうしても見つからなかった。
 そして泣く泣く諦め掛けたある日、サークル仲間(優とほのかだ)と紅葉狩りに出掛け、たまたま人数合わせで来ていた宏と劇的な再会を果たしたのだ。
 真奈美はその場で宏に愛を告げ、それを機に再び家事の世界へと舞い戻ったのだった。

(宏君に、家事が出来るトコ見せないとね♥)

 頬を朱く染め、自分の作った御飯に想い人が歓ぶ顔を想像する真奈美。
 相手は勿論、白馬に跨る王子様……ならぬ宏だ。
 大学での講義終了後に料理教室や裁縫教室などに通い、自宅でも冷汗を流す母親から猛特訓を受けたお陰で、少しずつではあるが成果が出て来た。
 包丁で自分の指を刻まなくなったし、砂糖と塩を間違える事も無くなった。
 野菜や魚の形や名前を覚え、下ごしらえ程度なら何とか一人で出来るまでになった。
 五分以内に針穴に糸を通せる様にもなったし、洗濯機や掃除機、アイロンの扱い方も覚えた。

(私も大人に成長した、って事よね♪)

 しかし、家事の面白さや楽しさに目覚め始めたものの、前回のバレンタインデーは手作りまで思い至らなかった。
 正確には、まだまだ料理の技術が乏しく、とても好きな男性(ひと)に贈るレベルのチョコにならないと判断、早々に手作りを諦めたのだった。
 その為、市販の高級チョコレート(本場ベルギーから直輸入された超高級品で、新幹線に乗って銀座まで買いに行った)を宏に贈ったものの、晶や優、ほのかの年上メンバーや千恵や若菜の年下組の手作りチョコに――好感度と言う点で――大きく水を開けられてしまった。

「どんなにお金を掛けても、心を篭めた手作り品には全く敵わないわね~。やっぱり、下手でも自分で作らないとっ」

 昨年の反省を踏まえ、今年は何としても手作りのチョコを贈らないと、いつまで経っても家事の出来無い女と思われてしまう。
 それに紅葉狩りの時、宏に約束したのだ。
 宏に処女を捧げる迄に女を磨いておく、と。
 だから何としても宏に家事の才能を示さなければならない。

(宏君が旅立つ前に、いっそ私の処女とセットでチョコを贈ろうかしら。裸エプロンにリボンを纏って。そうすれば、みんなより優位に立てるかも♪)

 宏がこの街からいなくなる寂しさはなんのその、想い人に夢中な真奈美の脳内で理性のネジがひとつ、緩んでしまう。

「ぐふふっ♪ にゃははぁ~~~ん♥」

 狼になった宏に押し倒され、エプロンを剥ぎ取られて抱き合う自分の姿を想像して思わず声が出てしまい、身体をくねらせつつ顔がにやけてしまう真奈美。
 妄想モードのスイッチが入ってしまい、家事を覚える目的がすり替わってしまう。
 口元は緩み、顔を赤らめて自分で自分を抱き締めて悶える真奈美の周囲には十重二重の人垣が出来ていた事に、本人は全く気付いていなかった。


     ☆     ☆     ☆


 真奈美が商店街の書店で注目を集めた、次の日の夜。

「むむむ……。今年はどんな手を使うかな……」

 夕食を済ませ、自室のベッドの上で胡坐を掻いて腕組みをし、眉根を寄せて思案気に首を僅かに傾げる金髪碧眼の美女。
 切れ長の瞳はどこまでも透き通ったブルーの湖の様に煌き、日本人離れした彫りの深い目鼻立ちの整った顔は、まるでオリンポスの女神の様だ。
 もうすぐ腰まで届く波打つ髪は蛍光灯に照らされて金色の波となって揺らぎ、ノースリーブのタンクトップとショーツだけの姿から覗く、染みひとつ無い透明な白い肌。
 大学では女神とも妖精とも称され、同い年で同級生の晶や後輩の若菜と負けず劣らずの美貌を持つ、二十二歳のハーフ美女。
 日本人の父親と北欧出身の母親と日本に来て早四年、大学四年生のほのかは二度目のバレンタインイベントを迎え様としていた。
 壁に掛かった二月のカレンダーには十四日の所に大きな赤丸が付けられ、その下に小さく『宏♥』と書かれてある。

「去年は板チョコを湯煎して型を取り直しただけだったから、今年はオリジナルな手を加えないと晶達や千恵ちゃん達に差をつけられちまう」

 ほのかの頭の中では、市販のチョコをそのまま贈った真奈美はモーマンタイ(問題無し)として処理されていた。
 目下の対抗馬は晶と優、千恵と若菜の従姉と幼馴染の双子姉妹二組だ。
 ほのかが優と真奈美と紅葉狩りに出掛け、そこで宏と出逢い、恋焦がれて一年四ヶ月。
 双子組に対抗するには、出逢った年月を感じさせない猛アピールが必要だ。

「来月には宏が上京してオレが就職先のアメリカに行くから、今回が手作りチョコを手渡し出来る最後の年になりそうだし……。ここらでガツンと場外ホームラン級のチョコを贈って印象付けないと、宏に忘れられちまうからな」

 ほのかはチョコの素材になりそうな様々なアイデアグッズをひとつひとつ思い浮かべては、あーでもない、こーでもないと身体を揺すりながら考える。

「む~~~~、お色気路線って手もあるな♥ 街では『大胆チョコ』と言う名前で、オッパイチョコとか男根チョコとか売ってるし♪」

 いつの間にかピンクに染まった頭の中では、自分のバストを真似た一口サイズのチョコ(ホワイトチョコのバストに乳首はピンクに着色済みだ)に宏が喜び、本物を求めて自分に抱き付くシーンをイメージし、思わずにやけてしまう。

「あとは……宏のハートを確実にゲットする方法だな」

 ほのかはベッドに放り投げてあった『猿でも出来る♪ 彼が貴女のモノになる十の方法♥』と表紙に金色の文字で書かれ、黒く装丁された厚みのある本をパラパラとめくる。
 裏表紙には定価の上から価格シールが何枚も重なって貼ってあったり、黒の尖んがり帽子に黒のマントを羽織り、黒のハイレグボディースーツに黒のロングブーツを履いてデフォルメされた可愛い小悪魔(腰からは三角に尖った黒い尻尾が伸びている)がウィンクしながら投げキッスをしているイラストが描かれたりしているが、ほのかの目には入っていない。
 幾つか付箋紙の貼られたページのひとつを開き、確認する様に目を通す。

「え~っと……。『彼の髪の毛一本を三日三晩肌身離さずに持ち歩き、満月の夜に彼の名前を呼びながら貴女の髪の毛と一緒に煎じ、食べ物に混ぜて貴女の目の前で彼に食べさせれば、おそらく貴女の虜になるかもしれません』、か。なるほど♪ ……ってことは、チョコに混ぜても好いんだよな♪」

 本の最終ページには『これらはあくまで筆者の想像であって、実際の効果を保障するものではありません』との注意書きが虫メガネで読まないと判らない位に小さく隅に印刷されて、いかにも胡散臭い内容だが、宏に恋するほのかには『疑う』とか『怪しむ』と言う言葉は無かった。
 大事なのは本のタイトル通りに、宏を自分のモノにする事だ。
 何より、日本の出版社がちゃんと印刷して出した本なのだ。
 たとえその本がたまたま散歩に出掛け、近所の公園でたまたま行われていたフリーマーケットで五十円に値切って手に入れたとしても、なんら問題は無い筈。

「これで宏の心と身体はオレのモンだぜ♪」

 ほのかはニンマリと笑いながらグッと拳を握り、どうやって宏から髪の毛を手に入れ様かと考え始めた。

「宏の家(うち)を訪ねて雑談しながら……いやいや、それなら、いっそ押し倒した方が……ムフッ♥」

 その後を想像し、ショーツをしとどに濡らすほのか。
 部屋のドアを閉めるのも忘れ、妄想逞しくひとりエッチに突入してゆく姿は淫靡で妖艶だ。

「あぁん♥ 宏ぃ……宏ぃ♥」

 クチュクチュと粘り気のある水音が響き、艶っぽい声が上がるまで時間は掛からなかった。
 偶然、廊下を通り掛った母親がずっと覗いていた事など、頭の中が宏で埋まっていては知る由も無い。
 ――恋は盲目――今のほのかの為にある様な言葉だった。


     ☆     ☆     ☆


 本番(バレンタインの事だ)まで残り三日となった日の昼下がり。

「お姉ちゃん、そろそろチョコを作りたいんだけど……?」

 ほんのり顔を赤らめた優が、開け放たれた晶の部屋に入って来た。
 シャギーの入ったショートヘア、引き締まった目元と鼻筋の通った小顔、細くて長い手足と形好く膨らんだ双丘(七十七センチのCカップだ)がトレーナーを柔らかく押し上げ、服の上からでも腰の括れがハッキリと判るスレンダー美人だ。
 手には数冊の料理本を手にし、もう片手には食材の詰まったスーパーの袋を提げている。
 その姿に晶はベッドから身体を起こし、読んでいた女性誌を掲げながら笑い出した。

「ナイスタイミングね♪ ほら、丁度、チョコの作り方が載っているわ。今年はこれも参考にしましょ♪」

 そう言うと晶は机の引き出しから包装紙やリボンの詰まった袋を大事そうに取り出し、優と連れ立って台所へ移動した。

「今年は、どんな路線で行こうか?」

 腰まで届く緩いウェーブの掛かった髪をアップに纏めてヘアバンドで前髪を押さえ、エプロンを着けながら妹へ視線を向ける。
 晶の胸元は服の上にエプロンを着けても尚、大きく盛り上がり(八十五センチのDカップだ)、細く括れたウェストから横に張り出したヒップを経て足首までの丸みを帯びた柔らかいラインは数多くの男は勿論、同性の視線をも惹き付ける力を持っている。
 明確な意思を伝える大きな瞳と目鼻立ちの整った小顔、そしてモデル以上のスタイルの好さは妹と同じだ。
 ショートヘアの優はそのままエプロンを身に纏い、手を洗いながら振り向く。

「……ヒロクンもチョコばかりだと飽きるだろうから、チョコチップクッキーとか、小さなビターチョコを載せた甘さ控えめのクッキーが好いと思う」

「なるほど、それも好いわね♪ ……ほのかと真奈美は、どう出るかしら?」

「ん~~~、真奈美は去年の市販チョコを考えると、今年は簡単だけど想いを篭めた手作りチョコで来ると思う。ほのかは……去年は湯煎して作ったハート型の手作りチョコだったから、今年はもう少し手の込んだ……あるいは……お色気系チョコで来るかも」

 小さく頭を傾げ、株の売買と外貨取引で培った読みと解析力を駆使して、ほのかと真奈美のチョコを物の見事に言い当てる優。
 そんな妹を頼もしげに見つめる晶だったが、視線を僅かに伏せて言葉を紡ぐ。

「若菜ちゃんは辛いでしょうね。来月にはヒロがいなくなっちゃうし」

 晶は従弟である四つ年下の男の子と、その隣に住む従弟の幼馴染の顔を思い浮かべる。
 宏は専門学校へ進学する為に上京し、アパートでの独り暮らしが決まっているのだ。
 晶と優の美女姉妹(しまい)は、正月前から若菜のテンションが普段以上に上がりっ放しになっている原因を知っていた。
 宏がいなくなる寂しさを紛らわせる為に、必要以上にはしゃいでいる事を。
 そして何より、上京した宏から忘れ去られる事を、最も恐れている事も。
 優は人一倍寂しがり屋な若菜に想いを馳せる。

「うん……。ほのかの渡米も決まっているし、みんな、ヒロクンと一緒に過ごすバレンタインは今年が最後になると思っている。だからこそ、若菜さんがどんなチョコで来るのか予測出来無い。きっと……ほのかとは別の意味で気合の篭もった、ヒロクンには忘れられないチョコを贈ると思う」

 若菜の宏を想う気持ちは、ほのかや真奈美の気持ちでもあり、千恵や優の気持ちでもあるのだ。
 晶も宏と遠距離恋愛(あくまで晶目線だ)になるので、みんなと同じ寂しさを抱えていた。

(ヒロ……)

 晶が心の中で愛しき男性(ひと)の名前を呟くと、別れの切なさが込み上げて心が張り裂けそうになってしまう。
 上京後に電話やメール、チャットなどでいつでも会話出来るし、新幹線に乗れば三時間で直接逢えると頭では理解していても、心が言う事を聞かない。
 自分達には、いつも宏が傍にいないとダメなのだ。
 もし誰もいなければ、宏に縋り付いて「行かないで」と泣き出してしまうだろう。
 誰もが心の中でそう思っている事が判るだけに、晶は頭を振って自らを奮い起こす。
 新たな旅立ちを迎える男の子に向かって、年上の女が泣きながら行くなとは死んでも言えない。
 むしろ笑顔で送り出す事が、将来の妻としての役割なのだ。
 それに、年長者として弱い所は誰にも見せたく無い。
 晶は普段の自分を取り戻し、ニヤリと笑う。

「気合……って言うより、テンション高いままだと何だか気迫って感じになりそうねぇ」

 優はいつもの凛としたオーラを放つ姉に戻った事に、薄く微笑む。
 姉には、常にみんなのリーダーとして君臨して貰いたいのだ。

「賑やかに終わるか、最初っから涙、涙の宴会になるか、ボクにも判らない。それに千恵ちゃんだって辛い筈。でも、表には出さないでいる。だから余計に切なく映る」

 千恵と若菜の双子美姉妹(しまい)の切ない気持ちは痛い程判るが、だからと言って自分達にはどうする事も出来無い。
 せいぜい、泣いた時に慰めの言葉を掛ける程度だ。
 宏の上京やほのかの渡米を考えると、ついつい空気が重くなるが、晶は沈み込む気持ちを振り払うかの様に顔を上げ、声を張り上げる。

「だったら、尚の事、湿っぽくならない様に気合を入れて作らないとっ!」

 優は姉のガッツポーズに大きく頷き、胸を張って宣言した。

「メインはお姉ちゃんに任せたから。ボクは手伝いに専念する」

 家事一切が全滅の優がニコリと微笑むと、晶は諦めた様に苦笑する。
 この妹は株や為替の売買は本職以上に長けてはいるが、家事の基本でもある雑巾掛けひとつ出来ないのだ。

「せめて湯煎とミキサー掛け位は自分でしなさい。あたしがちゃんと教えるから♪」

「……うん、判った。ただ、どうなっても責任持てない」

 一瞬の間のあと、美女姉妹の笑い声が台所に響いた。


     ☆     ☆     ☆


 バレンタインデーが明日に迫った日の午後。

「えっ!? 一個、既に作ってある?」

 細かく割った板チョコを湯煎の鍋に放り込んでいた手がピタリと止まり、千恵は隣で同じ様にホワイトチョコを湯煎している身長百七十五センチの若菜を見上げる。
 すると紅のリボンで頭の高い位置で縛ったポニーテールが背中の上で小さく左右に揺れ、白いうなじが見え隠れして仄(ほの)かな色気を振り撒く。
 垂れた髪の先は腰まで届き、紫掛かった黒髪を下ろすと尻を隠すまでの長さになる。
 手足がスラリと長くてボディバランスが好く、やや吊り目がちな大きな瞳と目鼻立ちの通った小顔は八頭身美人そのものだ。
 大学では姐御肌な性格と相まって晶姉妹やほのか、そして若菜と並ぶ人気を誇っていた。

「それはまた……あんたにしては偉く用意周到じゃない?」

 千恵は妹のいつに無く手廻しの好い行動に目を見張り、思わずまじまじと見つめてしまう。
 去年までは二人一緒にチョコを作っていたのに、今年は姉に内緒で先んじて作ったと言う。
 姉の探る様な視線を物ともせず、見るからにテンションの高い若菜は黒目がちな切れ長の瞳を楽しげに細めた。

「早く準備するに越した事は無いでしょ~? それに~、作るのにどの位の時間が掛かるか判らなかったんだもん」

 純白のリボンで髪を首の後ろでひとつに纏めた若菜が、小さな姉を見下ろして微笑む。
 濡れ羽色に輝くストレートロングの黒髪は腰まで届き、若菜の自慢のひとつ(宏のお気に入り)でもある。
 高い身長に長い髪、陶磁器の様な白い肌に整った顔立ち。
 そして何より、プロポーションの好さで若菜はファッションモデルと間違われる事も多かった。
 そんな身長差二十五センチの美姉妹はお揃いのエプロン(宏からの誕生日プレゼントで千恵はコーラルピンク、若菜は薄いオレンジの布地に、千恵の左胸にはC、若菜にはWと小さく赤い刺繍が施してある)に身を包み、隣に住む幼馴染の宏にチョコを贈るべく、今年も朝から台所を占拠していた。
 テーブルの上には小麦粉やココアパウダー、バターに牛乳、ホイップクリームや板チョコ、更にはブランデーの瓶などの食材が所狭しと置かれ、オーブンからはココアをふんだんに使ったスポンジケーキの香ばしい香りと、コンロから立ち昇るチョコの甘い匂いがひとつに溶け合い、台所に充満している。
 漏れ出た香りは家中に漂い、本番に向けて二人のテンションをいやが上にも高めてゆく。

「時間が掛かる……って、あんた、一体どんなチョコを作ったのよ? そう言えば、一週間位前から何やらゴソゴソしてたみたいだけど、それってそのチョコを作ってたって訳?」

 千恵は板チョコを鍋に追加投入し、コンロの火加減を調節すると改めて向き合う。
 すると、若菜は良くぞ聞いてくれました、とばかりに切れ長の瞳をニンマリと細め、口元を綻ばせた。
 その妖しい目付きと表情に千恵は瞬時に危険を察知したが時既に遅く、若菜は冷凍庫から厚さ十センチはあろう箱を取出して上蓋を開け、姉の目の前に一世一代の自信作をかざした。

「ジャ~ン♪ ほらほらほら~、私のオリジナルチョコだよ~♪ 昨日、やっと完成したのぉ~♪」

 若菜はどうだ、とばかり得意気に大きく胸を反らす。
 すると自分で編んだ手編みのセーター(宏とお揃いだ)の下で七八センチ、Cカップの双丘が柔らかくプルルン、と揺れ、姉の鼻先を掠める。

(ん? チョコの彫り物?)

 千恵はそれが何なのか判らないまま、妹のチョコを凝視する。
 若菜が差し出したチョコは一辺が三十センチ四方で、最も厚い部分で七~八センチ位、薄い部分は一センチ位あるだろうか。
 緩やかな丸みを帯びた、なだらかな平面から丸くて太い柱の様なものが左右に分かれて下に伸び、平面と二本の柱との分岐点に出来た三角形の部分には舟形をした長さ七~八センチに亘る何本か皺の寄った切れ込みが縦に深く刻まれている。
 皺の合わさる頂点には小豆を小さくした感じの丸い突起が目を引く様にプックリと浮き出ていた。

(何、これ? 何かを抽象的にイメージしたモノ? ……にしては、どこか見覚えのある形ね)

 そのオブジェ(?)を見た途端、頭の片隅で異常事態を知らせる警報が本能的に鳴り響くものの、千恵はそれを重く捉えなかった。
 なにせ、こげ茶一色で鈍く光る立体物なので見づらく、最初それがどんなモノなのか全然判らなかったのだ。
 目を眇め、チョコを顔の高さにまで掲げて前後左右上下に傾けながら見続ける事、およそ三分。

「!! ……こっ、これはっっ!!」

 思い当たるモノに行き着いた千恵の首から上が見る間に真っ赤に色付き、それを持ったまま石膏像の様に固まってしまう。
 同時に半鐘を乱打するかの様に心拍数がどんどん早まり、心臓を中心に熱さが全身に向かって一斉に拡がってゆく。
 やがてチョコを持つ手が震え出し、脳天に沸騰した血液が届いた瞬間、千恵は思わずテーブルの上に放り投げてしまった。

「あん♪ 乱暴にしちゃ、いやん♪」

 そんな姉を面白そうに眺めていた若菜がチョコを手にし、姉の引き攣る顔面に突き付けながら止めを刺した。

「どう? 私のアソコを型取りして作ったチョコだよ~。二十歳、処女のマン拓チョコ~♪ 宏ちゃん、絶対に喜んでくれるよぉ~♥ きっと、舌先をワレメに這わせつつ舐め溶かして……」

 見覚えがあるも何も、妹に限らず自分にもある、女だけが持つ神秘の割れ目を型取ったチョコ。
 妹のぶっ飛んだ台詞を最後まで聞かず、千恵はフリーズが解けると同時に若菜の胸ぐらに掴み掛かった。

「ばっ、ばっ、ばっ、ばっかじゃないのっ!? どっ、どこの世界にバレンタインのチョコに己のマ、マ、マッ……」

 余りの節操の無さに怒りで我を忘れても、それを上回る羞恥心が前面に強く押し出されて言葉にならない。
 若菜は怒りよりも恥ずかしさで赤くなって俯いてしまった姉に、更に追い討ちを掛ける。

「マン拓、だよ~♪ 姉さん、相変わらず純情~♥ もうすぐ大学三年生になるとは思えない位に初心だね~。そんなんじゃ、宏ちゃんとエッチ出来無いわよぉ~」

 コロコロと鈴を鳴らす様に軽やかな笑い声を上げて囃し立てる妹を他所に、純情初心な千恵は妹の女性器を模ったチョコと、持ち主である若菜の顔をまともに見られない。
 なにせ女性器チョコを見ると妹の顔が頭に浮び、妹の顔を見ればチョコの女性器が頭を過(よ)ぎるのだ。
 怒りやら恥ずかしさやらがごっちゃになった千恵は掴んだ腕から力が抜け、頭を抱えてその場にへたり込んでしまう。

(嗚呼……、見覚えあると思ったら、よりにもよって……)

 ご丁寧にも、股間を中心に臍の下から太腿の上までを忠実に再現した等身大スケールのチョコ。
 緩やかな丸みを帯びた、なだらかな平面とは恥丘であり、丸くて太いものとは軽く開いた太腿だったのだ。
 オブジェの正体が判れば、その造形も納得出来る。
 丸みを帯びた天然無毛の丘の下には女だけが持つ一本の深い谷が刻まれ、二枚合わさった秘唇のはみ出し具合や肉片の厚み、そこに刻まれている皺の一本一本までもが忠実に再現されていた。
 尿道口や膣口こそ表立っていないが、割れ目から大きくはみ出た薄肉片の合わせ目にはグリーンピース大の秘核が包皮の中からプックリと浮き出し、女の秘裂が物の見事に三十センチ四方のチョコにレリーフされているのだ。
 もし、これを軟質樹脂や人工皮膚で作り、肌色を付けたら別の用途に充分使えるだけの出来栄えになっている。
 更に秘裂の下をよくよく見ると、菊座の窄まりまでが放射状に伸びた皺と共に刻まれているではないか。

「特殊メイク用の素材で型を取って、そこに湯煎したチョコを流し込んだだけだから簡単だよ~♪ 姉さんも作って一緒に宏ちゃんにあげようよ~♥ 双子姉妹の処女マン拓に、きっと大歓びする……ああっ! 姉さんのいけずぅ~っ!!」

 能天気に手を叩いて歓ぶ若菜に、千恵がキレた。
 若菜の言葉を最後まで聞かず、勢い良く立ち上がると妹の会心作を無言のままグーパンチでかち割り、無造作に湯煎中の鍋に放り込む。
 顔は熱く火照り、余りの恥ずかしさに膝が震えて力が入らないが、宏に対して女の肉体を武器にしたアプローチは反則だし、妹と言えど許せない。

「あ~あ、一世一代の会心作が溶けて……って、これはこれで、すっごく卑猥だわ……」

 放り込まれたチョコは鍋の中で徐々に形を崩してゆくが、はみ出た秘唇が深い谷に溶け込んで行く様子はまるで蜜でぐっちょりと濡れた秘所の様に映り、若菜はゴクリと喉を鳴らして見つめてしまう。
 宏を想いながら毎日ひとりエッチに勤しむ若菜は勿論、未だオナニーをした事が無い千恵でさえ本能的に察しているのか、蕩けて行くチョコから(それが陰唇を型取ったモノだと判っていても)視線が外せないでいる。
 やがてチョコは二人の熱い視線で溶かされたかの様に跡形も無くなり、ようやくまとも(?)な状態の溶けたチョコに戻る。

「んもう~っ、せっかく作ったのに~。でも、型が残っているから、もう一度作って#$♪☓●♭Ω¥……ふにゃぁ~」

 若菜は怒りで顔を赤らめた千恵の当て身を鳩尾に食らい、白目を剥いてその場に沈み込む。

「……ったく~、どうやったらこんな、エッ、エッチな、発想が出るのよ……。我が妹ながら恥ずかしいわっ」

 大きな溜息ひとつ吐き、エロモード全開の妹を黙らせた千恵はバットに並べたハート型の金枠にチョコをゆっくりと慎重に流し込む。
 妹のマン拓を型取ったチョコも混ざっていると言う事は気にしない。
 このチョコで直接、股間から型取りした訳では無いし、チョコ自体に罪は無いのだ。

(ったく、いくら淋しさを誤魔化す為ったって、限度があるでしょうに……)

 小さな溜息ひとつ、先程とは打って変わって妹を慈愛に満ちた瞳で見つめる。
 千恵は妹がいつも以上にハイテンションな行動になる理由(わけ)が痛い程に判っていた。
 双子だからこそ、言葉を交わさなくても判ってしまうのだ。

(……でもまぁ、あんたがバカやってくれるお陰で、あたいは哀しみを感じる暇が無いのかもね)

 若菜の想いを心に浮かべた途端、思わず自分も泣きそうになるが、打ち消す様に慌てて頭を強く横に振る。

(いけないっ。あたいまで釣られて悲しくなっちゃうっ!)

 千恵は思考を無理矢理切替え、愛する宏の歓ぶ顔を思い浮かべながら言葉に出来無い想いをチョコにたっぷりと込める。

(宏♥ 好きよ、大好き♥ たとえ離れ離れになってもね)

 千恵は完成したウィスキーボンボンを宏が照れながらも嬉しそうに受け取るシーンを想像し、目元を紅く染めると身体をくねらせ、一人悶えた。


     ☆     ☆     ☆


 二月十四日。
 バレンタインデー当日とあって、駅前商店街は朝から若いカップルで華やいでいた。
 互いの腰に手を回す大学生の二人や、頬を染めて男の子の袖を恥かし気に摘む女子中学生、大胆にも街路樹の陰で口付けを交わすアダルトな二人など、街は恋人達の甘い雰囲気で満ち溢れていた。
 そして千恵姉妹の家では、毎年恒例のバレンタイン宴会が行われようとしていた。
 今年で十数回目を数える宴会は千恵と晶の家で交互に行われ、その家の姉妹がホスト役となって部屋と料理を提供し、宏を招待してバレンタインのチョコを贈る場としているのだ。
 もっとも、一方の姉妹も料理や飲み物を大量に持ち込むので、結局は双方の姉妹が力を合わせて宏をもてなす事になるのだ。
 昨年からは、ほのかと真奈美が贈る側に加わり、一層賑やかな宴会となっていた。
 若菜の部屋に持ち込んだ大きな円形のちゃぶ台には、千恵と若菜が腕によりを掛けた宏の好物料理が所狭しと置かれ、美味しそうな湯気を立てている。
 テーブルの中央にはデザート用に作ったザッハトルテ(千恵と若菜が作った)がホールで鎮座し、存在感をアピールしている。

「みんな~、お待たせ~♪ 宏ちゃんを連れて来たよ~♥」

 若菜に背中から抱き付かれた宏が姿を現すと、晶達と雑談していたほのかと真奈美がチョコを片手に同時に立ち上がり、宏に向かって我先にと突進する。

「宏っ! オレが作った、世界でただひとつだけのチョコだ♥ 受け取ってくれるよなっ!?」

「宏君♥ 私が作ったチョコなの。是非とも宏君に食べて貰いたくて、一生懸命頑張ったの♥」

 両手でチョコを捧げ持ち、想い人に迫る美女二人。
 二人の白い肌は見るからに紅く色付き、真奈美の手は小さく震え、ほのかは額に薄っすらと汗まで掻いている。
 宏は二人の勢いに驚いたものの、直ぐに照れた様に微笑むと、赤色の包装紙に黄色のリボンで装飾された横長の箱を感謝の気持ちを篭めて両手で受け取る。

「宏、みんなみたく上手くは無いけど、心だけは篭めたからさ♥」

「ありがとう、ほのかさん。嬉しいです♪」

 宏は胸が温かくなり、そのままじっと金髪碧眼の美女を見つめる。
 するとほのかは耳まで真っ赤になり、俯いて頭から湯気を出してしまう。
 受け取ってくれた嬉しさと見つめられる恥ずかしさに、オーバーヒートしてしまったのだ。

「宏君、今回初めて手作りチョコに挑戦してみたの。下手でどうしようも無いけど、どうか貰ってください♥」

 肌理の細かい白い肌を真っ赤に染め、潤んだ瞳で上目遣に見つめる真奈美が両手を差し出す。
 宏はほのかのチョコをテーブルにそっと置くと真奈美に向き直り、ピンク色の包装紙と赤色のリボンで包まれた掌サイズの箱を両手で丁寧に受け取る。

「真奈美さん、ありがとうございます♪ 手作りですか? それは楽しみです♪」

 ニコリと微笑み、黒目がちな真奈美の瞳を見つめると、真奈美はそのままフリーズしてしまう。
 受け取ってくれた優しさと見つめられる嬉しさに舞い上がり、動けなくなったのだ。
 宏はほのかのチョコの隣に真奈美のチョコをそっと置き、二人に頭を下げる。

「ほのかさん、真奈美さん。俺なんかの為に……本当にありがとうございます。大事に食べますね♪」

 その時、宏は二人の指に巻かれた絆創膏の跡に気付いた。
 ほのかは左手にひとつだけだが、真奈美は両手の指の殆どに絆創膏を巻いた跡があり、包丁で切ったのだろう、赤い線になった傷口や軽い火傷の跡も薄っすらと見える。
 宏は一瞬言葉を失い、二人の細い指をまじまじと見つめてしまう。

「お二人の気持ち、確かに受け取りましたっ!」

 宏は二人の瞳を見つめ、深々と頭を下げる。
 たかが高校生の自分に、ここまで心を篭めてくれた事が天にも昇る程に嬉しかったのだ。
 宏の、ともするとプロポーズを受ける様な台詞に晶や優、千恵に若菜は何も言わない。
 贈る二人の気持ちも充分判るし、受け取る宏の心も判るのだ。

「俺には返せる物が無いけど、ほのかさんと真奈美さんの心を大切にしますっ」

 宏は改めて二つのチョコをそっと胸に抱(いだ)き、二人の美女を見つめる。
 心の篭ったチョコだけに、とてもじゃないが片手でなど扱えない。
 晶や優、千恵や若菜からも同じ想いを寄せられていると判っていても、その温かい心を無下にする事など、宏には死んでも出来無かった。

「あ……あはは~。そ、そんなにされると、こっちが照れちまうぜ」

 赤ら顔のまま、照れた様に視線を左右に走らせるほのかに、優は優しく微笑む。

「ヒロクンはボク達……女性の想いを決して蔑ろにしない。だからボク達はヒロクンに惹かれている」

 妹と同感とばかり晶が大きく頷き、千恵と若菜の双子姉妹も恥ずかしげに小さく頷く。
 そんな四人の様子に、真奈美は心の中で大きな溜息を吐(つ)く。

(優先輩……。晶先輩や千恵ちゃん達も、そこまで宏君の事を……。あ~ぁ、敵わないなぁ~)

 宏と晶姉妹、千恵姉妹の繋がりの深さを見せ付けられた気がしたのだ。
 そこには従弟と幼馴染と言う、十八年に亘る時の重さも加わった想いが確かに存在し、僅か一年少々の付き合いしか無い自分では太刀打ちすら出来無い。
 真奈美は確固とした絆で結ばれた宏達の輪に入れない自分の非力さを痛感し、落ち込んでしまう。
 が、次の瞬間、優の台詞が嘘では無かった事が証明された。
 宏が俯く真奈美の――傷だらけの――手をそっと握ってくれたのだ。

「真奈美さんの気持ちも確かに受け取りました。俺なんかに、って思いもあるけど、凄く嬉しいです。真奈美さんの想い、一生胸に仕舞っておきます♪ だから……そんな哀しそうな顔をしないで下さい」

 宏は真奈美がチョコの出来栄えの悪さに劣等感を抱(いだ)き、泣いていると思ったのだ。
 それは全くの見当違いだったが、慰められる真奈美にとっては同じ事だった。
 思わず顔を上げ、瞳を見開いて目の前にいる宏を凝視する。
 そこには財布を忘れてバスに乗り、降りられなくなった自分を助けてくれた時と同じ、優しくて温かい笑顔があった。

「宏君……♥ わ、私……、わた……し……」

 宏の優しさが心に染み渡り、溢れる恋心が涙となって頬を伝い、感謝の声を封じてしまう。
 縋り付きたい想いが胸を焦がし、自分が自分で無くなる感覚に陥る。
 歓喜の極に達した真奈美は、遂には両手で顔を覆って泣き出してしまう。
 それは悲しみの涙ではなく、宏の変わらぬ優しい心に触れる事が出来た嬉し涙だった。

(ああ……っ、宏君に巡り逢えて本当に好かったっ! ……宏君、大好きっ!!)

 女性の涙に全く免疫の無い宏は突然の涙に驚いたが、三つ年上なのに幼子の様に泣く真奈美が愛おしく映り、この手で優しく抱き締めたい感覚に囚われる。
 ところが純情な宏には映画のワンシーンの様に女性を抱き締める事など恥ずかし過ぎて、とてもじゃないが真似出来無い。

「ま、真奈美さん……」

 両手がせわしなく動き、せいぜい名前を呼ぶだけだ。
 十八歳の男にしては超純情な宏に、晶や優、千恵や若菜からの熱視線が突き刺さる。

((((ここで抱かなきゃ男じゃないっ! いけ~~~っ!! 『今だけ』は許すっ!))))

 四人の公認(?)に後押しされ、宏はしゃくり上げる真奈美の両肩にぎこちなく手を置き、そっと自分に引き寄せる。
 それが高校三年生の宏に出来る、精一杯の行動だった。
 とてもじゃないが恥ずかしさに照れも加わり、両腕を背中にまで回せられない。

(うわっ!? なんか、強く触ったら壊れそうっ。……でも、いい匂いがする♪)

 生まれて初めて女性を抱き寄せ、その柔らかさと温かさ、そして華奢な身体から立ち昇る甘い匂いに、宏の心臓は壊れたポンプの様に早いリズムで脈打ち、今にも破裂しそうになる。

(あ……えぇっ!? 私、宏君に抱かれて……るっ!?)

 宏の胸の中にすっぽりと収まった真奈美は生まれて初めて男性と抱き合っている事に気付き、胸の鼓動が一瞬で跳ね上がる。
 好きな男性(ひと)に包まれる心地好さと温もりに頭の中が真っ白になり、何も考えられなくなった。
 ただ、顔だけが燃える様に熱い。
 きっと茹蛸の様に真っ赤になっているだろう。

「真奈美さん、もう泣かないで下さい。真奈美さんは笑っている顔が、一番、綺麗……なんです、から」

 宏は必死になだめ様とするが、女性をまともに褒め称えた事が無かったので肝心な所で言葉に詰まってしまう。
 顔を赤らめ、しどろもどろの宏と、借りて来た猫の様に大人しくなった真奈美に、ほのかが大きな口を開けて豪快に笑い飛ばす。

「あははははっ! めっちゃシャイな二人だなっ。見てるこっちが恥ずかしいぜっ♪」

 煌く金髪を背中に払い、ほのかはわざとらしく片手で顔をパタパタと扇ぐ。
 すると、ほのかの心中を見透かした晶のツッコミが炸裂した。

「そーゆーあんただって、羨ましそうに眺めていたじゃない。……ひょっとして同じ様にヒロから抱かれたいと思ったわね?」

 晶の核心を突いた台詞に、一瞬で真っ赤になるほのか。
 豪快に男言葉を話すほのかだが、心は千恵と同じ位に純真で、ピュアな一面を持っているのだ。

「宏ちゃん~、次はほのかさんを抱いてあげて~。でないと、不公平になっちゃうし♪」

 若菜がほのかの背中を軽く押し、宏にウィンクする。
 宏はぎこちなく頷くものの、同時に何人もの女性を抱き寄せて好いものか判断に窮してしまう。

(いいのか? こんな……二股みたいなマネして)

 実際はこの時点で既に六股なのだが、宏はそこまで意識が回っていない。
 千恵は躊躇う宏に向かい、女性(ひと)の想いは大切に扱え、と日頃から言っている言葉を視線に載せて戸惑っている宏へ送る。
 そんな逞しいお姉さん(姐御と言った方が近い)目線に宏は頷き、真奈美を引き剥がす動きをしない様、肩を掴んだ手にそっと力を篭める。
 すると、宏の意思が伝わったのだろう、真奈美はクスリと微笑むとそっと宏の胸から離れ、ほのかの為に場所を空ける。

(宏君、本当に優しいのね。こんな私にも気を使ってくれて。でも……)

 真奈美は宏を一瞬でも独り占め出来て万々歳だと思ったのだが、晶や千恵達がいる限り、永遠の独り占めは不可能だと瞬間的に心の底で理解した。
 だったら、あとはみんなと一緒に愛して貰えば好いだけだ。

「はい、ほのか先輩♪ どうぞ♪」

 真奈美は真っ赤になって俯いているひとつ年上の金髪ハーフ美女の背後に回り、宏に向けてそっと押し出した。


     ☆     ☆     ☆


「それじゃ、あたし達も行きますか♥」

「……うん♥」

「そ、そうですね♥」

 何度目かの乾杯を済ませ、ちゃぶ台に並んだご馳走に舌鼓を打っていた晶が頃合とばかり、部屋の隅に置いてある紙袋を手繰り寄せた。
 そして黒の包装紙に金色のリボンの掛かった小箱を取り出す。
 それを合図に、優と千恵もひとりの年下の男の子にチョコを贈ろうと、綺麗にラッピングされた箱を手に宏の周りに集まって来た。

「ほら、ヒロ♥ 今年もあたしの手作りよ♪ ありがたく戴き、じっくり味わいなさい♥」

「……ヒロクン、はい、ボクからのチョコ♥」

「宏、今年はちょっと大人っぽく作ったの♥ ……食べてくれる?」

 晶はチョコを贈るのがさも当然であり宏も受け取るのが当り前だと言わんばかりに振舞い、優は姉とは逆に頬を紅く染めて蒼の包装紙にオレンジ色のリボンが巻かれた箱を捧げ持つ。
 千恵は目元をほんのりと赤らめつつ、宏を真っ直ぐに見つめながら緑色の包装紙にピンク色のリボンが添えられた箱を差し出した。

「晶姉、優姉、千恵姉、いつもありがとう♥ すっごく嬉しいよ♪」

 居住まいを正した宏は照れつつも礼を言い、両手でひとつずつ丁寧に受け取ると暫く箱を眺め、そっとテーブルに置いてゆく。
 毎年の定例行事とは言え、女性からのプレゼントは嬉しいし、つい、顔が綻んでしまう。
 みんなの気持ちが心に沁みて嬉しいのだ。
 この時ばかりは、宏の心からみんなを残したまま上京する淋しさが消える。
 若菜は宏が全員からチョコを受け取った事を確認すると、真打登場とばかりに千恵や晶を押し退けて宏の前に進み出た。

「宏ちゃん、私からのバレンタインのチョコレートだよ~♥」

 若菜は背中に隠し持っていた厚さ十センチ、縦横三十センチ四方の箱を宏に差し出す。
 その瞬間、千恵は見覚えのある箱のシルエットに戦慄を覚え、全身が粟立った。
 背骨に悪寒が走り、瞳が大きく見開くと同時に声にならない声を上げた。

(うわっ、あの箱の形はっ! まさか、もうひとつあったっ!?)

 千恵の頭の中に、先日見た妹の女性器を型取ったチョコが鮮明に思い浮かんだ。
 そして宏が嬉しそうに手を伸ばして箱を受け取る寸前、千恵は無意識に行動を起こした。
 身体ごと横から割り込んで、妹から箱を奪い取ったのだ。
 こんなモノ、若菜の姉として恥ずかしくて人に見せられないし、宏に妹の肉体を(それがたとえチョコで型取ったモノだと判っていても)見て喜んで欲しくない。
 ましてや妹の秘部を口にするなんて、女として絶対に許せない。

「あ~ん、姉さん、ナニすんのよ~っ! せっかく会心のチョコを贈ろうとしてたのに~っ!」

 姉の突然の暴挙に驚き、一瞬固まったものの、直ぐに頬を膨らませながら腰に両手をあて、千恵の顔を上から覗き込む若菜。
 片や頭の上から迫って来る妹に負けじと怒りのオーラを纏わせ、上を向いて頭ひとつ分高い妹を睨み付ける千恵。
 座っていても身長差がある二人が向き合うと、どうしてもそうなってしまうのだ。
 千恵は怒りと嫉妬をたっぷりと篭め、若菜に一歩詰め寄った。

「あんたこそ、宏にナニ贈ろうとしてんのよっ! こんなモノ、高校生の男の子に贈るモンじゃないでしょっ!!」

(あらら。千恵ちゃん、目が吊り上って額に青筋立ててる……。このまま放っておいて良いのかしら?)

 真奈美はいつに無い、美姉妹の緊迫感に満ちた空気に息を呑む。
 普段、大学(がっこう)で見る二人の軽い言い争い(晶達はそれを双子漫才と称して楽しんでいる)と違い、千恵の真剣な怒りが見て取れ、どうしたら好いのか判断が付けられないでいた。
 しかし、晶と優、そしてほのかが可笑しげに美姉妹を見つめている姿に、ふと気付く。
 この喧嘩が本気なら、晶や優が黙って見ている筈が無い。
 つまり、これは安心して見ていて好いのだ。

(だったら……これはこれで貴重かも♪)

 それが判った途端、真奈美の中で美姉妹の言い争いは、いつも見ている漫才になった。
 一方、晶や優、ほのかは二人の漫才よりも若菜がどんなチョコを作ったのかが興味津々で、しきりに千恵の抱える箱に視線を注いでいた。

(ねぇ、あの箱の中身、すっごく気になるんだけど?)

(きっと、すんごい自信作なんだろうけど、何で千恵ちゃんが反対するんだろう? う~、見てみたい♪)

(……千恵さん、姉と言うより女として戦っている感じ)

 晶とほのかが視線で会話し、優が鋭い読みをしている一方で。
 当事者の片割れである若菜は、姉がどうして怒っているのかが判らないでいた。

「こんなモノ、じゃないよう。心を篭めて作ったチョコだもんっ! それのどこがいけないのよ~っ!」

「!! どこって……っ、それは……つまり……っ」

 妹からの至極まともな問いに、ポニーテールを振り乱して詰め寄っていた千恵の顔が真っ赤に染まる。
 宏の前で、あんたのアソコを型取った云々などと、初心で純情な千恵には恥ずかしくて死んでも言えない。
 結果、とにかくダメ、渡せない、の一点張り(二点張り?)になってしまう。

(こんなの宏に見せたら絶対、若菜になびいちゃうじゃないっ! そんなの、絶対にイヤッ!)

 姉としての常識的な立場よりも宏に恋する女として、おいそれと想い人の心が妹に移るのを目の前で見たく無い。
 そんな想いが千恵の心の大部分を占めているのだ。
 千恵と若菜の視線が激しく交差し、目に見える火花を散らしていると、それまで二人の真ん前でやり取りを聞いていた宏が堪りかねて間に割って入った。
 宏も、千恵のいつに無い瞳の色に気付き、このままでは本気で拙いと判断したのだ。

「あの~、千恵姉。どうしてそんなに怒っているの?」

「えっ!? そ、それはっ……!」

 ところが、妹に続いて宏からも理由を聞かれ、流石に言葉に詰まってしまう。
 まさか本当の事を言う訳にいかない。
 千恵がしどろもどろになって唸っていると、宏の疑問に同感とばかり晶とほのかが瞳を煌かせて参戦(?)して来た。
 その瞳は今も千恵の持つ箱に集中している。

「あたしも知りたいわね~♪ 千恵ちゃんがそこまで隠す理由(わけ)」

「なぁ、宏。若菜ちゃんのチョコ、見せてくれよ♪」

 言うが早いか、ほのかは笑いながら千恵の手から素早く箱を奪い取ると、すかさず宏に手渡す。

「ああっ! ほっ、ほのかさんっ! だ、だめぇっ!!」

 千恵の悲痛な叫び声が家を揺るがし、宏から箱を奪取しようと一歩詰め寄った所で。

「はいはい♪ 千恵ちゃんは、ちょ~っと、じっとしててね~♪ ヒロ♪」

 いつの間に移動したのか、膝立ちになった晶が千恵を羽交い絞めにしてニッコリと笑う。
 そして宏に向かって、開けて見せなさい♪ と視線を送る。

「ホラッ、どんなチョコなのかオレも気になるし、みんなも見たがっているからさ♪」

 ほのかの台詞に優と真奈美も頷き、宏の周りに集まって来る。
 その瞳は千恵を憐れむよりも、早く箱の中身を見たいと言う、好奇心で一杯の瞳だ。

「それじゃ、若姉の作った今年のチョコ、拝見するね♪」

 若菜が笑いながら大きく頷くのを確認すると、散々焦らされた(?)宏は嬉々として深紅のリボンを外し、真っ白な包装紙を丁寧に剥いで行く。
 それを見た千恵は晶の腕の中でジタバタと手や首を振り回し、腰を浮かせて何とか羽交い絞めを外そうと暴れる。

「あっ、あ、あ、あ~~~っ、見ちゃダメぇっ! 見ないっ……んぐっ!」

 すると今度は優が千恵の暴れる腰を押さえ、若菜が素早く姉の口を塞ぐ。
 そして二人同時に宏に「さぁ、どうぞ♪」とニコ目で視線を送る。
 その見事な連係プレイに魅入っていた宏は大きく頷くと、期待を篭めて箱を開ける。
 毎回贈られるチョコの中で、一番の出来の良さを誇る若菜の作品を毎年心待ちにしていたのだ。

「どれどれ♪」

 箱を開けながら瞳を煌かせる宏の顔を見て、千恵は全身から力が抜け、がっくりと頭(こうべ)を垂れた。

(もうあかん……)

 きっと……いや、女である晶達は絶対に黙ってはいまい。
 己の肉体を武器にしたチョコなど、晶に限らず女性なら、誰も決して認めないだろう。
 晶やほのかに激しく叱責され、優に止(とど)めを刺され、真奈美から一生無視される妹の姿を想像し、千恵は姉として情けなくなった。
 そんな事よりも、男である宏が悦び、心の奥底に妹が一生住み続ける事が何よりも耐えられない。
 千恵は女として負けた悔しさと悲しさに泣きたくなった。
 ところが。

「うわ~~~っ! すっげぇ綺麗っ! 若姉、ありがとうっ!」

 宏が感嘆の声を上げ、みんなに箱の中身を見せる。
 と、同時に驚愕と尊敬の声が上がる。

「げげっ! こっ、こんなに繊細なチョコって……初めて見たぜっ!! なぁ、これって、本当に手作りなのか!?」

「若菜ちゃん、凄いわ~♪ 五つ星のパティシエより上手ね~♪ 私なんかじゃ、一生掛かっても作れ無いわ」

「……若菜さんは料理の腕は勿論、スイーツもピカイチ。本場本職のパティシエより遥かに腕が好い♪」

 千恵の耳には若菜を罵倒する声は聞こえず、賞賛する声しか聞こえて来ない。

「えっ!? 何で? どうして……みんな平気なの?」

 声に出たのだろう、宏は眉根を寄せて訝しむ千恵に箱の中身を見せた。

「ほら、千恵姉♪ 一本一本の線が細く、網目状になった一枚のチョコが何層にも重なってひとつのチョコになっているんだ♪」

 宏の持つ箱の中には思い込んでいた等身大下半身チョコでは無く、チョコとホワイトチョコが交互にいくつも重なり、綺麗なハート型をしたチョコが鎮座していた。
 一番上には更に小さなハート型の板チョコが載り、ホワイトチョコで『for 宏ちゃん♥』と書かれてあった。
 全てが繊細かつ丁寧に作られたチョコには、誰が見ても愛情がたっぷりと篭められているのが判った。

「……え? えぇっ!? え~~~~っ!!」

 千恵はカクン、と顎が下がり、大きく目を見開くと呆けた様に箱の中身と若菜の顔を何度も見比べる。
 そんな千恵の表情が可笑しかったのか、晶が羽交い絞めを解きながら笑い掛けた。

「千恵ちゃん、いったいどんなチョコだと思ってたの? それって、人様に見せられないモノだったのかしら? まぁ、その辺の経緯(いきさつ)は飲みながらじっくりたっぷり、みっちり教えて貰うわよ~♪」

 妖しげな(少々酔っ払っている)目付きで絡め取られた千恵は、その場から一歩も動けなくなった。
 そんな時、能天気娘がもうひとつの箱を取り出し、中身を出してみんなの前にかざした。

「じゃ~んっ♪ 私が作ったもうひとつの、宏ちゃん専用の取って置きのチョコだよ~♥」

 若菜が嬉々として差し出したチョコは、千恵が最も恐れていた例の等身大下半身チョコだった。
 しかも、今回はご丁寧にもリアルな肌色とピンク色に着色されているではないか。

「「「「!!」」」」

 そのチョコを初めて見た晶、優、ほのか、真奈美はその場で数秒間、固まっていたと千恵は記憶していた。
 しかし実際に固まっていたのは瞬きする間だけだった。
 千恵はフリーズが解けた晶とほのか、優の瞳が見る間に鋭く吊り上り、両手が硬く握られてゆく(しかもプルプル震えていた)のを確かに見た。

「……わ~か~な~ちゃん~」

「……これって、ルール違反、だよなぁ?」

「……レディーとして、しても好い事と悪い事がある。これはもう、極刑に値する」

 地獄の底から響く様な怒気をふんだんに孕んだ晶の声と、長い金髪が逆立ち、蛇の様に蠢くほのかの低い声。
 更には判事の如く、冷たい声で情け容赦無い死刑判決を下す優。

「えぇっ!? なんでっ? どうしてぇ~~っ!! ただ、宏ちゃんに悦んで欲しかっただけなのにぃ~~~~っっ」

 訳も判らず許しを請い、泣き叫ぶ若菜の声が近所に響き渡るのに時間は必要無かった。
 真奈美が咄嗟に宏の目を両手で覆い、そのチョコとその後の惨劇(?)を見せずに済んだ事だけが、その日の明るい材料になった。


     ☆     ☆     ☆


 後年、若菜はこの年のバレンタインデーを『ブラッディーバレンタイン(血塗られたバレンタイン)』と呼び、晶達女性陣はこの日のリアルチョコに関する記憶を永遠に封印した。
 ある意味、このチョコは宏よりも女性陣にとって生涯忘れられないモノとなった。
 この騒ぎにより、若菜は勿論、千恵や晶が心の奥底で抱えていた寂しさを一時(いっとき)でも完全に忘れられた事が、唯一の救いとなった。

「若姉のもうひとつのチョコ、見たかったなぁ」

 ただひとり、その場にいながら見損ねた宏だけが毎年の様にこのチョコを若菜にリクエストし、みんなを困らせたのだった。


                                            (バレンタイン狂騒曲・了)
 
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彦星と六人の織姫たち ~前編 彦星と六人の織姫たち ~前編 美姉妹といっしょ♥~番外編
 
「~♪ 笹の葉ぁ~サ~ラサラ~~ぁ、の~き~ばぁ~に~揺れるぅ~~~、っとくりゃぁ♪」

 若菜の澄んだ歌声が、生い茂る竹林と雲ひとつ無い青空に吸い込まれてゆく。
 そよぐ風が笹の葉を揺らしてリズムを刻むと、歌いながらのこぎりを引く腕もより軽く、より一層リズミカルに動き出す。

「ふふっ♪ 若菜ちゃん、超ご機嫌ね」

 各部屋の飾り用に一メートル程に刈られた小振りの笹竹を整えつつ、真奈美が剪定ばさみ片手に微笑む。
 その声に、真奈美から数メートル離れた場所で鉈(なた)を振るっていた千恵が手を休めて苦笑いする。

「まったく、間延びした上にヘンな合の手まで入れちゃて。……まぁ、あの娘(こ)らしいっちゃ、らしいけど」

 腰に下げたタオルはそのままに軍手を嵌めた手の甲で額の汗を拭った千恵は、ルンルン気分で特大の笹竹と格闘している歌姫に視線を向ける。
 若菜は腰まで届く長い髪を首の後ろでひとつに纏めて背中へ垂らし、多少汚れても構わない着古した蒼色のトレーナーとジーンズ姿だ。
 千恵と真奈美、若菜の三人は十日後に迫った七夕に向け、梅雨の晴れ間を利用して庭に飾る笹竹と各部屋に飾る小振りの笹竹を採りに屋敷裏の竹林に来ていた。

「宏と一緒に七夕をするのは三年振りだからね~。浮かれる気持ちも判るわ」

「去年は晶先輩や千恵ちゃん達だけで七夕をしたんでしょ? ほのか先輩はアメリカにいたし、私は都合が付かなくて行けなかったけど」

 真奈美が首に巻いたタオルで汗を拭きつつ、千恵に向き直る。
 千恵もいつものロングポニーテールに真っ赤な長袖のトレーナーと裾がほつれたジーパン姿で、破れたり汚れたりしてもいい野良着スタイルだ。
 真奈美も背中の半分まで届く長い髪を三つ編みにし、水色の長袖シャツとオーバーオール姿になっている。
 三人とも本当はもっと涼しい服装――たとえばTシャツにホットパンツ姿など――を着たいのだが、肌が露出した服は蜂や蚊に刺されたり草木で肌を切ったり被(かぶ)れたりもするので、竹林や雑木林に入る時には軍手は勿論、夏でも必ず長袖長ズボンに底厚のスニーカー(尖った枝や切り株などを踏み抜くのを防ぐのだ)を着用するよう、宏から言われているのだ。

「うん、そう。だけど、やっぱりいて欲しい男性(ひと)がいないと、何とも締まらなくてね~」

 去年の七夕を思い出した千恵が頬を掻きながらほんの少し、寂しげな表情を浮かべる。
 千恵と若菜は去年、晶と優を加えた四人で笹竹に短冊を飾り、実家で七夕の会(と言う名の宴会)を宏不在のまま行った。
 その当時、宏は東京の専門学校に通っていたので実家にいなかったのだ。
 しかし、宏がいない寂しさを紛らわす為の宴会だったのに余計に寂しさが募ってしまい、イマイチ盛り上がりに欠ける飲み会となってしまった。
 唯一の救いは、それぞれが短冊に記した文言で場が和み、宏と電話で話しながら夜空に煌く彦星と織姫を離れた土地にも係わらず一緒に眺めた事くらいだ。

「おととしは宴会や七夕飾りそのものをしなかったし、去年もそんなんだったから、今年はいつも以上にあの娘も張り切っているのよ」

 妹を見つめる千恵も若菜同様、宏との七夕に心ときめき、瞳が煌いているのだが本人はまるで気付いていない。
 気付いたのは正面にいる真奈美だけだ。

「今年は宏君と結ばれたし、奥さんとして一緒に過ごす初めての七夕だもんね。それじゃ千恵……若菜ちゃんも張り切る訳よね♪」

 妹の気持ちは自分の気持ちでもあるのだろう、心情を悟った真奈美が素直になれない千恵を可笑しそうに笑う。
 ちょっと垂れ目がちな癒し系美人が口元に手を当て、瞳を細めてクスクスと笑うその姿は、真奈美のもっとも輝く瞬間だ。
 千恵もその笑顔に心和ませ、改めて宏と一緒に七夕イベントを行える嬉しさに顔が綻んだ。

「さて、っと。これで全部揃ったかな?」

 真奈美とのお喋りでひと息付いた千恵は、リビングに飾る一回り大きい笹竹を真奈美に渡そうと一歩前に踏み出した。
 片や、そんな二人のやり取りも耳に入らない若菜は、更に声のボリュームが上がってノリノリになっていた。

「お~星さ~ま~キ~ラキラ~~ぁ、金銀砂子ぉ~~~♪ っと。もうちょい………………っと、切れたぁ~っ」

 根元の部分で直径二十センチ近い太さの笹竹を切り落とした若菜が歓声を上げる。
 すると高さ六メートル、枝を張った横幅も三メートルはあろう笹竹がバサバサと賑やかな音を立て、周りの竹を掻き分けながらゆっくりと若菜のいる場所とは反対側に傾(かし)いでゆく。
 そしてその先には……。

「……ん? 何の音だ?」

 笹の葉が風で揺れる音とは違う、強制的に激しく揺すっているかのような音に千恵は立ち止まり、周囲を見回してから後ろに振り返ったその瞬間。

 ずずんっ!!

「!! どわぁあっっっ!!」

 今、まさに千恵が立っていた場所に特大サイズの笹竹が鈍く重い地響きを立てて倒れ込んだ。
 同時に、横に張った枝の先端が千恵の鼻先を掠め、空気をも引き裂く断末魔(?)の悲鳴が上がった。

「な゛っ、なにっ!? いったい何なのっ!?」

 思わず鼻を押さえ、首を激しく巡らせて周囲を見回す千恵。
 余りに危機一髪な展開に、驚きと恐怖で心臓がバクバク言って今にも口から飛び出しそうだ。
 と、倒れた笹竹の根元にはのこぎり片手にボケ~っと(千恵にはそう見えた)佇む女がひとり。
 それを見た途端、状況をたちどころに理解した千恵は恐怖の感情が怒りの感情へと変化する。

(あっ、あのパープー娘(むすめ)が~~~~っ! 今日と言う今日はもう許せんっ!!)

 そして次の瞬間には落雷の大音量すら可愛らしく思える程の怒りの声が近所一帯に轟き、大きな瞳を目一杯吊り上げた千恵が片手に笹竹、もう片手に鉈を持ったまま猛然と若菜の元へ駆け出した。

「こらぁ――――――っ! あ、危ないじゃないかっ! もうちょっとで……しっ、下敷きっ……下敷きになる所だったじゃないかぁ――――――っっ!!」

 よほど頭に血が昇っているのだろう、口は回らず、額に青黒い血管がいくつも浮かんではヒク付き、ポニーテールや頭の高い位置で縛った白いリボンが怒りのオーラに合わせて蛇の如くゆらゆらと蠢いている。
 瞳は血走り鼻息も荒く、鉈で進行方向に立ち塞がる枝を薙ぎ払いながら突き進む千恵の表情は、まるでB級ホラー映画に登場する猟奇的殺人鬼もかくやという形相だ。
 真奈美も千恵の間一髪なシーンを目の当たりにし、心を逸(はや)らせて後を追う。

(あらあら。千恵ちゃんったら、あんなに真っ赤になって青筋立てちゃって。よっぽどスリリングだったのね♪)

 本人にしてみればスリリングでは済まないと思うが、真奈美は心底、面白そうに笑みを浮かべる。
 なにしろ、宏や千恵美姉妹(しまい)と暮らし始めてひと月足らず。
 毎日のように繰り広げられる美姉妹漫才(?)にすっかり馴染み、この程度の事では動じなくなっているのだ。
 むしろ、二人のボケツッ込み(本人達にその意識は無い)を楽しみにしている節がある。

「あれ~、姉さん?」

 姉の危機一髪も露知らず、久し振りに宏と過ごす七夕に浮かれている若菜は満面の笑みを浮かべて怒髪天を衝く姉を迎える。

「あっ、あんたね~~っ! ~~~~っっ!!」

 そんな天然能天気な妹に、千恵は怒りで我を忘れたまま顔面に指を勢い良く突き付けた(今日はその手に鉈が握られたままだ)。
 ところが、余りの事態に思考回路が麻痺し、口をパクパクさせるだけで言葉が出て来ない。
 一方、身長百七十五センチの若菜は顔面に向けられた鈍く光る鉈もなんのその、いつものように微笑みながら身長百五十センチの小さな双子の姉を見下ろす。

「どうしたの~、そんなに目くじら立てて。リビングやみんなのお部屋に飾る笹竹は揃ったの~? こっちはお庭に飾る笹竹を切り落としたところなんだよ~♪」

 人が死にかけた(と千恵は思っている)原因を作ったくせに、どこまでもノンビリとした若菜の態度に千恵がキレた。

「こっ、このおバカっ!! 『どうしたの~』、じゃな~~~いっ!! あんた、今、笹竹が倒れた場所にあたいがいた事知ってた? 知ってて倒したのっか!? それとも狙って倒したのかっ、この唐変木っ! オタンコナスっ! #$%&♭Ω~~~~~~っっ!!」

 怒りに任せて口から出るわ出るわ、聞くに堪えない罵詈雑言(?)の雨あられ。
 最後は言葉にならない言葉で叫んでいる。
 顔を真っ赤に染め、唾をも飛ばし、鉈を振り回しながら眉と瞳を吊り上げて目の前の天然娘に食って掛かる千恵。
 しかし、元々他人を貶すボキャブラリーが決定的に乏しいので、どう見ても可愛い姉妹喧嘩(傍から見ると千恵が妹にしか見えないが、それを言うと千恵が怒る)にしか見えない。
 そんな怒れる大魔神に、事も無げに一通り言葉を最後まで受け取った若菜が小さく首を捻り、ひと言ポツリと呟いた。

「姉さん、今日アノ日だっけ? はぅっ! ……きゅう~~」

 改めて額の血管を何本か切った千恵の正拳突き(流石に鉈は投げ捨てた)がものの見事に能天気娘のみぞおちにめり込み、若菜はニコ目のまま膝から崩れ落ちる。
 そんな二人のド突き漫才を目の前で存分に楽しんだ真奈美は、今なお鼻息荒い千恵にそっと声を掛ける。

「ねえ、千恵ちゃん……」

 諸悪の根源が滅び、若干溜飲の下がった千恵は真奈美から心配げな声を掛けられ、ようやく人心地着いて振り向く。

(真奈美さんは、ちゃんとあたいの事を心配してくれるのに、この娘(こ)ときたら全くもうっ!)

 最後にもう一度、怒りの視線で妹を灼き払う千恵。
 が、しかし。

「こんなに大きな笹竹、若菜ちゃん以外に誰が運ぶの?」

「って、そっちの心配かいっ!」

 首を傾げて可笑しげに笑うお茶目な真奈美に、滂沱と涙する千恵だった。


     ☆     ☆     ☆


「――と言う訳なのよっ! ったく~、この娘と来たら、危ないったらありゃしないっ!」

 宏や晶、ほのかの社会人組三人が揃って定時で帰宅し、ひと汗流して全員が揃った所で、その日の夕餉(ゆうげ)が始まった。
 そこで開口一番、額に青筋をいくつも浮かべ、憤懣(ふんまん)やるかたない千恵が横目で妹を睨みながら昼間起こった事件(千恵の中では殺人未遂にまで発展している)をコト細かに語って聞かせる。
 一方、糾弾されている本人は幸せそうな顔で何事も無かったかのようにご飯をパク付いている。
 ひと仕事終えた後のご飯は格別に美味しいらしい。
 そんな二人に。

(ププッ、くくっ………………うっくっくっっ! ま、毎回笑わせてくれるわ、この二人はっ……うっくっ!)

(く、くっそー、こっ、こんな美味しいイベント起こるの判ってたら、会社サボって見に行ったのにっ……うぷぷっ!)

 晶とほのかは瞳に薄っすらと涙を浮かべ、必死に笑いを堪(こら)えていた。
 箸を持った手はテーブルの上で小刻みに震え、もう片手はテーブルの下で笑い出さないように自分の太腿をつねっている。
 固く閉ざされた口の端は不自然に吊り上がり、美しく整った顔も微妙に引き攣っている。

(わっ、笑っちゃいけないっ! いけないけどっ……くくっ! あ、相変わらずな二人だよなぁ……ププッ!)

(あ~ぁ、携帯で録画しとけば良かったな~。世紀の瞬間だったのに……プッ)

 宏と真奈美も、晶達と同じく千恵を思い遣ってぐっと笑いを堪えるものの、きつく結んだ唇は細かく震え、腹に力を入れている煽りで身体全体がプルプルと震えている。
 みんな、あとスイッチひとつで大爆笑間違い無しだ。

「……ボクも留守番なんかしてないで、千恵さんの慌て振り見たかったな」

 しじみの味噌汁を静かに啜りつつ、決定的瞬間を見損ねた優が心底残念そうに千恵を見る。
 その一言に、当事者(犯人?)である若菜が満面の笑みを浮かべて曰った。

「だったら~、明日は優姉さんも一緒に笹を採りに行こうよ~。笹は多いほど賑やかになるし~♪」

 懲りもせず能天気に手を揚げる若菜に、千恵(被害者!)が再びキレた。

「――って、またあたいを下敷きにするんかいっ!!」

 本人に意識は無くとも、自らスイッチを押した千恵に全員が堪え切れずに腹を抱えて大爆笑する。
 その声はビリビリと屋敷をも揺るがし、新居に越してから最大の笑い声となった。

「あははははっ♪ まぁまぁ、千恵姉。無事だったんだから好いじゃない。うぷぷぷっ♪」

 可笑し涙を拭きつつ宏が慰めるものの、千恵の怒りの矛先が妹から百八十度ターンする。

「好かないわよっ! あたいが危ない目に遭ったってのに、ナニみんなして笑うのよっ! 宏も笑い過ぎっ!」

 妹への怒りよりも、誰も味方に付いてくれない不満で涙目になった千恵が勢いよく立ち上がり、今なお笑い転げる面々をぐるりと指差す。

「でも、千恵姉が無事で好かった。千恵姉に何かあったら、俺が嫌だもん。若姉も今後は気をつけてね」

「は~い♪ 極力、前向きに検討し、然るべく善処するであります」

 余り――と言うより、まったく反省の色が見えない若菜だが、笑いを収めた宏の真剣な忠告には素直に頷いている。
 そんな若菜のエセ政治家並みの答弁と宏に向かって敬礼するポーズに晶とほのか、真奈美に優まで笑いっ放しになっている。

「ホント、無事で好かった」

 それでも千恵の涙を見た宏の真摯なひと言が、それまでささくれ立っていた千恵のハートを元の素直で純情な状態へと戻した。

「宏ぃ~~~~♥ 宏だけよ、あたいを心配してくれるのは」

 宏に抱き付き、嬉しさと愛おしさで滂沱の涙を流す千恵の姿に、一同の笑い声は更に高まった。
 そんな楽しげな声に、リビングの軒先に据え置かれた特大の笹竹の下で晩御飯のご相伴に与(あずか)っていた仔猫親子が顔を見合わせ、いつも賑やかだね~、と苦笑したかのように「にゃぁあ~~ん」と鳴いた。


     ☆     ☆     ☆


 七月七日、七夕。
 五節句のひとつでもあり、日本全国で祭りとして行われる七夕は老若男女を問わず親しまれ、毎年テレビや新聞と言ったメディアに必ず登場する国民的行事の日でもある。
 元々は中国から伝わり、江戸時代に願掛けとして広まった七夕の行事だが、宏達にとっては幼い頃からお互いの繋がりを深め合う大切な日でもあった。

「それじゃ、みんなのこれからの安全と健康を願って、乾杯っ!」

「「「「「「乾杯~っ!」」」」」」

 宏の音頭で六人の美女達が唱和し、リビングにグラスの合わさる澄んだ音がいくつも響く。
 今日は土曜日で社会人組三人は休みと言う事もあり、夕方の早い時間から七夕宴会が始まった。
 リビングのガラステーブルには若菜を先頭に千恵と真奈美が腕を振るった豪華絢爛な料理が大量に並び、様々な種類のアルコールやソフトドリンクも余す所無く用意されていた。

「たくさん用意したから~、いっぱい食べてね~♪」

 若菜が指差す方向には、テーブルに載り切れない大皿料理や酒瓶などがダイニングテーブルにまで溢れている。
 三年振りに好きな男性(ひと)と過ごす七夕への期待度が、料理と酒にも現れているのだ。
 ちなみに、一人掛けソファーに座った宏から見て左側ソファーには手前から晶、ほのか、千恵と座り、テーブルを挟んで右側のソファーには若菜、優、真奈美の順で座っている。

「こうして見ると、みんなで苦労して作った甲斐があったわね」

「……折り紙でチェーンを作ったり星を折ったりするなんて、久し振り」

 ワイングラス片手に、どことなく嬉しそうに語る晶と優の視線は、例の特大サイズの笹竹に向けられている。
 大きく横に張った枝には折り紙で作られた色とりどりの装飾用短冊や紙チェーン、金銀の星などがいくつも飾られ、夕焼けの朱一色に染まって揺れている。

「みんなで飾り付けもしたから、あっと言う間に出来ちゃったしね」

 真奈美もカクテルグラス片手に満足げに目を細め、煌びやかな七夕飾りに見入っている。
 そよ風に揺れて奏でる笹の葉の音が開け放たれたリビングの窓から流れ込んでは、みんなの七夕気分をより高めてくれる。

「俺はこっちの飾り付けも風情があって好きだな。家族揃っての行事、って感じがしてさ」

 少年のように瞳を輝かせた宏がビアジョッキで示す方向には、リビングの隅で同じ飾りの付いたコンパクトサイズの笹竹(それでも高さ二メートル以上はある)が据え置かれ、主役である短冊が飾られるのを今か今かと待ちわびている。
 宏自身、みんなと過ごす七夕を心待ちにしていたのだ。

「あたいも、庭にある大きいのも好きだけど、こーゆー可愛いのも好きよ。お部屋に飾ってあるのも風流を感じるし」

 千恵が取り皿に料理を取り分け、今日の主賓でもある宏に渡しながらリビングの隅に視線をチラリと向けて微笑む。
 各個人の部屋にも、飾り付けの済んだ小振りの笹竹が飾られているのだ。
 その言葉に同調したのはほのかだった。

「商店街にある大きな七夕飾りは『地域の祭り』って感じだけど、家の七夕飾りは落ち着いて、それでいて雰囲気があるからオレも好きだぜ。なんかこう、『家族の祭り』って感じでさ」

 切れ長の碧眼を細め、リビングに据えられた笹竹を楽しそうに眺める。
 宏達六人もほのかの言葉に同感とばかり大きく頷き、みんな一緒に過ごせる幸せを噛み締めながら、綺麗に飾られた笹竹に暫し見蕩れるのだった。



「なぁ、宏の小さかった頃って、どんなんだったんだ?」

 何度も乾杯を繰り返し、それぞれが宏との七夕宴会を心ゆくまで満喫していると、今回で二度目の参加となるほのかがみんなに切り出した。
 波打つ金髪と長い手足、透き通るような白い肌に切れ長の碧眼と鼻筋の通った顔立ち。
 モンゴロイドの日本人はもとより、欧米の超一流スーパーモデルすら太刀打ち出来無い美しさを誇る、今年二十五歳になる北欧生まれのハーフ美女。
 そんなほのかが身に纏っているのは、襟が大きく開いた真っ白なタンクトップ(当然ノーブラだ♪)にデニムのマイクロミニスカート姿と、いつにも増して気合の入った服装だ。
 なにせ、宏と一緒に過ごす七夕は三年振りなのだ。
 去年おととしと、アメリカで職に就いていたほのかにとっては部屋着から着替える程、待ちに待った宴会でもあった。

(お~、見てる見てる。さっきっから宏の視線をビンビンと感じるぜ! ムフッ♪ この服を選んで正解だったな)

 タンクトップに浮き出た二つの突起やスラリと伸びた生足、そしてスカートの奥の白い布切れにチクチクと突き刺さる宏の視線も、ほのかにとっては天にも昇る程嬉しかった。

(少しでも好いから、オレを見て貰いたいからな♪)

 腰まで届く長い髪を背中に払いつつ僅かに膝を広げてチラリズムを演出し、さり気無く大人の色気をアピールするほのか。
 そんな力の入ったほのかのリクエストに応えたのは、幼馴染であり実家も隣同士である千恵と若菜の双子姉妹だ。
 今年二十三歳になる姉の千恵は紫がかった黒髪をいつも通りにポニーテールに纏め、ピンク色のキャミソールにミニスカート姿だ。
 キャミソールの下にはストラップレスブラが透けて見え、贅肉のない引き締まった八頭身の肢体が爽やかなお色気を振り撒いている。
 妹の若菜は腰まで届くストレートの黒髪を今日は三つ編みにし、髪の先端を真っ白なリボンで縛っている。
 水色のプリントTシャツにミニのフレアスカート姿で、白い肌の肉感的な太腿が艶かしい。
 こちらの姉妹も宏から見られ、宏に見せる事を充分意識している服装だ。
 二人はジョッキに注がれたビールを呷りつつ、昔の自分達に思いを馳せる。

「若菜が近所のガキ大将に苛められて泣いてると、直ぐに飛んで来て慰めてくれたのが宏なのよね~」

「宏ちゃん、小さい頃から足が速かったから、すぐに駆け付けてくれたの~♥」

「あれは……確か……あたいらが小学校四年か五年の頃だったかしら? その時はまだあたいよりずっと背が低くかったくせに、やっぱり男の子なのよね~。近所に住んでた六年生のガキ大将相手に『わかねえをいじめるなっ、わかねえのしかえしだ~』なんて言いながら殴り込みを掛けるのよ。相手が三つも四つも学年が上の相手なのにね」

 大きな瞳を細めて当時を懐かしむ千恵の回想に、若菜も切れ長の瞳を輝かせて大きく頷く。

「そうそう。子供ながらに、その逞しさと優しさに惚れちゃったのよね~♥」

「でもやっぱり身体の大きさが違い過ぎて、ガキ大将からあっと言う間に返り討ちにあっちゃってね~」

「それで姉さんが宏ちゃんと私の分を纏めてガキ大将にリベンジして、終(つい)には年上の男の子の頭を下げさせたのよね~」

 ほのかは二人の想い出話を聞きつつ、千恵が姐御肌な性格だとは知っていたが、それは幼い宏を守る為にそうなったのだと初めて知った。

(そっか、千恵ちゃんの面倒見の好さは宏が原点だったんだな)

 今も昔も変わらない宏の優しさと勇ましさの一端を垣間見て自分の事のように嬉しくなったものの、幼少の頃から深い繋がりを持つ千恵姉妹を羨むほのかだった。

「それじゃ、中学の頃の宏君って、どんな感じだったの?」

 アルコールで目元を少し赤らめた真奈美がパナシェ片手に尋ねる。
 宏と過ごす七夕はほのかと同じ三年振り二度目だが、前回は想い人といられる嬉しさに舞い上がっていたのでよく覚えていなかった。
 なので、今回は気合の篭もった勝負服(?)に身を包んでいた。
 一見、普通の白い半袖ブラウスを纏っているのだが、その透け方が半端ではない。
 下着はおろか、肌理の細かい地肌まで透けて見えるのだ。
 それはまるで雨に濡れたワイシャツを着ているかのようにハッキリとブラジャーのラインが浮き上がり、しかもレースの模様一つ一つや肌の質感までもが遠目に判り、まるでカラシリス――古代エジプトの衣装――を羽織っているかのようだ。
 オマケに下半身に目を移すと、真っ赤なミニスカートからスラリと伸びる美脚には黒のオーバーニーソックスが装備され、宏のツボのひとつでもある絶対領域を何気に強調しているのだ。
 当然、宏の視線も真奈美の肢体を上に下にと、忙しげに往復している。

(あん♥ 宏君の視線が私を犯してるぅ~♪ このまま視姦されたら、アソコと身体が溶けちゃいそう)

 勿論、見せるように仕向けた(若菜の入れ知恵もあった)のは真奈美なのだが、宏にはそこまで判らない。
 ただただ、二十四歳の強烈なお色気に鼻の下を伸ばすだけだ。
 そんないつになく積極的な真奈美のリクエストに応えたのは宏の従姉であり、同じ街に住んでいた晶と優の双子姉妹だ。

「ヒロはね……」

 当時を想い出し、楽しそうに話す晶は部屋着のままのラフな格好だ。
 額に巻いた薄緑色のヘアバンドは普段のままだが、腰まで届くソフトウェーブの髪を今日はポニーテールにし、ロングTシャツと股の切れ上がったホットパンツを纏っている。
 しかもTシャツの裾がホットパンツを隠しているので下半身は何も穿いていないかのようにも見え、ムッチリとした白い太腿と相まって妖艶なお色気を醸し出している。

「小学校高学年から始めた陸上を中学に入ってからも続けたのよね」

「……ヒロクン、五年生の時から学校で一番足が速かった。中学に入っても上級生を差し置いて一番だった」

 片や、妹の優はシャギーにしたショートヘアを小さく揺らし、蒼色のシャツにこちらもハイレグホットパンツ姿なのだが、前に並んだボタンの上三つを外していた。
 そのお陰で慎ましやかな双丘の膨らみ(七十七センチのCカップだ)がチラチラと見え隠れし、二十五歳に相応しい匂い立つ大人の色香となって宏を直撃していた。
 隙間から覗く、ブラに支えられたバストの柔らかい膨らみが問答無用で宏の股間を刺激するのだ。

「……ヒロクン、大会で走る毎に自己記録を塗り替えてった。それが市内で一番になり、地域でも上位にランクされていった。そんな頑張るヒロクンを見ているのが好きだった♥」

 中学生だった宏を想い出した優が、僅かに頬を紅く染める。
 どうやら当時高校生だった自分に心が移ったようだ。
 そんな優の反応に、瞬時にシンクロしたのは晶だ。
 晶も昔の自分に戻ったのか、酒だけでは無い赤味が頬を染める。

「そうそう。ゴールテープを最初に切るヒロを何度も見たくてね~。大会がある毎に競技場へ通ったっけ」

 と、ここで当時のあるひとコマを想い出した晶が千恵と若菜をチラッと見て、そしてニヤリと笑った。
 その顔は宏が見れば悪魔の微笑みに見えただろう。

「その頃、ヒロはおフェラを経験したのよね~♪」

「ブ――――ッ! ゲホゲホっ」

 それまで大人しくみんなの話をニコニコしながら、時には恥ずかしげに聞いていた宏だったが、晶の爆弾発言に飲みかけたビールを思わず噴き出し、激しくむせてしまう(若菜が慌てて布巾片手にすっ飛んで来た)。
 おまけに、姉と視線を交わした優が双子ならではの阿吽の呼吸で切れ長の瞳を妖しく光らせ、当時の情事(?)を嬉々として打ち明かす。

「……ヒロクンが中二の時で、ボク達が高三の時だった♪」

「そうそう♪ 初フェラして初顔射されて、同時に初ゴックン(精液を飲んだ事だ)出来て、幸せだったわね~♥」

「……今でもその時のヒロクンの味、ボクは覚えてる♥」

 懐かしげに遠い目をする晶と優に、即座に反応したのは千恵だ。
 大きな瞳が見る間に吊り上り、ポニーテールが嫉妬のオーラでユラユラと蠢き始める。
 そして色仕掛けの張本人ではなく、話のネタになっている宏に迫る。
 それはまるで浮気を知った新妻が夫に迫るシーンを彷彿とさせた。

「ちょっとっ! それ、初耳っ! どーゆーコトよっ!? 宏っ!!」

「宏ちゃん~、ずるい~っ!」

 若菜なぞ、手にした布巾をぶん回し、すでに涙目になっている。
 もっとも、その瞳は嫉妬や先を越された悔しさではなく、自分が参加出来ずに悔しがる視線だ。
 ほのかと真奈美は意外な展開に瞳を爛々と輝かせ、晶に続きをせがむ。

「確か――夏休みだったかしら。ヒロの部屋へ遊びに行ったらお腹出して昼寝してたのよ」

「……タオルケット掛けようとしたら、ヒロクンのアソコがモッコリと勃ってるのに気付いた」

「で、ヒロの事をもっと知る好い機会だったから、ズボンを脱がせて――」

「……ボク達が剥いて――もとい、鎮めてあげた♪」

「丁度、閨房術を学んでいた事もあってね~。愛するヒロを使って実物のアレコレを確かめたかったのよ♪」

「……もちろん、ヒロクン以外の男には食指も動かない。ヒロクンだからこそ、見て味わいたかった♥」

 今明かされる七年前の暴露話に、ほのかと真奈美は身体を乗り出して嬉々として聞き入り、宏は身体を小さくして恥かしがり、千恵はそんなに早くから抜け駆けしていたのかと怒るよりも呆れて目を白黒させるばかりだった。


                                  (彦星と六人の織姫たち~前編・了)
 
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彦星と六人の織姫たち ~後編 彦星と六人の織姫たち ~後編 美姉妹といっしょ♥~番外編
 
 そんなこんなで宴会が始まってから時計の長針が三周し、窓の外では夜の帳がすっかりと下りた頃。
 リビングでは料理の並んだテーブルを壁側に寄せ(ソファーは廊下に出した)、七人はフローリングの床に座布団を敷き、トレイに料理を置いて車座になっていた。
 宴が盛り上がるとソファーに座っているよりこちらの方が話しやすく、何となく落ち着くのだ。

「それでね、ヒロったら小学生なのに……」

「宏ちゃんってね~、中学生の時には既に……♥」

 晶と若菜が中心となって宏の幼少時代のネタで延々と盛り上がっていると、終始聞き役のほのかと真奈美が時折、寂しげな表情を浮かべる事に宏が気付いた。

「ほのかさん? 真奈美さん?」

 僅かに首を傾げて心配そうに見つめる宏に、二人は小さく肩を竦めて「見つかっちゃったか」と苦笑いする。

「なんか、オレ達だけ宏との繋がりが短かくて……チョッと淋しいな、と思ってさ。まぁ、オレが宏の小さい頃の話を聞きたいと言ったから文句言う筋合いじゃないのは判っているんだけどな」

「ほら、私達って宏君と出逢ったのが遅かったでしょ? だから想い出として語れるエピソードがほとんど無い事くらい、充分判ってはいるんだけど、ね……。ちょっとみんなが羨ましかっただけなの」

 こればかりは誰にもどうしようもない事なのだが、疎外感に包まれたほのかと真奈美は一瞬だが視線を下げてしまう。
 宏が生まれてから二十一年間、ずっと幼馴染と従姉弟の関係だった四人と比べると、真奈美は宏と出逢ってから僅か四年弱、ほのかに至っては海外に二年以上いたので実質二年分も経っていないのだ。
 二組の双子姉妹から語られる宏との繋がりの深さに、自分達ではどうやっても太刀打ち出来無い状況を改めて突き付けられ、気分的に消沈してしまったのだ。

「あ……ごめんなさい」

 二人の言葉にそれぞれの置かれた状況を瞬時に理解し、頭を小さく下げたのは千恵だ。
 宏と七夕をするのはみんな同じ三年振りだと判っていたのに、つい昔馴染みの自分達だけで盛り上がってしまった。
 しかも、ほのかと真奈美が自分達の輪に加わる以前の話で長々と。
 いくら最初にネタを振ったのがほのかだったとは言え、これではある意味、二人の存在を無視したかのように取られても仕方無いと思ったのだ。
 同時に、どうして二人の気持ちに気付かなかったのかと自責の念に囚われる。

「……ん、ちょっと浮かれ過ぎた。他意は無い」

 千恵の言葉を咄嗟に汲み取ったのは優だ。
 頭こそ下げなかったものの、真っ直ぐな瞳で謝意を表す。
 千恵と優が見せた真摯な態度に、いつも強気な態度の晶も珍しく反省の色を示す。

「あ……あははは……、いや、別にあんた達を忘れてた訳じゃないのよ、ホントにっ! ただ、まぁ、話の流れで……つい、期間限定の内輪話になっちゃった………………ごめん」

 手にしたグラスを床に置き、しおらしく頭を下げる晶。
 筆頭妻(あくまで自称だが)である晶の滅多に見られない潔い態度に、場の空気がそれまでの華やかなものから静かなものへと変化する。
 そんな、ともすると湿りがちになりそうな空気を払拭したのが宏だった。

「あのさ、ほのかさん。真奈美さん」

 宏はすぐに腰を上げると隣り合う二人の真ん中にしゃがみ込み、左手で真奈美の左肩を、右手でほのかの右肩を掴んで抱き寄せる。
 そして、二人に向かって交互に語り掛けた。

「確かに、ほのかさんや真奈美さんと出逢ってまだ四年も経ってない。だから俺の小さかった頃を知らなくても当然だと思う。だったら、これからどんどん知っていけば好いんだよ。昔を淋しがったり羨んだりする必要は無いんだ」

 噛み締めるように聞き入る二人に、宏の熱い言葉が続く。

「それに、ほのかさんや真奈美さんが子供の頃の俺を知らないのと同じように、俺もほのかさんや真奈美さんの幼い頃の事はまだまだ知らない事だらけなんだ。だからお互い様、だと思うよ♪」

 乾いた砂漠に潤いの水が染み込むように、ほのかと真奈美の心に宏の言葉が、想いが深く染みてゆく。

「いつか機会があったら……ほのかさんや真奈美さんのご家族からも子供の頃の話が聞きたいな♪」

 ニコリと笑ってそれぞれの頬に唇を寄せる宏の温かさに、ほのかと真奈美の涙腺がどんどん緩んでいく。
 と同時に、それまで俯き加減だった顔が上を向き、大輪の花が咲くかのように晴れやかになる。
 それは固唾を呑んで見守る晶達にもハッキリと判る程の大きな変化だった。

「宏……ありがとな。そう言ってくれて、嬉しいぜっ」

「宏君……ありがとう……」

 感謝と感激の涙を浮かべた泣き笑いの二人に、照れたように顔を赤らめた宏が続ける。

「俺の人生の中で、俺の幸せがより一層膨らんだ時があるんだ。それは取りも直さず、ほのかさんと真奈美さんが俺達の輪に加わってくれた時だよ♥」

 そっと抱き締められるほのかと真奈美。
 その温かさと優しさに、とうとう涙を零してしまう。

「だからさ、これから俺と一緒に、楽しい想い出をたくさん作って行こうよ……おわぁっ!」

 最後にウィンクして微笑む宏に、ほのかと真奈美が身体の向きを変えると同時に強く抱き付く。

「宏を好きになって、本当に好かった♥」

「宏君と出逢えて、本当に幸せよ♥」

 縋り付く二人の美女を片手でそれぞれ抱き締める宏に、千恵や晶、優がそれぞれウィンクしたり頷いたりして「よくやったっ! えらいっ! それでこそ我等が夫だっ♪」と盛んにエールを送っている。
 ただ一人、それまでみんなの様子を黙って見ていた若菜は、料理の大皿片手に(青椒肉絲をつまんでいた)ひと言曰った。

「宏ちゃんの昔話で不公平感が出るより~、姉さんが小学校上がってからも『おねしょ』していたコトをバラした方が不公平感が出なくて好かったかしらん~?」

 一瞬の静寂の後、千恵の屋敷をも揺るがす猛烈な怒号(涙ながらの悲鳴も混じっていた)と若菜の悲鳴(ほとんど笑っていた)、そして宏達の大爆笑する声が轟いた。


     ☆     ☆     ☆


「それじゃ~、そろそろ頃合だし、短冊に願い事を書こうか」

 千恵と若菜の追いかけっこ――宏達はドジなネコと利口なネズミの追いかけっこを描いたアメリカのアニメと重ねて見ていた――がひと段落着いた(お互いにアルコールが回って走られなくなった)所で、晶が待ちかねたようにグラスを置き、替わりに短冊が詰まった箱をいそいそと手にする。
 普段からクールさを装っていても、久々に宏と過ごす七夕はみんなと同じく嬉しいらしい。
 その証拠に頬は緩み、瞳が少女の如くキラキラと煌いている。

「おっ、待ってましたぁ~♪」

「いよいよメインイベントの登場ね♪」

 ほのかと真奈美も瞳を輝かせて晶の傍へ寄る。
 少し前に見せた陰のある表情は既に消え、元の明るい表情に戻っている。
 宏の過去へのわだかまりもすっかり解消したようだ。

「へ~、いろんな色を揃えたんだね」

 宏が感心しつつ晶の差し出す箱に手を伸ばし、五色の短冊を色ごとに床に並べる。
 白、赤、緑、青、黄の鮮やかな色彩がみんなの視線を一気に集め、場の雰囲気も一気に宴会モードから七夕モードへ切替ってゆく。
 箱の中にはいろいろな色のマジックも用意され、他にも余った折り紙で作られた紙チェーンや金銀の星、装飾用の短冊なども揃えられていた。

「うん、なるたけ見栄えの好い色を選んだつもりだけど、どうかしら?」

「いやいや、これだけでも十分華やかで綺麗だよ。ありかとう」

 宏が微笑むと、照れて頬を染めた千恵は慌てて顔の前で手を振る。

「あたいだけじゃなく、優さんや真奈美さんと一緒に揃えたの。家事が済めば、結構時間が空いてるからね」

「そっか。優姉、真奈美さん、ありがとう」

「……ヒロクンとの七夕、楽しみにしてたから、どうと言う事は無い」

「いいのよ、宏君。こういうのも楽しいから」

 感謝の気持ちを篭めて頭を小さく下げた宏に、優と真奈美は嬉しそうに目尻を下げる。
 宏と何気ない会話をするだけで心弾むので、七夕に限らず宏と過ごすイベントが楽しくて仕方無いのだ。

「それじゃ、みんな自由に手に取って……って、もう書いてるか」

 千恵が声を掛けるより先に、我先にと短冊に腕を伸ばし、書き始めている面々に宏も思わず微笑む。

「だって~、宏ちゃんと一緒に七夕するの、久し振りなんだもん」

「オレなんか、三年振りの七夕だぜ? アメリカにはこんな風習無かったからな」

「あら、私だって宏君と一緒に七夕するの、三年振りよ? だから嬉しくって」

 若菜とほのか、真奈美が変な所で意地を張り合う。
 三年振りなのは全員一緒なのだが、そこまで頭が回ってないのだ。

「まぁ、みんな楽しみにしてたからね~。自分の事で頭が一杯なのよ」

 そんな三人の子供っぽい部分に苦笑いした千恵が短冊を手に宏に補足するも、宏には千恵の言葉は耳に入っていなかった。
 なぜなら……。

(うわっ! 正座した若姉のお尻がっ)

 ミニスカートなのに床へ置いた短冊に覆い被さる格好でマジックを走らせているので、青白のストライプ柄ショーツが柔らかそうな尻の半分に皮膚の如く貼り付いている様子が丸見えなのだ。

(って、ほのかさんっ! ミニスカなのにその格好はマズイって)

 ほのかは宏に向かって胡坐を掻き、そのままお辞儀する格好で書いている。
 腰まで捲れ上がったミニスカートの奥には白いショーツがぴっちりと股間に貼り付き、その下の造形物を余す所無く浮かび上がらせているのだ。

(きゃ~☆ 真奈美さんまでっ! しかもアダルトなショーツがっ)

 真奈美は宏の方へ向いて膝を崩した横座りなのだが、黒のオーバーニーソックスの上には白い太腿。
 その絶対領域と真っ赤なミニスカートが合わさる三角地点には黒のショーツ。
 黒のショーツをよくよく見れば、クロッチ部分の縫い代が柔らかそうに弧を描き、プックリと盛り上がっているのが丸判りなのだ。

「ふふっ♪ ヒロもやっぱり男ね~。『女』そのものに目が行っちゃってるし」

「……ヒロクン、男として正常。これでつまらなそうに視線を逸らされたら、ボク達は女として自信を失くす」

 大きくテントを張った股間をさりげなく隠し、鼻の下がゴムの如く長く伸びた年下の男の子を晶と優が目線で会話しながら可笑しそうに眺めている。
 勿論、短冊片手に太腿とハイレグホットパンツの隙間から紫と赤のショーツが宏から覗けるよう、さりげなく足を崩す事も忘れない。
 そんな五人のお色気サービスを悦ばない宏ではない。

(みんな無防備になってからに♪ ……ん? まさか……千恵姉までは……って、おいおいっ♪)

 いつもはきちんとしている千恵だが、ミニスカートなのに尻を床に直接着けるペタン座りになっている。
 しかも、両膝の間隔は宏の頭が楽々入る位にまで拡げられているではないか。
 当然、太腿に挟まれ、柔らかく膨らんだピンク色の布切れ――しかも一本の深い縦筋付き――が宏の目に飛び込んで来る。
 一見、無邪気に座っている風を装ってはいるが、首から上が真っ赤に色付き、時おり宏を伺う視線を向けるので意識して足を開いているのは明白だ。
 どうやら、みんなに触発され、変な対抗意識が芽生えたらしい。

(く~~~、さっきから刺激的なお色気満々だったのに……たまらね~♥)

 宴会中は青白のストライプと白と黒の布切れがチラチラ(と言うよりもず~っと)宏の目を掠めていたのだが、今では紫と赤、ピンクが加わって丸見えの見放題だ。
 お陰で、さっきから元気な息子さんがパンツの中で早く解放しろと大暴れしまくっている。

(う~、もしかしたらパンツに大きなシミが浮いているかも)

 先っちょが何となくヌルついて冷たいのだ。
 さらに。

(うわ~、乳首がより浮き出て……勃ってるし♪ オッパイもプルンプルン揺れてっ♪)

 今までは意識しないように努めて来たが、みんなのお色気満点なセクシーショーツをまともに見てしまうと、燃え(萌え?)上がったエロ心に歯止めが利かない。
 ほのかと晶の双丘の頂にポッチリと浮き出ている部分を凝視し、千恵と真奈美の豊かな膨らみと、その柔らかそうな揺れ具合を無遠慮に拝んでしまう。
 しかも、ほのかが屈むとタンクトップの襟元が下に垂れ、桃色に尖った実が目に飛び込んで来るのだ。
 これはもうチャンスとばかり、宏は北欧産美女の頂をさり気無く、しかし舐めるように視姦する。

(何気ない生活の場面でのチラリズムって、好いよなぁ~♪)

 ベッドの上で肌を重ねる時とは違うエロチシズムにひとり酔いしれ、悦に浸る宏。
 とは言え、堂々と顔を寄せて見る訳にもいかない。
 短冊を掲げて書く振りをしつつ、みんなの痴態に目を凝らす。
 そんな宏が短冊とマジックを手にしたまま美女軍団のお色気に魅入っていると、その熱視線を誰よりもいち早く嗅ぎ取った(千恵に言わせると待っていた)若菜が行動を起こした。

「宏ちゃん~、遠慮しないで好いんだよ~♥」

 鼻の下をこれ以上無い位に伸ばした宏の目の前で、若菜がクスクスと笑いながら向きを変え、宏に桃尻を突き出したのだ。
 すると、これまで遠慮がち(?)に見せていた股間部分が丸見えになる。
 しかも、そこには薄っすらと縦筋の中身が浮き彫りになっている。

「宏ちゃんが一番見たかったのは~、ココ、だよね~♪」

(うわっ、若姉ってば……大胆~♪)

 などと若菜と宏で淫靡な世界を作っていたら。

「おいおい、ここにも甘~い蜜があるぜ♪」

 期待通りに反応してくれた宏にニヤリと笑ったほのかは、ショーツのクロッチ部分に指を引っ掛けるや否や横へ徐々にずらし、禁断のデルタゾーンを直接見せ付けようとする。

「ああっ、宏の熱い視線がパンツを通り越してっ……見られる快感にハマリそうだぜ♪」

 宏との触れ合いに心から喜び、酔いも加わって理性を麻痺させたほのかは、普段の恥じらいを忘れたかのように淫乱モードへ突入しつつあった。
 そんな加熱する二人のストリップショーに待ったを掛けたのは、この家で唯一の良心である千恵だった。
 流石に、二人に対抗してショーツの中身まで見せるつもりは(今は)無いらしい。

「って、コラッ――! そこの二人っ、それはやり過ぎ――――っ!」

 ほのかと若菜に向かって右手に持った赤い短冊をブンブンと振り回し、レッドカードの如く突き付ける。

「今は短冊に願い事を書く時間っ! そーゆー事は後にしてっ! 宏もエッチな目で見ないっ!」

 腰まで届くポニーテールが怒りで揺れ動き、吊り目がちな瞳が更に吊り上っている。

「まったく、あたいだってそれなりにアピールしたいわよっ!」

 匂い立つ女の色気、と言う点で若菜とほのかには遠く及ばないと思っている千恵が、若干の嫉妬を滲ませて二人を睨む。
 と、ひとりの女として凹んでいる千恵に、裏事情を知る若菜が手にしたマジックで指しながらツッ込んだ。

「姉さんも勝負下着の紐パン穿いてるんだから~、遠慮しないでもっと宏ちゃんに見せれば好いのに~♪ さっきまで見せ付けるようにお股広げてたのは、どこの誰~?」

 妹の暴露に一瞬で顔を真っ赤に染め、慌てて膝を閉じるとミニスカートを上から押さえる千恵。

「べっ、別にこの後を期待してた訳じゃっ……あっ!」

 勝負下着着用をバラされた上に思わず口が滑り、千恵は恥かしさの余り言葉を無くして俯いてしまう。
 そんな千恵に笑みを浮かべた晶がマジックの色を変え、二枚目の短冊に手を伸ばしながら助け舟を出す。

「まぁまぁ。千恵ちゃんは後でヒロからじっくり見てもらえば好いのよ♪」

「……ヒロクンの、今日の『一番搾り』は千恵ちゃんに決定」

 微笑んだ優も二枚目の短冊を手に宏に頷く。
 どうやら晶と優の中では、この後の予定も抱かれる順番も全て決まっているらしい。

「え~~~、今夜は私が最初にしてもらおうかと思ってたのに~」

 こちらも二枚目の短冊を書き終えた若菜が突き出したままの尻を振って不満たらたらに抗議するが、素直に姿勢を正した金髪碧眼の美女によって却下される。
 流石に悪ノリだったと反省したらしい。

「それは宏が決める事だよ。な、宏♪」

 突然、話を振られた宏は短冊片手に固まってしまう。
 晶と優に続いて今なお挑発する若菜といい、ウィンクしたほのかといい、先走った考えに付いて行けないのだ。

「あ、まぁ、その……、それは後で、ね。今は短冊を書いちゃおうよ。せっかくみんなが用意してくれたんだし」

 リビングに漂い出した妖気に中(あ)てられ無いうちに、慌てて場を収める宏だった。
 そして暫し、マジックの滑る音がリビングに響いた後。

「出来たぁ~♪ 短冊の完成だよ~」

「こっちも出来たぜ。……うん、我ながら好い出来だぜ♪」

「久し振りに書くと、なんだか恥ずかしいわ」

 若菜、ほのか、真奈美が書き終えた短冊を手に、嬉々としてみんなに見せ付ける。

「あたしも……出来たわ。でも、この歳で七夕なんて、ちょっと照れるわね」

「……お姉ちゃん、願い事に歳は関係無い。気持ちが大事」

 アダルト二人組もはにかみつつ、書き終えた短冊を床に並べる。
 そして五人の顔が最後まで残った千恵と宏に向けられる。
 その視線は「早く見せろ~、宏の願い事ってなんだ~」と好奇心満々だ。

「う゛っ! あ……いや、今、見せるから……」

「いっ、いやぁ! 恥ずかしいから声に出して読まないでぇ~!」

 みんなに気圧された宏がおずおずと差し出した短冊は、あっと言う間に妻達の目に晒される。
 最後まで公開を渋っていた千恵も、手にした短冊を若菜に奪われ、ほのかから羽交い絞めにされて涙目になってもがいていた。

「どれどれ……?」

「なになに?」

 宏の短冊が真っ先に読まれる。

『みんなが一生、無病息災で過ごせるように』

『みんながずっとずっと、幸せに暮らせるように』

 他にも、妻達ひとりひとりの名前の後に同じ言葉が続いている短冊が床に並べられる。
 興味津々に瞳を光らせて短冊を読む面々だったが、次第に穏やかで優しい顔になる。
 三年前までの七夕と同じく、相手の幸せだけを想う宏の気持ちに心を揺さぶられたのだ。

「ヒロったら、相変わらず自分の事は願わないわね。……まぁ、そこがヒロの好い所なんだけど♥」

 瞳を潤ませた晶が宏の腕を取り、静かに引き寄せると頬にキスをする。
 いつまでも変わらない、人を思い遣る温かい心が嬉しいのだ。

「……ヒロクン、少しは自分の事を願ってもバチは中らない」

 優も宏の背中に覆い被さると両手を首に回して抱き締め、首筋に顔を埋(うず)めて頬摺りする。
 昔と同じ、優しい心が泣きたいほど嬉しいのだ。
 そんな甘い雰囲気をぶち壊すかのように、若菜の裏返った声がリビングに響いた。

「いや~ん♪ 姉さんったら、こんなの書いてあるぅ~♪」

 そう言いつつ、千恵から奪った短冊を宏の短冊の上に重ねて並べる。
 そこには……。

『宏がいつまでも健康で長生きしますように』

『神様へ。宏と結ばれた事を感謝します。ありがとう』

 などなど、千恵の素直で真摯な想いが書き込まれた短冊に、みんな思わず笑い出す。

「なんだ、オレと同じ事を書いてるんだな」

 ほのかが照れながらも自分の短冊を重ねると、そこには『宏が永遠に長生きするように』『宏と一緒にいられる事に感謝!』と書かれてあった。
 真奈美や晶、優の短冊も宏の健康長寿を願い、共に過ごせる感謝の言葉で占められていた。

「あははっ! これだけ人数がいて願う事は一緒かぁ。オレ達って……」

「似た者同士、ですね♪」

 少し恥ずかしげに頬を紅らめたほのかと、こちらも照れたように目元を朱くした真奈美がみんなを見回して笑う。
 そして優が宏の首筋に顔を埋(うず)めたまま、さらに両手に力を篭める。

「……みんな、自分の事よりも相手の身を第一に考え、願う。だからボク達はヒロクンに惹かれ、結ばれた。いわば当然の結果」

 六人の妻達の視線は自ずと宏に向けられ、生活を共に出来る幸せを改めて噛み締めた。

「そ、それじゃ、短冊も揃ったし、さっそく飾ろうかっ」

 十二の熱い瞳に見つめられて鼓動が早くなり、胸が温かくなった宏が照れ隠しもあってわざと大きな声を掛ける。
 すぐに明るく弾んだ六つの声がリビングに響き、床に置かれた短冊を丁寧に集めると笹竹の前に集まった。

「短冊の他にも折り紙チェーンや金銀の星も余ってるから、みんな好きなように飾ってね♪」

「なぁ、もうチョイ、そっち……枝の根元の方に詰めてくれないか? ……オッケー、サンキュ♪」

「ん~~~、この隙間に銀色のお星様が欲しいわね。……っと、これで好いわ♪」

 各自、それぞれが想いを篭めた短冊を一枚ずつ丁寧に飾り付けるが、口と手は軽やかに動いている。
 今年は宏がいるので、みんな元気一杯、嬉しさ満杯なのだ。

「高い枝に飾る時は若菜に任せれば良いわ。『無駄に』背が高いんだから、こーゆー時に役立って貰わないと」

「あ~ん、無駄、ってなによう~。『無意味に』背の低い姉さんに言われたくない~」

「あ、大丈夫だよ。俺が脚立に昇るから、若姉は真ん中辺をお願い」

「あ~ん♪ 宏ちゃん、優しい~~~♥ だから好きぃ~~~♥」

「余計なお世話よっ! ……って、変わり身、早っ!」

 皮肉る千恵と拗ねる若菜の漫才も舌好調だ。

「……どうせなら、いろんな色のLEDチューブも買ってくれば良かった。そうすれば、もっと煌びやかになるのに」

「あ、いや、優姉。クリスマスツリーじゃ無いんだから」

「……当たり前だよ、ヒロクン。ちょっとボケただけ♪」

「………………」

 この時ばかりは笹の葉が擦れ合う乾いた音も、織姫と彦星の賑やかな笑い声に掻き消されてゆく。
 やがて、リビングの一角は華やかな色彩に包まれた。
 すべての枝には五色の短冊や金銀の星、折り紙チェーンが所狭しと飾られ、笹の葉の緑色と溶け合って重たそうに揺れている。

「……綺麗ね。ここまで綺麗な七夕飾りは久し振り……ううん、初めてだわ」

 晶がポツリと漏らした言葉に、他の妻達も瞳を潤ませて大きく頷く。
 去年までの七夕は宏に想いを届けたい、届いて欲しいと願っていたが、今年からは違う。
 想い人である宏と結ばれ、妻となって初めての七夕なのだ。
 願いが叶ったお礼と、更なる願い事が笹の枝を大きくしならせている。

「俺、みんなが大好きだっ。いつまでも一緒だよ♥」

 想いを篭めた宏の言葉に、全員が宏の肩に手を置き、腕を掴み、手を握りつつ取り囲む。
 笹の葉に飾られた五色の短冊が風に揺れ、開け放たれた窓から見える満天の星空には彦星と織姫が天の川を挟んで向き合い、煌いていた。
 そして地上では、彦星の周りに六人の織姫がいつまでもいつまでも仲睦まじく寄り添い、どんな時でも決して離れる事は無かった。
 そして……。



「それじゃぁ……宏♥」

「メインイベントは終わったし……宏君♥」

「あとは……ヒロ? 判ってるわねっ♥」

「あの……宏。無理しなくていいから……可愛がってね♥」

「……ヒロクン、ここは天帝としてガンバルべき。ボクも織姫として頑張ってご奉仕するから♥」

 ほのか、真奈美、晶、千恵、優が瞳に妖艶な光を宿して一歩迫る。
 しかも全員服に手を掛け、見せ付けるようにゆっくりと脱ぎ始める。

「え……、えっ? えぇ!? え~~~~っ!」

 それまでのホンワカとくつろいだ空気が突如として一変、妖しげな雰囲気に取って代わる。
 宏は本能的に身の危険を感じて一歩後退するも、待ち伏せていた若菜にあっさり捉まってしまう。

「宏ちゃん~、観念して私達に『特濃・天の川ジュース』を溢れるまでに注いで欲しいなぁ~♥」

 潤んだ瞳のまま宏を羽交い絞めにし、そのままリビングの床に仰向けになる若菜。
 それを合図に六人の織姫達が彦星を生まれたままの姿に変え、自ら白い裸体を晒してゆく。

「ええいっ! 判ったっ、ど~んと来いっ♥」

 柔らかい肌、張りのある肌、すべすべの肌、吸い付く肌など、温かくて好い匂いのする織姫六人の肉布団に包まれた宏は歓喜の雄叫びを上げる。

「宏ちゃん、大好き♥ ずっと……一生愛し続けるからね。いつまでも一緒だよ♥」

 短冊に書き綴った文言をそのまま宏へ捧げる若菜。
 火照った身体を絡ませる若菜の囁きが、笹の葉と短冊が擦れ合う音に交じって宏の耳朶を心地好く掠めた。



                                  (彦星と六人の織姫たち・了)

 
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サンタは風に乗ってやってくる~前編 サンタは風に乗ってやってくる~前編 美姉妹といっしょ♥~番外編
 
「……ねえ、ヒロクン。ちょっと左右の足型を採らせて欲しいんだけど、好いかな?」

 昼間の最高気温が日ごと下がり始め、街の木々が紅(あか)や黄に色付き始めた九月下旬。
 夕食を終え、宿題を片付けるべく机に向かっていた宏の元へ従姉の優が訪ねて来た。
 シャギーにしたショートヘアを揺らして小さく首を傾げるその愛らしい姿に、宏の鼓動がほんの少し、早くなる。

「え? 足……型? それは構わないけど……どうすんの?」

「……ふふっ、今は内緒。お楽しみは、あ・と・で♪」

 訝しむ少年に、目鼻立ちの整った二十一歳のスレンダー美人がニコリと微笑む。
 その笑顔は万人の男を一瞬で釘付けにするには余りある笑顔だ。
 宏は四つ年上の美女に見惚れたまま、黙って両足を差し出した――。


     ☆     ☆     ☆


「さて、千恵ちゃん達の誕生日まであと十日……か。こっちのプレゼントもそろそろ決めんといかんし、その三日後のクリスマスイブには宏とのパーティーが控えているから、こっちのプレゼントも用意せんと。ん~~~、何を贈るか迷うなー」

 吐く息は白く立ち昇り、みぞれ交じりの冷たい雨が街を濡らす中、ほのかは独りごちながら贈り物を求めて地元の駅前商店街を彷徨っていた。
 街の街路樹にはクリスマス用イルミネーションが煌びやかに飾られ、そこかしこの商店からはクリスマスソングが絶え間なく聞こえて来る。
 ちょうど夕方の時間と重なった為か、狭い歩道には帰宅する人や買い物途中の人の色鮮やかな傘の花が幾つも行き交い、真っ直ぐ歩く事が難しくなっている。

「え~っと、用意するのは宏に贈る分と千恵ちゃんへの誕生日プレゼント、そしてパーティー用の合計三つか。……あ、いや、四つだな。千恵ちゃんと若菜ちゃんは双子だから、同じようなの贈らんとまずいよな」

 指折り数えながら口コミで拡がった評判の良い雑貨店を覘いては首を捻り、無料配布のタウン情報誌に載っていたファンシーショップに立ち寄っては品定めに没頭する。

「それにしても、クリスマスパーティーで晶達へ贈るプレゼントを人数分買わずに済むのはありがたいよな。それぞれに買ってたら、あっという間に破産してたトコだぜ」

 ほのかはポケットの上から財布に手を当て、やれやれと溜め息を漏らす。
 今年から宏、晶、優、千恵、若菜の輪にほのかと真奈美が新たに加わったので、一人が六人分のプレゼントを用意すると金額がバカにならなくなったのだ。
 そこで、ほのかを含めた晶と優の姉妹や千恵と若菜の姉妹、真奈美の女性陣六人(大学では同じサークルなのだ)は先日、クリスマスのプレゼントは各自がひとつずつ持ち寄り、それをクジ引きで交換しようと話し合った。
 そうすれば、宏(こちらが本命なのは言うまでも無い)と交換用(こっちは半分遊びみたいなものだ)の二つのプレゼントで済むので財布に優しいし、それぞれに贈るプレゼントの中身で悩む事も無いので、みんな一も二もなく賛成したのだった。
 もちろん、誕生日に贈るプレゼントは別格なので、みんな別予算を組んで対処している。

「とは言え、晶と優も双子だからプレゼント費用が倍掛かるんだよな~。……ま、楽しいから好いけどさ」

 双子姉妹二組を親友に持つ身にとって、誕生日二回で四人分のプレゼントを用意するのは予算的にかなりシンドイのだが、人前では決しておくびにも出さない。

「ともかく、早いとこ決めちまわないと。……だけど、なんか品揃えがイマイチだな~。もっと、こう……インパクトのあるものが欲しいな」

 ほのかが頭を傾げる度に波打つ金髪が揺らぎ、商品棚に視線を向ける度に切れ長の碧眼が僅かに見開かれる。
 冬物のコートを羽織り、首にマフラーを巻いた金髪碧眼美女が物憂げに佇む情景は、それだけで画になる光景だ。
 百七十三センチの身長に鼻筋の通った彫りの深い小顔、シャープで細い眉とピンクに煌めく薄い唇。
 日本人はおろかスーパーモデル顔負けの美貌とバランスの取れた八頭身プロポーションを誇るほのかに、遠巻きに見つめる多数のギャラリーからは羨望と感嘆の溜め息がそこかしこから聞こえて来る。
 ほのかは日本人の父とスウェーデン人の母を持つハーフ美女なのだ。
 その姿形は母親のDNAを色濃く反映し、どう見ても純北欧産美女にしか見えない。
 唯一父親譲りの部分を探すとすれば、堪能な日本語と容姿とは裏腹の男言葉だろうか。
 そんなギャップが萌え要素となり、ほのかは大学(キャンパス)でも晶や若菜と並ぶ注目株のひとりであった。

「なんたって紅葉狩り以降、初めて宏と一緒に過ごすイベントだからな♪ ガツンと印象付けて恋人の座を確固たるものにしないと、晶達に遅れを取っちまう」

 宏と出逢い、その日のうちに恋に落ちておよそ二ヶ月。
 そろそろ宏との距離を一気に縮めたいが、二人を強固に結び付けるアイテムがなかなか見付からない。

「やれやれ、この店はハズレだな……。次行こう、次」

 しかし、初恋の相手と初めて迎えるクリスマスにほのかの足取りは軽く、上機嫌だ。
 足を踏み出す度にコツコツとブーツの小気味好い音が響き、街に流れるクリスマスソングとひとつになってハーモニーを奏でてゆく。
 気に入った品物が見付からないまま店を出ても、知らず知らずのうちに笑みが浮かんで来る。

「フフッ♪ どんなプレゼントを贈ったら宏は喜ぶかな。相手はまだ高校二年生だし、大人向けの物はまだ早いだろうなぁ。かと言って小中学生じゃ無いんだからゲームや参考書贈ってもしょうがないし。ん~~~、いっそ男性用勝負下着とかフェロモン香水とか……思い切ってオレん家(ち)の合い鍵っ! とか、色物実用系を贈ってみようか? で、これを機に大人の階段を一足跳びに駆け上がったりして……。ムフフッ、ぐふふふふ♥」

 思わず十八禁の世界へトリップするほのか。
 桃色に染まった脳内ではケモノになった宏に抵抗する間も無く押し倒され、あられもない姿で純潔を奪われる自分の姿(あくまで宏をさり気なくリードし、自分はか弱い女のフリをするだけだ)が映し出されていた。
 二重(ふたえ)の瞳はだらしなく垂れ下がり、口の端からは涎が今にも零れ落ちそうになっている。

「……おっと、いかんいかん。思わず別の世界へ行っちまうトコだったぜ」

 頭を強く振って魅力溢れる煩悩を振り払い、手の甲で涎を拭ってプレゼント選びを再開するハーフ美女。
 その表情は先程までの弛みきったそれとはまるで違い、凛々しい北欧美女の風格を醸し出していた。
 ほのかはフロアの端から端まで、建物の隅から隅まで視線を凝らし、自分の感性にヒットする品物を探してゆく。

「あっ! 好いモン見~っけ! よしっ、宏へはこれにしようっ♪」

 数あるショーケースを丹念に覘いていたほのかはとある品に目を留め、大きく破顔する。
 値段を確かめ、さっそく購入すべく店員を呼ぼうと店内を見回したその時、壁に貼られた一枚の大きなポスターが目に飛び込んで来た。
 その内容に来日三年目のハーフ美女は、一も二も無く食い付いた。

「あ……そうだっ! プレゼント交換用はこれにしようっ。これなら喜んでくれる事、請け合いだ。うん、我ながらグッドアイデア♪」

 宏の事だけが頭の中を支配し、今の今までプレゼント交換用の品物を綺麗サッパリ忘れていた事など、どこ吹く風だ。

「よし! これで宏と交換用、用意するプレゼントは全部揃ったぞ。あとは宏とのクリスマスイブを待つだけだ♪」

 納得する品物を手に入れ、誰もが心惹かれる笑顔になって店を出るほのか。
 その笑顔は、万人の男女を夢中にさせるには余りある笑顔だ。
 しかし、プレゼントを貰って喜ぶ宏の姿に萌えまくり、肝心要な部分が頭から抜け落ちている事に本人は気付けずにいた――。


     ☆     ☆     ☆


「えっと、用意するプレゼントは千恵姉と若姉にひとつずつと……クリスマスでの交換用にひとつの、合わせて三つ……か。毎年の事とは言え出費がかさむな~。でも、誕生日プレゼントはケチれないし、交換用にしたって相手は年頃の女性達だし……。あんまり安っぽいアクセサリーはどうかと思うけど、かと言ってこの店に入るのはちょっと……なぁ。ん~~~、どうしよう……」

 煌びやかな飾り付けが施され、クリスマスソングがエンドレスで流れているファンシーショップに来たものの、歩道の端で居心地悪そうに佇む宏。
 クリスマスセール真っ最中の所為か、店内は学校帰りの女子中高生やOL風のお姉さん達で立錐の余地が無い。
 そんな中へ、男の自分が割って入るには相当な勇気と死ぬ覚悟(?)が必要と思われる。

(これって……バーゲンセールのデパートやスーパーの女性下着売り場に一人で足を踏み入れるようなもんだよなー)

 十七歳の童貞少年には荷の重い――重過ぎて実行不可能なミッションに、店の入り口で立ち止まったまま思わず天を見上げてしまう。
 たとえ晶や優と一緒に来たとしても、二の足を踏んで中には入れない(入りたくても入れない)だろう。
 深く大きな溜め息が白い大きな塊となって空に立ち昇り、替わりに灰色の雲から白い粒がパラパラと落ちて来る。

「あ……、霰(あられ)が降って来た。道理で冷える筈だ」

 宏は襟を立て、首を竦めて店内を見渡す。

(夕方に来るんじゃ無かったな~。もっと早い時間……いっそ開店直後に来れば好かった。そうすれば、もっと空いてただろうに)

 激しい後悔の念に襲われるが後の祭だ。
 もっともそれ以前に、宏は何を買うのかも決めていなかった。

「去年までは小洒落の利いたキーホルダーとかお洒落なアクセサリー、流行り物のぬいぐるみなどを四人分、平日の閉店間際に人目を忍んで素早く買って済ませてたよなー。でも……」

 晶からは「今年からヒロはプレゼント交換用としてひとつだけ用意すれば好いからね」と言われていたのだ。
 詳しく聞くと、ほのかと真奈美を加えた六人分のプレゼントを買うと大赤字になるので負担軽減の為だ、との事だった。
 確かに、平凡な高校生の少ない小遣いでは六人分のプレゼントをまかない切れない。

「それぞれに贈る中身や金額で悩む必要が無くなったのは好いけど、逆にハードルが高くなった気がするなぁ……」

 今年からほのかと真奈美が加わったので、これまでの従姉と幼馴染による身内の宴会とは違う。
 安物の――ある意味妥協した品物でお茶を濁す訳にはいかないのだ。
 今年は誰に渡るのかは判らないが、贈るからには心から喜んで貰える物を贈りたいし、喜ぶ顔も見たい。

(ほのかさんは晶姉達と同い年の学生とは言え、見た目はモデル以上の容姿を誇る金髪碧眼美女だし、二十歳(はたち)の真奈美さんは見た目こそ大人しそうなお嬢様だけど、実際は熱い魂をもった熱血漢(熱血娘?)だし……)

 宏の頭の中に、想いを寄せる見目麗しき女性陣が次々と浮かんで来る。

(晶姉や優姉も二十一歳に相応しく随所に女の色気が滲み出て来てるし、今度の誕生日で十九歳になる千恵姉と若姉も日増しに女っぽくなってるし。……それに比べ、俺はまだまだ青臭い高校生のガキだしな~)

 そんな自分に、大人の女性を満足させるだけの財力やセンスがある訳無い。
 勢い、分相応の品を贈る事になるだろう、とは思っているが、それが何なのか判らないのだ。

「誕生日プレゼントにしろクリスマスプレゼントにしろ、品物を見てから決めようと思ったけど、中に入れないんじゃどうしようもないな……。はてさて、どうしたモンかなぁ。俺、あの中に入る位ならパンツ一丁で学校の中走り回った方がずっとマシだと思うぞ」

 気後れした宏の思考回路は徐々に変な方向へと向かい始める。

(ここで恥ずかしい思いをする位なら、デパートの女性下着売り場に突進して俺好みの下着をプレゼントした方がよっぽどスッキリするぞ。晶姉達アダルト三人組にはセクシーなガーターベルト一式が似合いそうだし、真奈美さんには純白シルクの下着が映えそうだなぁ。千恵姉はトップレスにスポーティーなハイレグショーツ、若姉には白い肌に映える黒の下着が好さそうだよなぁ~♥ でへへっ、うっくっくっ♪)

 女性客で賑わう店舗の真ん前で、しかも人混み行き交う歩道の只中、弛みきった顔でピンク色の妄想に耽る若い男がひとり。
 おまけに、妄想に呼応した下半身が勢い好く奮い立ち、ズボンの中から大きく突き上げている。
 これでは防寒着を着ていても勃起しているのが丸判りだ。
 ここに晶がいたら、間違いなくグ~パンチと往復ビンタのコンボものだろう。
 実際、店内にいる何人かの女性客や通行人が訝しむ視線を向けて来ている。

(おっと、いかんいかん。つい妄想しちまった。……仕方無い、今日は一旦引き上げるか。駅前の本屋で流行り物とか人気のある品物の情報を仕入れてから、明日(あした)、また出直そう)

 今後の段取りを頭の中でシミュレートした宏は、ダウンジャケットのポケットに両手を突っ込み、前屈みになると霰で白く埋まった歩道を歩き出した。


     ☆     ☆     ☆


「さて、っと。プレゼント交換用の品物はこれで好いとして、残りは宏君へのプレゼント……か」

 クリスマスの煌びやかな飾り付けが施され、そこかしこからクリスマスの定番曲が流れて来る商店街を足取り軽く、傘を差しながらルンルン気分で歩く真奈美。
 みぞれ交じりの強い季節風が容赦無く襲って来るが、心の中に宏を抱えているので少しも寒さを感じない。
 むしろ、ポカポカして温かい位だ。
 真奈美は片腕に家電量販店の袋を提げつつ、右に左に視線を走らせて宏が喜びそうな品を置いている店を片っ端からチェックしてゆく。

「うふふっ、来週は宏君と初めてのクリスマス♪ どんなプレゼント贈ったら喜んでくれるかな~」

 宏の事を想うだけで顔が火照り、自然と笑みが浮かんで来る。

「宏君と出逢って二ヶ月、そろそろ二人の仲をぐぐっと進展させたいわね。でも、ほのか先輩や晶先輩達もいるから手強いわ……。ただでさえ出遅れ感が否めないのに、このままじゃホントに恋人の輪から外れちゃう。ここはひとつ、斬新なプレゼントで一歩先んじないとマズイわね……」

 真奈美は幼少の頃から現在に至るまで、家事一切が出来無かった。
 誰かの誕生日や何かしらのパーティーに手作りケーキを贈るでも無く、手料理でもてなすなど夢のまた夢だった。
 その為、他の人よりも目立つもの、高価なものを贈って印象付ける事態となってしまうのだ。
 そんな自分が情けなくなり、昔から抱いていた劣等感が更に膨らんだのも宏と出逢ってからだ。

(宏君の周りにいる女性は優先輩を除いて全員家事が出来るのよねー。特に千恵ちゃんと若菜ちゃんの料理の腕前はプロ級だし……。このままじゃ一生、宏君に認めて貰えないわ……)

 そんな基本性能に劣る自分を鼓舞する為に、真奈美は宏に告白すると同時に女を磨くと宣言した。
 以来、料理教室に足繁く通ってはいるが、習い始めて八週間程度では目に見えて上達する訳が無い。
 裁縫も習い始めたばかりなので、宏に手編みのセーターやマフラーを贈りたくても贈れない。
 結果、今回も自分に対する歯痒さを抱えたまま買い物に走る事態となっていた。

「えっと……、今度はこっちの道ね」

 事前にチェックしておいた輸入雑貨の店や新聞折り込みの地域タウン誌に採り上げられたワンコインショップはもちろん、裏通りにひっそりと佇み、昔から個人で営んでいる骨董屋にも足を伸ばす。
 どこにどんなお宝が潜んでいるのか判らないからだ。

「宏君の好みって、どんなんかしら……? こんな事なら若菜ちゃんからもっと詳しく聞いておけば好かったわ」

 昨日、今日と立て続けに街を歩き続けたが、これ、と言う品が見付からない。
 既に陽も落ちて冷え込んで来ているし、焦りに似た感情が湧き上がる。

「んー、このままじゃ拙いわ。……ちょっと視点を替えてみようかな」

 人差し指で唇を押さえ、首をちょっと傾げながら独り言を呟く真奈美の姿を、道行くギャラリー達は横目でチラチラ窺っている。

「宏君の場合、お部屋に飾るインテリア系より、格好好い、あるいは実用的な物が好いかしら。なんたってバリバリの男子高校生だし」

 ちょっと垂れ目がちの美女が微笑む度に、ギャラリーの間からは可愛い、とか日本人形みたい、と言った声が囁かれる。
 背中の半分まで届くストレートの黒髪と陶磁器のように白い肌のコントラストが美しく、愛らしい表情と相まって見る者全てを癒してくれる。
 身長は百六十五センチと平均的だが、雪国用フード付きコートの上からでもハッキリと判る胸の膨らみと裾から伸びる引き締まった美脚がスタイルの好さを示し、男はもちろん同性からも熱い視線を向けられている。
 髪を掻き上げる仕草や頬に指を当てて考える仕草がゆっくりと優雅なので、どこぞの御令嬢のようにも見えるのだ。

「ん~~~、何か好いプレゼントはないかしら。予算はあるから、少し大人っぽい贅沢な物だって……あっ! あれだっ! あれにしようっ! あれなら持ってても困る事ないし、あればあったで使ってくれそうだし♥」

 とある店に飾られていた品物に目を留めた真奈美はショーウィンドウまで駆け寄り、値札を確認すると大きく頷いて店に入ってゆく。
 暫くして店から出た真奈美は胸に紙袋を大事そうに抱え、満面の笑顔で自宅に向かって歩き出した。

「これで全てのプレゼントをゲットしたわ。宏君、待っててね♥」

 想い人を心に描くその笑顔は、万人の男女を一瞬で癒すには余りある笑顔だ。
 しかし、宏の喜ぶ顔が脳内を独占し、大事な部分を綺麗サッパリ忘れてしまっている事に本人は気付けずにいた――。


     ☆     ☆     ☆


「ねぇねぇ、これなんかどう? 宏ちゃん、きっと悦ぶよ~♪」

「ん? どれどれ……って、おのれはナニを選んどるんじゃっ!」

「きゃんっ! いった~~~いっ」

 若菜のはしゃぐ声に振り返った千恵は妹の手に握られた物を見た瞬間、思いっ切り脛を蹴っ飛ばした。
 ただでさえ背の高い若菜がヒールの高い雪道用ブーツを履いているので、今の背丈は軽く百八十センチを超えている。
 そのお陰で身長百五十センチと小柄な千恵では妹の頭の天辺に手が届かず、代わりにスノーシューズを履いた足が出たのだ。

「あんたね――っ」

 脛を抱えてうずくまる妹に、顔を赤らめた千恵は指を突き付けて怒鳴った。

「これは宏へのクリスマスプレゼントなのっ! あんたが欲しいモノ選んでどーすんのっ!」

「はうっ!」

 やや吊り目がちの瞳を更に吊り上げ、目にも止まらぬ早さで頭頂部をド突く千恵。
 今度は簡単に手が届くので、躊躇無くグーパンチを繰り出す事が出来る。

「だから~、これを二~三日穿いてそのままビニール袋に詰めて贈れば……」

「!! こっ、このおバカっ!! なんつー事を言いやがるかな、この娘(こ)はっ! 宏がブルセラに走ったらどーするっ!!」

 千恵の怒号とブルセラと言うキーワードに、店内全ての人の視線が二人に集中する。
 若菜が手にしているのは女性用の実用下着――透け透けのセクシーショーツだった。
 若菜はクリスマスプレゼントとして、己の使用済み下着を好きな相手に贈ろうと画策したのだ。

「ったく~~~、どっからそんな考えが出るんだ、おのれはっ!?」

 妹の余りにぶっ飛んだアイデア(?)に怒りよりも羞恥心が猛烈に湧き上がり、千恵の顔は真っ赤に染まる。
 性に関して全くの初心な千恵は、耳年増な妹にいつも振り回されっ放しだった。

「だって~、この方が宏ちゃん、色々と使えるから好いと思うの。ねぇ~、姉さん♪」

 ド突かれた頭を抱えたまま、顔はニッコリ笑って問い掛ける若菜。
 そんな妹に、千恵は見るからに狼狽えた。

「使える……って、そんなん振られても、あたいは……」

 千恵の頭の中に、クロッチ部分に縦染みの付いたショーツを片手で握りしめ、そこにむしゃぶり付くと同時に股間にそそり勃つモノを激しく上下に動かすニヤケた宏の姿――もちろん全裸だ――が浮かび上がった。

「いっ、いやぁ――――――――――――――――――――っっ!!」

 両手を頬に当て、ムンクの叫びのような姿で絶叫する千恵。
 根っから純真純情な千恵は、ピンク色に染まった妄想(その殆どは妹からの洗脳だ)に思わず甲高い悲鳴を上げてしまったのだ。
 ――数分後、二人は苦虫を噛み潰したような店員によって強制退去させられたのは言うまでも無かった。

「まったく~っ、何であんただけじゃなく、あたいまでレッドカードの一発退場なのよっ! おかしいわよっ!」

「まぁまぁ、好いじゃない~。元々、あのお店にはこれと言った物が無かったんだし~」

 お気楽脳天気娘に、千恵は海よりも深い――地球の裏側まで突き抜ける深い溜め息を漏らす。

「ったく~、イブが迫ってるっていうのに……。次行くわよ、次っ!」

 雑誌から切り取ったページを頼りに、商店街を突き進む千恵と若菜。
 若菜の手には先程のショーツ……ではなく、交換用プレゼントが入った袋を提げていた。
 退場処分を食らう前に仕入れていた物だ。

「ここが最後の店よ。取り敢えず、ざっと見て回りましょ」

 二人は駅前に建つ瀟洒なビルへと入る。
 イブまで一週間を切り、冬の晴れ間と夕方の時間帯が相まった為か店内は買い物客で溢れ、人いきれで暑い位だ。
 フード付き冬用コートを脱いだ二人は右に左に視線を走らせ、好きな男性(ひと)への贈り物を探してゆく。
 千恵は真っ赤なトレーナーとジーンズ、若菜は自分で編んだセーターと裾の長い厚手のスカートと、飾らない服装ながら中身が好いのですぐに店内のあちこちから羨望の視線が飛んで来る。

「これは……確か似たの持ってたわね」

 千恵は宏の好みと過去に贈った品物を思い出しながら、ゆっくりとショーケースや陳列棚を眺めてゆく。

「あっ! これ、宏ちゃんが喜びそう~♪ ……あっちにあるのも、アブノーマルで好いかも~♪」

 若菜は直感的に目に付いた物を片っ端からチェックしてゆく。
 経験値で考える千恵と第六感で選ぶ若菜。
 見た目も性格もまるで違う二人だが、正真正銘、双子姉妹だ。
 姉の千恵は身長百五十センチと小柄だが、バスト八十四、ウェスト五十八、ヒップ八十三とバランスの取れた身体をしている。
 頭の高い位置で縛ったポニーテールの先端は腰まで届き、紫掛かった黒髪が美しい少女だ。
 手足がスラリと長く、ハッキリとした瞳と鼻筋の通った小顔を持つ八頭身美人でもある。
 姐御肌で面倒見が良く、誰からも頼りにされる十八歳のお姉さんだ。
 一方、妹の若菜は身長百七十五センチ、上から七十八、六十、八十八と、ファッションモデル並みかそれ以上のボディーを持つ美女だ。
 涼しげな切れ長の瞳が印象的で、腰まで届く漆黒のストレートヘアと雪のような白い肌のコントラストが目にも美しい和風美人でもある。
 生まれてこの方、本能と直感だけで生きているが、何故かそれが上手く行くから世の中不思議だと、千恵や宏などは常々思っている。

「あっ! これが好いかもっ!」

「あ~っ、これが好いわ~~♪」

 外観はまるで違う美姉妹(しまい)だが、双子らしく宏の事となると阿吽の呼吸で言動が一致する。
 別の場所でそれぞれ品物を探していた二人が同時に声を上げ、無意識に顔を向けたその先にはお互いがいるのだ。
 二人は自分が選んだ品物を同時に見せ合う。

「へ~~~、あんたにしちゃ至極まっとうじゃない♪」

「お~~~、さすが姉さん。実用面から攻めたんだね~♪」

 選んだ品物を交互に眺め、次の瞬間には笑い出す。

「それじゃ、会計して帰りましょ♪」

 息もぴったりな美姉妹は目的を果たし、頷き合うと家路を急ぐ。
 すっかりと陽も落ち、街はネオンサインやクリスマスのイルミネーションで彩られ、歩道を歩いているとまるで煌びやかな万華鏡の中にいるかのような錯覚すら覚える。
 おまけに、道行く人の吐く白い息がネオンやライトアップの電球に照らされ、キラキラと光って幻想の世界にいるようにも思えるのだ。

「宏ちゃん、喜んでくれるかな~」

「きっと、涙して喜ぶわよっ」

 二人は心に住んでいる男の子を想い描き、微笑み合う。
 彩られた歩道を歩く美姉妹のその笑顔は、全ての男を虜にするには余りある笑顔だった――。


     ☆     ☆     ☆


「えっと……交換用のプレゼントも買ったし、これで全部揃った……わね」

 左手に紙袋を提げた晶が頭の中で思い描いたメモ用紙を一覧し、欠品が無い事を確認する。
 晶は身長百七十センチ、スリーサイズは八十五(立派なDカップだ)、五十八、八十六と、自他共に認めるナイスボディーの持ち主だ。
 明確な意志を表わす二重(ふたえ)の瞳と細い眉、薄く引き締まった唇と肌理の細かい肌。
 緩いウェーブの掛かった長い髪は腰まで届き、目鼻立ちの整った小顔にシャープな顎のラインが美しいその姿は男女問わず見る者全てを魅了する。
 晶は隣を歩く双子の妹に目線で買い物終了を告げる。

「……ん、了解」

 優は姉より五センチ低い身長百六十五センチ、上から七十七(ギリギリCカップだ♪)、五十七、八十五の均整の取れたスレンダー美人だ。
 涼しげな目元と整った顔立ちは姉と好く似ている。
 ショートにした髪をシャギーにしているので遠目から見ると線の細い美少年にも見えるが、胸の膨らみと男ではあり得ない腰のくびれが立派な女性であると示している。
 何事も率先して物事を仕切る姉に対し、優は一歩引いた位置で状況を見定め、沈着冷静に物事を分析し判断する能力に長けている(おまけに口調も淡々と静かな話し方だ)。
 特に株の運用や外貨取引にかけては専門家をも凌ぎ、四ヶ月前に従弟である宏から預かった十万円を元手に、今ではかなりの額の利益を得ていた。

「あと、買い忘れとか、やり残しとか、何かある?」

「……ん、特に無し」

 そんな美女姉妹(しまい)はクリスマス商戦で賑わう商店街を自宅に向かって歩いていた。
 年末に向けて混み合う歩道には様々な人が行き交い、さながら朝の通勤ラッシュの様相を呈している。
 夜の帳が降りた街はイルミネーションに彩られ、肩を並べて歩く姉妹を明るく照らし出す。
 その度に擦れ違う通行人は例外なく振り返り、目線で後を追う。
 何しろ、モデル並みの容姿を誇る美女が二人も揃っているのだ。
 これで人目を惹かない訳が無い。
 おまけに、振り返る人達(特に男衆)の吐く大量の白い息が灯りに照らされた二人を幻想的に浮かび上がらせるので、美女姉妹の前方から歩いて来る者にとってはスモークの中から美女が浮き出て来るかのようにも見えるのだ。
 そんな周囲の視線を二人は全く意に介さない。
 中学以降、その美貌で注目を浴び続けたが故に、注目を集める事に慣れ切っているのだ。

「……ここまで全て順調。進行表通り。作業に一切の滞り無し。進捗率九十七パーセント」

「あんたね……もっと簡単に言いなさいよっ」

 まるで何かの研究者の如く(本人にその意識は全く無い)答える妹に、苦笑しつつも間髪入れず突っ込む晶。
 この場に宏がいたら、その絶妙なタイミングに迷わず拍手喝采を浴びせていただろう。

「……あとはメッセージカードにひと言書いて、綺麗にラッピングすれば完成♪」

 しかし、姉の突っ込みに関係無く話を続ける優。
 頭の中は愛する従弟の事で一杯なのだ。

(ま、あたしもそうなんだけどね♪)

 晶はそんな妹が愛らしく思え、ニコリと微笑む。

「それじゃ、みぞれが降らないうちにさっさと帰りましょ♪ でも、こういう品物って、替えが効かない一発勝負的なトコがあるから、贈る側としては喜んで貰えるかどうか気になって……ちょっと怖いわね」

 肩を竦めた晶は妹の持つ紙袋に視線を向ける。
 この中には美女姉妹による宏への愛が目一杯詰まっているのだ。

「……でも、ハマれば場外ホームラン級。与えるインパクトも絶大。死ぬまで……ううん、死んでも記憶と形に残る逸品になる」

「ま、そうなる事を祈りましょ♪」

「……きっと気に入ってくれる。ヒロクンはボク達の想いを無下にしない男性(ひと)♥」

 右手に提げた紙袋を大事そうに胸に抱え直し、僅かに頬を紅(あか)く染める優。
 そんな、いじらしくも可愛らしい一面を覗かせた妹に、晶は声高らかに笑い出した。

「……そんなに笑わなくても。でも、ヒロクンが喜んでくれるなら、ボクはどんな事だってしてみせる。預かった十万円を何十倍にも増やしたように」

 澄み切った瞳に宿る力強い光りに、晶は姉では無く、ひとりの女として言った。

「それは、あたしも同じ。ヒロの為なら何だって成し遂げてやるわよ。でも、優はあたしの次に、ヒロと結ばれるのよ♪」

 艶っぽいウィンクひとつ、投げて寄越す挑発的な姉に、優は負けずに言い返した。

「……いつ誰と結ばれるかは、ヒロクンが決める事。ヒロクンは淑やかな女性が好みだから、ボクにも勝算がある」

 打てば響く答えに、晶はより大きな声で笑い出す。

「そうねっ。あたし達二人でワンツーフィニッシュすれば好い事よ。このプレゼントで宏を虜に、残りの面子(特に千恵姉妹を指す)を引き離すわよっ」

 長い黒髪をなびかせ、額には白のヘアバンドを纏った晶が拳を高く掲げて力強く宣言する。
 その雄姿はジャンヌ・ダルクを彷彿とさせ、優はこのプレゼントが自分達姉妹に愛の勝利をもたらすと確信した。

「……ヒロクンの喜ぶ顔、早く見たいな♪」

「それはそうだけど……イブまであと五日、我慢しなさい。待てば待つだけ、嬉しさもひとしおだから♥」

「……ヒロクン♥」

 従弟の喜ぶ顔を想像し、美女姉妹の顔から思わず笑みが零れる。
 好きな男性(ひと)を思い描くその笑顔は、万人を見惚れさせるには余りある笑顔だ。
 しかし、晶と優の頭の中は宏で満たされ、重要な部分が綺麗に消えていた事に本人達は気付けずにいた。


     ☆     ☆     ☆


「さて、今日で二学期も終わったし、明日はいよいよ千恵姉と若姉の誕生日会だ」

 終業式を終えてからキッチリ部活をこなし、下校時間ギリギリに校門を出た宏はダウンジャケットの襟を立てて自宅に向かって歩いていた。
 空はどんよりと曇り、雨やみぞれは降っていないものの北西からの強い季節風が身に凍みる。
 しかし、明日から十八日間の冬休みとあって、宏を追い越す生徒達の表情は寒さに負けず、皆、活き活きと輝いている。

「プレゼントも用意したし、あとは寝て待つだけ……へっ、へっ、へっ、ぶぇっっっっくしょんっっ!! う゛ぁー」

 宏の大きなくしゃみに、周りの生徒や通行人が一斉に振り向く。

「うぅ~~~、寒っ! 今日は特に冷えるな。帰ったら、まずは熱いシャワーでも浴びて……ぶぇっ、へっっっっくしょんっっ! ぐぁぁー」

 寒風吹き荒む中、背中に悪寒が走った宏は立て続けにくしゃみをする。

「やべっ、誰かに風邪移されたかな。だとしたら……………………あっ! たぶん……あの時だ」

 宏は先週末、地元ローカル線のディーゼルカーに乗る事三十分の距離にある県庁所在地まで出掛け、そこでプレゼントを調達した。
 その帰りの車中、マスク無しで咳き込んでいる人がいたのを思い出したのだ。

「ヤバいと思って離れた所に立ってたけど……狭い車内だったし他にもマスクした風邪人もいたから無駄だったか……」

 そう思った途端、喉の両脇が痛み出し、頭の中でズキズキと脈打つ感じがし始めた。
 宏は手に持ったスポーツバッグを肩に掛け直し、暖を取るべく急ぎ足で家に向かった。
 しかし。

「三十九度八分。こりゃ正真正銘、立派な風邪ですな♪」

 体温計の指す目盛りに、宏の母親が何故か嬉しそうに笑う。
 宏は早足で帰宅したものの、直後に猛烈な悪寒と目眩に襲われ、そのまま崩れるように倒れ込んでしまった。

「……………………」

 一大イベントを明日に控えている宏にとっては「どこが立派やねんっ!」と激しく突っ込みたかったが、布団に力無く横たわっているので、それもままならない。
 なにせ頭の下には熱冷まし用の氷枕、額には頭痛鎮静用の氷嚢(ひょうのう)、首から下は保温の為の二枚重ねの毛布と羽布団と言う、風邪専用の完全重装備なのだ。
 それに、今の状態では指先ひとつ動かす気力も無い。
 身体の節々は痛み、喉は灼け付くような痛みで唾さえなかなか飲み込めず、高熱の所為か意識も朦朧としている。

「ま、ゆっくり養生してなさい。夕飯にお粥作って持って来てあげるから」

 宏の無言の抗議をスルーした母親は手を振りながら部屋をあとにする。
 宏も目線だけで頷き、すぐに目を閉じる。
 身体全体が鉛を飲んだかのようにだるく、今は部屋の灯りすら眩し過ぎて目を開けている事さえ辛いのだ。
 喉と頭の芯が鼓動する度にズキズキ痛み、思考もままならない。
 既に自分が呼吸に合わせて唸っている事さえも判らない。

(明日……千恵姉……若姉……誕生……早……治……ない……と……)

 霞の掛かった頭の中で千恵と若菜の笑顔を思い浮かべるが、その笑顔が歪み始めると自分の周りをぐるぐると回り出し、次第に薄くなって消えてゆく。

(千恵……姉…………若……姉…………)

 頭の中で必至に手を伸ばすものの届かず、二人の顔が消えると同時に、ここまで保っていた宏の意識がプッツリと途切れた。


     ☆     ☆     ☆


「宏!」

「宏ちゃん!」

 挨拶もそこそこに、これ以上無い位、血相を変えた双子美姉妹(ふたごしまい)が勢い好く宏の家の玄関に飛び込んで来た。
 目は血走り、鼻息荒く長い髪を振り乱すその姿は般若も裸足で逃げ出す程、鬼気迫っている。
 狭い急勾配の階段を二段飛ばしで駆け上がり、足音けたたましく廊下を駆け抜け、宏の部屋の襖に手を掛けると躊躇せず一気に開け放つ。
 とても病人の元へ訪ねる態度とは思えない騒々しさだ。

「宏っっ!!」

「宏ちゃんっっ!!」

 そこで千恵と若菜が見たものは――。
 布団の中で苦しそうに浅い呼吸を繰り返し、真っ赤な顔で大汗掻きながらウンウン唸っている宏の変わり果てた姿だった。
 その表情は顔をしかめ、眉間に皺が寄った悶絶の表情だ。

「「……………………」」

 昨夜、クリスマスツリーの飾り付けでこの部屋を訪れた時の楽しげな笑顔とはまるで違う幼馴染の姿に、ただただ息を呑む二人。
 呆然と立ち竦んだまま口をパクパクさせ、掛ける言葉が出て来無い。
 呼吸するのも忘れるほど動揺する二人に、ゆっくりと階段を上がって来た宏の母親がにこやかに微笑んだ。

「大丈夫よ、ただの風邪だから。今は熱冷ましで大汗掻いて唸ってるだけ。そのうち落ち着くから安心なさい♪」

 千恵と若菜の背後から肩に両手をポンッ、と置くものの、身長差が二十五センチもある美姉妹なので梯子を昇っているかのような手の形になってしまう。

「愚息はまだ話せる状態じゃ無いから、こっちにいらっしゃい」

 二人は手招きに従い退室するが、視線は宏に向けられたままだ。
 しかも、母親の愚息発言にも全く気付かない。
 普段なら二人同時に「そんな事無いですよぉー、立派な男性(ひと)ですぅ~♪」とすぐさま反応するのに、苦しむ宏を目の当たりにして茫然自失状態だ。
 千恵のポニーテールは力無く萎れ、若菜自慢の黒髪もすっかり輝きを失っている。
 母親はそんな二人に肩を竦める。
 今はどんな慰めを言っても無駄だと諦めたのだ。
 三人は隣室に移動し、ストーブに火を入れると座布団に腰を下ろして車座になる。
 ここは客間として使っている六畳間で家具などは無く、ゲスト用の布団などが四組、押入れに収まっているだけだ。
 宏が幼い頃は、この部屋で晶や千恵達と一緒に夏休みの宿題やお泊まり会をしたものだ。

「さっき、掛り付けのお医者に診て貰ったから大丈夫。薬も貰ったし、暫く安静にしてれば治るってさ。だから、あんた達もそんな泣きそうな顔してないで、笑った笑った。そんな顔のままあの子の前に出ると、あの子が哀しむわよ?」

 昔から家が隣同士なだけあって、宏の母親は隣家の子供を自分の娘のように扱い、宏もまた千恵姉妹の両親から息子のように扱われているのだ。

「……はい。でも、宏が倒れた、ってあたいの母から聞かされた時はビックリしました。今迄、こんな事無かったのに……」

 大きな瞳に浮かんだ一滴(ひとしずく)の涙を片手で振り払い、千恵は薄い笑みを零す。
 大事(おおごと)で無い事が判り、ひとまず安心したのだ。

「あ、そっか。お医者を玄関まで送った時に、丁度お隣のお母さんと会ったんだっけ。そこでウチの子が倒れた事だけ伝えたんだっけね」

 息子が隣で苦しそうに寝ているのに大口開けて豪快に笑う母親に、若菜もようやく薄い笑みを浮かべる。

「笑い事じゃないよ~。心臓、止まるかと思ったモン。でも、大した事無くて、ホント、好かったぁ~」

 首を僅かに傾げ、切れ長の瞳に浮かんだ涙を白くて細い指で拭う仕草に、宏の母親は内心唸りを上げる。

(こんな綺麗な娘(こ)達に想われてるあの子って、超果報者だわね~。……あっ、そうだっ♪)

 ここに宏がいたら、この母親に浮かんだ笑みの意味をいち早く悟り、双子姉妹に緊急警告を発して即刻避難させただろう。
 しかし、その突っ込み役が風邪で撃沈中だったのが、宏にとっては不幸(美姉妹にとっては幸福?)の始まりだった。

「あのね、私、これからちょっと外せない泊まり掛けの用事があるのよ、父さんと一緒に五日程。それで……」

 と、母親の言葉を最後まで聞かず、千恵が勢い込んで割り込んだ。

「任せて下さいっ! あたいが責任を持って、完治するまで宏の面倒を見ますっ!」

「私と姉さんとで宏ちゃんの一切合切をお世話しますから~、安心してお出掛けしてて下さい~」

 真剣な表情で瞳を煌めかせて力強く宣言する姉に、妹の若菜がすぐに同調した。
 二人の顔は活き活きと輝き、この家に駆け込んで来た時とはまるで別人のような顔付きになっている。
 千恵の萎れたポニーテールは勢いを取り戻し、若菜の漆黒の髪も艶が戻って、いつも通りの美姉妹になった。
 そんな二人に、思惑が見事ハマった母親は内心ガッツポーズをかました。

「それじゃ、あとは宜しくね。台所とか部屋の布団とか、この家(うち)にあるものは何でも自由に使って好いから♪ 鍵や非常用の財布はいつもの所にあるからね。……あ、あんた達のお母さんには私から言っとくから、今夜からここに泊まってって好いわよ♪ 着替えなんかもあの子の使っちゃって好いから♪ そうそう、あの子の風邪が治ったからって、二人共、無理しないでね。チャンスはいくらでもあるんだから。ねっ♪」

 立ち上がった母親は意味あり気にピースサインを向ける。
 千恵は何だか見透かされた気分になり、顔を赤らめ俯いてしまう。

「何かあったら……あんた達で何とかしてね。将来へのシミュレーションだと思えば楽しいでしょ? じゃ~ね~♪」

 母親は笑顔のまま部屋を出て行き、すぐに玄関の戸が開閉する音が聞えて来た。

「姉さん~、これって……この状況って……」

「そうよっ! あたい達だけで宏を看病するのよっ!」

 千恵が妹の台詞に即反応し、二人は大きく頷き合った。
 この時、美姉妹は宏とひとつ屋根の下で二人っきり――双子だから三人っきりだ――になる状況を(風邪真っ直中の宏には悪いが)内心大いに喜んだ。

「宏ともっとお近付きになるチャンス!」

「宏ちゃんのお世話をして~、そのまま輿入れしちゃおうかしら~♪」

 美姉妹とは言え、千恵と若菜は宏を巡るライバルなのだが、互いを蹴落とし合う真似は決してしない。
 相手の宏を想う気持ちは自分の気持ちでもあるからだ。
 そんな二人が姉(あね)さん女房気取りで小躍りしながら喜んだのも束の間――。


     ☆     ☆     ☆


 宏の枕元で看病する二人の耳に、どこか遠くから地響きが聞こえて来た。
 首を巡らしているうちにその音が徐々に近付き、地面が揺れ始めたかと思ったら。

「ヒロッ!!」

「ヒロクンッ!!」

 玄関の開いた音が聞えたと思った次の瞬間、晶と優の双子美女姉妹(ふたごしまい)が宏の部屋に立っていた。
 美姉妹をも凌ぐ、驚くべき早業である。
 まるで現代版くのいちだ。

「「……………………」」

 こちらの二人も布団の中で唸っている宏にショックを受けてはいるものの、視線は枕元に座っている二人の先客に注がれていた。
 晶のこめかみには青筋がいくつも浮かび、いつもは明確な意志を示す瞳が今は嫉妬と独占欲に渦巻いている。
 片や、いつも優しげな優の瞳は、僅かに吊り上って冷たい視線を向けている。

「なっ、なんであんた達がここにいるのよっ。お隣さんはお隣さんらしく、大人しく自分の家(うち)にいなさいっ!」

「……抜け駆け禁止。これはレッドカードもの」

 外をビシッ、と指差し、晶の、衛星連射砲の如く強烈な突っ込みと、優の真綿で首を絞めるかのような精神攻撃。
 千恵は恐怖の余り縮み上がり、座ったまま畳一枚分後退してしまう。
 同時に、張りのあるポニーテールが見る間に縮こまってゆく。
 しかし、この程度の攻撃に耐性のある若菜には通じない。
 むしろ、火に油――若菜の場合は高純度のガソリンだ――を盛大に注ぎ込む発言をかます。

「あ~、晶姉さんと優姉さんもお見舞いに来たんだね~。でも~、今夜から私達が泊まり込みで付きっ切りの密着看病するから大丈夫だよ~♪」

 お気楽天然娘の『泊まり込み』と言う言葉に晶はもちろん、いつもは冷静な優でさえ眉が大きく跳ね上がる。
 美女姉妹の身体からはドス黒い負のオーラ(千恵には嫉妬に燃える人外のモノに見えた)が立ち昇り、二人の少女を飲み込んでゆく。

「二人で……泊まり込み!? あんたら……ヒロの看病に乗じて、あ~んな事やこ~んな事をするつもりでしょっ!」

 口から火を吐くドラゴンの如く(千恵にはそう見えた)、大きな瞳を吊り上げて一歩詰め寄る晶。
 昔、宏と交わした約束――ヒロの童貞はあたしが貰うのよっ!――が危機的状況なだけに、晶としては一歩も引く訳にはいかない。
 一方。

「……うら若き女性が年頃の男性とひとつ屋根の下で夜を共にするなんて、もっての他。ここは親戚であり従姉であるボク達がヒロクンを看病する」

 見た者を一瞬で石に変えるメデューサの如く(千恵にはそう感じた)、睨みを利かせつつとても静かに迫る優。
 宏がどんな状況であれ、目の前で既成事実をみすみす許すようなマネはしたくないのだ。

「あたい……もうダメ~」

 千恵は二人からのプレッシャーに押し潰され、この場で十八年(明日が十九歳の誕生日なのにっ!)の生涯を閉じるものと覚悟した。
 しかし、部屋に漂う険悪な空気を根本から覆す天使(千恵にはそう思えた)が現れた。

「だったら~、今夜はみんなで看病しようよ~♪」

 片手を大きく挙げ、笑顔を振り捲いたのは若菜だ。
 宏を好きな女性(ひと)は同類とばかり、敵対心や嫉妬と言う言葉を知らない若菜の態度に拳(と言うより長剣だ)を振り上げている晶が毒気を抜かれる。
 優も己の嫉妬心が完全燃焼する前に、広い(鈍い?)心で自分達を迎えてくれる若菜の純粋さに思わず微笑んでしまう。

「ちょ、ちょっと、笑い事じゃ無いでしょっ!?」

 尚もいきり立つ姉に、優はむしろ肩の力が抜けるのが判った。

「……お姉ちゃん。ここは争う場所じゃない。今はヒロクンを看病する事に全力を挙げ、みんなで力を合わせる時」

 冷静沈着に戻った妹の至極真っ当な言葉に、晶は一瞬、握り拳に力が篭ったがすぐに脱力する。
 千載一遇のチャンス(宏を独占看病する事だ)を阻止されて不満が込み上げたが、ここで二人を追い出しても無駄だと悟ったのだ。
 それに、宏の傍にいたいと言う美姉妹の気持ちも痛いほど判る。

「そうね。このお隣さんには言いたい事が山ほどあるけど、今は休戦しましょ。で、具合はどうなの?」

 振りかざした剣を自ら収めた晶は千恵のいた場所に座り、小さく畏まって震えていた千恵に視線を向ける。
 その顔は普段の晶と同じ、凛々しさの中にも優しさの溢れる大人の女性の笑顔に戻っていた。
 優も布団を挟んで反対側に座り、愛する従弟の顔色を窺う。

「え……あ……、はっ、はいっ! 今は落ち着いてます。さっき、氷枕と氷嚢を替えたトコです。あと、宏のご両親なんですけど……」

 思わず二十一歳の美女に見惚れてしまった千恵は、慌てて身振り手振りでこれまでの経緯(いきさつ)やこの家(うち)の状況を小声で聞かせる。
 目の前で眠っている宏に配慮したのだ。
 晶と優の美女姉妹は宏の容体にひと安心し、千恵の心遣いに小さく微笑む。

「宏ちゃんのお母さんからは~、この家(うち)にあるもの全て自由に使って好い、って許可を貰ってるよ~」

 若菜の補足説明に晶は頷き、壁に掛かった時計にチラリと視線を向ける。

「それじゃ、もうすぐ夕飯の時間になるから準備しましょうか。あとは……」

 晶は思案気に眉根を寄せる。
 誰に何を担当させるか、一瞬迷ったのだ。
 もちろん、自分が宏の看病を担当する事に(腹の中で)決めているので、残りの面子をどうするかだ。
 瞬きする間に考えを巡らせ、そして厳かに(?)告げた。

「それじゃ、ヒロとみんなの夕飯は若菜ちゃんと千恵ちゃんに任せるわ。優は隣の部屋を四人の待機場所として整えて。あたしはここでヒロを看てるから」

 年長者らしく的確……とは誰も思えない指示を出す晶に、(よせば良いのに)若菜が噛み付いた。

「あ~~~っ! 晶姉さん、私達がいない間に宏ちゃんを襲う気だぁ~~~っ。看るんじゃなくて、観るんでしょ~」

 指を突き付け、裏付けの無い偽(ニセ)スクープを掴んだ報道記者の如く囃し立てる若菜に、晶の背中が一瞬、ギクリと震える。
 どうやら図星を指されて動揺したらしい。

「……お姉ちゃん」

「晶さん……」

「あ、いや、その……」

 妹と千恵からの冷ややかな視線に、両手を振りかざして慌てて取り繕う晶。
 しかし、それが火種となって場の空気が一転する。

「だったら、あたいが宏を看ますっ! 若菜は夕飯を作って!」

「やだ~~~っ! それなら私が宏ちゃんを看病する~~~っ! 晶姉さんが作ってよ~~~っ」

「なっ、何言ってんのっ! ヒロは従姉であるあたしが付き添うわっ! だってホラ、二人みたいに料理上手く無いからっ」

 女三人寄れば姦しい、とは好く言ったもので、千恵、若菜、晶が首を付き合わせてのバトルが発生した。
 その場にすっくと立ち上がると晶と若菜が眼(ガン)を飛ばし合い、普段控えめな千恵でさえ負けん気全開で二人の間に割り込む。
 勢い、騒々しさに拍車が掛かり、三人はガード下の交差点で議論しているかのような声量となっていた。
 腰に手を当てて仁王立ちになる晶に、胸の前で腕を組んで一歩も引かない千恵。
 そんな二人に指を突き付けて口頭泡を飛ばす若菜。

「……いい加減にっ――」

 このままでは論争が武力抗争にまで発展しそうだと判断した優は、三人に向けて注意しようと立ち上がったその時。

「う゛ぅ…………、あ゛ぅ…………」

 足下から宏のか弱い声が上がった。

「「「「!!」」」」

 小さな呻き声ひとつで、それまでの喧騒が嘘のようにピタリと止まる。
 さすがに我に返り、顔を見合わせてバツの悪そうな表情になる姦し娘。
 宏は目覚めた訳では無く、騒々しさに反応しただけのようだ。

「と、取り敢えず、あたしは隣の部屋を泊まれるようにするから、夕食は千恵ちゃんと若菜ちゃんでお願い。優はここでヒロを看てて」

 誰からも文句の出ない晶の采配に、四人の美女は慌ただしく動き出した。



「宏ちゃんのお粥が出来たよ~」

「みんなの夕ご飯は隣の部屋に運んだから、手の空いた人から食べて下さいね」

「隣に炬燵をセットしといたわ。あと、この部屋のストーブにヤカンを置いたからいつでもお湯が使えるわよ。ついでに部屋の乾燥も防げるしね♪」

「……ヒロクン、まだ目が覚めないけど、落ち着いてる。熱はあるけど大丈夫」

 若菜がトレイに載せた土鍋を枕元に置き、千恵が隣の部屋を指差さす。
 晶がストーブの火加減を調整し、優が宏の汗をタオルで拭う。
 宏の枕元には四人の美女が揃い踏みになった。
 寝ている宏の右側に若菜と千恵が、左側に晶と優が座る。

「それじゃ、先にヒロにお粥を食べさせましょ。少しでも食べないと、薬が飲めないし」

 晶がさも当然とばかり、トレイに置かれたレンゲ――中華スプーンの事だ――を手に取った。
 と、ここでまたもやバトルが発生した。

「あ~~~っ、晶姉さん、ズルい~~~っ! 私が宏ちゃんに食べさせるのぉ~~~っ!」

 地団駄踏んだ若菜(正座したままなのに器用なヤツである)が土鍋を引き寄せ、同時に晶の手からレンゲを奪い取る。
 これにはさすがの晶も目を剥き、見る間に瞳が吊り上ってゆく。

「あっ、コラッ! ナニすんのよっ! あたしがヒロに食べさせるから、あんた達は自分の夕食を摂ってなさいっ!」

 負けじと晶がレンゲに手を伸ばし、奪い返した瞬間。

「あたいが宏の面倒見ますっ! 宏のお母様と約束しましたしっ!」

 闘志剥き出しの千恵の手にレンゲが収まっていた。
 その早業に若菜はもちろん、奪われた晶でさえ一瞬、感心してしまう。
 しかし、次の瞬間には三人によるレンゲ争奪戦が始まった。

「ちょっとっ! 人のレンゲを取らないでよっ! 年長者を何だと思ってんのっ!」

「宏ちゃんは~、私が食べさせた方が幸せなの~~~っ!」

「ナニ言ってんのよっ! あたいはあんたの姉なんだから、あたいが宏に相応しいのよっ!」

 横たわる宏の頭上でけんけんごうごう、立ち膝になって顔を付き合わせ、唾が飛び交う『壮舌』なバトルに、ただひとり事の成り行きを見守っていた優は眉をしかめる。

(……みんな、ヒロクンが心配なのは判る。心配で正常な判断が出来無いのも判る。バカ騒ぎしてないと、不安と心細さが拭えないのも判る。だけど……)

 握った手に力が篭り、再び注意しようと顔を上げて腰を浮かせようとしたその時。

「あ゛ぅ……、う゛ぅ……」

 宏の口から、再び苦しげな呻き声が漏れた。
 しかも先程の声より大きく、ハッキリとした呻き声だった。


     ☆     ☆     ☆


 ――宏は夢を見ていた。
 なだらかな丘がどこまでも続き、一面見渡す限りに咲き揃う可憐な花々。
 いくつもの蝶が軽やかに舞い、赤や黄、青に白、ピンクにオレンジと言った色鮮やかな花達がそよ風に揺れ、それがさざ波となって斜面を駆け昇る。
 爽やかな風は優しく花を撫で、雲ひとつ無い蒼空へと吸い込まれてゆく。
 小鳥達のさえずりが耳に心地好く、せせらぎの流れる音が心を癒してくれる。
 そんな楽園とも思える場所に、宏は立っていた。

 しかし、何かが足りない。
 確か……四つか六つ、何かあった筈だが、それが何なのか判らない。
 ただ、手元にあると温かくて心地好い、いつまでも胸に抱(いだ)いていたい、と言う感覚だけは覚えていた。

 と、突然、丘の向こうから二本足で立つ大きな恐竜が咆哮を上げながら現れ、地響きと共に花を蹴散らしながら近寄って来た。
 ワニのような太く長い尻尾で花々を薙ぎ払い、首を巡らせたかと思うと大きく裂けた口から紅蓮の炎を吐き、周りにあるもの全てを一瞬で焼き払ってゆく。
 空は灰色の雲に覆われ、蝶や小鳥はいなくなり、せせらぎは焼けた花々で埋め尽くされていった。
 ただ、宏には、明確な意志を持つ怪獣の目に、どこか見覚えがあるような気がした。

 と、そこへ。
 空からもう一匹の怪獣が舞い降りて来た。
 大きな翼を持つ怪獣はひとつの胴体から二本の太く長い首が伸び、鋭い嘴を持つそれぞれの頭が勝手に蠢きながら咆哮を上げていた。
 長い尻尾の先にも同じ頭があり、こちらは辺りを窺うように静かに蠢いている。
 羽ばたく翼の風圧で焼け残った花々が空高く巻き上げられ、哀しいくらい綺麗に舞い落ちて来る。
 鋭い嘴を持つ二つの口からは青白い光線が発射され、丘の上の全てを一瞬で氷の世界へと変えてゆく。
 空は銀色の雲に覆われ、生きとし生けるもの全てが白い氷に閉ざされていった。
 ただ、宏には、それぞれの目に――片方は澄んだ切れ長、もう片方はやや吊り上った大きな目に、どこか見覚えがあるような気がした。

 宏は為す術無く灼かれ、氷に閉ざされ、身動きひとつ出来無くなった。
 熱くもなく寒くもなく、指一本動かせず、声も出せず、まぶたもくっついたかのように開かない。
 立っているのか横たわっているのか、宙に浮いているのか地の底へ落ちているのかも判らない。
 だのに音だけは鮮明に聞え、宏は二匹の恐竜に囲まれているのが判った。
 三つの恐ろし気な顔が宏の周りをグルグルと回り、宏を逃がさないようにも、互いを牽制しているようにも思えた。

 宏はこのまま食べられてしまうのではないかと恐怖に慄(おのの)き、動かない身体だと判っていても必死で逃げようともがいた。
 必死に手を伸ばそうとしても足を動かそうと渾身の力を込めても、まるで糊で貼り付いているかのようにビクとも動かない。
 それとも、動いているのに動いていないように感じているのかもしれない。
 もがいて、もがいて、それでも宏は必死にもがいた。
 再び、あの温かくて心地好い、いつまでも抱いていたいモノを手にするまでは、死んでも死に切れ無い。
 と、その温かくて心地好いモノを心に思い浮かべた、まさにその時。

「あ゛ぅ……、う゛ぅ……」

 かすれた呻き声が、口からほんのひと言だけ、漏れた。
 その瞬間、宏を取り囲んでいた恐竜の気配が一瞬で消えた。
 すると、激しく回転しながらどこかへ浮き上がる感覚と同時に、あれほど動かなかった身体が自由に動く事に宏は気付いた――。



「あ゛ぅ……、う゛ぅ……」

 ハッキリとした宏の呻き声に、ひとつのレンゲを三人で奪い合っていた姦し娘達がビデオの一時停止の如く、一斉に動きを止めた。
 息を殺し、声の上がった方を恐る恐る見る。
 と……。

「晶……姉、千恵……姉、若……姉、優……姉」

 薄っすらと開いた瞳が、しゃがれながらもか細く呼ぶ声が、それまで戦っていた怪獣(?)達をひとりの恋する乙女に変えた。

「ヒロっ!」

「宏っ!」

「宏ちゃんっ!」

 三人の女が一斉に宏の顔を覗き込む。
 その顔は強ばり、見開いた瞳は血走り、口の端が微妙に引き攣っている。
 その余りの迫力に宏は首をのろのろと引っ込め、無意識に布団の中へ逃れた。

「……って、なんで亀みたく逃げんのよっ!」

 目を吊り上げ、手の甲で布団をビシッ、と叩いて意識の戻った宏に容赦無く突っ込む晶。

「好かったっ! 気が付いたっ!」

 涙目になって全身で喜びを表わし、縋り付いたのは千恵だ。

「うっくっ、ひっくっ……」

 それまでの緊張が解け、両目に両手を当ててしゃくり上げる若菜。
 そんな三者三様の反応に、隣で冷静に見ていた優がひと言、呟いた。

「……もろに性格が反映されてて面白い♪ これで卒論出せば間違い無く首席になれる」

 数秒後、姉から蹴飛ばされ、千恵から恨み言を言われ、若菜から無視された優だった。


     ☆     ☆     ☆


「うぅ……目が回る。……喉が痛くて……頭もズキズキしてて……食欲無い」

 晶と千恵に手伝って貰い、食事の為になんとか上体を起こした宏だが、余りの気持ち悪さに耐え切れず、すぐ横になってしまう。
 高熱で頭がクラクラする中、仰向けになったまま若菜の作ったお粥――それも茶碗の半分にも満たない量を少しずつ、時間を掛けてなんとか食べさせて貰う。
 喉が痛くて飲み込み辛いが、薬を服用する為には無理にでも胃に入れないと拙いのだ。

「あぅ……口が不味い……」

 お粥に何か味が付いているようだが、味覚も麻痺しているので全く判らない。
 それでも宏は若菜の作ってくれたお粥を黙々と食べ、若菜もそんな宏の思い遣りを喜んだ。

「なんか、夢見てた。よく覚えて無いんだけど……その夢、えらく怖かった事だけは覚えてる」

 温かい食事を摂ったお陰で少しは楽になった宏が、起きる直前に見た夢の内容をみんなに伝える。
 それを聞いた晶、千恵、若菜が一斉に滝のような冷や汗を流し、優がそれは恐ろしい目付きでそっぽを向いた三人を睨んだ。

「……?」

 仲の好い四人なのに、宏には優の態度が不思議に映った。
 自分が寝ている間に何かあったのだろうか。

「とっ、ともかくっ! 今はゆっくり養生する事。あたい達が傍にいるから、何かあったら遠慮無く言ってね」

 持ち前の面倒見の好さを発揮した千恵が慌てて取り繕い、晶と若菜がコクコクと壊れた人形のように首をぎこちなく縦に振る。
 宏の悪夢を聞かされた直後なだけに、さすがに自制しているらしい。

「うん。ありがと、千恵姉」

 かすれながらも、しっかりとした声を掛ける宏に、みんな一安心する。
 これで熱が下がれば、快復までは早いだろう。

「あとは薬を飲んで、ゆっくり寝る事。薬飲んでる間に、氷枕と氷嚢を替えてあげるから。……で、薬はどこ?」

 千恵が布団の敷かれた周囲を見渡すが、それらしき物が見当たら無い。
 医者に診て貰ったのなら、何かしらの薬がある筈だ。
 それに、宏の母親が薬は出たと言ったのをちゃんと覚えている。
 と。

「ね~、薬を使わない熱冷ましの方法なら、私、知ってるよ~」

 切れ長の瞳を爛々と輝かせた若菜が勢い好く手を挙げる。
 その言葉に、三人プラスワンから反応が起こった。

「へ~~~、薬を使わないなんて、ツボ押しでもするの?」

「……薬を使わないのに越した事は無い。で、どんな方法なの?」

「う゛っ! あんたが言うと、何やらヤバそうだけど……念の為、言ってみ?」

 晶が感心したように、優が興味津々に身を乗り出したのに対し、千恵はあくまで懐疑的だ。
 そしてプラスワンの宏は……。

「若姉の光る瞳見たら……寒気が……嫌な予感がする」

 火の粉が掛からぬよう、深く布団に潜る宏だった。
 そんな四人に構わず、若菜は話をどんどん進める。

「じゃ~~~んっ♪ あのね~、風邪引いたら長ネギ使って熱を下げるんだって~」

 自ら効果音を口にし、どこから取り出したのか右手には立派な長ネギが一本、握られていた。
 そして丸々太った長ネギの白い部分――根っこのある方だ――の皮を剥き、宏に突き付けた。

「この長ネギをお尻に挿すと~、熱がネギに吸い取られてあっという間に下がるんだって~♪」

 その言葉に、場の空気が一瞬で固まる。
 全員目が点になり、誰も、何も言わないし動かない。
 余りにお約束(?)な展開に言葉が出ないし動けないのだ。
 しかしやる気満々の若菜は意に介さず、無言のままの宏に詰め寄った。

「ほら~、宏ちゃん。お尻出して~♪」

 瞳を煌めかせ、涎を垂らさんばかりの若菜が布団を捲り、フリーズ中の宏のパジャマズボンに手を伸ばす。
 そして覆い被さんばかりの若菜の細い指が宏の腰に触れる、まさにその寸前。

「こっ、こっ、こっ、このっ、おバカ――――――――――――――――っっ!!」

「きゃいんっ! いった~~~~いっ!!」

 近所を揺るがす千恵の怒号が轟き、かかと落しが若菜の頭上に炸裂した。

「あっ、あっ、あっ、あんたって娘(こ)は――――――――――――っっ!!」

 怒りの為か、はたまた宏の尻にネギが刺さっているシーンを想像した為か(きっと後者だ)、千恵の顔は茹でダコのように真っ赤になっていた。
 握った拳はプルプル震え、大きな瞳は目一杯吊り上がって血走ってさえいる。
 そんな怒れる大魔神に、涙目になった(さすがに効いたらしい)若菜が猛然と食って掛かる。

「なにすんのよ~っ! せっかく宏ちゃんの熱を冷まそうと思ったのにぃ~~~~っ! 姉さんの横暴っ! 独裁っ! いけずっ…………」

 正座したまま両手で痛む頭を抱え、仁王立ちで睨む千恵を見上げる。
 しかし、姉から発せられる余りの怒りのオーラに、抗議の言葉が尻すぼみになる。

「あんたね~~~~っ、何考えてんのっ! ンなモンで熱が下がる訳ないでしょっ!! 脳みそ無くても少しは考えろっ!!」

「はうっ!!」

 秋田名物の『なまはげ』すらも裸足で逃げ出す形相で、止(とど)めとばかり妹のおでこにデコピンを食らわす千恵。

「ったく~~~、いったい、どこからそんな怪情報拾って来るんだよ、おまえはっ!」

 姉からのコンボをまともに食らった若菜は、すごすごと撤退せざるを得なかった。

「第一、ンな太いモン、尻に挿る訳…………っっ!?」

 怒りに任せて思わず言ったものの、長ネギの太さと宏の肛門の太さを想像して比べてしまい、今度は羞恥で真っ赤になる千恵。
 顔を両手で覆い、イヤイヤと激しく頭を横に振る。
 自ら地雷を踏み、自爆してしまったのだ。
 そんな百面相を演ずる姉を横目で見ながら、若菜は情報源を明かす。

「この前、大学の図書館で『風邪治療の今昔』を載せてた本が目に止まったの~。そこで……」

 何とも微笑ましい(?)やら、呆れるやら、若菜の行動は誰にも予測出来無い。
 あの晶でさえ、目を点にしたまま(いまだに)固まったままだ。
 そんな萎れる若菜に、救いの神が現れた。

「……千恵さん。もう、その辺で許してあげて。若菜さんだって、悪気があった訳じゃないから」

「悪気だったら、なおさら悪いですっ!」

 今度は怒りの表情で目を剥く千恵。
 相手は二つ年上、かつ大学の先輩だが、相手が誰でさえ言うべきは言う性格の千恵は一歩も引かない。
 それ程、妹の破天荒な行動に腹を立てているのだ。

「……若菜さんは、ヒロクンの事を想う余り、ちょっと逸しただけ。大目に見て上げて。若菜さん、どんな手を使ってでも、ヒロクンの熱を早く下げたいと思うからこその行動。判ってあげて」

 二組の双子姉妹が出逢って早十数年。
 宏の歳の数だけ付き合って来ただけあって、優には若菜の気持ちが手に取るように判るのだ。

「それはっ! ……それは、あたいだって……。あたいだって、宏が早く治って欲しいと願ってますから……」

 千恵の怒りの炎が見る間に鎮火されてゆく。
 妹の想いは自分の想いであり、自分の想いは妹の想いでもあるのだ。
 同じ男性(ひと)を想うからこそ、妹の突っ走る気持ちが手に取るように伝わって来る。
 だからと言って、長ネギ挿入はやり過ぎだし、黙って見逃す訳にもいかない。
 そんな姉の想いも何のその。
 味方を得て元気百倍とばかり、早くも復活した若菜が高らかに宣言した。

「だから~、宏ちゃんの熱は、このネギでっ……きゃんっ!」

「いー加減、ネギから離れなさいっ!」

 こちらも復活した晶の鋭い突っ込み(おでこに手刀)が若菜をついに黙らせた。
 この時、捲られた布団の上で宏が寒さに(顔は真っ青に、身体は小刻みに)震えていた事に、四人の美女は誰ひとりとして気付かなかった。


     ☆     ☆     ☆


 布団を整え(優が宏の異変に気付き、謝りながら慌てて掛け直した)、気を取り直した面々は改めて医者から処方された薬を探す。
 しかし枕元はもちろん、机の上や畳の上、果ては隣の部屋や台所を探すが全く見つからない。
 不思議に思った千恵がふと、背後に視線を向けた瞬間。

「やべっ!」

 慌てて背中に白い袋を隠す若菜。
 器用な事に、正座したまま畳一枚分、後退る。

「またオマエかっ! 今、ナニを隠した? ん? ホレ、言ってみ」

 妹の不自然な動きに千恵がニコ目のまま(しかし笑ってはいない)迫る。
 若菜は姉から視線を逸らし、天井を見ながら指を差す。
 額に一粒の汗が浮かび、タラリとこめかみを流れ落ちる。

「いや、あのねっ! あの、その……あそこの隅に顔が浮かんでたように……見えたの」

 余りに取って付けたような言い訳に、晶と優もにじり寄って来る。
 こちらのお姉様方も顔はにこやかだが、瞳は笑っていない。
 逃げ道のない状況に、若菜は宏が夢で見た恐怖って、こーゆーものだったのかと想像した(もちろん、違っているが)。

「ごめ~ん。今度はちゃんと、私がやりたかったの~。ハイ、これ……」

 観念した若菜は、そっとみんなの前に薬の入った袋を差し出した。
 千恵はやっぱり、と溜め息混じりに袋を取り戻す。

「あんたね~、こんなの隠してどーすんのっ! 薬飲まなきゃ、宏はいつまでも治らないでしょっ!」

 座高もそれなりにある若菜が小さくなって畏まる中、千恵が袋に手を突っ込んで薬を取り出した。
 それは毎食後に一錠服用するタイプで、一週間分が個別にパックされていた。

「ん? これって……」

 袋から出したものの、千恵はパックされた薬の形に違和感を覚え、首を捻る。
 大きさから言って、飲み薬ではないとすぐに判った。
 しかし、どこか見覚えのあるシルエットなのだが、その名前と服用方法が咄嗟に出て来無い。
 長さは二センチ前後、太さは一センチも無いだろうか、クリーム色をした丸くて細長い形状で、先端(?)がやや尖って太くなっている。
 丁度、先太りの砲弾を縮めた形だろうか。

「……あ、それ――」

 薬をチラッと見ただけで微笑んだ優が、今なお首を捻る千恵に代わって薬の名前を口にした。

「……ヒロクン、座薬、貰ったんだ」

 薬の名前を聞いた瞬間、服用方法も同時に思い出した千恵は目を見開き、あっという間に全身が真っ赤に染まる。
 薬を持つ手が小刻みに震え、それが段々大きくなって仕舞いには声にならない声で叫び、薬を放り投げて部屋から脱兎の如く、出て行ってしまう。
 純真純情な千恵にとって、手にした薬が宏の尻に、しかも挿れる姿をリアルに想像してしまい、恥ずかしさの余りオーバーヒート(暴走)してしまったのだ。

「ふふっ。千恵ちゃんったら、相変わらず初心なんだから。それじゃ、薬はあたしが挿れてあ・げ・る♪」

 これ以上ない位、大きな瞳を煌めかせ、好奇心丸出し(口の端から涎が垂れそうになっている)の晶が座薬を手に宏に迫る。
 これでは普段の若菜と何ら変わらない。
 当然、黙って見ている若菜では無かった。

「だめ――――――――っ! お薬は私が挿れてあげるの――――――――っっ!!」

 レンゲ同様、素早い身のこなしで座薬を奪い取ると、宏の足下へ突進、再び掛け布団を足下から捲り上げる。
 その余りの早業に、一瞬呆気に取られた晶はすぐに反撃に出る。

「ここはっ! 従姉のあたしがっ! 薬を担当っ! するのよっ!!」

 本日、何度目かのバトルが勃発し(意識が戻った宏には初めて見る抗争だ)、部屋の中が一気に騒々しくなる。

「宏ちゃんには~、幼馴染の私がいるから大丈夫なの~~~っ!」

「ヒロは身内のあたしが! 面倒見るわよっ!」

 ああ言えば、こう言う。
 押し問答を繰り返し、ひと摘みの座薬を奪い合う美女二人。
 両手を組み合わせ、腰まで届く長い髪を振り乱し、瞳は血走り、こめかみに血管を浮かべたその姿は鬼神もかくやの顔付きだ。
 並みの男が二人を見れば、百年の恋も一瞬で消し飛ぶだろう。

「………………」

 宏はどうして二人が争っているのかも判らないまま、茫然と二人を見上げる事しか出来無い。
 しかも、足下の布団が捲られたままなので、徐々に寒くなってきた。

「あ、あのぅ~……」

 痛む喉を庇いつつ、やっとの事で声を絞り出したその時。
 それまで黙って成り行きを見ていた優が遂にキレた。

「……いい加減にしてっ! ここにいるヒロクンの事、誰が考えてるのっ!」

 滅多に聞けない(これはこれで貴重だ)優の怒号が家を揺るがし、二人の言い争いがピタリと止まる。
 優は額に青筋を浮かべ、握りしめた拳をプルプル震わせて涙目になっている。
 これまで抑えに抑えていた感情が爆発したのだ。
 普段の沈着冷静さが嘘のような変わり様に晶と若菜、そして宏でさえ驚きを持って見つめている。

 ――仏の顔も三度――

 晶の頭に、そんなフレーズが唐突に浮かんだ事はさておき。

「……みんな、自分の事しか考えてないっ! そんな人に、ヒロクンを任せられないっ! ここはボクがするから、お姉ちゃん達は出てって!」

 立ち上がった優は片手を腰に当て、廊下に向かってビシッ、と指を指して(廊下から片目を出して中を窺っていた千恵は自分も指されたかと思い、飛び上がって驚いた)二人にレッドカードを突き付ける。
 怒髪天を衝く優の姿と宏の萎れた姿に、二人の姦し娘は力無く項垂れ、上目遣いで見つめ合う。

「……………………ボクが薬を挿れてる間に氷の交換お願い。済んだら呼ぶから」

 深呼吸して息を整えつつ宏の布団を掛け直し、優は姉と若菜に氷枕と氷嚢を押し付けて半ば強制的に廊下に押し出した。
 ここでようやく部屋に静寂が訪れ、宏と優だけが残った。

「……ヒロクン、今迄うるさくしてごめん。ボクがもっと早く二人を止めればよかった」

 宏の枕元に正座し、三つ指付いて頭を下げる優に宏は頭を小さく横に振る。
 喉が痛いので声を出しづらいのだ。
 それでも、言葉にしなければいけない時がある。
 宏は熱で意識が混沌とする中、優に顔を向け、喉の痛みを押して声に出す。

「優姉が……謝る事じゃない。俺が……風邪を引かなかったら……寝込まなければ……優姉が……二人を怒鳴る事は……なかったんだ…………ごめん」

 伝えたい事を言い切った宏は力尽きて枕に沈み込む。
 そんな自分で自分を責める宏に、優は慌てて首を横に振った。

「そんな事無い! ……ヒロクンに悪いところは一切無いっ! 悪いのは私利私欲に駆られたボク達。あとできつく叱って、そして反省するから――」

「優姉……叱らないで。みんな……俺の事を……想って……した事。お願い……だから」

 従姉の言葉を遮り、尚も思い遣りのある言葉を口にする宏に、優は胸が熱くなってこれ以上何も言えなくなった。
 優は宏の言う通りにしようと決め、大きく頷いた。

「……ホント、ごめんね。それじゃ……♪」

 暫しの沈黙の後、気を取り直した優が座薬片手ににじり寄る。
 しかし、十七歳の宏にとって年頃の女性に己の尻を見せるなぞ、恥ずかしくておいそれと出来るモノではない。
 もう、無邪気な幼少時代――一緒に風呂に入っていた頃――とは違うのだ。
 いっそ、自分で挿れようかとも思うが、熱で半ば朦朧としているのでちゃんと挿れられるか心許ない。
 そもそも、座薬なぞ初めての経験なのだ。
 尻への挿入は判っても、どこまで挿れる(突っ込む?)のかが全く判らない。
 浅く挿れたら、何かの弾みで出て来そうだ。

(指先まで? それとも第一関節? 第二? まさか……指全部??)

 恐ろしくなった(ソッチの趣味はこれっぽっちも無い)宏は自力での挿入を諦め、大人しく身体ごと横を向いた。

「優姉……、俺……」

 宏の羞恥に染まった顔を見た優は、内心諸手を挙げて悦んだ。
 何だかんだ言っても、好きな男性(ひと)のお世話をするのは心躍るのだ。
 宏には、心なしか優の瞳が輝いて見えたのだが、気のせいだと思う事にした。

「……それじゃ、脱がすね♪ ほら、腰を浮かせて……もう少し足を開かないとパンツが下ろせない」

 優は海老のように背を丸め、尻を突き出した宏のパジャマズボンをパンツごと、ゆっくりと脱がせてゆく。
 すると、日焼けしてない真っ白な尻が真っ先に目に飛び込んで来た。
 当然、足の間にある『男の子』も目に入るが、風邪の為か、はたまた緊張の所為か『開店休業状態』なのが返す返す残念だ。
 高校の陸上部らしく肉付きの好い引き締まった尻たぶと、日焼け跡の残る筋肉の付いた太腿が宏の男らしさに拍車を掛けている。
 優は左手の親指と残りの指を使って尻の割れ目を開き、放射状に皺の寄る茶色の窄まりを露わにする。

「……ヒロクン、もう少し……お尻をこっちに突き出して」

「えっ!? そ、そんな……俺、恥ずかしいよっ」

「……大丈夫。見てるのは、ボクだけだから」

「うぅ……判った。……こう?」

「……うん、そう。それじゃ、挿れるね♪」

「優姉……痛くしないでね。俺、初めてだから……」

「……大丈夫。ボクも挿れるの初めてだけど、任せて♥」

「あっ……!」

「……まだ、宛がっただけ。挿れるのはこれから、だよ」

「優姉……」

「……ヒロクン、いくよ♪」

「うん、いいよ……あっ、挿って来るっ! 太くて硬いのがっ……挿って来るっ!」

「……ヒロクン、もっと力を抜いて。……でないと、奥まで挿らないっ」

「だって、こんなのっ……初めてでっ……ああっ!! 拡がってるっ! 拡がっていくのが判るっ……あひゃぁっ!!」

「……挿ったよっ! 凄い……こんなに硬くて太いのが……ヒロクンに挿ってく……」

「優姉っ……優姉っ!!」

「……もう少しで……全部挿るから、我慢して」

「あぁっ! 中に挿ってくっ! 動いてるのが判るぅっ! ひゃぁっ! なっ、中で動いてるぅっ!」

「……最後まで……奥まで押し込んで……っと」

「あひゃぁぁぁぁあああっ!!」

「……全部挿ったよ、ヒロクン。よく頑張ったね、偉い偉い♪」

「あぁ……優姉……お腹の奥に……挿ってるのが……判るぅ……」

 台詞だけ聞くと、ナニやら危ない場面を想像しそうだが(廊下で聞き耳を立てていた千恵は余りの生々しさに卒倒し、晶と若菜は鼻息荒く顔を真っ赤に染めて涎を垂らさんばかりに聞き入っていた)、優は従弟の美尻に座薬を無事、挿れ終わった。
 宏の部屋の隅では昨夜、千恵と若菜と一緒に飾り付けしたクリスマスツリーが灯りを落として静かに、ひっそりと佇み、みんなの様子を面白そうに眺めていた。


                                            (中編へつづく)

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サンタは風に乗ってやってくる~中編 サンタは風に乗ってやってくる~中編 美姉妹といっしょ♥~番外編
 
 宏への投薬を終え、自分達の遅い夕食も済ませた四人は宏が寝ている隣の部屋(客間を待機部屋にした)で炬燵に入りながら今後の段取りを話し合っていた。
 優と宏の座薬挿入シーンで暫く再起不能に陥っていた千恵も(かろうじて)復活し、妹と共に氷枕と氷嚢の交換を終えたところだった。

「宏ちゃん、熱があるから氷枕や氷嚢の氷がすぐに溶けて無くなっちゃうの~。汗も凄く掻いてて、パジャマやシーツもすぐに湿っちゃうし~」

 心配気に形好い眉をハの字に下げる若菜だが、視線は隣の部屋に向いたままだ。
 それに同調したのは優だ。

「……時々身体を拭いて、パジャマや下着を替えないと拙い。シーツの交換も必要だし、酷いようなら布団も替えないと。そして、それらを洗濯し、すぐに使えるようにしないといけない」

 宏の着替え、と言うキーワードに瞬時に反応した(瞳がキラリと光った)のは晶と若菜だが、優の刺すような視線にサッと目を逸らす。
 千恵は再び顔を真っ赤に染め、俯いたまま何やら口の中でブツブツ呟いている。
 どうやら宏のオールヌードを想像したらしい。
 優は千恵の可愛らしさに微笑むものの、残り二人の対処に眉根を寄せる。

(……お姉ちゃんに若菜さん、か。どちらもヒロクンを想う気持ちは判るけど……どうしよう)

 優は内心、頭を抱えて蹲る。

(……お姉ちゃんはヒロクンの世話を自分中心に仕切りたがっているし、若菜さんは純粋にヒロクンを想って――多少暴走気味だけどお世話したがっているし……)

 この二人に、同時に同じ作業をさせるのは甚だ危険な匂いがする。
 焚き火の隣で火薬の調合をさせ、四尺玉の花火を作るようなものだとも思う。
 優はチラリと、赤い顔でまだ呟いている千恵に視線を向ける。

(……千恵さんはヒロクンの裸に過敏に反応するから、パジャマ交換や清拭はともかく、パンツを替えたり座薬を挿れたりするのは絶対無理だろうな。だからといってお姉ちゃんや若菜さんにそんな事させると……)

 優の額にタラリと冷や汗が流れる。

(……ヒロクンの貞操、ボクひとりでは護り切れ無い)

 優の頭の中で、鼻息荒い若菜が裸に剥いた宏を羽交い締めにし、涎を垂らした姉が宏の股間に跨る絵が浮かび上がった。

(……下手したら、ホントにしそう)

 そんな事を思い描いていたら。

「ちょっと優! あんた今、なんかすっごく失礼な事、考えなかった?」

「優姉さん~、私にも理性くらい、あるよぉ~」

 その圧力で氷枕用の氷を砕けるのではないかと思える視線で睨む姉と、風船のように頬を膨らませて抗議する若菜。
 さっきはあんなにもいがみ合っていたのに、今は阿吽の呼吸で同じ突っ込みをかまして来る。
 しかも姉はともかく、若菜にまで自分の思考が伝わっていたらしい。

(……付き合いの長い双子同士って、考えが伝わるのかな?)

 優は慌てて(それでも見た目は落ち着いたままだ)首を横に振り、二人にそんな事は無いと告げる。
 しかし、姉は納得いかんと、ジト目で睨んでいる。

「……ともかく。これからは二人ひと組でヒロクンの看護をしよう。お姉ちゃんとボク、千恵さんと若菜さんで」

 優の合理的かつ実用的(と言うより一番平和的)な案に、三人はすぐに首肯する。

「あの、担当番はここにいるより宏の部屋に詰めてた方が良くありません? 氷枕や氷嚢の氷が溶けたら詰め替えないといけないし、ストーブも見てないと危ないですし。それに、宏が呼んだ時にすぐ対応出来ますし」

 完全復活した(ナース魂(?)が燃え上がった)千恵の提案に、さっそく手を上げたのは若菜だ。

「ハイッ! ハイ、ハイッ! 最初に私達が看る~」

 宏の看病を何かと間違えているとしか思えない態度に、千恵が釘を(しかも五寸釘で)刺した。

「今度、宏を襲うようなバカな真似したら、あんただけこの家(うち)から追い出すからねっ!」

「大丈夫だよ~。私がいれば、宏ちゃんも安眠だよ~♪」

「安眠が永眠にならなきゃ良いけどねっ!」

 ここに来て、ようやく普段の美姉妹(しまい)漫才(但し本人達にその意識は無い)が復活した。
 その事に優は心底、安堵する。
 いつもは二人揃えば炸裂する漫才が、今の今まで聞かれなかったからだ。
 それは二人の心に余裕が無く、切羽詰まった状態を示していた。
 長ネギの件は漫才よりも若菜の先走った暴走だし、座薬に関しても千恵が早々に退場したので千恵と若菜の掛け合い漫才はここに来てから初めてになる。

(……この二人に関しては、まずはひと安心、ってとこかな)

 心に僅かながらでも余裕が生まれれば、それを活力にどんどん前に進める。
 漫才する気力があれば落ち込んでも紛れるし、そもそも看護に集中すれば落ち込む暇も無いだろう。
 笑いは心の潤滑油だ。
 優はこの先の展望に光明を見い出した気分になった。

「それじゃ、今が丁度、二十時だから……二時間交替でヒロを看ましょう。あたし達が寝てても、何かあったら遠慮無く起こしてね」

 晶の号令ひとつ、二組の双子姉妹による本格的な看病が始まった。
 始まってはみたものの。

「あんた達、いい加減寝ないと、明日(あした)持たないわよ? でなければ、眠らなくてもいいから横になって休みなさい。それだけでも疲れが取れるから」

「それは晶さん達も同じです。あたい達は大丈夫ですから、晶さん達は寝てて下さい」

 昼間と比べ、若干やつれた千恵が微笑み、肌艶が失われた晶も苦笑する。
 日付が変わり、深夜になっても誰も寝ようとはしなかった。
 宏の事が気掛かりで、とても仮眠出来る心理状態では無いのだ。
 交代した晶と優が宏の部屋に詰めても、千恵と若菜は二枚重ねの毛布を被って寒さに耐えつつ廊下で控えているし、千恵と若菜が宏の氷枕と氷嚢を交換しようと部屋と廊下を仕切る襖を開けると、気配を察した晶と優が先回りして洗面器に氷を入れて廊下で待ち受けているのだ。

「やれやれ、仕方無い。みんなでヒロの傍に付いてて上げましょ」

 結局、四人で宏の部屋に詰める事になった。
 冷え込む廊下で起きている位なら、暖房の効いた部屋で一緒に看ていようと晶が声を掛けたのだ。

『さっき、優がストーブに給油しといたから朝までは大丈夫。洗濯は朝のうちにあたしがするから、ご飯の用意は千恵ちゃん達でお願い』

 四人は看護仕事をする時、宏の睡眠の妨げにならぬよう小声で必要最小限の言葉を交わし、あとは身振り手振りを交えて視線で意思疎通を図った。
 付き合いの長いメンバーだからこそ出来る芸当だ。
 それ以外の時間は黙って座ったまま、苦しむ宏の顔を見続ける事しか出来無かった。
 それでも四人のお姉さん達には、廊下で控えている時よりも遥かに心が安らいだ。
 時間が進むにつれ、四人にはひとつの連帯感が生まれ、最初の頃に頻発した紛争は一切見られなくなった。
 宏の看病という旗印の元、それまで自分の利害を優先した考えから一致協力へとシフトしたのだ。
 宏の風邪が二組の双子姉妹をより結びつける結果となり、夜が更け、空が白み始めてもそれは変わる事なく続けられた。


     ☆     ☆     ☆


 十二月二十一日、日曜日。
 千恵と若菜の双子姉妹にとって今日が十九回目の誕生日なのだが、昨夜から宏の家に篭り、己の誕生日の事などすっかり忘れて看病に精を出していた。

「お粥、出来たわよ。みんなの朝ご飯も出来たから、手の空いてる人から食べちゃってね」

 千恵がトレイに土鍋を載せて宏の部屋に入って来る。
 冷え込んだ廊下から部屋に入ると、まるで別世界に来たかのようだ。
 部屋の中は温かく、適度な湿り気もあるので養生するには絶好の環境なのだ。
 これもひとえに体温を測り、食事の用意や片付け、投薬はもちろん、部屋の温度や湿度の管理に氷枕や氷嚢の取替え、汗で湿った衣類の着替えやシーツの交換、果ては宏への清拭など、看病する美人ナース達(若菜命名♪)による甲斐甲斐しいお世話の賜物だ。
 晶は長い髪をアップにしているのでベテランのナースに、若菜は腰まで届く髪を首の後ろでひとつに纏めているので本物のナースに見えなくも無い。
 千恵はポニーテール、優はショートヘアそのままの髪型で過ごし、こちらも気分は白衣の天使になりきっている。

「それじゃ、優はヒロが食べてる間に食事を摂って、その後、投薬と着替えをお願いね。その間に三人で食事よ」

「了解です。あたいが宏に食べさせてますから、優さんは先に食事をどうぞ」

「それじゃ~、私が氷枕と氷嚢を替えて来るね~」

「あたしは食事してる間に洗濯機を回すから、若菜ちゃんは食べ終わったら干すのを手伝ってね」

 息も合ったコンビネーションで手際好く物事を処理する面々。
 さすが基礎能力が高く、宏の歳の数だけ付き合って来ただけはある。
 このまま本物のナースに昇格させても(たぶん)通用する仕事振りだ。

「宏、起きられる?」

 枕元に膝を付き、顔を寄せて具合を確かめる千恵に、宏は赤い顔のまま薄っすらと目を開けた。
 千恵は宏に意識がある事に、ひとまず安心する。

「今……何時?」

「朝の八時過ぎよ。宏、昨夜から十二時間以上も寝てたんだけど、調子はどう? ご飯の前に熱を計る……」

 千恵の言葉を最後まで聞かず、宏は痛む身体に鞭打って無理矢理起きようとする。
 節々は痛み、頭もクラクラして目が回りそうだが構わず身体を横にし、腕の力だけで上体を持ち上げる。
 そんな自分の身を顧みない宏の突然の行動に驚き、千恵は目を丸くする。

「って、宏っ!? な゛っ、どうしたのっ!? 何、考えてんのっ!」

 千恵の鋭い声に、その場にいた三人が何事かと緊張し、一斉に振り向く。
 そこには氷嚢を振り落とし、掛け布団をはね除けて唸りながらも何とか起きようと必死にもがく宏の姿があった。

「ちょっ、ちょっと、ヒロ! 起きちゃダメっ! まだ寝てなきゃダメよっ!」

「宏ちゃんっ! まだ治ってないよ~!」

 慌てて駆け寄ると肩を抑え、布団に押し戻す晶と若菜。
 優も動きを止めて宏の行動に目を見張っている。

「まだ熱もあるし、そんなフラフラしてる状態で何をしようと言うのっ!?」

 布団を掛け直し、相手が病人である事も忘れて責める言葉を投げつけてしまう千恵。
 宏はかすれた声で話そうとするが、背中を丸めて激しく咳き込んでしまう。

「ホラっ、言わんこっちゃ無いっ! 熱が下がるまで大人しく寝てなさいっ! 良いわねっ!?」

 世話好きの性格が前面に出た千恵は、幼馴染のお姉さんらしく子供をあやすように丸くなった背中をポンポンと叩く。
 すると、ようやく落ち着いた宏が口を開いた。

「だって……今日は……千恵姉と……若姉の……誕生日……だから……お祝い……しないと……」

 喉の灼け付く痛みを押して言ったものの堪え切れず、枕に顔を押し当てて再び激しく咳き込んでしまう。
 そんな宏に、千恵と若菜は胸が締め付けられた。
 風邪で意識朦朧としているであろう状態なのに、自分達の事を第一に想ってくれる宏の心根に激しく心打たれたのだ。

「宏ちゃん………………っ!」

「ったく……宏ってば………………っ!」

 今の今まで、自分の誕生日の事などすっかり忘れていた双子姉妹は感動の余り涙を零してしまった。
 ポロポロと涙を流す二人の様子に気付かない宏は、尚も起きようとする。

「誕……生日……プレ……ゼント……用意……して……ある……から……」

 しかし、起きようとしたところで力尽き、布団に深く沈み込んでしまう。
 それでも少し休んでは横向きになって何度も何度も起きようとする。
 壊れた玩具のように同じ動きしかしない従弟に、晶と優は言葉を無くし、ただただ呆然と立ち竦むだけだ。

「ヒロ……」

「……ヒロクン」

 二人は宏の執念に唸ると同時に、ここまで想われている美姉妹(しまい)に、ホンのちょっと、極僅かだけ、嫉妬してしまう。
 誰もが宏の行動をただ見守るだけと思われた次の瞬間、もがく宏を叱り飛ばす千恵の声が家中に轟いた。

「こっ……このおバカっ!! 今の宏から祝って貰っても、少しも楽しくないっ! こんなヨレヨレの宏からプレゼント貰ったって、ちっとも嬉しくなんかないっ! それよりもあんたの健康があたいにとって何よりのプレゼントなんだからっ、さっさと治しやがれっ、この唐変木っ!!」

 涙混じりの怒号が家を揺るがし、宏の心をも揺るがした。
 千恵の熱い想いが心に沁み渡り、同時に自分の所為で千恵と若菜を泣かせた自責の念に囚われる。
 枕元で泣いている若菜にも、ようやく気付いたのだ。
 もっとも、二人は宏の想いに感動して泣いていたのだが、宏は自分の不甲斐無さで泣かせたと思っていた。

「判った……ごめん……」

 布団に潜って素直に謝る宏に、千恵は涙目のまま微笑み、顔を寄せた。

「治ったら、一杯、プレゼント貰うからっ! だから、早く好くなってねっ」

 その温かい言葉に頷き、宏はそっと目を閉じた。


     ☆     ☆     ☆


 宏への食事や投薬、着替え、養生の環境維持など、四人による看護のルーティンワークが板に付いて来た頃。
 綺麗サッパリ忘れていた騒動の種が足音静かに、晶達ナースに忍び寄っていた。

「こんちは~っ! 宏ぃ、来たぞぉ~~~っ♪ お~~~いっ!」

「こんにちは。宏君、いらっしゃいますか? 真奈美です♥」

 ――『着飾ったほのかと真奈美が現れた! 晶の精神ポイントが二十減った!』――

 ……かどうかは不明だが、晶(と優)にとっては頭痛の種がルンルン気分でやって来た。
 千恵達の誕生日会は宏の家で正午から開催すると伝えてあったのだ。
 手には当然、千恵達への誕生日プレゼントを提げている。
 そんな休養充分、元気溌剌な二人が玄関先で大きな声を張り上げるものだから部屋はおろか近所中にその声が響き、千恵が慌てて階下にすっ飛んで行く。
 と、ものの数秒もしないうちに。

「宏ぃっっ!!」

「宏君っっ!!」

 部屋の入り口で呆然と佇む美女二人。
 ひとりは金髪碧眼で本場のスーパーモデルも裸足で逃げ出す美貌を誇るほのか。
 黒のワンピースを纏い、腰に巻いた細くて真っ赤なベルトがお洒落だ。
 もうひとりは背中の半分まで届く漆黒のストレートヘアと陶磁器のように白い肌を持つ日本人形みたいな真奈美。
 こちらは紺色のフレアスカートに厚手のセーター姿だ。
 二人共、目を大きく見開いたまま微動だにしない。
 布団に横たわり、赤い顔で大汗掻いて唸っている宏の姿にショックを受けたようだ。
 しかし、その鋭い視線は部屋にいる『なんちゃってナース(優命名)』達に注がれている。
 先日、どこかで見たような光景である。

「なんでっ! なんで昨日のうちに宏が倒れた事教えてくれねぇんだよっ! 冷てぇヤツらだなっ!」

「どうしてっ? どうしてすぐに知らせてくれなかったんですかっ! 非道いですっ!」

 二人同時に一歩踏み出し、鼻息荒く――それでも声は潜めて――晶に詰め寄る。
 目尻はこれ以上ない程吊り上り、瞳も血走っている。
 婦長(自ら命名)の晶は誰にも判らないよう小さく溜め息を漏らし、宏の邪魔にならぬよう二人を隣の待機部屋へ案内する。
 当然、二人の事を今の今まですっかり忘れていた事など、おくびにも出さない(と言うより、出せない)。
 出したら、見境無くした二人から吊し上げを食らう事、請け合いだ。

「それじゃ、若菜ちゃんはヒロを看てて。優は一緒に来て」

 晶は優を真奈美の相手とほのかへのストッパー(安全装置)に充てた。
 万が一、ほのかが暴れでもしたら優を人身御供にするつもりなのだ。

「……仕方無い。ちょっと行ってくる」

 優はようやく戻った千恵にも一声掛け、三人の後を追う。
 もっとも優にしてみれば、ひとりでとばっちりを受けたく無い姉に無理矢理連れて行かれるようなものだったが。

「おまえな――っ!」

 部屋に入るなり、碧眼を吊り上げたほのかが拳を突き付けて猛然と晶に食って掛かる。
 宏が寝ている傍で声を荒げる事を自粛していた反動だ。
 晶はその判断に内心、喝采を送った。
 まだそれだけの判断力が備わっている証明になるからだ。
 我を忘れていたなら、その場で食って掛かっていただろう。

「――――――――っ! ――――――――!!」

 怒り心頭のほのかは立ったまま思い付くまま言葉をぶつけ、己の感情をぶち撒ける。
 宏の危機を知らせて貰えなかった不満。
 知らなかったとは言え、宏が苦しんでいるのにルンルン気分でここに来た罪悪感。
 そしてつい先程、宏の容体を確かめるよりも晶達に詰め寄ってしまった己のエゴイズム。
 ほのかの心は今迄に無い位、不満と自己嫌悪で乱れに乱れていた。
 一方、真奈美も優に詰め寄っていた。

「どうして……っ」

 大きな瞳に涙を浮かべ、胸の前で手を合わせた姿で相手が先輩である事も忘れて責め立てる。
 知らせても知らせなくても好い相手かのように扱われた不満。
 知らない事だったとは言え、宏の辛さも判らず浮かれていた情け無さ。
 そして、家事が出来無いから呼んで貰えなかったのではないかという疑心暗鬼。
 真奈美の心はこれ以上無い位、不満と不安がごちゃ混ぜになっていた。
 晶と優は、相手の気が済むまで自由に話させ、落ち着いた(息切れして言葉が続かなくなった)ところで炬燵を指差す。
 腰を据えて話そうという意志表示だ。

「あの~、お茶をどうぞ」

 文句が出尽くしたタイミングを計り、千恵が緑茶を淹れて持って来た。
 炬燵に座った四人の前に、ひとつずつ置いてゆく。
 廊下で中の様子をハラハラしながら窺っていたので、少し冷めてしまったかもしれない。

「あぁ……ありがと」

「あ……、千恵ちゃん、ありがとう」

 ほのかと真奈美はお茶をひとくち啜り、深呼吸を繰り返して息を整える。
 ここまで来れば、後は晶と優の出番だ。
 千恵は安堵の表情を浮かべ、宏の元へと戻った。

「知らせなくて、ごめん」

 晶は弄っていた湯飲みを離すと居住まいを正し、まずは頭を下げる。
 怒っている相手に対し、言い訳は一切言わない。
 これが謝罪の基本だからだ。
 言い訳は相手の許しがあって初めて、口にする事が許されるのだ。
 続けて、これまでの経緯(いきさつ)や経過を包み隠さず、詳細に語って聞かせる。
 情報の共有は今後の看護を潤滑に進める為の必要最低条件でもあるのだ。
 もちろん、若菜の長ネギ騒動や一連のバトルは省いているが。

「「………………」」

 ほのかと真奈美はお茶を啜りながら、黙って耳を傾けている。
 座薬や着替えと言う単語に二人の眉がビクンと跳ね上がったが、晶は構わず話を続けた。

「はぁ~~~~~~、まずは大事にならず、よかったぁ~~~~」

 一番気になる宏の容体が判り、安心したほのかは脱力して炬燵に突っ伏し、暫くそのまま動かなくなった。
 心底、安堵したらしい。
 片や。

「そうだったんですか……。それじゃ、私がいたら逆に足手纏いになってましたね」

 こちらは寂しげに小さく笑い、がっくり項垂れる。
 いくら家事修行中とはいえ、今の自分に病人の看護はハードルが高過ぎる。
 否、それよりも幼稚園に通う女の子がオリンピックの男子棒高跳びにポール無しで挑むようなものだ。
 炊事・洗濯・掃除の出来無い人間がここにいても、みんなの迷惑になるだけだと判ったのだ。
 真奈美は今日この時ほど、家事の出来無い劣等感に苛まれた事は無かった。
 好きな男性(ひと)が苦しんでいるのに、何も出来無い、手も足も出ない自分は何なのだろうか、と。
 それなのに、そんな自分を省みずに先輩を言葉激しく責めてしまった。
 これでは宏の傍にいる資格も無い。
 真奈美は己の不甲斐無さに唇を強く噛み締めた。

「……そんな事、無い。真奈美は真奈美にしか出来無い事をすれば好いだけ。何も、ボク達と同じ事をする必要は無い」

 涙を滲ませて落ち込む真奈美の手を取り、優が普段通りの穏やかな声で励ます。

「えっ!? 私にしか……出来無い事……?」

 意外な事を言われ、顔を上げた真奈美は優と晶の顔を交互に見やる。
 今の自分に出来る事など、無いに等しい。
 だのに、自分を見つめる二人の瞳はとても温かく、そして優しかった。

「あのね、真奈美。あんた、何も出来無い、って、自分基準で計るんじゃないわよっ。あんたは無いと思っても、他人(ひと)から見れば充分備わっているモノだってたくさんあるんだから。家事なんて、後から幾らでも自然に覚えるわよ♪」

「……判らないようだから教えて上げる。真奈美の好いところは、真奈美がいるだけでその場が穏やかに和むところ。どんなに殺伐としていても、真奈美がいれば自然と人々が癒されるの。真奈美のいる場所が居心地の好い場所なの。そんな人、滅多にいない。だからもっと自分に自信持って好い」

 真奈美を見つめる二人の瞳には一切の曇りが無く、おだてたり嘘偽りを言ったりしているのでは無いとすぐに判った。
 サークル仲間でもある先輩からの言葉が、子供の頃から抱えていた真奈美の劣等感を徐々に溶かし始めた。

「なにも、今すぐご飯を作れ、とは言わないから。真奈美はヒロの傍に付いててやって。そうすれば、ヒロも悦ぶからさ。……それに、あんたも、ね♪」

 柔らかく微笑んだ晶が真奈美にウィンクする。

「……ボクは真奈美以上に家事全滅だけど、ここにいる。真奈美もヒロクンを癒す手伝いをして欲しい。ボク達だけでは力不足」

 優も微笑みながら真奈美の肩に手を置く。
 その手の温もりが真奈美の劣等感を完全に溶かし、代りに心の底から喜びが噴き上がって来る。
 自分を必要としてくれる人がいる限り、自分を卑下する事無く、あるがままの自分で好いと判ったからだ。

「はいっ、判りました! 微力ですが、お役に立ってみせますっ!」

 力強く宣言する真奈美を、三人の先輩は目を細めて頷いた。
 今迄、炬燵に突っ伏していたほのかも、いつの間にか晶と一緒に頷いている。
 後輩の深刻なコンプレックスに、見て見ぬ振りが出来無くなっていたのだ。

「あら、あんた。生きてたの?」

 情け容赦無い晶の突っ込みに、ほのかは笑って応えた。

「バカ言うなよっ。オレが死んだら、宏が哀しむだろ? それよか、オレも泊まり込みで看病に加わるぜ」

 切れ長の碧眼を煌めかせたほのかが握り拳の親指を立てる。
 OKサインでもあり、強い意思表示でもあるサムズアップだ。

「オレだって、少しは炊事、洗濯、掃除、雑用位は出来るぜ。それに、オレがいれば宏も安心するだろうし♪」

 こちらは誰も何も言わないのに自信満々だ。

「あんたがいると、ヒロとあたし達の安眠が妨げられるわ」

「……ヒロクン、具合が悪くならなきゃ好いけど」

「って、どーゆー意味だっ!?」

 二人からの突っ込みに噛み付くほのかだが、次の瞬間には大口開けて高笑いする。
 それは泊まる事を了承する、二人からの遠回しのサインだったからだ。
 そしてそのまま勢い好く立ち上がり、真奈美に視線を向ける。

「そんじゃ、まずは宏に挨拶に行こうぜ。もし寝てても顔だけは見たいしな♥」

「あ……わっ、私も泊まり込みでお手伝いしますっ!」

 真奈美は出遅れてなるものかと慌てて立ち上がり、二人の先輩に頭を軽く下げてほのかに続く。
 静かになった部屋には晶と優が残された。
 二人の双子姉妹は話が漏れないよう、顔を寄せる。

「……お姉ちゃん。ほのかと真奈美なんだけど……」

「ま、何とでもなるわよ。あの二人だって、ヒロに悪影響を及ぼすようなマネはしないでしょうし。それに、使える戦力はあった方が好いに決まってるしね♪」

 妹の言葉を遮り、楽観的に今後の展望を語る晶。
 しかし、優は構わず言葉を続けた。

「……この部屋に四人分の布団があるのは判ってる。けど、ほのかと真奈美の分の布団、ヒロクン家(ち)に余ってるの? ボク、そこまで知らないよ?」

 妹のホノボノ発言に晶は炬燵に突っ伏し、脱力して暫く動けなくなった。



「それじゃ、ちょっくら行って来るわっ」

「どたばたしてすみません。すぐに戻って来ますからっ」

 ほのかと真奈美は宏の顔を見るとすぐ自宅に取って返し、活動し易い服に着替えると替えの下着や洗面道具の詰まったお泊まりセットを携えて戻って来た。
 ほのかはデニムの膝上スカートとトレーナー姿、真奈美はジーパンとセーター姿だ。

「それじゃ、ヒロの容体が安定している今のうちに、あたし達も着替えその他を取りに行きましょ」

「あたい達も五分で戻りますっ!」

 晶と優の美女姉妹(しまい)が戻るのを待って、千恵と若菜の美姉妹も隣に建つ自分の家に着替えを取りに戻り、六人の美女は完全武装で宏の家に立て籠もる(?)態勢が整った。
 そして本日開催予定だった千恵と若菜の誕生日会は本人達の申し出により、宏の快復後に改めて行う事となった。


     ☆     ☆     ☆


「なぁ、この家(うち)に、長ネギ、あるか?」

 少し遅めの昼食を終え、投薬の段階になって宏に付き添っているほのかがみんなの顔を見渡した。
 丁度、ここには宏の様子を窺う為に全員が布団を取り囲んで座っていた。

「長ネギなんて、何に使うんです?」

 真奈美が不思議そうな顔で、ひとつ年上の金髪美人に視線を向ける。
 宏も着替えたり氷枕を替えたりした直後なので、布団に横たわったまま話に耳を傾けている。

「!! 長ネギなら台所にありますけど……どうするんです?」

 長ネギ、と言うキーワードに千恵の腰まで届く長いポニーテールが大きく跳ね上がった。
 嫌な予感に襲われ、冷や汗を垂らしながら上目遣いで恐る恐る尋ねてみる。

「……………………」

 宏は熱で朦朧とする中、これから起こりうる騒ぎに備えて目の位置まで掛け布団を手繰り上げ、優は心の中で深い溜め息を漏らす。
 みんな、昨日の長ネギ事件が頭を掠めたのだ。
 ただ、真奈美だけは何を言い出すのか興味津々に身を乗り出している。

(きっと、ヒロのお尻にネギを挿す、とか言い出して場を賑わす気よ)

(宏ちゃんのお尻に興味津々なのね~。面白いから、ノってあげましょ~♪)

 片や、晶と若菜はこのまま様子を見ようと目線で会話し、ニヤリとする。
 既にこの時点でほのかの敗北は決まったのだが、本人はそんな事も露知らず、嬉々として話を進める。
 ほのかの頭の中では、たちどころに熱を下げて宏に感謝される自分の姿が映し出されていたからだ。

「長ネギを、だな。その……つまり…………ああっ、もうっ! 昼間っから言いにくいぜっ」

 自ら話を振ったものの、年頃の女の子としてやっぱり恥ずかしいので思わず口籠もってしまう。
 そんなほのかに、千恵は心の中で「夜なら好いのかっ!」と激しく突っ込む。
 おまけに、ニヤケた顔でモジモジと身体をくねらせているので何を考えているのか判ってしまい、「だったら話振るなよっ!」とも思ってしまう。
 そんな千恵の冷たく刺すような視線を「早く言え」と言っているものと勘違いし、ほのかは照れつつも重い口を開いた。

「えっと……風邪引いた時に熱を下げるのに……だな、あ~~~、穴に……その、挿れると好いって……オレの実家のばあちゃんが言ってたっ」

 あくまで、祖母から聞いた事を強調するほのか。
 しかし、スウェーデンで生まれ育った人が日本の妖しげな風習を知っているとは到底思えない。
 きっと、ネットか何かで仕入れたニセ情報に違いない。

「穴? 穴って何よ?」

 晶がわざと、知らんフリして聞いてみる。
 しかし、笑いを堪えているので声が震えてしまい、美顔も微妙に引き攣っている。
 若菜なぞ、既に下を向いて小刻みに震えているではないか。
 そんな二人を呆れた顔で見ている優と、冷たい視線の千恵に、諦め顔の宏。

「何? まさか鼻に突っ込む、とか、首に巻く、とか……お尻に挿す、とか言わないでよ?」

「あ……いや、その……それ、だ」

「それ……って、どれよ?」

 あくまでほのかの口から言わせたい晶。
 片や、真っ昼間から妙齢の美女が口にするのもはばかられる内容に、口籠もってひとり悶えるほのか。
 と、そこへ。
 ボケに関して天下一品(?)の若菜が参戦した!

「鼻の穴~?」

「違うっ」

「じゃあ~、……耳の穴?」

「んなトコ、挿んねーよっ!」

 わざとボケ続ける若菜に本気(マジ)で突っ込むほのか。

「えっ!? そっ、それじゃ……」

 引き攣った顔でほのかの尻を指差す大根役者・晶に、重々しく頷くほのか。

「あ、あぁ。そう。つまり……」

 答えを言う直前、若菜が天才的なアドリブを発揮する。

「実は知ってるんだぁ~♪ まずは自分のお尻の穴に挿れてネギを人肌に馴染ませてから~、それから熱を下げる相手に使うんだよね~♪」

 予想外の台詞に晶や千恵、宏に優でさえ仰け反って驚いた。
 それ以前に、ほのかが一番驚き、目を見開いたまま固まっている。

「ええっ!? にっ、日本では……そっ、そう……なのかっ!? オレがネットで見た……いやいやっ、ばあちゃんから聞いたのと全然違うぞっ!? いやっ、それよか、自分に挿す……って聞いてねぇしっ!」

 自ら墓穴を掘るほのか。
 しかし、晶と若菜は素知らぬフリで話を進める。

「それじゃ、まずはほのかのお尻にネギを挿しましょうか♪ ヒロの熱を下げる為だもん、快く協力してくれるわよねー」

 ニコ目になった晶が素早くほのかの背後に移動し、たじろぐほのかを羽交い締めにする。

「あっ! えっ!? お……おいっ!」

 正座したままその場から逃げられなくなったほのかに、心底嬉しそうな若菜がどこから出したのか長ネギ片手ににじり寄る。

「ほのかさん~、ストッキングとパンツ、脱ぎ脱ぎしましょうね~♪」

 長ネギを横にして口に咥え、両手をワキワキ動かしながら妖しく瞳を光らせる若菜に戦慄を覚え、ほのかは早々に音を上げた。
 このままでは誰の目にも触れさせてこなかった股間が白日の下に晒されてしまう。
 ましてや、目の前には愛する宏がいるのだ(目が合ったら逸らされた)。
 このまま恥ずかしい姿を見せる訳にいかない。

「うっわ――――――っ! ごっ、ごめんっ! オレが宏にネギを挿したかっただけなんだっ! ネットで見て、オレがして上げたかったんだ――――――っ!!」

 涙声で叫ぶほのかに、晶と若菜は腹を抱えて大笑いし、千恵と優は笑いを押し殺して身体を震わせ、真奈美は状況が掴めず目を白黒させてポカンとしている。
 そして宏は布団の中から哀れみの目で被害者・ほのかを見つめていた。
 と、そこへ首を傾げた真奈美が遠慮がちに加わった。

「あのー、私も自分に挿すなんて初めて知りました。それって、熱を下げる人にだけ挿すんじゃ無いんですか?」

 あくまで真面目に、そして真剣に問う真奈美に、ほのかも激しく頭を縦に振って同意する。
 どうやら、この二人は本気で長ネギの肛門挿入による熱冷まし効果を信じていたらしい。

「「「「……………………」」」」

 これには晶や優と千恵、そして宏でさえ目を点にして固まってしまう。
 よもやそんな情報を今の世の中、まともに信じている者がいるなど考えられなかったからだ。

(あ……、あははははぁ~)

 ただひとり、昨日の長ネギ騒動の主役だった若菜だけは苦笑しつつ頭を掻いていた。
 さすがに、自分からその情報は嘘だとは言えない。
 言ったが最後、姉からの猛烈な突っ込み――オマエが言うなっ!――が目に見えているからだ。
 いったいどの位の時間、四対二の睨み合い(見つめ合い?)が続いただろうか。
 いち早く立ち直った優が、二人にその情報の真偽について正しく教え直す。

「……あのね、長ネギで熱冷ましって、嘘。間違い。都市伝説。そんな根拠、何処にも――医学的にも無い。テレビやネットに映し出される画像や文章、データは全て作り手の意図が付け加えられている。テレビの報道ニュースやドキュメンタリー番組と言えど台本があり、局やスポンサーにとって都合の好い演出や編集が加えられているのは周知の通り。どこぞの公式ホームページだろうが公官庁のホームページだろうが、それらの画像や言葉、文章や数字などをそっくりそのまま鵜呑みにしてはダメ」

 来日三年目のほのかにとって、優の言葉は自分の中の日本神話が崩れた瞬間となった。
 ほのかは生まれてからこの方、日本でのネットやテレビで流れる内容は全て事実だと思っていたのだ。

(はぁ~~~。ともあれ、オレの尻を晒さずに済んで好かったぁ~)

 目的も忘れ、安堵の息を吐(つ)くほのか。
 一方、日本で生まれ育った真奈美にとっても、優の言葉は初耳だった。

「メディアの見方や読み方なんて学校では一切教えて無いし、誰も教えてくれなかったわ。世の中、奥が深いわ」

 などと、自分が何の為にここにいるのか、すっかり忘れてしまう。
 そんな真奈美に、優からイエローカードが示された。

「……あのね、真奈美。自分でちゃんと物事を調べないから誤った情報に振り回される。ネットを含めたメディアに依存し過ぎると甚だ危険、と覚えておいて。それに『教えられなかったから知らない、教えてくれなかったから知らない』、は全くの無責任。一般社会では通用しない言い訳。何より真贋を見分けないといけない」

 優の厳しくも温かい教えに、真奈美は深く頷くのだった。
 片や、真奈美と優の社会勉強を尻目に復活した面々は、顔が青くなったり赤くなったりしているほのかの表情を楽しんだ。
 特に金髪碧眼美女がカメレオンの如く、短時間で顔色がコロコロ変わるなぞ滅多に見られない。
 そんな様子に、ほのかは我に返ると晶に指を突き付けた。

「おっ、おっ、おっ、おまえら~~~~っ! 知ってて欺したな――――――っ!!」

 涙目で叫ぶほのかに、微笑んだ優が止(とど)めを刺した。

「……長ネギネタは昨日、ボク達でやった。ほのか、残念でした。でも、ヒロクンの熱を冷ましたいという気持ちは賞賛に値する」

 情け容赦無い優の追い打ちに、ネギ治療を信じていたほのかと真奈美はガックリと脱力した。
 宏の尻を見損なって残念だと思ったとしても、決して顔には出さなかった。


     ☆     ☆     ☆


「それで、熱はどうなんだ? まだ下がんねぇのか?」

 夕食後、待機部屋の炬燵から足を出して休んでいるほのかが尋ねた。
 この部屋にはストーブが置かれ、少し暑い位に火が焚かれている。
 大量の洗濯物(宏のパジャマや下着、シーツや厚手の毛布など)を短時間で乾かす為にはこうする以外、方法が無いのだ。
 それに自分達のショーツやブラも、宏のパンツと重なるようにして干されている。
 健康な状態で宏が見たら、きっと鼻血モノだろう。
 ほのかの問い掛けに、正面に座る千恵と左面に座っている優が体温を記録したメモを見ながら眉根を寄せる。

「はい……。昨日の夕方に測った時は九度八分で、それ以降、三十九度台後半を行ったり来たりしてます。夕食前に測ったら九度九分でした」

「……薬の効果が出ていない、って訳じゃない。実際、頭痛や咳はだいぶ収まっているし、関節の痛みも和らいでいる。だから、もう少し経過を見るしかない」

「あの~、熱冷ましのお薬を別に調合して貰う訳にはいかないんですか? お医者さんに言って」

 優の正面(ほのかから見れば右面だ)に座っている真奈美が至極当然の疑問を投げ掛けるが、今度はほのかが顔をしかめ、頭を横に振る。

「風邪の発熱は生体反応……つまり風邪に対する抵抗みたいなもんだから、それを薬で無理矢理抑えると逆に好くないんだ。だからこれは宏の治癒力に頼るしかないんだ」

 優もその通りと頷くものの、自分達にはこれ以上為す術が無いという事を知らしめる結果にもなった。

「……ともかく、ボク達はボク達に出来る事をするだけ」

 優の力強い言葉に、三人は真剣に頷いた。
 そこへ、この時間、宏に付き添っている晶が入って来た。
 後ろ手に襖を閉め、優の隣に座ると集う面々を一瞥する。

「あら、どうしたの? みんな暗い顔して。拾い食いしちゃ、ダメよ♪」

「だれが食うかっ!」

「そんな卑しい事、しませんよー」

 ほのかと真奈美が打てば響く早さで言葉を返すと、晶から笑みが零れた。
 そして声を潜めて前屈みになる。

「そんだけの気力があれば大丈夫ね。いい? ヒロの前では暗い顔しないでね。看病されてるって意識があるから、あたし達に何かと気を遣ってるみたいだから。いつも通り、普段通りの態度でお願いね。多少のバカも許すから」

「……ヒロクン、ああ見えて凄く頑固。下手に大人しく寝てろ、なんて強く言うと逆に反発するから、加減が必要」

 宏には何時、如何なる時も自分の事は自分で処理する癖が付いている。
 自室の掃除や整理整頓はもちろん、身の回りの必需品なども自ら財布を持って買いに出るのだ。
 それは風邪で寝込んだ時も例外ではなかった。
 着替えや清拭など、自分の事で人の手を煩わせる事を善(よし)としないのだ。
 だからつい手助けを遠慮し、自分でしようと起き上がろうとして晶や千恵に声を高めさせてしまう事もあった。
 ましてや、自分の所為で人が嫌な思いをしたり苦しんだりしている、あるいは泣いている事を極端に嫌っている。
 今回は熱もあってまともに動けないので仕方なく身を任せているんだ、と自分で自分を納得させていた。
 晶と優は、そのような事をこれまでの経験を交えて二人の新人ナースに聞かせる。

「ったく、素直に看護されれば好いのによ~」

「でも、宏君らしい、って感じですね。侠気(おとこぎ)、かしら♥」

 ほのかが苦笑し、真奈美が頬を紅く染める。
 二人の中で、宏への想いがより募ったようだ。

「ともあれ、ヒロが治るまであんた達にも手伝って貰うからね。まぁ、無理にとは言わないからさ、手伝える時だけで好いから手伝ってよ」

 ウィンクする晶に、新人ナース達は胸を張って応えた。

「最後まで手伝うぜ! だから今、ここにいるんだし♪」

「お任せ下さいっ! 用事があれば、いつでも言って下さいっ」

 この夜から、宏の看護が六人体制に増強された。
 長い髪を持つ面々もやる気満々だ。
 晶はアップに、ほのかと真奈美は首の後ろと先端を白いリボンでひとつに纏めて気合いを入れる。
 若菜は三つ編みにして先端を白いリボンで留め、ポニーテールの千恵とショートヘアの優はそのままの髪型だ。
 しかし、人数が増えても看病の中身は少しも変わらない。
 部屋の温度と湿度を一定に保つ事はもちろん、氷枕と氷嚢の氷の具合をチェックし、溶けたら新たに入れ直す。
 湿度を保つヤカンのお湯が減れば水を補給し、ストーブの石油が無くなれば玄関まで入れに行く。
 宏がトイレに起きれば肩を貸してトイレのドアまで付き添い、その間に汗で濡れたシーツと毛布を素早く取り替え、部屋の換気も済ませておく。
 必要ならばその時に熱を計り、汗で濡れたパジャマや下着を着替えさせ、簡単な清拭も済ませて衛生管理にも気を配る。
 宏が水を飲もうと起き上がるのを押し留め、ペットボトルに挿したストローで白湯を与える。
 六人のなんちゃって・ナース(優命名)は一致協力し、本物のナース同様に愛情を込めて働いた。

「今日も二人一組の二時間ローテで行きましょ。そうすれば四時間弱、休めるから」

 晶のこの言葉も、結局は空振りとなった。
 今夜も誰も眠らないのだ。
 ただ、宏の六畳部屋に六人ものナースが詰めているとさすがに窮屈だし、何より宏が安静に出来無いので担当以外は廊下で控える事となった。

「宏のご両親の部屋からストーブを廊下に持って来ました。それと待機部屋の炬燵を廊下に出しときましたから、多少は寒さも凌げるかと思います。その代り、四人分の布団を用意してありますので眠くなったら使って下さいね。あ、洗濯物の様子を見る為、襖を少し開けておきますね」

 千恵の機転の利いたアイデアは宏をも助ける結果となった。
 夜中にトイレに起きた時、冷え込む廊下に出るだけでも相当な身体的ストレスになっていたのだが、待機部屋から流れ出す暖気と廊下にストーブがあるお陰でトイレにも多少は暖房が効いている状態となったのだ。

「昨日も、こうすれば好かったわね」

 待機中の環境が大幅に改善されて晶が大笑いし、褒められた千恵が恥ずかしそうに照れる。
 もっとも、いくらストーブや炬燵があるとは言え、廊下の床や壁からは外の冷たさがひしひしと伝わって来る。
 この地域は夜ともなると外気温は零度前後からマイナスになるのが常で、ストーブを点けた廊下でさえ十五度前後にしかならない。
 廊下は部屋ほど断熱が効いていないのだ。
 炬燵の上にはお茶道具とざるに入ったミカン、宏の体温記録が書かれた紙が置かれ、随時休息出来る形にはなっている。
 待機中の面々は厚手の座布団に座り、肩から毛布を掛けていつでも動ける態勢になっていた。
 それでも、何かしらの仕事を率先して行うので、誰ひとりとして腰を落ち着けて休む者はいなかった。

「看護環境は完璧なんだけど……あとはヒロ次第ね」

 宏の症状は悪化しないものの、まだ高熱が続いているのでナース達は安心し切れなかった。



 看病二晩目の夜が進み、時計の長針が何周かした頃。
 窓の外では目映い閃光が走ったかと思うと耳をつんざく雷鳴が轟き、強い北西の風が大木を揺らす音と電線を唸らせる音が絶え間なく聞こえて来る。
 そして、霰(あられ)が窓を激しく叩いていたかと思うとほんの数分間、筋状になった雲の切れ間から月が覗いたりもする。
 この時期この地域特有に見られる、激しい雷雨を伴う冬の嵐だ。
 宏の暮らすこの街ではここ数日間、このような悪天候に見舞われていた。

「なぁ。もしも……もしもだぜ? 万が一、あり得ないけど……仮に、だ。もし、このまま宏の熱が下がらなかったら……どうなるんだ?」

 ほのかは風の音や雷に負けない声で炬燵に入っている面々に問い掛ける。
 濃密な看病をしているにも係わらず、少しも熱が下がらない宏の状態にいたたまれなくなったのだ。
 この時間、待機場所となっている廊下には晶、千恵、真奈美が休んでいた。

「こらっ! そんな不吉な事、考えるんじゃないっ! ヒロは必ず治るっ。あたしが治してみせるっ!」

「そうですよ、ほのかさん。宏はきっと治ります! だから安心して下さい」

「ほのか先輩、そんな弱気じゃ困ります! それじゃ、宏君が可哀想ですっ」

 すぐに晶、千恵の力強い声と真奈美の叱咤が返って来る。

「あ、いや、ごめん。つい、そんな事が頭に浮かんだモンだからさ。悪気は無いんだ。ただ……」

 頭を掻きながらほのかが小さく頭を下げるが、瞳の色は沈んだままだ。
 普段は澄み切った碧色の瞳なのだが、今は心なしかくすんで見える。
 そんな沈みがちなほのかの言葉を晶が引き継ぐ。

「まぁ、そうね。安静にして丸一日経ってるのに、熱が少しも下がらないのはチョッと心配だけど……」

 晶の形好い眉も八の字に下がる。
 宏は、量は少ないものの毎食お粥をきちんと摂っているし、座薬もちゃんと挿れている。
 適度に水分も摂っているし、寝ている環境もベストの状態だ。
 だのに、どうして熱が下がらないのかが判らない。
 千恵も同じ考えだと言わんばかりに、眉根をしかめて頷いている。
 そんな苦悩する三人に、真奈美が小さく首を傾げた。

「あの、私、どこかで聞いたんですけど……。男の人が風邪とかで高熱が続くと、その男性(ひと)の代で家系が絶たれる、とかなんとか。……これって、どういう意味なんでしょう?」

「? なんだ、それ? 初めて聞くけど、どういう意味だ? 日本にはそういう伝説でもあるのか?」

「はぃい~~~!?」

 来日して日の浅い――それでも三年経っている――ハーフのほのかはともかく、生粋の日本人である真奈美が本気で、かような噂を信じている事が晶には驚きだった。
 思わず声が尻上がりになってしまう。

「………………」

 そんな真奈美の言葉に、千恵は顔を紅(あか)くして俯いた。
 どうやら男の高熱伝説(?)云々を知っているらしい。

「あ~~~、それは、つまり、その~~~~」

 頭の中でどうやって説明しようかと考えていたら、晶自身も恥ずかしくなってきた。
 それでも、何も知らない真奈美とほのかは、今か今かと瞳を輝かせて答えを待っている。
 廊下に漂うこれまでの重々しい雰囲気が、いつの間に妖しげな雰囲気に変りつつあった。

(ったく~、何であたしがこんな変な説明しなきゃいけないのよ~~~)

 晶はこの場に、自分と同じく博学な優を呼ぼうかと本気で思った。
 こんな事、うら若き乙女が口にする事では無い(なら、優なら好いのかと苦笑した千恵から突っ込まれた)。
 しかし、こんな事で宏を看ている優をわざわざ呼び出す訳にはいかない。

「んとね、つまり……」

 晶は出来るだけ冷静に、嫌らしくならないように説明する。

「真奈美が言っているのは、高熱が続くと精子の繁殖力が失われて子供が出来無い身体になる、子供が出来無いから本人以降の家系が途絶える、って意味よ。まぁ、これは明らかな嘘……」

 人の話を最後まで聞かず、真奈美は満足そうに頷く。

「へ~~~、そうだったんですかぁ。なるほど、勉強になりますね」

 真奈美は納得したようだが、金髪碧眼のハーフ女が妖しく目を光らせた。

「え゛っ!? それって……つまり……」

 目元を赤く染め、裏返った声で叫ぶように曰(のたま)った。

「危険日に係わらず膣内射精(なかだし)し放題、って事かっ!」

 性に関して思いのほか純情なほのかにとって、これが精一杯のボケだった。
 宏の熱が下がらず、悪い方、悪い方へと向かう己の思考と重苦しい雰囲気に耐え切れなくなり、一世一代の大博打を打ったのだ。
 すると狙い通りに、それまでのシリアスな空気が一転、違う空気に取って代わる。
 しかし、ほのかの胸の内を知らない面々は当然の如く目を剥いて一斉に突っ込んだ。

「このっ……ドアホッ! 話は最後まで聞けっ!!」

「ほのかさん、最低~~~~」

「ほのか先輩……宏君に対して、いつもそんな事考えてたんですかぁー?」

 晶の、放射能漏れや事故を繰り返す日本の原発の如く、近寄り難い危険な視線。
 千恵の、食の安全を蔑ろにする企業を斬るが如く、それまで築いた信頼を全て取り消す瞳。
 そして真奈美の、素質も能力も無い(おまけに国際会議で泥酔し、漢字すら読めない)政治家を蔑視するが如く、苦笑とも冷笑とも取れるジト目。

「あ……あれっ?」

 誰も笑わないし、それどころか殺気立っている。
 どうやらボケるタイミングを間違え、思いっ切りスベったようだ。

(なっ、なんでだよーっ! オレはただ、若菜ちゃんのボケを真似ただけなのに~~~っ!)

 本人が聞いたら「年季が違うもん♪」と鼻高々に言いそうだが、それはさておき。
 ほのかが心の中で悲鳴を上げたその時。
 聞き慣れた(でも異様に低い)声が頭上から降って来た。

「……ほのか、もう帰っていいよ。……ううん、スウェーデンに帰って。金輪際、ヒロクンの傍に……日本に来ないで」

 首を上げると、そこには氷枕と氷嚢を手にした優が襖を開けて立っていた。
 ほのかに向けられた視線はメデューサそのもので、千恵なぞまともに見て一瞬で固まってしまった。
 真奈美も優のいつにない殺気に、指一本動かす事が出来無い。
 どうやら、声高に話していたお陰で宏の部屋の中まで話が筒抜けだったらしい。
 外の嵐もいつの間に収まり、辺りは静寂な夜に戻っていたのだ。
 宏は布団の中で恥ずかしげに顔を紅(あか)らめ(発熱による赤とは違って見える)、若菜はほのかのボケを肯定する顔付きになっているのが何よりの証拠だ。

「……真奈美。お姉ちゃんの話はあくまで都市伝説。正確には、男性が睾丸炎を起こしていない限り、高熱が続いても何ら心配は無い、って事。出所不明の情報を鵜呑みにして振り回されないように」

 やんわりと、しかし二度目の注意を受けた真奈美は壊れた人形のようにカクカクと首を縦に振る。
 次にイエローカードを貰ったら退場処分に加え、数日間の面会謝絶になる事、間違い無しだ。
 片や、一発でレッドカードを突き付けられたほのかは火消しに躍起になっていた。
 ほんの軽い気持ち(でも半分以上は本気♥)で発した言葉が、ここまで不評を買うとは思わなかったのだ。

「あ、いや、これはホンの冗談、場を和ませるジョークだってばっ! なっ!? 暗い雰囲気が一気に明るくなっただろっ? なっ? なっ?」

 四人の冷めた視線を一身に浴び、滝のような冷や汗を流すほのかに、優が仕方無いね、とばかり小さく溜め息を吐(つ)いた。

「……だったら、これに今すぐ氷を入れて来て。それで許してあげる」

 優は手にしていた氷枕と氷嚢をほのかに渡す。
 深夜、火の落ちた台所で氷を砕き、素手で扱うには根性がいる。
 厳冬下の看護の中では、一番辛い作業なのだ。
 たとえ相手が宏であれ、冷たくて辛いのは一緒だ。

「あぅぅ……、判った。バカ言ったオレが悪かった。行って来るよ」

 博打に破れ、炬燵から立ち上がったほのかは萎れたまま階段を下る。
 そんな哀愁漂う背中を見送りつつ、優は自分の手を氷水に浸さずに済んで上機嫌だった。


     ☆     ☆     ☆


 若干、ドタバタもあったが宏の看護は滞りなく行われ、時計が午前三時を過ぎた頃。
 宏に付き添っていた千恵と真奈美が部屋から出て来た。

「宏、今は熟睡してるわ。薬のお陰で咳き込む事は殆ど無いし、汗も一時期より掻かなくなったから峠は越したみたい。……まぁ、昨日よりはひと安心、ってトコかしら」

「宏君、だいぶ落ち着いて来てるみたい。熱が少しずつ下がって来てる所為か、うなされる事も無いし、寝顔も穏やかなの」

 千恵は若菜の隣に、真奈美は優の隣に座って報告する。
 小さめの炬燵の中は十二本の美脚で占められ、足を真っ直ぐに伸ばせなくなった。
 優も宏の体温を記録した紙を前に、小さく笑みを零す。

「……うん、昨日からの数字と三時間前に計ったのと比べると確実に下がってる。この調子なら……明日の昼過ぎには三十八度を切る位にはなるかも」

 みんなの描く希望的状況が現実味を帯びて来た事で、六人のナースから安堵の息と心からの笑みが漏れた。
 と、ここで俯いていたほのかが小さく笑い出した。

「ん? ほのか? どうしたの、急に笑い出して――」

 晶の訝しむ声に、ほのかは顔を上げると碧眼に浮かんだ涙を指で掬った。
 これにはその場にいる者全員が目を疑った。

「――って、何、泣いてんのよっ!?」

「ほのか先輩? どうしたんですか? 目にゴミ、ですか?」

 驚く面々(除・真奈美)に向かい、ほのかが震える声で吐露する。

「いや、あのな。宏が快復に向かってる、って聞いたら、何だか嬉しくてさ。このまま熱が下がらなかったらどうしよう、とか、このまま正月越しても治らなかったらどうしよう、とか、悪い方、悪い方へと考えが行きそうになってたからさ。それが逆になって嬉しくて……。心底、好かったー、って思ったら、思わず涙が出ちゃったんだ」

 切れ長の澄んだ碧眼からは止め処もなく涙が頬を伝い、それはこの世で最も優麗な河となった。
 ほのかは拭う事もせず、ただただ宏の快復を喜んでいた。

「ほのか……あんた……っ」

「……ほのかにも、優しい心がある事が判って、好かった」

 晶は感極まって言葉に詰まるが、優は軽いジャブを食らわせる。
 しかし、その瞳は今迄に無い位、優しい光りを湛えていた。
 そして、その視線のまま、今度は真奈美を捉える。

「えっ!? 私……ですか?」

 戸惑う真奈美に、優が大きく頷く。

「……真奈美も、好く頑張った。ボク達をいっぱい手伝ってくれた。真奈美が傍にいたから、ヒロクンも喜んでた」

「そんなっ! 私……私は……」

 真奈美のちょっと垂れ目がちな大きな瞳に、ひと雫の涙が浮かんだ。
 宏に喜んで貰えた、認めて貰ったと思った瞬間、嬉しさの感情が爆発したのだ。

「私なんて……看護らしい看護は全然出来なくて……」

「……ボクが最初に言ったでしょ。真奈美にしか出来無い事をすれば好い、って。真奈美はそれを守ってくれた。そして充分、応えてくれた。寝る前にヒロクンが言ってた。『真奈美さんに来て貰って助かった』、って」

 卑下する言葉を遮り、宏からの言葉を伝える。

「っ!! 宏君が……そんな事をっ! ……うぅっ……ううっ」

 真奈美は、病床にありながら新参者の自分を気遣ってくれる宏の想いに感動し、好きになって本当に好かったとしゃくり上げた。
 真奈美の桜色に染まった頬を銀の河が流れ、それはこの世で最も清麗な河となった。

「宏って、いつの間にか、みんなの心に深く根付いているんですよね」

 千恵も瞳を潤ませながら、これまでにない笑みを浮かべた。
 宏の完治が見えて来たので諸手を挙げて悦びたい心境なのだ。
 同時に、自分がどんなに悪い状況であっても他人を思い遣る心根に改めて惚れ直していた。

「みんな、宏ちゃんの事を第一に想ってるもんね~♥」

 若菜がニコニコしながら、姉の補足とばかり自分達の想いを語り出す。
 普段は天然な部分もあるが、宏との事となると途端に頭が冴え渡るので不思議だ。

「晶姉さんと優姉さん、姉さんと私って、宏ちゃんが生まれた時から……」

 晶と優は四つ年上の従姉として、千恵と若菜は家が隣同士の二つ年上の幼馴染としての付き合いだ。
 宏が幼稚園に入る頃には既に四人の心の中には宏がいて、それは歳を重ねても何ら変る事は無かった。
 友人からは奪っちゃえ、とか、抜け駆けして告白しないの? など言われる事も多々あった。
 しかし、それぞれの想いが痛いほど判るので抜け駆け出来無いし、しようとも思わなかった。
 奸計を計るなどもってのほかだし、その程度の自制心も持ち合わせている。
 第一、謀(はかりごと)が宏にバレたら即刻、恋人あるいは妻候補から脱落する事が目に見えているし、そんな事をして宏に嫌われる事を何よりも恐れた。
 誰かを蹴落とすと言う事は、自分が蹴落とされても文句は言えない立場になる事を意味する。
 そんな、血で血を洗う真似は誰も望んでいないし、したくもない。
 それは取りも直さず、宏が望まないからだ。
 宏が望まないなら、自分達も望まない。
 だったら、お互いの気持ち――宏を想う気持ちを認めれば好いのだ。
 元々、宏抜きでも仲の好い双子姉妹同士なので泥沼化する争いは一切起こらないし、起きようも無かった。
 たまに(いつも?)、相手を牽制する言葉や態度が出ても本気では無く、むしろ双方の絆を深めるコミュニケーションとしての意味合いが強かった。
 想いを口にせずとも互いが互いを認め、尊重した上で宏に選んで貰う――。
 それが晶と優の美女姉妹と千恵と若菜の美姉妹の、昔からの不文律であり、暗黙の了解だった。

「でも~、今年の秋から――」

 ほのかと真奈美が加わり、宏争奪戦が一気に表立って来た。
 普通なら危機感を抱いた旧知の女四人で新たな女を排除し、その上で宏を奪い合うのだが、この四人は違う。
 あくまで自分達の中心は宏であり、宏を慕う数がどれだけ増えても自分達はいつも通りに過ごすだけの態度を貫いている。

「――って訳なのよ~♪」

「おまえら……やっぱ、変わってるよな」

 若菜の話を聞き、豪快に(深夜なので形だけ)笑うほのか。
 ほのかはこれまで、隙を見ては宏をみんなから奪おうと考えていた。
 自分の魅力で宏を堕としてみせる、と。
 しかし、その考えは間違っていたと、今この時、ハッキリと判った。
 自分が奪うのではなく、宏に選ばれるように努めるべきだ、と。
 ほのかの心は昨日よりもずっと軽く、そして、より宏への想いで満たされていった。

「それって……究極の恋愛ですね♪」

 真奈美が胸の前で両手を合わせて呟く。
 そして思った。
 自分が好きになった相手に認めて貰わねば、先には進めない、と。
 認められる努力をしないと、みんなから置き去りにされてしまう、と。
 今の所、こんな自分でも晶達の輪に加わっていても問題無い事が判り、ひと安心する真奈美だった。

「何だかんだ言っても、やっぱりヒロあってのあたし達なのよね~♥」

「……ヒロクンの懐の広さ、深さ、そして強さは高校生の男の子とは思えない。将来どこまで大化けするか楽しみ♥」

 晶は目元を、優は頬を紅く染めて瞳を潤ませる。
 それは見る者全てが判る、恋する乙女そのものの顔だった。


     ☆     ☆     ☆


 十二月二十二日、月曜日。
 宏の看病を始めてから三日目にして、ようやく目に見える変化が現れた。

「どれ? ……八度三分、か。うん、昨日より一度以上、熱が下がってるわ♪ この調子なら、昼はちゃんと起きて食事が摂れるかもね♪」

 体温計の示す数字に顔を綻ばせたのは千恵だ。
 二晩連続の貫徹にも係わらず、その表情は明るい。
 症状のもっとも重かった時は横になったまま、ひと口かふた口食べるのがやっとの状態だったので、それと比べれば格段の快復具合と言える。
 宏の快復が、千恵の心と身体を軽くさせているのだ。

「氷嚢はもう無くても大丈夫ね。氷枕は……念の為、残しておくわね。冷たかったら、もっとタオルを巻けば好いからさ」

 布団に横たわる宏を見下ろしながら、千恵が手際好く氷嚢を片付けてゆく。

「ありがとう、千恵姉」

 宏の声も掠れてはいるがしっかりとしており、前日までの無理矢理絞り出したかのようなしわがれた声に比べたら劇的に快復している。
 顔色もこれ迄の土気色から赤みを帯びた肌色に戻りつつあり、これも千恵の心を軽くする一因となった。

「何だか一杯、迷惑掛けた……んぐっ!?」

 寝たままの宏の唇に、立てた人差し指を押し当てて言葉を封じる千恵。
 その瞳には怒りの炎が宿っていた。

「こらっ! あたい達は少しも迷惑だとか感じて無いからっ! あんたは病人なんだし、あたい達が看るのは当り前でしょっ! いいっ? 今度そんな台詞吐いたら容赦無くぶっ飛ばすからねっ!」

 千恵の柔らかくて温かい指が唇に触れ、宏はその感触に身体中の全神経が集中してしまう。
 ただ、ぶっ飛ばす、と言うフレーズだけが耳に残った。

「あ……、ご、ごめん」

 我に返った宏は取り敢えず謝る。
 面倒見が好く姐御肌の千恵なら、相手が病人だろうが何だろうが本気で殴りかねない。
 ここは大人しく従うのが吉だ。

「わっ、判れば好いのよっ。……さっ、さて、もう少しで朝ご飯出来るからねっ」

 そう言い残し、千恵は早足で部屋を出る。
 その顔は耳まで真っ赤になっていた。

「千恵姉、慌てて出てくこと無いのに。……うん、今度から怒らせないように気をつけよう」

 全く自覚の無い宏。
 ここまで鈍いと、もはや罪だ。
 片や。

(やだっ、思わず宏の唇に触れちゃったっ! ……でも、これ位は好いよねっ♥)

 廊下で立ち竦み、宏の唇が触れた人差し指の部分に己の唇をそっと宛がう千恵。
 その瞬間、これまでの疲れが一気に霧散するのが判った。
 同時に鼓動が跳ね上がり、胸が温かく、そして心地好く締め付けられる感覚に囚われる。

(宏……大好き♥)

 思わぬところで間接キスと言うご褒美を貰った千恵は、食事を運んで来た若菜に発見されるまで氷嚢を胸に抱き締めたままずっと廊下で悶えていた。



「ヒロ、お昼よ。どう? 起きられる?」

 婦長役として陣頭指揮を執っていた晶がトレイに載った食事を枕元に置き、顔を覗き込んで来た。
 その表情は昨日までの真剣な顔とは違い、とても柔らかな印象を与え、宏には本来の美しい晶の顔に見えた。

「うん、ゆっくりと動く分には大丈夫」

 体温計を渡し、ゆっくり起き上がると布団の上で胡座を掻く宏。
 そのままの姿勢で小さく肩や首を回して己の体調を見る。

「関節は痛まないし頭痛もないから、朝と比べてもだいぶ治って来たみたいだ。鼻水や咳も出ないし喉も痛まない。……ん~、若干、頭がふら付く……かな」

「まだ微熱があるからね。ホラ、八度丁度」

 ナース・晶は微笑みながら体温計の示す数字を見せてくれる。
 と、宏のお腹から小さな、そして可愛らしい音が聞えた。

「あははっ! 身体がお腹空いた、って催促するなら、もう大丈夫♪」

 大笑いした晶はレンゲを手に取ると、湯気の立ち昇る土鍋の中身を掬って宏の口へ運ぶ。

「今回はニラ玉雑炊よ。栄養もあるし、養生にはピッタリ♪ 鈍った味覚用に少し濃い目の味付けしてあるから美味しいわよ♪ ほらっ、あーん♥」

「って、晶姉っ!?」

 驚いて固まる宏を尻目に、晶は自らも口を開ける真似をする。

「ぐずぐずしないっ! あーん♪」

「あの……晶姉?」

「あ――――――――んっ!」

 最後はもの凄く殺気の篭った瞳で睨まれてしまった。

「……あーん」

 観念した宏が大いに照れながらも口を開け、晶は嬉々としてお粥を食べさせようとしたその時。

「あ――――――――っっ!! 晶姉さんが抜け駆けしてる――――――――っ!!」

 台所から他の面々の昼食を隣の待機部屋に運んでいた若菜に目撃されてしまった。
 その声は家中に響き渡り、次の瞬間には残り四人のナース達が宏の部屋に集まっていた。

「おいっ! 自分だけナニ、美味しいところを持ってくかなー!?」

「お食事のお世話は、私の仕事ですぅっ!」

 切れ長の碧眼を吊り上げたほのかが一歩詰め寄り、眉根を寄せた真奈美が頬を膨らます。

「晶さん、いつの間に……。油断も隙もありゃしないわ」

「晶姉さん、自分だけずるい~~~っ! 私もする~~~っ!!」

 腕を組んでジト目で睨む千恵に、手にしたトレイを持ったまま枕元に座る若菜。
 そしてレンゲを持ったかと思うと自分のご飯を宏に差し出す。
 今日の昼食は宏と同じメニューだったのが彼女達には幸いした(宏には不運だった)。

「宏ちゃん、あ~~ん♥ 私が作った特製ニラ玉雑炊だから身体にも優しいし、美味しいよ~~~♪」

 宏は左右からレンゲを差し出される事態となった。
 どうしたら好いのか固まっていると。

「だったら、オレも参加しないと不公平だよな♪ ほれ、宏。口、開けな。あーん♥」

「そうですよね~。私にも権利はありますし♪ はい、宏君。熱いからフーフーしてあげる♪ フ~フ~、あーん♥」

「って、みんなも!? ……しょうが無い、あたいも……。ひっ、宏。……あ、あ~ん♥」

 瞳を煌めかせたほのかと癒しの笑顔になった真奈美が枕元に座り、同じタイミングでレンゲを差し出して来る。
 そして間接キスの余韻が甦った千恵までもが照れつつレンゲを差し出して来た。
 ここで遅れを取っては致命傷になりかねない。

「……お姉ちゃん。そう言う事は独り占めしない。みんなで公平にしないと不公平。……ね、ヒロクン♪ あーん♥」

「お、俺っ!? 俺に同意求められても……っ」

 普段はブレーキ役の優でさえ、進んでレンゲを手にしている。
 宏の布団の左右には三人ずつナースが座り、目の前には六個のレンゲが差し出されていた。
 レンゲにはニラ玉雑炊が湯気を立てて美味しそうに載っかっている。

「……俺に、どうしろって?」

 宏は、以前の状態で寝込んでいる方がずっと精神的に楽で、ゆっくり休めていたかも……と思うのだった。


     ☆     ☆     ☆


「……ヒロクン、夕食が終わったら薬を挿れるからね」

 優はお茶を啜りながら、隣で少し柔らかめのご飯を食べている宏に声を掛ける。
 宏の体調は目に見えて快復し、今では普段とそう変らない食事も摂れるようになっていた。
 ただ、いきなり硬い物や刺激物、脂っこい物は胃腸がまだ受け付けないので、今夜は甘めに仕上げた麻婆豆腐がメインディッシュだ。

「私が調合したから美味しいよ~♪ 唐辛子や脂肪を抑えたから病み上がりの身体に優しいし~」

 若菜の料理の腕前は大学一年生の女の子とは思えない程、超一流だ。
 大概の料理なら、和洋中に係わらず素材から作り上げるだけの腕前を持っている。
 この三日間、宏への病人食は全て若菜の手作りによるメニューだった。

「お粥でも~、毎食毎に味を変えたり付け合わせを変えたりしないと宏ちゃんが飽きちゃうでしょ~? だから~、今が私の腕の見せ所なの~♪」

 若菜は実に楽しげに調理していたと、後に宏は聞かされたのだった。
 もしかしたら、その時だけは新妻の気分を味わっていたのかも知れない。

「あ……うん、そうか、薬がまだあるんだっけ」

 布団の上で胡座を掻いたまま顔を赤らめる宏に、一足先に食事を済ませたほのかが一歩前に進み出た。
 宏の体調が快復するにつれナースの仕事は減り、今は手隙の者が宏の部屋に揃っていた。
 布団の右側に優と若菜、左側に真奈美とほのかだ。
 晶は脱衣所で洗濯、千恵は台所で皿洗いと明日の朝食の仕込みをしているのでこの場にはいない。

「なら、今度はオレが薬を挿れてやるからさっ♪」

 切れ長の瞳を爛々と輝かせたほのかに、黒目がちな瞳を煌めかせた真奈美がほのかを肘で押し退けながら前に出た。

「私にも、直接看病させて下さいっ! お薬位、私にだって挿れられますっ!」

 ほのかと真奈美の間に目にも見える激しい火花が散り出した。
 宏は慌てて布団ごとズリ下がり、二人から距離を取った。
 このままでは、とばっちりを受けるのが目に見えている。
 と、そこへ懲りもせず(?)若菜が参戦する。

「だったら~、みんなで一緒に挿れようよ~。そうすれば、安心でしょ~♪」

 宏は内心、何で一緒!? 何が安心!? と激しく突っ込む。
 おまけに、せっかくの料理の味が途端にしなくなった。

「あ、あのー……」

 翻意を覆そうと声を掛けるものの、三人のナースは互いに頷き合い、一致団結してにじり寄る。
 既に若菜の手には座薬が握られ、ほのかと真奈美は一致協力してパジャマズボン&パンツを脱がす腹積もりらしい。
 宏はレンゲを置くと唯一の理性でもあり、常識人の優に視線を向けて助けを請うた。
 が、しかし。

「……ヒロクン、顔が真っ赤。そんなに照れなくてもいい」

 暴走娘を止めるどころか、にこやかに笑っていた。
 宏は絶望感に囚われ、思わず天井を見上げたその時。

「宏君っ、大丈夫っ!? また熱が上がったんじゃっ!?」

 宏の顔の赤さを再び熱が上がったものと勘違いした真奈美が慌てて前髪をたくし上げ、宏の額に自分の額を押し当てた。

「あっ……」

「あれ? 熱くない? えっ!? あ……」

 呆気に取られた宏に真奈美は不思議そうに瞳を瞬かせ、次の瞬間には宏に負けない位、顔が真っ赤に染まる。
 なにせ、目の前数センチのところに愛する宏の顔が(しかも超ドアップで)あるのだ。
 大きく見開いた瞳には互いが映り、しかも息遣いが顔に掛かるので二人はキスする寸前にも見えた。
 実際あと数ミリ、お互いが顎を上げれば鼻がくっ付き、そのままキスさえ出来そうだ。

「あのっ、あのあのっ! これはっ! つまりっ……、そのっ……!!」

 我に返った真奈美は座ったまま一瞬で後退り、両手をヒラヒラさせてしどろもどろになる。
 熱は勘違いで好かったが、無意識の行動とは言えここまで宏に接近したことが無かったので、心臓が壊れたポンプのようにバクバク脈打っている。

「宏君のおでこ、大きくて……ホンノリと温かくて……心地好かったわ♥」

 真奈美は状況も忘れてひとり悶えてしまった。
 一方、宏も顔を赤く染めたまま俯いてしまう。

(真奈美さんのおでこ……柔らかくて……あったかくて……花の香りがしたな)

 高校二年生の純情童貞男子には、いささか刺激が強かったようだ。
 優はそんな宏に視線を向け、僅かに瞳を見開いたかと思うと、居並ぶ面々に宣言した。

「……ヒロクンへの投薬はもう少ししてからにする。今はダメ。落ち着いてから……ね」

 その言葉に、その場にいる女性陣は首を傾げる。
 落ち着く……って、何? と。
 優は、胡座を掻いた宏の股間に視線をチラリと向け、ひと言呟いた。

「……ヒロクンは立派な男の子。そんな状態でパンツ、下げられないでしょ?」

 優の、実に楽しげな台詞に一同の視線が宏の股間に集まる。
 そこには、それはそれは御立派なオベリスクがそそり勃っていた。
 生地の薄いパジャマとパンツなので、丸い頭の形やその下に続くくびれがそのまま浮き出ている。

「はわわっ! あのっ! これはっ! ちっ、違うっ、違うんだっ!」

 今、気付きましたとばかり、慌てて枕で股間を隠し、必死の形相で取り繕う宏。
 どうやら、急接近した真奈美の美貌と額に感じる体温、そして仄(ほの)かに香る真奈美自身の匂いで無意識に愚息(?)が反応したらしい。
 なにせここ数日間、風邪で寝込んだ為に『自家発電』していないので、ちょっとした刺激でも勃ってしまうのだ。
 この現象も宏の快復度合を示すものだが、優以外はそこまで思考が回っていない。

(((……実物は見たコト無いケド、なんか立派♪)))

 宏の『男』をパジャマ越しとは言え直接目にした面々は目尻を真っ赤に染め、まだ見ぬ宏の実物を想像して妖しい気分になってしまった。

(((いつかきっと、アレを、ここに……♥)))

 太腿をもじ付かせ、処女ならではの妄想に耽る三人娘。
 片や、恥ずかしい部分をまともに見られた宏は軽いパニック状態に陥った。

(ひぇ~~~っ、見られたっ! 勃起したの、みんなに見られたっ!! これじゃ嫌われっちまうっ!)

 そんな慌てふためく宏に、終始微笑んでいる優が止(とど)めを刺した。

「……まぁ、ボクは普段の『可愛いヒロクン』も何度か見てるから平気。それに……昔と比べるとずっと成長したもんね♪」

 股間を見ながら「可愛い」とか「成長したね」と言われた宏は、無言のまま(涙目になって)いそいそと布団に潜り込むと横を向いてしまう。
 頭まで布団を被り、何やらブツブツ呟いている。

「……それじゃ、ヒロクン。薬を挿れるからお尻出して。みんなは隣の部屋に退去。……ほら、いつまでも拗ねてないで」

 ほのか達の退出を足音で確認した宏は布団を被ったまま、無言で裸の尻を外に突きだした。
 さすがにこの状況で優にパンツを下げられたくは無い。
 まさに、頭隠して尻隠さず、だ(ヒロクン意味が違う、と優に突っ込まれ、薬も突っ込まれた)。

「……それじゃ、挿れるね♪」

 毎回、実に楽し気に座薬を手にする優。
 しかし、宏の快復具合からすると今回の挿入が最後になるかもしれない。
 優は名残惜しむ気持ちを持ったまま、足の間ですっかり大人しくなった逸物をしげしげと眺めた。
 そして少し感傷的な気分に浸った所為か、心の中で思っていた言葉が思わず出てしまった。

「……やっぱり可愛い♥」

 その後、翌朝まで宏の顔を見た者は誰もいなかったという。


                                            (後編へつづく)

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サンタは風に乗ってやってくる~後編 サンタは風に乗ってやってくる~後編 美姉妹といっしょ♥~番外編
 
 十二月二十三日、火曜日。
 千恵達が看病を始めてから四日目の朝、宏の家は歓喜の声で満たされた。
 宏の風邪が完治したのだ。

「三十六度五分、平熱ね♪ どう? おかしな所は無い?」

 体温計と顔色を見比べ、晶が満面の笑みを向ける。
 宏は布団から勢い好く立ち上がり、鈍った身体を動かしてみる。

「身体も軽いし、頭もクラクラしない。関節や喉の痛みも無いし……大丈夫っ! 異状なしっ!」

 直立不動で敬礼のポーズをかます宏に、六人のナースから拍手喝采が起こる。

「宏ちゃん~。好かった~嬉しいよぉ~」

 嬉し泣きしているのは若菜だ。
 そんな妹を慰めつつ、千恵も大きな瞳を潤ませる。

「早く治って好かったわ♪」

「みんな、ありがとうっ! お陰で綺麗サッパリ、治ったよっ」

 満面の笑みで飛び跳ねてみせる宏に、みんなは心底安堵した表情を見せる。

「宏ちゃん~、もう風邪を引かないでね~」

「そうよ、宏。風邪は万病の元。油断しないでね」

 若菜と千恵の美姉妹(しまい)コンビがいつもと変らない笑顔を向ける。
 宏には、その表情はこの四日間でもっとも輝いて見えた。

「宏ぃ、今度風邪引く時はオレに知らせてからにしろよな。オレがマンツーマンで付きっ切りの看病してやるからさ♪」

「宏君、私が風邪を引いて寝込んだら、今度は宏君が私を看病してね♪」

 ほのかがサムズアップしながら破顔し、真奈美が宏の手を取って上目遣いで見つめる。
 宏はいつか二人に恩返ししようと、固く心に決めた。

「ヒロ? 治ったからって無茶するんじゃ無いわよ? 当分、安静を心懸けて、部活も軽めにしときなさいね」

「……ヒロクン。今度風邪引いたら、誰にも言わずボクだけに知らせて。そうすればボクがあっという間に治して見せるから♪」

 晶が年長者らしく少年を諭すが、優が一波乱起こす発言をする。
 当然、黙って見逃す面々(特に晶、ほのか、若菜の三人)では無い。

「って、どーゆー意味かしら!?」

「おいおい、まるでオレ達がいたから風邪が長引いたようなコト、言うなよっ」

「ひど~いっ。私の特製お粥があったからこそ、今日で治ったんだよ~っ」

 眉を跳ね上げて目を剥き、頬を膨らませて抗議する三人。
 そこに千恵と真奈美が加わり、収拾が付かなるかと思われた時。

「みんな、ほんとにありがとう。みんなのお陰で完治しました。この恩は一生忘れませんっ!」

 深々と頭を下げる宏の素直な態度に、六人の元・ナース達は言い争いも忘れて大いに照れたのだった。

「あの、それで……千恵姉と若姉の誕生日パーティー、なんだけど……」

 宏は懸念していた問題を言い難そうに振ると、当事者の千恵が笑いながら答えてくれた。

「あ、それだったら、明日(あした)にして貰おうかと思ってたの。明日予定してたクリスマスパーティーと一緒にすれば、お互い手間が省けるでしょ?」

 若菜も一緒に頷いている所を見ると、どうやら二人で前々から話し合っていたらしい。
 宏は晶に視線を向け、どうしようと問い掛ける。
 宏自身、千恵と若菜の了承が取れれば、二十四日のクリスマスパーティーと同時開催を提案するつもりだったのだ。

「あたしも千恵ちゃんの意見に賛成よ。そうすれば改めて準備出来るしね。ほのかと真奈美はどうする?」

 晶の視線を受けた二人も大きく頷き、千恵と若菜の誕生日会は明日のクリスマスパーティーと併せて行う事となった。

「それじゃ朝食はみんなで摂りましょ♪ その後、家(うち)の中の後片付けをして、それで解散しましょ。……いくら若くても、さすがに三日連続の貫徹は応えるわ」

 晶がウィンクひとつ、宏に投げて寄越す。
 宏は改めて六人の美人ナースに深々と頭を下げ、感謝の意を伝えるのであった。


     ☆     ☆     ☆


 十二月二十四日、水曜日。
 この日に限り、多くの国民がにわかクリスチャンになるクリスマスイブ当日。
 宏の家では晶、優、ほのか、真奈美、宏、そして千恵と若菜によって誕生日とクリスマスの合同パーティーが行われようとしていた。
 本来なら、誕生日の主賓である千恵と若菜は何もせずにどっしりと構えていれば好いのだが、

「誕生日パーティーはゲストでも、クリスマスパーティーはホストの側ですから♪」

 そう言って料理や飾り付けなどを若菜はみんなと一緒に、千恵は率先して行っていた。
 因みに、昨年までのクリスマスパーティーは宏をゲストに招き、晶と千恵の家で毎年交互に行っていた。
 今年のクリスマスは千恵の家でする予定だったのだが、二十日に宏が風邪を引いてしまった。
 その為、翌日の千恵と若菜の誕生日パーティーが延期され、クリスマス会の開催も危ぶまれた。
 しかし、六人の「なんちゃってナース(優命名)」による手厚い看護のお陰(?)で宏はクリスマスイブ前日に見事快復、延期されていた誕生日パーティーを本日のクリスマスパーティーと併せて行う事になった。
 そこで、今回は病み上がりである宏の体調を考えて宏の家での開催とし、午前中の早い時間から六人の美女が集まっていたのだった。

「今日は活きの好い佐渡産の天然鰤と大間産黒鮪の大トロが手に入ったから、みんな期待しててよっ!」

「今回も地鶏を丸々三羽、丸ごと貰って来たからね~。みんな~、楽しみにしててね~♪」

 特に千恵と若菜は張り切って台所に立っていた。
 己の誕生日よりも宏とのクリスマスを心待ちに、そして宏の快復を心から喜んでいる現れだ。
 千恵は刺身包丁と雪平を巧みに操り、若菜も手際好く鶏を締めてゆく。

「はいよっ、刺し盛り上がりっ! ブリ大根は……もう少し待ってねっ」

「は~い、唐揚げ出来たよ~♪ 次は青椒肉絲だよ~♪」

 緑のエプロン姿がチャーミングな姉の千恵が腕を振るえば、水色のエプロン姿が新妻に見える妹の若菜も料理の腕を遺憾無く発揮し、様々な料理を同時に手際好く仕上げてゆく。
 今日の千恵はスリムジーンズに赤いトレーナー姿と、いつもと変らない出で立ちだ。
 たとえ誕生日の主賓だろうが宏とのクリスマスだろうが、自ら料理を作るのでどうしても動き易い服となってしまうのだ。
 そんな千恵は気分上々と見え、ロングポニーテールが小気味好く、包丁の動きと共に軽やかに揺れている。
 また、妹の若菜も鼻歌交じりでフライパンや中華鍋を振っている。
 裾の長いフレアスカートとセーターの組み合わせは普段通りのスタイルだ。
 若菜自慢の漆黒の髪は首の後ろでひとつに縛られ、真っ直ぐ腰まで下ろしている。
 こちらも軽いステップと共に、リズミカルに揺れている。
 一方。

「もうすぐケーキが焼けるから、ほのかはクリームの角が少し折れる位まで泡立てといてね。真奈美はテーブルにお皿並べたら冷蔵庫からフルーツを出しておいて」

 緩いウェーブの掛かった黒髪をアップに纏め、オレンジのエプロン姿も似合う晶はスイーツを担当し、ほのかと共に効率好く仕上げてゆく。
 家事修行中の真奈美も上手く誘導し、実に見事な采配振りを発揮している。
 晶も普段着のスリムジーンズと蒼のトレーナー姿で、さり気無く脚線美を強調して色香を振り捲いている。
 ほのかはデニムのミニスカートと赤のチェック柄のシャツ、真奈美は白のワンピースに黒のベルトを纏い、共に白いエプロン姿だ。
 この二人は宴会初参加だが、晶達三人はそれぞれの誕生日やクリスマス、正月など、季節毎に宴会をこなしているので実に手慣れている。
 それぞれが滞り無く、順序立てて料理を仕上げてゆくと、落ち着いた少年の声が全員の耳に心地好く入って来た。

「みんな、上の準備が整ったから出来た物から運ぶよ」

 宏が台所に姿を現すと、五人の美女は同時に声の主に顔を向ける。
 その眩しいばかりの笑顔に、宏は一瞬、照れてしまう。
 今日の宏はウェストと太腿部分に余裕を持たせた厚手のパンツと保温性に優れたハイネックのセーター姿だ。
 見た目よりも病み上がりに最適な服を選んだのだ。

「……ボクも運ぶ」

 宏の後ろから現れた優もジーンズにセーター姿で、動き易さ第一で服を選んでいる。
 晶と優の美女姉妹(しまい)揃って服は地味だが、中身が優れているので何を着ても様になるのだ。
 もちろん、千恵と若菜の美姉妹(しまい)やほのかと真奈美も中身が好いので、地味な服装でも華やかに見える。

「俺の部屋、飾り付けしたらすっかり見違えちゃったよ」

 宏は優と顔を見合わせて笑う。
 この二人は朝から飾り付けを担当していたのだ。
 もっとも、若菜や晶達が前もって作った飾りを壁や天井に留めるだけなのであっという間に終わってしまったが。

「それじゃ、こっちの料理をお願いね」

 千恵が飛び切りの笑顔でテーブルに並ぶ料理を目線で示すと、頭の高い位置で縛ったポニーテールが嬉しそうに揺れる。

「オッケー♪ それじゃ、取り皿と箸も持って行くね」

 宏は千恵と晶から「ゲストであり、病み上がりだからじっとしていろ」、と何度も念押しされていたのだが、女性に働かせて自分はふんぞり返る事なぞ到底受入れられなかった。
 そこで、自主的に部屋の飾り付けや階段を上下する運搬役を買って出たのだ。
 優に言わせると、この位の運動が鈍った身体には丁度好いリハビリになるのだとか。
 千恵と晶も宏の性格を判り切っているのでそれ以上何も言わず、宏の自由にさせてくれていた。



 そして、全ての準備が整った昼過ぎ。
 宏の部屋は狭いながらも豪華なパーティー会場となっていた。
 天井から折り紙チェーンがいくつも吊され、壁の所々に金銀煌めく大小様々な星やサンタの形をした切り抜きなどが飾られて宏の部屋はクリスマスムード一色に染まっている。
 部屋の隅には小さなクリスマスツリーが置かれ、赤、青、緑、黄色の電球が瞬き、金銀の星や雪に見立てた白い綿が電球に照らされて色鮮やかに染まっている。
 そして部屋の中央には大きなテーブルが置かれ、様々な料理が美味しそうに湯気を立ち昇らせていた。
 唐揚げ、青椒肉絲、水餃子、春雨サラダ、刺し盛り、ブリ大根などなど、どれも宏の好物を中心とした――しかも病み上がりを意識した胃腸に優しく精力の付くメニューとなっており、千恵と若菜の心意気が見え隠れしている。
 その脇には各種ソフトドリンクとアルコールが揃い、宴会準備はすっかり整っていた。
 窓を背にした上座の前には晶特製、クリーム控えめの二段重ねのフルーツケーキ(直径三十センチ、高さ十五センチ近い大きさで、これも宏の体調を意識した作りだ)が置かれ、主役の登場を今か今かと待ち侘びている。
 宏の六畳間は、つい先日までここで宏が唸りながら寝込んでいたとは到底思え無い程、明るく賑やかに様変わりしていた。

「みんな~、お待たせ~♪」

 その会場となった部屋に、隣の部屋で着替えを済ませたほのか、優、若菜が入って来た。
 しかし、三人の身に纏う衣装に残りの面々は呆気に取られ、思わず好奇の視線を向けてしまう。
 その衣装とは……。

「ホレホレ~♪ 見えそうで見えないミニスカサンタ~♪」

 赤い三角帽子を被り、真っ赤なサンタコスチュームでお色気を振り捲いているのは北欧生まれのほのかだ。
 膝上……より股下から計った方が断然早いひらひらのミニスカートを纏い、スラリと伸びる生足を惜し気も無く晒して宏に見せ付けている。
 ほのかにとって、この程度の短さは普通なのだ。
 染みひとつ無い太腿の白さが赤いスカートで引き立ち、引き締まった美脚のラインが高校生の男の子をいとも簡単に籠絡する。
 そして。

「……ムフッ♪ 意外と似合うでしょ♪」

 可愛らしいトナカイの着ぐるみ(頭の先からつま先まで顔以外すっぽり被るタイプだ)を身に纏っているのは優だ。
 何でも、頭から伸びた二本のデフォルメされた角がチャームポイントだそうで、本人は宏とのクリスマスにノリノリになっている。
 腰(尻尾もちゃんと付いている♪)を振ったり愛嬌を振り捲いたりして、着ぐるみ初体験とは思えない堂々たる姿だ。

「あはははは~~~~っ! ラップランドのトナカイを真似てオレが着せたんだっ♪ オレのサンタとコンビだぜ~♪」

 本場のトナカイを知るほのかが優の肩を抱いて前面に押し出し、豪快に笑う。
 宏や千恵、晶も優の、ほのぼのとしたコスプレに大いに癒された。
 さらに……。

「じゃ~んっ! 私は~、サンタ服にナース服を併せてみました~♪」

 若菜が美脚を交差させるモデル立ちになって長い髪を掻き上げる。
 服のシルエットはナース服のそれなのだが、地の色はサンタの赤でボタンや袖は白だ。
 宏の目には漆黒の髪とのコントラストが美しく映り、

「これは……これでありかも♪ ナースサンタ……侮りがたしっ! ……この姿で看病して欲しかったなぁ」

 と、目を見張る。
 しかし、ナースキャップ代りの赤い三角帽子が小悪魔の被る帽子にも見えてしまい、これでは癒されるよりも先に生気(精気?)を吸われそうだ。
 しかも若菜は、膝上二十センチはあろうミニスカを穿いているので、ほのかの衣装と相まって目のやり場に困ってしまう。
 高校二年生の男子に、妙齢の美女によるムッチリ太腿四本――しかも生足は刺激が強過ぎる。
 風邪で寝込んでいる最中は当然の如くひとりエッチしていないので、ちょっとしたお色気シーンで暴発する可能性が非常に高いのだ。

(こんなんだったら、昨日、オナニーしとけばよかった)

 宏は昨夜、誰もいない自室で久し振りに自家発電しようと思ったが、さすがに治った当日に真っ裸になるのは拙いと思い、自粛していたのだ。
 今回はそれが裏目に出てしまった。
 それでも悲しいかな、男の性で宏はほのかと若菜の健康的なお色気脚線美にチラチラと視線を向けてしまう。
 と、そんな宏の熱目線に、朝からずっとテンションの上がりっ放しのほのかが待ってましたとばかり、顔を綻ばせた。
 宏の快復を喜び、一緒に過ごすクリスマスを心待ちにしていたのだ。
 その結果、普段は決してしない行動までもしてしまう。
 恋の成せる業だ。

「ん? 別に、宏だったら見られても平気だぜ。なんだったらパンツも見せてやろうか? ホレっ♪ ……ぐぁばっ!」

「宏ちゃん~。どこまで捲れるか、やってみる~? こうして、ズリズリ~っ、とな♪ ……きゃんっ!」

 スカートを両手でペロン、と捲り上げたほのかに晶の裏拳が飛び、タイトスカートをたくし上げる若菜に千恵の正拳が決まる。
 優が宏の頭を慌てて横へ向け、ぐぎり、と首から嫌な音を立てさせる。
 真奈美はワンピースの裾を握るも出遅れ、来年は自分もセクシーコスプレを導入しようと固く決意する。
 宏は首の痛さよりも、ほのかと若菜の一瞬目にしたショーツの眩しさにノックアウトされた――。


     ☆     ☆     ☆


 こうして、千恵と若菜の誕生日会兼クリスマスパーティーが正式に始まった。
 宏とミニスカサンタ・ほのかは並んで胡座を掻き、主賓の千恵と若菜は上座で正座し、晶と優、真奈美は横座りしてテーブルを囲む。
 千恵から見て左隣に若菜、右面に宏とほのか、左面に晶と真奈美、正面に優という布陣だ。

「え~~~、それでは……」

 それぞれにグラスが行き渡っているかを確認した宏がホットウーロン茶の入ったグラスを掲げ持つ。
 さすがに病み上がり直後なので、今回は自主的にノン・アルコールだ。

「千恵姉、若姉、十九歳の誕生日おめでとう――っ!!」

「「「「誕生日、おめでとう――っ!!」」」」

 宏の乾杯の音頭で四人の美女が一斉にグラスを目の高さに掲げ、唱和する。
 こちらの美女軍団は全員ライト・アルコールだ。
 千恵と若菜の主役二人も薄目に作ったカクテルを手にしている。
 いずれも最初から飛ばすと後が続かなくなるとの判断だ。

「みんな、ありがとうっ! ありがとうございますっ!!」

「みんな~、ありがとう~っ! 嬉しいよ~っ♪」

 上座で何度も頭を下げる千恵と手を振って愛嬌を振り捲くナースサンタ・若菜に向かって五人からの祝辞が乱れ飛び、クラッカーを何度も撃ち鳴らす(ほのかは片手に四個持って同時に紐を引いていた)。

『~♪ ハッピバースディトゥーユー、ハッピバースディトゥーユー~……』

 誰も練習なぞしていないのに、歌い出しからピタリと一発で決まるのは慣れた証拠だ。
 ほのかと真奈美も宏と一緒に歌い、実に楽しそうだ。
 テーブルに置かれた誕生日ケーキには十九本の蝋燭が綺麗な円形に並び、小さな炎が全員の顔を朱(あか)く照らし出している。
 そして歌い終わると双子美姉妹が揃って蝋燭の火を吹き消し、再びクラッカーの嵐が二人に見舞われる(悪ノリしたほのかが今度は片手に八個のクラッカーを手にしたが目を吊り上げた晶に止められた)。

「千恵姉、若姉、誕生日おめでとうっ!」

「うんっ、ありがとうっ!」

「今年も元気な宏ちゃんにお祝いして貰えて感激だよ~♪」

 美姉妹の顔は蝋燭の火が消えても朱いままだ。
 照れ臭そうな、それでも嬉しそうな千恵と若菜が何度も頭を下げ、乾杯が繰り返された。

「それじゃ、まずは俺から二人にプレゼントを。千恵姉、若姉、誕生日おめでとう♪」

 宏がそれぞれにプレゼントを渡すと、晶、優、ほのか、真奈美からもプレゼントが贈られる。
 二人の前には綺麗にラッピングされた十個の箱が山積みとなった。

「「みんな、ありがとうっ!」」

 双子らしく、息もぴったりに礼を言うと、宏の部屋は温かい笑いに包まれた。

「さっそく開けて見なよ。宏がどんなプレゼントを贈ったのか気になるし」

 好奇心満載の瞳で催促したのはほのかだ。
 しかし他の面々も同じ瞳の色をしているので誰も咎めない。
 恋敵(ライバル)に贈られた品物が、どうしても気になるのだ。

「うん、それじゃ、さっそく……」

「どれどれ~」

 千恵と若菜はピンク色のリボンが巻かれた箱を丁寧に開けてゆく。
 そこには……。

「うっわ~……♪ すっごく綺麗……」

 思わず感動の声を漏らす千恵。
 箱の中には上弦の月を型取った純銀のネックレスが窓からの明かりに煌めいていた。
 そして……。

「あ……♪ すごい……」

 切れ長の瞳を見開き、感嘆の声を漏らす若菜。
 箱の中には下弦の月を型取った純銀のネックレスが窓からの明かりに輝いていた。

「「あ……これって……」」

 千恵と若菜がネックレスを合わせてみると、綺麗な満月になる作りになっていた。
 さらに、千恵の月の裏にはイニシャルである『C』が、若菜には『W』と彫られているのが判った。

「千恵姉と若姉は二人でひとつの部分があるから、月になぞらえて丁度好いかな、と思って。ほら、上弦の月と下弦の月って見掛けはまるで違うけど元はひとつでしょ?」

 宏の言葉は二人の耳には届かなかった。
 好きな男性(ひと)からの心の篭ったプレゼントに心ときめき、ネックレスを抱き締めていたのだから。
 そして、二人同時に顔を上げたかと思うと、これまた同時に口を開いた。

「宏、ありがとうっ! 一生、大事にするねっ!」

「宏ちゃん、ありがとうっ♪ ずっと、大事にするねっ!」

 二人の潤んだ瞳には晶が声を掛けるまでの間、ずっと宏の姿が映っていた。

「次はあたし達のを開けてみて♪」

 涙にむせぶ二人に晶達からのプレゼント――たとえばそれぞれに学食の食券(プリペイドカード式なのだ)半年分とか最新式毛穴クリーナーとチャネルの石鹸セットとか高級フェロモン香水とシルクのキャミソールとか外国製高級ストッキングとガーターベルトのセットとか――が披露され、場は暫しの間、歓声に包まれた。

「いや~、実はさ、千恵ちゃんと若菜ちゃんの誕生日プレゼント、直前まですっかり忘れててさ~」

 ほのかがペロリと舌を出し、肩を竦めて失敗談を披露する。
 すると、真奈美も「実は……」と顔を赤らめ、晶と優までが視線を逸らしながら頷くものだから、千恵と若菜は呆気に取られる。
 しかし、次の瞬間には二人してお腹を抱えて笑い転げた。

「あはははは~っ! おっかし~~~~っ! きっと、頭の中が宏へのプレゼントで満たされてて、あたい達の事がお留守になっちゃったのね~~~」

「ふふっ♪ みんな、宏ちゃんが第一だもんね~♪」

 さすが恋する双子美姉妹。
 みんなの核心を突く台詞を同時に口にする。

「あ、いや、面目無い」

 ほのかが深々と頭を下げるが、千恵と若菜は意に介さない。

「いいえ、気にしないで下さい。皆さんの心が嬉しいんですから♪」

 満面の笑顔でそう言うと、貰ったプレゼントを愛おしげに撫でる。
 若菜も大きく頷き、大事そうに胸に抱える。
 そんな美姉妹の心の広さに、晶達女性陣は尊敬の眼差しを向けた。



 何度も乾杯を繰り返し、テーブルや皿に少々隙間が出来始めた頃。
 晶が宏の机に置かれた色鮮やかなカードに気付いた。

「ん? これって……夏穂(かほ)先生からのクリスマスカードじゃない。へ~、今年も届いたんだ……」

「こっちは……飛鳥(あすか)ちゃんよ」

「これは~、美優樹(みゆき)ちゃんだね~♪」

「……って、お姉ちゃん、千恵さん、若菜さんっ! 勝手に見ちゃダメっ!」

 優が慌てて注意するも、既に三枚のカードはそれぞれの手の中に収まっていた。

「……ごめん。また勝手に読んじゃった」

 優が頭を下げるが、宏は構わないと微笑む。
 晶&千恵プラス若菜の小姑(?)による宏宛のクリスマスカードチェックは毎年の事なので、すっかり慣れっこになっているのだ。
 すると、文面を読んでいた晶から尖った声が上がる。

「ったく、あのエロ教師ったら! 担任のくせに生徒に色目使ってどーするっ!? 手ぇ出す気かっ! ったく~、あの万年発情女教師が~~~っ!」

 と憤慨すれば、

「ふ~ん……。宏、年下にも人気あるのね……。ううん、ちっとも、これっぽっちも気にして無いわよっ! むしろ人気者の幼馴染を持って幸せだわよ? お~っほっほっほっ~!」

 千恵が嫉妬を滲ませたジト目で睨む。
 かと思うと、

「美優樹ちゃん、いつも可愛らしくて大好き~♪」

 若菜は歳の離れた妹が出来たかのように手放しで喜んでいる。

「……まったく。毎回毎回、しょうがない三人」

「あはは~、まぁ、好いんじゃない? 全く知らない間柄じゃ無いんだし」

 毎年似たような反応を示す、三人の対照的な顔付きに優は苦笑し、カードを貰った宏も何やら照れくさそうに、でもまんざらではなさそうに鼻を掻いている。
 そんな面々に、ほのかと真奈美が首を傾げ、優と宏を交互に見る。

「なぁ。飛鳥と美優樹って……誰?」

「えっと、夏穂先生……とは?」

 初めて耳にする名前に、興味津々の二人。
 目の前のアルコール(と数々の御馳走)に目もくれず、身体を乗り出して来る。

「……あ、そっか。ほのかと真奈美はまだ知らなかったっけ。あのね……」

 優は、夏穂は宏が高校に入ってからずっと担任である事、飛鳥は宏の二つ年下で中学時代の陸上部の後輩である事、美優樹は飛鳥の三つ年下の妹で二年前に飛鳥を通じて知り合った事などをかいつまんで話す。
 そして、自分達が高校二年の時に新任教師として夏穂が担任になった事も付け加える。

「へ~~~、ってコトは……二十七歳、十五歳、十二歳!? ……の女性から慕われてる、って事か。ほぉ~~~、宏って学校でもモテるんだなぁ~。さすが宏! オレが見込んだだけの事はあるぜっ!」

「宏君、きっと好い生徒さんであり、先輩なんでしょうね。何だか目に浮かぶわ♪」

 ほのかは指折り数えて破顔し、真奈美は相好を崩し、宏の学校生活に思いを馳せる。
 二人共、初めて知る女に対し、嫉妬心を微塵も覗かせない(晶とは大違いだ)。
 優などは既に何かを掴んでいるようだが、自信の表れなのか、はたまた鈍いのか、全く問題視していない。
 宏が高校を卒業するまでの関係(付き合い)だと、タカを括っているのだ。
 もっとも四年後、ほのかと真奈美はこの三人と深く関わる事となるのだが、それはまた別のお話――。


     ☆     ☆     ☆


 時間は進み、テーブルの上に並んだ数々の料理がケーキを残してみんなの胃袋に消えた頃。

「それじゃ、本日二度目のメインイベント! クリスマスのプレゼント交換と行きますか♪」

 晶の音頭でもうひとつのイベントが始まった。

「最初は、あたし達からヒロへのクリスマスプレゼントよ!」

「……ヒロクンに、お姉ちゃんとボクから合同のプレゼント♪」

 優が差し出した箱の中には、黒地にオレンジのラインが目にも鮮やかなデザインの陸上競技用のスパイクシューズがメッセージガードと共に鎮座していた。
 晶と優が見つめる中、宏はスパイクの上に置かれたカードを開く。

『ヒロへ。メリークリスマス! このシューズで自己記録を目指すのよ! いつも応援しているからね♥』

『ヒロクンへ。メリークリスマス。このシューズを履くと優勝間違い無し。でも、無茶はしないように』

 そこには二人の従姉からの温かい想いが篭められていた。

「晶姉、優姉……ありがとうっ」

 宏は居住まいを正し、深々と頭を下げる。
 そんな律儀な従弟に、晶と優は思わず苦笑してしまう。

「ほら、中身よ、中身!」

 メインの贈り物はこっち、とばかり晶に急かされ、宏がスパイクを持ち上げた瞬間。

「あっ! こ、これって……!」

 重さを殆ど感じないシューズを手にし、そのまま固まる宏。
 見た目は一般的な土用の六本ピンスパイク――宏が暮らす県の、殆どの陸上競技場は土のトラックだった――なのだが、明らかに作りが違った。

「これって……完全オーダーメイドのスパイクだっ! 履く人の足……左右の足型を取って作るから、完成まで早くても二ヶ月以上は掛かるって言われてる、幻の一品だ!」

 陸上部に所属する宏にとって、スパイクシューズはアップシューズと同じ位、最重要なアイテムだった。
 足の形に始まり指の長さと広がり具合、甲の厚み、土踏まずの形と高さ、踵から足首までの高さ、重心位置、そして履き心地、などなど。
 この靴の善し悪しで記録が大きく違って来る程なのだ。
 中学時代から短距離(四百メートルだ)専門の宏にとって、如何に自分の足に合うスパイクを見つける事が出来るかが勝負の分れ目だった。
 しかし人口の少ない地方都市に住んでいるのでスポーツ専門店と言えど品揃えが充分では無く、これまで満足するスパイクにお目に掛かった事が無かった。
 中学以降、宏はもっとも足にフィットするスパイクを選んで使っていたが足の形と微妙に違い、地面を蹴り上げた時にどうしても違和感が拭えずにいたのだ。
 特に雨が降ってトラックがぬかるんでいる時ほど違和感が強かった。
 しかし、オーダーメイドで自分の足の形に合わせてあるのならトラックの状態に関係無く、心置き無く全力で走る事が出来る。

「でも俺、型を採った覚えが無い……」

 と、ここで宏は三ヶ月近く前に、優が足型を取りに来た事を思いだした。

「あ~~~~っ! まさか、あの時っ!!」

 絶句する宏に、トナカイ・優が微笑んだ。

「……うん、そう。あの時、ボクがヒロクンの両足を石膏採りした時だよ。それをメーカーに送ったの。デザインは……ほら、スポーツマンって、験担(げんかつ)ぎするでしょ? だから今履いているのと同じデザインにして貰った」

「ヒロのスパイク、かなり年季が入ってるでしょ? だからそろそろ新しいのを買う時期かな~と思って、秋頃から二人で考えてたの。クリスマスに贈れば、春の大会までには足に馴染むと思ってね♪」

 実際、今使っている宏のスパイクシューズは高校の入学祝いに千恵と若菜から合同で贈られた(宏と一緒に買いに行った)もので、それから二シーズン、一年半以上使っている為に外側の布――土踏まずの上の部分や踵の部分――が摩擦で擦り切れ、かなり痛んでいた。
 宏は練習用と大会用のスパイクを使い分けしていない。
 決勝レースで好タイムを叩き出すには、普段から足に馴染んでいるスパイクを使う必要があるからだ。
 その為、日頃の練習からひとつのスパイクを履き通すので、自然と痛みも早くなる。
 二人のお姉さん達は、そんな宏の日常を把握した上でプレゼントしてくれたのだ。
 宏は晶と優が早秋からクリスマスを目標に行動していたのかと驚くと同時に、二人の深い想いに心打たれた。
 もっとも、トナカイの着ぐるみが感動を笑いに(少しだけ)変えた事は内緒だ。

「こんな……高い物を……晶姉、優姉、ありがとうっ!! これで来シーズンは自己記録が更新出来るよっ!!」

 幻の一品を手にした宏の飛び切りの笑顔に、双子美女姉妹は小遣いをはたいた甲斐があったと、大いに喜んだ。
 続いて、ほのかが進み出て細長い箱を差し出した。

「これは……高級シャーペンと万年筆のセットだ!」

 宏は使い易そうな筆記具に目が釘付けとなる。
 どちらも握る部分が従来のそれよりかなり太く作られ、長時間の使用に耐えられる作りとなっていた。
 今使っているシャープペンシルは、中学一年の時に晶から入学祝いに貰った、当時流行りの細いタイプのものだった。
 以来丸五年、毎日使っているので、今ではかなりくたびれて来ていた。

「宏に何を贈って好いのか判んなくって、いろいろ考えてたらこれが目に入ってさ。……長く使えるものだから好いかな、なんて思ったりもして……」

 最初にミニスカサンタではしゃいでいた勢いはどこへやら、初めて異性に贈り物をする緊張でガチガチに凝り固まっているほのか。
 視線はあちこち彷徨い、身体も小刻みに動かして落ち着きが無い。
 喜んで貰えるか、はたまた気に入らずに残念そうな顔になるのか、ほのかには心臓が爆発しそうな位、胸の鼓動が乱れに乱れていたのだ。
 宏はその想いに胸が温かくなった。

「ありがとう、ほのかさん! 大事に、毎日使わせて貰いますね」

 宏の心からの笑顔と言葉に、ほのかは舞い上がって暫く思考停止に陥ってしまった。
 そして、好きな男性(ひと)へのプレゼントで一喜一憂する自分も女だったんだな、と改めて噛み締めた。

「それじゃ、今度は私から……」

 真奈美がおずおずと、リボンの巻かれた紙袋を差し出す。

「私も何を贈ろうか散々迷って……これにしました。どうか受け取って下さい」

 目元を赤らめた真奈美が、真っ直ぐに宏を捉える。
 見つめる瞳には、自分では好かれと思ったプレゼントを贈る不安や怖れ、期待が綯い交ぜになって映っていた。
 宏は真奈美の想いを垣間見た気がし、ありがたく受け取る。

「おぉ、これは……カシミアのマフラーだ♪ 真奈美さん、ありがとうっ!」

 宏はさっそく白いマフラーを首に巻いてみる。

「うわ~~~、これは暖かいや♪ 真奈美さん、ありがとうっ! これだったら、もう風邪引かなくて済みます♪」

 宏にとって、これから迎える厳冬期を前に嬉しい贈り物となった。
 そんな宏の満面の笑みに、真奈美は嬉しさの余り涙ぐんでしまった。
 同時に、初恋の男性(ひと)に初めて贈ったプレゼントが大当たりしたので、気分も最高潮になった。
 少々無理して――小遣いの前借りと貯金の切り崩しだ――買っただけの事はあった。

「次は、あたいの番ね♪」

 千恵がはにかみながら、綺麗にラッピングされた袋を宏に手渡す。
 そこには吸湿性と速乾性に優れたオレンジ色のスポーツタオルが綺麗に収まっていた。

「うわっ! これ、前から欲しかったんだ。千恵姉、ありがとうっ!」

 毎日、部活で汗だくになる宏には非常にありがたいプレゼントだ。
 今あるスポーツタオルだけでは足りないと思っていた矢先なだけに、宏は思わずタオルに顔を埋(うず)めてしまう。

「うん、肌触りも好いし、大きさも特大サイズで頭や肩を包むのに丁度好いし……最高っ! 毎日使うねっ!」

 子供のようにはしゃぐ宏に、千恵は思わず笑みを零す。
 こんなにも喜んで貰えるなら、私財をはたいてでも毎月の様に何かをプレゼントしたくなってしまう。
 千恵は唐突に、男に貢ぐ女の気持ちが判るような気がした。
 同時に、自分と晶美女姉妹のどちらも宏の日常を把握しているが故のプレゼントに、ライバル心よりも同族意識を強く持った。

「真打ち登場~! 最後は私だよ~♪」

 若菜がにこやかに背後から品物を差し出した。
 それはA四サイズの、無地の封筒だった。

「えっと、これは?」

 手にした封筒はやや軽く、何やら厚手の紙が十数枚、入っているようだ。

「宏ちゃん~、早く開けてみて~♪」

 嬉々として急かす若菜に頷く宏。
 と、千恵が慌てて進み出た。

「ちょっと待って! 何やら嫌な予感がする。宏、こっちへ」

 双子ならではのテレパシーで何かを察知したようだ。
 千恵の、若菜絡みでの悪い(?)予感はよく当たるのだ。

「何、アレ? 買った時とは明らかに形状が違っているし、こんな大きさのプレゼントは家(うち)でも見て無いわよっ」

 ぶつぶつ言いつつ眉間に皺の寄る千恵に、素直に渡す宏。
 プレゼントしてくれた若菜に対し、同じ予感を持ったとは死んでも言えない。

「え~~~、どうして~~~っ!? 宏ちゃんのいけずぅ~~~っ!!」

「まぁまぁ、若菜ちゃん。あたしにも、見せて欲しいな~」

 頬を膨らませて抗議する若菜の背後に晶が素早く移動し、羽交い締めにして動きを封じる。
 その瞳は早く中身を見せろと言っている。
 どうやら、晶も何か察するところがあったようだ。
 だてに長い付き合いをしている訳では無い。

「……若菜さん。クリスマスだからって無茶なコト、してない……よね? 念の為、検閲します。あ、ヒロクンは安全が確認されるまで、後ろに下がってて」

「そんな~~~っ! なんにも危なくないよ~~~っ!!」

 まるで危険物扱いされ、若菜は晶の腕の中でジタバタ暴れるが無視された。
 優も眉根を寄せつつ宏を部屋の隅に隔離し、中身が目に触れない位置に移動した事を確認してから千恵に先を促す。
 そして宏とのクリスマスに浮かれ、爆弾娘の存在をうっかり忘れていた自分にこっそりと喝を入れるのだった。



「それじゃ……いくわよっ」

 緊張して顔が強張っている千恵の指先に、女性陣の注目が集まる。
 ほのかと真奈美は何が出て来るのか興味津々に瞳を輝かせてもいる。

「こんなに楽しいクリスマスは生まれて初めてだぜっ」

 ほのかは心から楽しむと同時に、こんなクリスマスを何度も積み重ねた晶達を羨ましく思う。

「……えいっ!」

 千恵の掛け声と共に、みんなの目の前にA四サイズの写真が晒される。
 どうやら、パソコンのプリンターで印刷されたモノらしい。
 そこには……。

「全部、自宅のベッドで私がデジカメで撮ったものだよ~。これは仰向けで~、それはうつ伏せ。こっちなんかM字開脚で、そっちは女豹のポーズだよ~♪」

 晶の腕の中で、若菜が勝ち誇ったように解説を始める。
 それは、まるでグラビアアイドルの写真集から切り取ったかのような、実に見事な肢体が下着姿のまま、様々なポーズで収まっているセルフポートレートだった。
 若菜は家事も万能だが、薙刀でインターハイ出場を果たしたスポーツウーマンでもある。
 鍛えられた身体には贅肉が無く、引き締まったボディーと女性特有の丸味を帯びたラインが実に色っぽい。
 決して大きくは無いが、寄せて上げられた形好いお椀型の双丘と柔らかそうに刻まれた谷間が目を惹き、小さく窪んだお臍と下腹部へ続くなだらかな斜面が蠱惑的だ。
 クロッチに薄っすらと刻まれた縦筋が何とも艶っぽい。
 おまけに、雪のように白い肌と腰まで届く濡れ羽色の長い髪の対比が目にも美しい。
 若菜は背が高く、手足もそれなりに長いのでモデルと言われても通る程なのだ。
 そんな瑞々しいボディーに纏っているブラとショーツに目を移すと、デザインにハイレグなど際どい物は一切無い。
 若干、ローライズ気味のショーツを纏ってはいるが、下着がシンプルな分、若菜の好さが引き立っている。
 しかも素材はシルクだろうか、純白の光沢が漆黒の髪と相まって清純さを滲ませ、嫌らしさよりも爽やかなお色気が満ち満ちていた。
 これが青年雑誌に載ったら、軽くミリオンセラーは間違い無しの逸品だ。
 とても素人のセルフ撮りとは思えない、完璧な出来映えである。
 どうしてこれだけの腕前をまともな方向へ向けないのか、全員不思議に思うのであった。

「って、見ちゃダメ――――――っ!! 特にヒロっ!! 回れ右っ!!」

 同性でありながら思わず見惚れていた晶が我に返り、慌てて鋭い声を上げる。
 宏は何が起きているのか判らないまま、取り敢えず従う。
 その声の迫力は、ただ事では無い事を示している。
 宏は背後に漂う微妙な空気に首を傾げるばかりとなった。
 一方。
 余りの出来映えの好さに魅入っていた千恵は慌てて頭を強く横に振り、我に返る。
 すると写真を持つ手が震え出し、全身の血液が音を立てて脳に集まり、こめかみに血管が次々と浮かぶのが自分でも判った。

「あんた……いつの間に。……まさか、コレを、宏に、贈る、つもり、だったのっ?」

「そうだよ~。十八歳最後のセルフヌード写真だよ~♪ 青春真っ直中の綺麗な身体を画像として残して置きたかったのぉ~。それに~、こういうの、宏ちゃんも悦ぶし~♥ あ、でも、さすがに全裸は恥ずかしかったから~、ブラとショーツは着けたままにしたの~♪ どう? 私のセクシーランジェリー姿、色っぽい?」

 姉の、徐々に怒気を孕んでゆく言葉に、若菜は我関せずと満面の笑みで答えた。
 ある意味、大物である。
 片や、千恵の低い声色が警報となった他のギャラリーは全員速やかにその場から待避する。
 若菜の物怖じしない性格とどこまでも明るい思考はプラスに働けば強力なパワーとなるが、それがそのままエッチな方向へ転換されると、いくら常識人の姉である千恵でもコントロール出来無い。
 初心で純情な千恵では手に負えないのだ。

「若菜ちゃん。どうして宏がそーゆーの、好きだと判るんだ?」

 ほのかが素朴な疑問をぶつける。
 その瞳はビームを出さんばかりに妖しく光り、口の端には涎が溜まっている。
 あわよくば、来年は自分も……と考えている顔付きだ。
 と、待ってましたとばかり、若菜が押入れを指差して曰(のたま)った。

「だって~、宏ちゃんの夜のオカズ、大和撫子の下着姿とかが多いもん。浴衣を着崩して下着が見えたりとか~、国産や外国産の美少女がショーツ一枚でポーズとっているのとか~。段ボール箱の中に、そーゆー雑誌や写真集、いっぱい入ってるよ~♪」

 いったい、いつの間に隠し場所がバレ、『ネタ』が解析されたのだろうか。
 宏は目の前が真っ暗になり、頭を抱えてその場に蹲る。
 そしてこのまま自分で穴を掘り、自らを埋めてしまう。

「あ……あはは~。ま、まぁ、年頃の男の子には好くあるコトさ。だっ、だから、気にすんなよ、なっ!」

 苦笑した金髪碧眼ハーフ美女(瞳は大いに笑っている)に肩をバシバシ叩かれて慰められる、純日本人の宏だった。
 一方、千恵はそんなやり取りは全く耳に入っていなかった。
 妹の、女の肉体を使ったアプローチに千恵の中の正義感……よりも嫉妬心が猛烈に燃え上がった。
 どう見ても、肉体という部分では妹に一生勝てないからだ。
 唯一、胸だけは勝っているが(八十四センチのDカップに対し、若菜はギリギリCカップの七十八センチだ)、それ以外は女らしさと言う点で勝負にならない(と千恵は思っている)。

 ――これじゃ、宏を取られちゃうっ!――

 千恵に焦りが出たとしても、なんら不思議では無かった。
 結果、妹の身体を張ったアプローチには、どうしても過敏に反応してしまうのだ。

「こっ、こっ、こっ、このおバカ――――――っ!! こんなの、年頃の男の子に上げるモンじゃないでしょっ! 恥を知れ、恥をっ!」

 千恵は手にした十数枚の写真をあっという間に粉砕してしまう。
 恐るべし嫉妬パワーである。
 若菜の青春画像は、クリスマスイブに文字通り、スターダストとなってしまった。

「あ~あ、せっかくプリントしたのに~。……でも~、まだデータとして残っているから~……! ふにゃぁ~……」

 こめかみをヒク付かせた千恵の裏拳が炸裂し、ナースサンタ・若菜は暫し宏に看護されるハメになった。



 騒動の種・若菜(その後、まともなプレゼント――瀟洒なオルゴール付きフォトスタンド――を渡したのは言うまでも無い)が復活したところで、メインイベントが再開された。
 今度は、宏を交えた全員によるプレゼント交換だ。

「みんな、それぞれが持ち寄ったプレゼントに番号を振ってから、テーブルに置いてね。ヒロは一番、千恵ちゃんは二番、若菜ちゃんは三番、ほのかは四番、真奈美が五番、優が六番、そしてあたしがラッキーセブン♪ 七番よ♥」

 各自がペンで箱の隅に番号を記す間、晶は七枚の小さな紙に一から七まで番号を振って四つ折りにし、小さな箱に入れてゆく。

「まずは、クジを引く順番決めよ。最初はグぅ~~~、じゃんけん……」

 晶の音頭で七人によるじゃんけんが繰り広げられ、ひとりが勝ち抜ける度に大きな歓声が上がる。

「それじゃ一番の人、どーぞ!」

 テレビに映る司会者そのままに箱を突き出す晶のノリに、みんな笑みを零す。
 晶とて、宏とのクリスマスを心待ちにしていたひとりなのだ。
 これまで毎年、同じ事を繰り返していたとしても、好きな男性(ひと)と過ごす時間はいつでも楽しく、心躍るのだ。

「クジを引いても、まだ見ないでね。みんなが引き終えたら一斉に開けるから。自分で自分のプレゼントを引いた時は……それもアリね♪」

 じゃんけんで最初に勝ち抜けた者から箱に手を入れ、期待に満ちた表情で紙片を取り出てゆく。
 女性陣は宏のプレゼントである一番クジを目当てにしているからだ。

「それじゃ、オープンっ!」

 晶がどこぞのクイズ番組張りに高らかに宣言し、全員が一斉に折られた紙を広げる。
 すると、部屋の中は一喜一憂する大歓声(阿鼻叫喚?)で満たされた。

「げげっ、七番!? ……なんだ、コレ? ……アクドナルドの一万円分プリペイドカード!? 最悪だぜ……。なぁ、誰か一番と交換してくれよ~」

「って、なんですってぇ――っ!!」

 思わず愚痴り、目に見えてがっかりするほのかに髪を逆立てて猛然と突っ込む晶……を尻目に。

「あら、私は三番だわ♪ どれどれ……きゃぁ~~~っ♪ おっきな熊さんのぬいぐるみよ~♪ 大きさが百五十センチですって~♪ いやぁ~ん、可愛い~~~っ♪」

「同じ大きさの姉さんより可愛いでしょ~?」

「おいっ! どーゆー意味だっ!」

 手放しで喜ぶ真奈美に、ポニーテー